博より一足早く部屋の前に辿り着く。
ノックをすれば、小さくはあるが返事が返ってきた。
ドアを開けるとベッドに横たわる快彦の姿が目に入ってくる。
少しは安定しているのか、俺を見るなりふわりと笑う。





「昌行くん、来てくれたんだ」
「おう。今日は仕事が休みなんだよ」
「そっか」
「うん」





以前と比べて、会話が続かなくなった。
今の快彦には話すことですら、酷く体力を消耗するらしい。
無理をすると寿命が縮まるので、極力無理はさせないようにと博に忠告を受けている。
そっと髪の毛を撫でると、快彦は笑いながら目を閉じた。
髪の毛を撫でてもらうのが好きなのだと、コイツは言う。
城の人間なのに変わったヤツだな、と思う。





「・・・博くん、遅いね」
「そういやそうだな。アイツすっげぇ急いで給湯室に向かってたのに」
「会ったの?」
「来る途中でぶつかったんだよ。何だ、どっか痛いのか?」
「ううん。ただ、もうすぐ薬の時間だから」





時間通りに飲んでるから気になると、快彦は困ったように笑みを作る。
部屋を見渡すと、薬らしき白い袋が幾つか目に入った。
あれか?と尋ねると、快彦は首を縦に振る。
博が水差しを持って来た時にスムーズに飲めるよう、俺は薬を取りに立ち上がった。
袋を持ち上げた瞬間、緑色の光が目を掠める。
その正体を見ようと袋をどければ、大きな緑色の宝石のついた指輪が見えて。






それが、俺の記憶の中のものと重なった。
















「・・・快彦」
「何?」
「これ、誰から貰ったんだ?」




ベッドに駆け寄り、指輪を手のひらに乗せて尋ねると。
快彦はそれを見てああ、と小さく唸った。




「それは俺の母上の形見なんだ」
「・・・母上?」
「うん。・・・っていっても、会ったこと無いから顔全然知らないんだけどね」













会ったことも無い母親に、記憶と重なる指輪。
俺の中にある疑問が、確信に変わる。





















間違いない。
コイツは、俺の弟だ。















「・・・どうしたの、昌行くん」
「いや・・・」





指輪をぎゅうっと握り締め、快彦の顔を見つめる。
別に、俺は彼を探していたわけじゃない。
幸せであってくれればそれでいいのだと、思っていた。
だから、わざわざ正体を明かす必要は無い。







だけど。
一つだけ、伝えたいことがあった。








































「・・・お前の母親は、ずっとお前に会いたがってたよ」





俺の言葉に、快彦は細い目を大きく見開いた。
追って、きょろきょろと視線を彷徨わせ、戸惑う。





「え、昌行くん・・・何で・・・?」





驚くだろうなとは思っていた。
他人だと思っていた人から突然、自分の母親の話をされたんだから。
俺が快彦だったら、絶対にビックリするだろう。
言葉の信憑性を高める為、俺はベッドの横に腰掛けて、快彦に説明した。







快彦を産んだ後すぐに、彼女は彼から引き離された。
不治の病にかかり、その治療に専念する為に。
きっと、ここの国王が彼女の延命を望んだんだろう。
15年という歳月の中、あの人は必死に病魔と戦っていたのだと思う。
そんな中、快彦が自分と同じ病に臥したのを聞いて、彼女は残り少ない時間の中で必死に考えたのだろう。
どうすれば、快彦に少しでも親らしいことをしてやれるのかを。
病気になった途端、国王は快彦を切り捨てた。
そんな国王に何を言っても無駄だと思った彼女が頼ったのが、唯一の身内の俺。
長い間城に居た彼女にとって、離れの場所も容易に想像出来た。
だから、俺に場所を指定して歌わせたのだ。
快彦が病気に臥せっている間、少しでも寂しさを紛らわすことが出来るように。
それは彼女なりの、せめてもの快彦への愛情だったのかもしれない。
そう考えると、全ての辻褄が合うのだ。





「俺は、ずっと前からお前の為に歌ってたんだな」





誰の為に歌っているのか分からなかった歌。
それを、快彦が拾い上げてくれた。
コイツが昌行くんの歌が大好きだと言ってくれたから、俺は初めて歌う意味を持ったのだと思っていたけれど。
最初から、この歌は快彦への歌だったのだ。





「・・・昌行くんが、兄さま」
「何だよ。何か文句あんのか?」
「・・・ううん。ビックリした」
「だろうな。突然だったし」
「違うよ。俺、昌行くんが兄さまだったらいいなって、思ってたから」




とっても嬉しい、と顔を綻ばせて快彦が笑顔を見せた。
無邪気なそれにつられて、俺も笑う。
でも、この事実は隠しておかなければならないものだということを思い出した。
弟が出来て兄さま、と呼ばれるのはとても嬉しかったのだけれど。




「これ他のヤツには内緒な。色々と面倒なことになんだろ」
「・・・うん」
「俺は母親の気持ちをお前に伝えられればそれでよかったからさ」
「うん。ありがとう兄さま・・・じゃなかった、昌行くん」




何だか向けられる視線がくすぐったくて、俺はそわそわと博が戻ってくるのを待っていた。
時間を空けずに博は水差しを持って戻って来たので、ホッとする。
奴が部屋に足を踏み入れてからすぐに振り向き、准一さま、と一声かけると。
ドアの影から恐る恐る覗き込んでくる、小さな少年が見えて。
途端、快彦はガバッと飛び起きて、細い目を真ん丸に見開いた。




「准一」
「・・・兄、さま」




准一は丸くて大きい瞳にめいっぱい涙を浮かべて快彦を見つめる。
暫く会わないうちに変わってしまった兄の姿を見てビックリしたのだろう。
博が彼の背中を押すと、そろそろと近づいて快彦の手に触れた。
涙はまだ、零れずに目に溜まったまま。




「兄さま、俺、何にも知らなくて」
「・・・うん」
「博にも兄さまにも、酷いこと、言って」




ごめんなさい、と。
准一は言いながら快彦に持っていた花を差し出した。
時間が経って萎れかけている黄色い花。
季節外れのそれを見て、快彦はとっても嬉しそうに笑う。




「・・・国のことを一番に考えてるって約束、守れる?」
「うん」
「じゃあ、仲直りだな」
「うんっ」




快彦が差し出した手を、准一はぎゅうっと握った。
同時に、ぼろぼろと零れ出す涙。
歯を食いしばってそれを我慢しようとしている准一を、快彦がそっと引き寄せる。
大切な弟と仲直り出来てよかったな、と思いながらちらりと博に目を向けると。
彼は何処か眩しそうに、柔らかい笑みを浮かべて二人を見つめていた。




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2008.12.31