**********
准一さまの即位の儀式が終わって、一週間が過ぎた頃。
俺はようやく身の回りにある自分の荷物を整理し終わり、城に別れを告げた。
当初、准一さまが手を回して専属の医師へ戻る道もあったのだけれど。
よっちゃんが居なくなった城に、後悔など残っているはずもなく。
ありがたいその申し出を丁重にお断りして、今に至る。
城を出ても行き場の無かった俺は、とりあえず住む場所を探すまで昌行の世話になることにした。
快彦からお前を任されたから仕方なくだよ、と面倒臭そうに彼は言っていたけれど。
それは彼なりの照れ隠しなのだと、俺は何となく思っている。
「うわ、荷物こんなにあんのかよ」
城の前にやってきた昌行はそう言ってげんなりした表情になった。
まぁ、20年は城に居たんだから、それなりの量ではある。
だけど二人で運べば持てないほどでもないと思うんだけど。
これでも、俺にしてみればかなり捨てた方だ。
「お前なぁ、何か捨てろよ。この、何だ、変なオモチャは」
「それは俺の二十歳の誕生日によっちゃんに貰ったんだよ。だから捨てられないの」
「これは?ただの落書きじゃねぇか」
「よっちゃんが五歳の頃に俺の顔見て書いてくれた絵にケチつけるとはいい度胸だな昌行」
「ごめんなさい俺が悪かったです黙って運ぶから背中蹴らないでください折れる折れます」
「・・・これは専属医師になった記念で、こっちはあの子が六歳の時の絵」
「うん」
「全部俺の宝物なんだから、落としたり壊したり傷つけたりしないようにね紛失したら殺すよ」
「・・・わ、分かったよ」
どっこいしょ、とおっさん臭い掛け声付きで、昌行は荷物を持ち上げる。
俺も荷物を抱えながら、彼の背中を追う。
うーん。
傍から見たら全然そんな雰囲気無いのにな。
疑問に思った俺は、それをそのまま口に出すことにした。
「・・・ねぇ」
「あ?」
「昌行はよっちゃんのお兄ちゃんなんでしょ」
「ぶっ」
「あ、吹いた」
「お前、何でそれ知ってんだ?!」
「部屋から筒抜けだったから偶然耳に入ってきたんだよ」
准一さまを部屋に連れて行った時。
部屋に入ろうとして丁度その話をしていた二人の声を聞いてしまったのだ。
俺は勿論、隣に居た准一さまもビックリしていた。
彼と昌行には血の繋がりが無いから、関係ないと言ってしまえばそれまでだったのだけれど。
昌行の驚いた表情が段々と落ち着きを取り戻して、ふ、と口の端が上がる。
「・・・聞いて、どう思った?」
「あまりにも顔が似てないから信じられなかった」
「悪かったな。どうせ俺は凶悪面で、アイツは和み系だよ」
「よっちゃんはお母さんに似たんだろうねー」
「そうかもしれねぇな。初めて会った時、何て言うか、初対面な感じがしなかったし」
「え、昌行ってマザコンなの?」
「・・・どうしてそういう思考に走るんだよお前は」
どうも昌行と話しているとちくちく虐めたくなる衝動に駆られる。
正直な感情表現が少し、よっちゃんに似ていて面白いからかもしれない。
だからなのか、よっちゃんが逝ってしまった時も、彼が隣に居たおかげで取り乱さずに済んだのだと思う。
本人に伝えたら調子に乗りそうだから、絶対言わないけど。
「まぁ、死ぬ前に会えてよかったよ。お袋も浮かばれんだろ」
「それ俺のおかげでしょ?」
「なんで?」
「昌行を引き止めたのは誰か忘れた?」
「・・・あー、まぁ、そこは感謝してる」
「ありがとうは?」
「なんで?」
「感謝してるなら言ってくれたって罰は当たらないでしょ?」
「・・・まぁ追々、な」
適当に言葉を濁し、昌行はすたすたと先に行ってしまう。
追々ってことは、いつかその口から聞ける日が来るのだろうか。
ま、あんまり期待しないでおこう。
『ひろしくん、ぜんぶ、おわったよ』
即位の儀式が終わった時、よっちゃんはそう言って笑った。
まるで肩の荷が全て下りたかのような、ホッとした笑顔、
既に痛みは彼の身体を蝕んでいて、笑える余裕なんて無いはずだったのに。
泣き出しそうな表情で手を振っている准一さまに、必死に重い手を挙げて答え。
部屋に戻るまではとても気丈に振舞っていた。
その後は、確実に地獄だった。
痛み止めの効力は切れ、今までのツケがきたかのようによっちゃんは苦しみ。
あまりにも酷いその状況に、俺は他の誰も部屋にいれなかった。
准一さまは勿論、昌行さえも。
彼は静かに息を引き取ったのだと、俺以外の人間にそう思わせるために。
それが、俺に出来る一番の優しさだった。
『ひろしくん、ありがと』
亡くなる直前によっちゃんが言った言葉。
それが俺の全てだった。
「終わったねぇ、よっちゃん」
苦しかったことも、楽しかったことも全部。
本当は貴方には生きていて欲しかったんだけど、俺がそんな我が儘言ってもただ困らせてしまうだけだ。
俺は荷物を持ち直して、城に向かって顔を上げる。
これでよかったかどうかは、まだ自分の中に答えを見出せてはいないのだけれど。
よっちゃんがよかったのなら、きっとよかったんだろう。
そう思ってこれからも生きていけばいいんだと、今はそう考えている。
ぼんやりしていると、急に昌行がフレームインしてきた。
「おい、何やってんだ」
「ちょっと考え事してたんだよ。ごめんね兄さまv」
「キモっ!お前に言われると鳥肌立つ!」
「よっちゃんが兄さまって言った時は嬉しそうだったくせに」
「俺はお前の兄貴じゃねぇっつーの」
行くぞ、と背中を叩く手。
それに出会えてよかったと、心底思える。
何もかも全て、よっちゃんが導いてくれたような気がして。
結局、俺は最後まであの子に色んなものを貰っていたんだなぁ。
「ひーろーしっ!」
「分かってる。もう、少しだけ」
随分遠くなってしまった城を眺める。
昌行はため息をつきながらもそんな俺を待ってくれて。
それに甘えるように時間をかけて深呼吸。
後悔だけは何一つ無い、それだけは自信を持って言える。
だから、何かあったらまたそっちで話聞くね、よっちゃん。
俺がそこに行くのはまだ先になると思うけどさ。
出発した時よりも幾分軽くなった心でそう思いながら、俺は頭上の空を見上げていた。
END
2008.12.31