「兄さまー!」





朝食後、廊下から准一の声が聞こえて、俺は書類から目を離し、彼の姿を探した。
ひょっこり現れた彼は王族の衣装を身に纏っている。
ああ、後10日で即位の儀式があるからか。
ぼんやりとそう考えている隙を突いて、准一が飛び乗ってきて。
突然のことに反応出来ず、ベッドの上に倒れこんでしまった。




「うわっ!」
「あ、ごめん兄さま。痛かった?」
「ううん、大丈夫!准一、一人で来たの?」
「うん!」




満面の笑みを浮かべて頷く准一に、俺は内心頭を抱えた。
博くんと一緒に来るのなら、どうにか誤魔化しが効くのだけれど。
この子が一人で来たのが知れたら、派閥同士の争いが大変なことになる。
俺はそういうこと気にしないで准一に会いたいんだけど、困るのはこの子の方だから。
ちょこん、と向き合わせるように准一を座らせ、顔を合わせた。




「一人で来ちゃ駄目だよ」
「なんで?」
「色々めんどくさいことになっちゃうから。ね?」
「・・・うん・・・」




12歳といえども、ちゃんと城の内情は分かっている子だから。
俺の言ったことをきちんと理解して、渋々頷く。
本当は、こういう風になった最初の時に、もうここに来ちゃ駄目だと言わなきゃいけなかったんだけど。
今までは准一に会えなくなることが嫌で言えなかった。
でも、それももう潮時で。
そろそろ言わなきゃならないなぁ、と思っていた時に准一が来た。
今日が最初で最後のチャンスなんだろう。
湧き上がる悲しみをぐっと飲み込み、准一と目を合わせる。




「准一」
「なに?兄さま」
「・・・もう、ここには来ちゃ駄目だよ」




俺の言葉に、准一の無邪気な笑みが一瞬にして消え去ってしまう。
困ったような顔。
泣き出す一歩手前のような顔に、俺まで泣きそうになってしまった。




「なんで?」
「准一は王様になるんだから、俺のことよりも国のことを考えなきゃ。な?」
「・・・・・・」
「俺はちゃんと准一のこと、見守ってるから。お前は余計なこと考えないで、」
「っいやだっ!」




急に首をぶんぶんと横に振り出した准一に驚いて、胸がきゅうっと痛む。
拙い、こんな時に。
慌てて緊急用のボタンを押し、ぎゅうっと准一を抱きしめた。
兄さま?と心配そうな准一の声に、必死に笑って見せる。
大丈夫。
博くんがくれば、楽になれるから。






























「・・・っよっちゃんっ!!」




1分もしないうちに、物凄い勢いで博くんが部屋の中に入ってきた。
俺の腕の中に居る准一に気付き、目を見開く。
けど、彼の判断はいつも通り冷静だった。
准一に優しく言葉をかけながら俺の腕から彼を受け取り、床に降ろす。
次に、ゆったりとした動作で俺に鎮痛剤を注射した。
つきん、と鈍い痛みと、追って和らいでいく発作。
禁忌の薬に手を出したのだと言っただけあって、即効性が高い。
どうせ後10日耐えられればいいのだから、後遺症なんてどうだってよかったし。
あっという間に落ち着いた俺は、床に立っている准一にへらり、と笑顔を作った。
だけど、その行為は遅かったようで。
准一の視線は俺じゃなくて、博くんに向かった。




「博、兄さま、どこか悪いの?」
「准一さま・・・」
「この前、悪くならないように診察するって、言っただろ?!」
「・・・すいません」
「・・・っ博の嘘つきっ!」




深々と頭を下げる博くんに、ボロボロと泣き出す准一。
俺が声をかける前に、准一はそのまま走って部屋を出て行ってしまった。
頭のいい子だから、博くんの言葉で全てを悟ってしまったんだろう。
後味の悪い方法だったけれど、きっとこれでよかったんだ。
そう言い聞かせながら、頭を下げたままの博くんに謝罪する。




「ごめんね、誤解させたの、俺の所為なのに」
「いいよ。慌てて来ちゃった俺も悪いし」




そんなこと、無いのに。
博くんは顔を上げ、俺に向かって優しくそう言って笑う。
撫でてくれる手があったかくて、寂しさが紛れた。
こうやって彼はいつも、俺のことをさり気無く守ってくれる。
俺の所為なのに、やんわりとそれを抱えて、一緒に背負ってくれるのだ。




「・・・いつもありがと、博くん」
「何急に。変なよっちゃん」
「ん、何となく言いたくなっただけ」




俺の言葉にそっか、と博くんは相槌を打ちながら、布団をかけてくれた。
少しだけ残っている腕の中の准一の温もりを逃がさないように、布団の中に潜り込む。
大好きな弟。
派閥争いが起こっても、俺が離れに追いやられても、変わらずにやってくる。
兄さま、と呼ばれるのが嬉しかった。
泣かすつもりなんて、これっぽっちも無かったのになぁ。
つん、と鼻の奥が痛くなって、泣きそうになる。
何で俺が泣くんだよ。
酷いこと言ったのはこっちだし、仕方ないことだって、分かってる。
分かってるけど。























〜♪





声。
真っ直ぐに通る声が、聞こえてくる。
一度も聞いたことの無い、新しい歌だった。
今までの歌と違って、とっても優しいバラード。
昌行くんの声も何だか優しくて、堪えていた涙が溢れる。




本当は、寂しい。
もっと准一や博くんと一緒に居たい。
死ぬのだって、すっごく怖くて。
向き合おうと頑張るけど、全然上手くいかないよ。
どうすればいいの、昌行くん。
俺、どうしたらいいの?






























「・・・・・・快彦!」




名前を呼ばれて、俺は弾かれるように起き上がり、涙を拭いて窓辺から身を乗り出した。
昌行くんは俺を見つけ、片手を挙げる。
あ、そうだ。
振り向いて煙草!と言うと、博くんは四角い箱を持ち、俺の横に立って、同じように身を乗り出す。




「欲しいなら上がっておいでよ」
「お前、いつもそうだな」
「別に暇なんでしょ?長居しろなんて言わないから」
「・・・分かったよ」




渋々そう言いながら、昌行くんは裏口側に歩いていく。
迎えに行ってくるよと、博くんも部屋を出て行った。
俺はいそいそとベッドの中に戻り、大人しく座ってみる。
博くんが昌行くんを引きとめた後くらいから、俺たちは仲良くなった。
最初は城の中なんて入りたくもねぇ、なんて拒んでいた昌行くんも、段々と丸くなってきて。
離れの裏口からなら、どうにか入ってくるようになった。
それがとっても嬉しい。




さして時間もかからずに二人が部屋に戻ってきて、ベッドの近くのイスに座る。
彼が来ている時は、仕事も職務も立場も全て忘れられるから、楽だ。
今日は手土産があるのだと昌行くんが言って、包み紙を渡される。
なんだろう、とそれを開けば、中には魚の形をしたお菓子が入っていた。




「これ何?」
「たい焼きっていうんだ。お前が好きそうだと思ってな」
「うわー、ありがとう!」




お礼を言うと、昌行くんは照れくさそうに視線を横に向ける。
そんな彼に、つかつかと近寄る博くん。
にっこりと微笑みながら迫られ、昌行くんがずず、と後ずさった。




「昌行、俺も食べたいあれ食べたこと無い」
「二個入ってんだろうが。勝手に食えよ」
「うん、勝手に食う」




何だか。
我が儘を言う博くんが子どもみたいで可愛いな、なんて思ってしまう。
俺にとってはお兄ちゃんのような存在なのに、昌行くんの前だと弟みたい。
心底気を許している様子が、とっても楽しそうで。
博くんのそんな顔、久し振りに見た気がした。
たい焼きをぱくつきながら博くんは部屋の時計を見て、あ、と立ち上がる。




「図書館開いたから行って来るね」
「うん、いってらっしゃい」
「昌行、よっちゃん見ててね」
「おう」
「何かあったらボタン押すんだよ、よっちゃん」
「うん」




じゃあね、とたい焼きを咥え、博くんはカバンを持って部屋を慌ただしく出ていった。
忙しいやつだな、と昌行くんは苦笑いする。
うん、忙しいんだあの人は。
俺を生かすために、持っている時間の全てを注ぎ込んでるから。






















「・・・ねぇ、昌行くん」
「ん?」
「俺が死んだら、博くんのことよろしくね」
「・・・!」




俺が言った言葉に、昌行くんはぴくり、と反応して俺を見返す。
あんまり驚かないところを見ると、もう博くんから話は聞いているんだろう。
しんみりしたくないから、一生懸命笑顔を作る。
もう、後10日しか無い。
その間に、残される人が出来るだけ、傷つかないように。




「博くんさぁ、今全部の時間を俺のために割いてくれてるから、俺が居なくなったら何にも無くなっちゃうんだよ」
「・・・・・・」
「その時に、昌行くんがあの人を支えてあげて欲しいんだ」




あんなに根詰めて、俺のために四六時中走り回って。
俺が居なくなった後、博くんはきっとこの城を出て行くことになるだろう。
実際、俺が離れに追いやられた時に、止めたがっていた彼を引き止めたのは紛れも無く俺だし。
今なんて、俺以外の患者を切ってまで治療を続けてくれているから。
だから、俺が居なくなったら同時に彼の仕事も無くなる。
城での居場所も無くなって、結果的に追放されてしまう形になるだろう。
上級階級から、下級階級への転落。
そんな時に一人で居るなんて、俺だったら絶対耐えられない。
でももし誰かが傍に居てくれれば、少しは立ち直るきっかけになるかもしれないから。




息継ぎもせずにそうまくしたてると、昌行くんはすぅっと目を細めた。
追ってその表情が柔らかくなり、大きな手が俺の頭をぽん、と叩く。




「・・・分かった」
「ホントに?」
「あぁ。だから、心配すんな」
「うん」




頷くと、昌行くんは俺の髪の毛をくしゃくしゃになるまで掻き回した。
乱暴な手つきだったけど、それが嬉しくて俺はへらり、と笑う。
博くんとはまた違う、大きな手。
変に気使ってこないから、話すのも楽だし。
こんな兄さまが居たらいいのに、とさえ思ってしまう。
それだけ、昌行くんの存在は俺の心の中に根付いていた。
まだ親しくなってからそんなに日にち、経ってないのにな。
凄いな。




「ん、俺そろそろ行くわ」
「仕事?」
「あぁ。また明日な」
「・・・うん」




昌行くんはそう言うと、俺の頭をぽすぽす、と何度か軽く叩いて、部屋を出て行った。
一人きりの部屋。
きっと、後1時間もすれば博くんが戻ってくる。
それまで起きてるのも寂しいから、眠ってしまおう。
死が近いからか、誰も居ない空間に取り残されるのが酷く怖い。
俺は、あるだけの眠気をかき集め、ぎゅうっと目蓋を強く下ろして布団に潜り込んだ。





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2008.12.24