思えば。
俺の世界はいつからか、あの子中心に回り始めていた。











































俺は一人、よっちゃんの部屋を出て、長い廊下を早足で歩いていく。
向かう先は一つ。
さっき出て行った昌行くんの元だ。





よっちゃんは既に、起こった発作を受け止める容量の限界を超えていた。
悲鳴を上げる彼の細い身体に痛み止めの注射をする度、息が詰まりそうになる。
小さい頃からずっと一緒にいたから、尚更。
この子の背負っているものも、考えていることも、分かっているつもりだ。









「・・・分かってる」





自分を嗜めるように呟く。
だけど。
弟のような彼が苦しんでいるのを見るのはとても辛くて。
准一さまのために、国のために、必死に生きようとしている彼を、心底応援することは出来なかった。





この病が彼を蝕んでいるのが分かった時。
この子の父親は、国王は考える間もなく彼をバッサリと切り離した。
治療も延命も必要無いと命令が下され。
彼にかける金は全て准一さまに回り、よっちゃんは離れに幽閉され、死を待つだけの身になってしまった。
俺が持ってきている痛み止めや治療道具は、全て自己負担。
もちろん、給料も貰っていない。
でも、それは国から出ているものだと、よっちゃんには伝えてある。
そうしないと、彼の不安材料が増えてしまうから。






『そくいまで、あと、いっかげつ、だから、ひろしくん、もうちょっと、ちからかしてね』






一ヶ月。
あと一ヶ月とあの子は言う。
彼が言いたいのは准一さまの即位までの話だろうけど。
俺には、彼の死ぬまでのカウントダウンにしか聞こえなかった。
彼は、即位の儀式が終わったら、迷いも無く俺に暇をくれるだろう。
けれど、彼はどうなる?
治療を止めてしまえば、今無理な方法を強行している分、反動が起こる。
その痛みと一人で向き合って死んでいかなければならないなんて。






「・・・それは、嫌だなぁ」






ぽつり、と漏らした声は寂しく響いて、ふんわりと霧散した。
彼を一人にはしたくない。
他の人がしているように、見放したくない。
無理をして生きている分くらい、我が儘を聞いてあげたい。
でも、よっちゃんは一人になりたがり、見放してもいいと笑い、我が儘も殆ど言わないのだ。
そんなあの子を突き動かすことが出来るのは、昌行くんの歌だけだと思う。
さっきの様子を見ていて、確信した。
珍しく言った我が儘も、流した涙のわけも、全て彼の歌う歌のためだったから。


































この城の専属歌い手になれとは言わないから、せめて、あの場所で歌って欲しいのだと。
よっちゃんの代わりに伝えなきゃ、と思いながら、足を進める。
城を出て少し行ったところで、昌行くんの背中が見えた。
叫ぶように名前を呼べば、ぴたり、と動きが止まり、不思議そうな顔が振り返る。





「あ、さっきの」
「あの子の、快彦様の専属医の博と言います」
「・・・アンタも城の人間かよ」





ふ、と昌行くんの表情が曇った。
さっきといい、今といい、彼は城の人間をことごとく嫌う。
確か、母親と弟を奪われたのだと言っていたけれど。
俺にとってはそんなもの、どうでもよくて。
ただ、彼に向かって思いっきり深く頭を下げた。





「お願いです、歌を歌ってください」
「引き止めようったって無駄だ。俺は専属の歌い手にはならねぇよ」
「専属にならなくてもいい、ただ、あの場所で歌って欲しいだけなんです」





よっちゃんの大好きな歌。
離れに来た頃から毎日、寂しがり屋の彼を支えていた。
それすら無くなってしまったら、彼は。
了承を貰うまで動かず粘る覚悟で頭を下げ続けている俺に、低い声が降ってくる。





「どうしてアイツにだけそんなに入れ込むんだ?アンタ、城の医者だろ?」
「・・・・・・」
「・・・返答次第じゃ歌わないことも無い」





交換条件を突きつけられ、顔を上げると目で促された。
よっちゃんが病気で臥せっていることは、極秘情報になっている。
けれど、正直に話さなければこの男は歌うと言わない気がして。
俺は、罰を受ける覚悟で、口を開いた。





「・・・快彦様は、ご病気なんです」
「そういや、ベッドで寝てたな」
「もう治らないと診断されてからは、国からも父親からも関係を断絶され、あの離れで死ぬのを待っているだけで」
「・・・・・・!」
「彼が離れに来た時から、貴方の歌は彼の支えでした。だから、無くなると困るんです」





お願いします、ともう一度声にして、頭を下げる。
立場上、城の中に雇われている俺は確実に彼より上にいるけれど。
よっちゃんのためなら、何だって出来た。
あの子の救いになるのなら、俺は何だってしたい。
頭の中で考えをぐるぐる巡らせていると、短いため息が聞こえて。
それに弾かれるように顔を上げれば、昌行くんは俺を真っ直ぐに見据えていた。





「・・・あの場所でしか歌わねぇぞ」
「それで十分です」
「分かった。なら、明日もあの場所に行くよ」





了承を取れて、身体の力が安堵感から一気に抜ける。
崩れ落ちそうになった俺を、慌てて昌行くんが支えてくれた。
どうにか姿勢を保ち、大きく息を吐き出す。





「・・・はー、よかったぁ」
「アンタも、相当なお人よしだな。他人のためにそこまで力注げるなんて」
「よっちゃんは、別格なんだ」





俺の言葉に、昌行くんの表情が再び険しくなる。
城の人間が絡むと、分かりやすいほど感情が荒ぶる人だ。
少なくとも、よっちゃんは違うのに。















「・・・なぁ、一つ聞いていいか?」
「何?」
「どうしてアンタは、あの城に居続けるんだ?」





今の情勢はアンタだって知ってるだろう?と昌行くんが言う。
確かに、今の情勢はとても不穏で。
乱暴な国王の政治に、国民が嫌気を感じているということをよく耳にする。
それが准一さまの即位で少しでもよくなればと、即位の儀式への期待が高まっていることも。
俺だって、よっちゃんが離れに追いやられた時に速攻で城の医者を辞めたかったのだ。
けれど、あの子は延命を俺に望んだ。
もうちょっとだけ付き合って、とお願いされ、彼の望みを叶えるために城に残ることを選んだ。
だから、多分。





「俺があの場所に残ってるのは、よっちゃんのためだよ。それ以上もそれ以下も無い」
「・・・・・・」
「あの子が生きたいと願ったから、俺はそれに協力するだけ」
「・・・そうか」
「今の答えじゃ不満?」
「いや、いい」





満足した、と彼は言いながらぎこちない笑みを作った。
少しは心を開いてくれたのだろうか。
さっきよっちゃんに見せた笑顔には追いつかなかったけれど、笑ってくれたことにホッとする。





「じゃあ、また」
「おう」





短い会話を交わし、今度こそ家路に向かう彼を見送った。
見送りながら、ぐぅ、とお腹が鳴る。
せっかく城から出たんだし、何か美味しいものでも買って帰ろうかな。
珍しいものを買って帰るとよっちゃんが嬉しがってくれるから。









「・・・俺の世界はよっちゃんで回ってるんだなぁ」





言葉にしてみて、ようやく気付いたこと。
でも、それは俺にとって生き甲斐のような、誇りのようなもので。
決して辛いものじゃなく、とても幸せなことなのだと。
そう思いながら、俺は城下町の行きつけの店へと足を運ぶのだった。





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2008.6.22