見張りつきでやってきた彼は、俺の想像を色んな意味で上回っていた。
年は、きっと博くんよりも上だと思う。
強面だし、身なりはボロボロだし、至るところにぶつかっては痛がってたし。
ひっくるめて言うと「変な人」だったのである。
でも、俺を見る目は声と同じで真っ直ぐだったし、身体つきはしなやかで格好よかった。
ベッドに居る俺を見て、別に驚いた風でもなかったわけで。
博くんから説明を受けているはずなのに、変わった人だな、と思った。
「・・・アンタが、俺を呼んだのか?」
「そうだよ。ねぇ、名前は?」
「名前を名乗る時は自分からっつーのが礼儀だろ」
「失礼だぞお前っ・・・」
見張りが食って掛かろうとするのを、そっと嗜める。
彼が言っている言葉は尤もな理論だから。
「いいって。俺の名前は快彦」
「俺は昌行だ」
よろしく、といって延ばされた手を、握り返す。
何だか周りを警戒してるみたいに見えて、俺は見張りを部屋の外に出るよう促した。
渋っている彼らに、博くんが大丈夫だから、と頷く。
部屋の中が俺と、博くんと、彼の三人になったところで、昌行くんはようやく、落ち着いたようだった。
「ごめんね、堅苦しいところで」
「全くだ。お前いっつもこんなところに居て息苦しくないのかよ?」
「慣れちゃえばどうってことないよ」
「ふーん。俺の目と一緒だな」
「目って?」
「俺、左目だけ見えねぇの。大変だなって言われるけど、慣れちゃえばどうってことない」
「そっか、同じだ」
「おう」
変なところで共通点を見つけ、二人で笑い合う。
何故か、初めて会ったような気がしない。
小さい頃からずっと耳で聞いていた歌がそう思わせるのかもしれないなぁ、なんて。
思いながら、彼に聞きたいことをたくさん聞いた。
「どうしてあの場所で歌を歌ってるの?」
「母親からの遺言なんだ。毎日10時にあの場所で歌を歌えって」
「・・・何で?」
「知らねぇよ。俺も最初は面倒だったんだけど、今では歌わないと一日が始まらないって感じだな」
「俺も、昌行くんの歌を聴かないと一日が始まらないよ」
「そっか。そう言って貰えると嬉しいなー・・・って、お前のためには歌ってねぇけどな」
「あははは」
怖い顔がニコニコと笑うと可愛く見えてきて、昌行くんがいい人なのだということを知る。
話す口調は乱暴だけど、母親思いの優しい人だ。
この人ともっと話をしたい。
願わくば、俺の傍で歌っていて欲しい。
そう思って、俺は駄目元でお願いをすることにした。
「あの、もしよければの話なんだけど」
「なんだよ」
「・・・今度は俺のためにだけ、歌ってくれない・・・?」
つまり、専属の歌い手になって欲しいという申し出をしたんだけど。
俺の言葉に、昌行くんの顔色がふぃっと変わった。
笑顔が消えて、真顔で俺を見返す。
ダメそうな雰囲気を感じて、俺は必死で彼を繋ぎとめようと言葉を続けた。
「も、もちろん、歌ってくれた分のお金は出すし、食事とかそういうのも、」
「断る」
ぴしゃり、と。
今までの声色とはうって変わって、低い冷たい声で昌行くんはそう答え。
がたり、と音を立てて椅子から腰を持ち上げ立ち上がる。
「どうして・・・?」
「・・・俺の弟と母親は、ここの国王に利用されて殺されたようなもんだから」
「・・・え?」
「この左目もそうだよ。お前には罪ねぇからここに来た。けど、俺を城の人間にしようとするなら、一緒だ」
「昌行くん・・・」
「もういいだろ。仕事があるんだよ」
帰りたい旨を告げる昌行くんを引き止める術もなく、俺は博くんに彼を送るよう目で合図を送った。
博くんは少し躊躇ったけれど、彼を出口まで案内する為に一緒に部屋を出て行く。
また来て欲しいなんて、言えるわけが無かった。
父上がやったこととはいえ、彼の人生を変えてしまったのは確かで。
彼の持つ傷に思いっきり踏み入ってしまったことの罪悪感が、胸の中に広がる。
昌行くんの弟も、母親すらも、あの人は奪ってしまったのか。
「・・・・・・っ」
不意にぎゅうっと胸が締め付けられる感覚に襲われ、俺は服の胸元を握りこみ、身体を丸めた。
一日に何度か、この発作に苦しめられている。
ちょうど昌行くんが来てる時にぶつからなくてよかった。
歯を食いしばり、口の隙間から懸命に酸素を吸い込む。
ぱたぱたと顔を滑り落ちていく汗。
鈍い痛みが身体の中を駆け巡って、じわりと俺の身体を蝕んでいくのがリアルに分かって、怖くなった。
「・・・っよっちゃんっ!」
博くんの慌てた声に、鞄を漁る音が耳に入ってくる。
治療して欲しい気持ちは山々なんだけど、俺は。
その時はただ、何よりも昌行くんの歌が聞きたかった。
博くんのうってくれた注射のおかげで、発作は段々と強さを緩め。
俺は呼吸を整えながら、ベッドに深く沈みこんだ。
苦しい時の注射ってどうして痛みを感じないんだろう。
いつも不思議に思う。
普段、するよーって言われた時の注射は、あんなにちくっとするのに。
今日は絶対安静ね、と言う博くんの顔があんまりにも悲しげだったから、代わりににぃっと笑ってやった。
「ごめんね、目、離して」
「いいよ、おれの、わがまま、だったし」
「医者として失格だ」
「あんま、せめないでよ。ひろしくんは、いいいしゃだよ」
そう言うと、博くんは困った顔をした後、俺をそっと抱きしめてくれた。
薬の匂いが染み付いた白衣。
疲れのにじみ出ている顔。
四六時中、発作の有無に気を使って、ゆっくり眠る時間も無い。
隙があれば少しでもと、本を読み漁っている。
俺が居なかったら、もうちょっと楽、出来るのに。
なのに、博くんは文句も不平不満も何も言わず、俺の傍に居て治療を続けてくれている。
この生活はもうすぐ二ヶ月を過ぎようとしていた。
そんなに長い期間、彼は俺のために自分の人生を費やしている。
彼の自由を奪ってるのもまた自分なのだと、思ったら悲しくなってきた。
父上も俺も、誰かの自由を奪い続けて生きている。
そうしないと生きてはいけない人間なんだと思うけれど。
それでも。
「・・・ひろしくんに、ひま、あげたいな」
「よっちゃん」
「たべるの、すきって、いってたから、いっぱいひま、あげたい」
「・・・俺が居なくなったら、寂しいくせに」
「うん、さみしいよ」
寂しいけど、博くんが自由になることが嬉しいから。
それくらいなら、我慢するよ。
今だって、博くんは一言も俺の病気に触れていない。
触れたら俺が辛くなること、分かってるから。
「よっちゃんも寂しいかもだけど、俺だって寂しいよ」
「・・・ほんと?」
「うん。よっちゃんは俺の弟みたいなもんだから、あんまり離れたくないなぁ」
「・・・じゃあ、いっしょに、いよ」
「ホント?」
「うん」
ぎゅうっと博くんにしがみ付くと、俺の髪の毛を優しく撫でてくれた。
彼のくれる優しさに俺はいつも甘えている。
みんなが快彦さま、と呼ぶ中、博くんだけは俺のことを「よっちゃん」と呼ぶのも。
俺の気持ちを汲み取って、さも自分の我が儘みたいに口にすることも。
全部、彼の優しさだ。
准一の即位まであと、一ヶ月と少し。
それが過ぎれば、博くんの辛い毎日も終わりを告げるだろう。
即位の儀式が終わったら、暇をあげよう。
せめて、死に際だけは見せないで死にたいな、と思う。
「そくいまで、あと、いっかげつ、だから」
「・・・・・・」
「ひろしくん、もうちょっと、ちからかしてね」
返事の代わりに、抱きしめてくれる腕に力が篭る。
もう少しだけ、寄りかからせて。
人前に居る時はバレないように、ちゃんと笑うから。
「・・・ちょっと、寝ようか」
博くんはそう言って俺からそっと離れ、目を合わせてくれる。
うん、と頷くと、優しく頭を撫でてくれた。
「何か欲しいものある?」
「・・・うた、ききたいな」
「昌行くんの?」
「うん。でも、おこらせちゃったから、もう、うたってくれないかなぁ」
彼の歌が聴けない。
ただそれだけのことなのに、俺は不覚にも泣いてしまった。
どんな悲しいことでも、泣くのを我慢出来る。
それが、俺の自慢だったのに。
溢れる涙を止められずしゃくりあげていたら、すっと博くんが立ち上がる。
見上げると、キレイな笑顔でにっこりと笑われ。
そして俺に任せてと、一言言って部屋を出て行く博くんの背中を見送ったのだった。
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2008.5.17