思えば。
独りぼっちの俺を救ってくれたのは、あの人の歌だった。
俺は15年前、この国の後継ぎとして生を受けた。
小さい頃から同年代の子どもとは区別されて、英才教育を叩き込まれていたのだが。
日の当たらない生活を続けていた所為か、元から虚弱体質だったのも手伝ってか、酷くあっさりと身体を壊し。
後から生まれてきた弟に、後継ぎの地位を譲ることになった。
俺としては全然困ったことは無く、逆に縛られた生活から逃れられて、離れでのびのびと暮らしている。
縛られてる弟には申し訳ないけれど、俺はこの方がいい。
・・・俺派の人たちはそうとは思ってくれてないみたいだけど。
「快彦さま、お仕事をお持ちしました」
「・・・はぁ」
目の前の机にどさっと音を立てて置かれる書類の山。
全てから解放されるかと思っていたのに、毎日この有様だ。
公務の一部を持ってきては、俺に消化させようと躍起になっている。
いや、弟の負担を考えれば手伝うくらいどうってことないぜ、なんて思うお兄ちゃんの心情はありますが。
彼らは俺にもう一度考えを改め直させて、後継ぎ争いに意識を向けて欲しいみたいで。
そんなつもりはさらさらないって言ったんだけどなー。
さっさと俺なんて見捨てて、弟の方に行っちゃえばいいのに。
とりあえず、目の前の仕事を片付けようと、ペンを手に取り動かし始めていると。
ノック音がして、そこからひょこっと博くんが現れた。
博くんは、俺の専属の医者で、小さい頃からずーっと俺を見てくれていた人。
その背中の方からまたもやひょこっと准一が現れる。
准一は後継ぎになった、俺の可愛い弟だ。
去年12歳の誕生日を迎えたばかりで、まだまだ子どもっぽさが抜けない。
腹違いで顔も似てないから、兄弟っていうと驚かれる。
まぁね、俺はこーんなに細い目してんのに、准一はパッチリ大きな目してるし。
どっちも母親に似ちゃったんだね、なんて。
俺、母親の顔一回も見たことないから、分からないんだけど。
「回診に行こうとしたら、よっちゃんに会いたいってごねられちゃって」
「兄さまー」
「准一〜!」
飛びついてくる准一を、両手を広げて受け止めた。
あ、またちょっと重くなったなー。
よいしょ、と持ち上げて膝の上に座らせると、向かい合わせになって准一が悲しそうな目をする。
「兄さまに会いたいのに、大臣がダメっていうの」
「あらら。だから博くんに頼んだの?」
「うん!博は強いから、行けると思った!」
「俺、別に強くないんだけどねー」
あはは、と笑いながら、博くんは俺の横に座り、点滴の袋を交換していた。
お医者さまだし、逆らう人が居ないっていうのは強ち間違いじゃないのかもしれない。
実際、彼はこの城の中でも何人もの命を救ったりしているわけだし。
点滴の袋を取り替えると、さてと、と博くんは准一を抱っこした。
「よっちゃん診察するから、准一さまはどけてくださーい」
「兄さま、どっか悪いの?」
「どっか悪くならないように診察するんだよ。だから、心配しないで」
「・・・・・・うん」
博くんの言葉に頷いて、だけど心配そうに俺を見上げてくる。
大丈夫だよ、とにぃっと笑みを作ってやると、ようやくホッとした表情になり。
邪魔にならないようにと、自分から部屋を出て行った。
昔なら駄々をこねて、部屋から出すのに一苦労だったけど。
アイツも成長したもんだなーと思いながら、俺は准一が出て行った部屋のドアを見つめた。
「・・・ありがと、博くん」
「何が?」
「准一が、心配しないようにしてくれて」
「・・・俺は、よっちゃんが望んだことに従っただけだよ」
困ったような笑顔を浮かべて、博くんはそう言った。
病に蝕まれている俺の身体はもう、1ヶ月も持たないだろう。
その事実は、俺の診察を毎日欠かさずしている博くん以外には誰も知らない。
何故なら、俺が口止めをしたからだ。
今そのことが広まったら、派閥は荒れに荒れて、准一が公務をしづらくなってしまう。
第一、准一自体がショックで公務を放棄しかねない。
そう判断して、博くんにお願いをした。
『3ヵ月後の即位の儀式まで持てば、俺は十分だから』
『・・・うん』
『それまで准一の前で笑っていられるように、処置をお願いします』
『・・・分かりました、快彦さま』
あの日以来ずっと、博くんは俺以外の患者を別の医師に任せて、俺のことを診てくれている。
いかに痛みを緩和するか、文献も読み漁っているみたいで。
カバンの中にはいつも、何冊か分厚い本が入っていた。
「ごめんねー博くん。無理難題吹っかけちゃって」
「よっちゃんはいっつもそうだから、もう慣れちゃったよ」
困った子だよね、なんて言いながら、博くんは俺の頭を撫でる。
それを受け入れていると、窓の外から風に乗って、歌が部屋の中に入ってきた。
時計を見ると、きっかり10時。
いつもこの時間になると、決まって外から歌が聞こえるのだ。
広い城の外でも、特に民家に近い離れだからこそ聞こえるそれ。
この場所に来てからずっと聞こえているそれは、いつも俺の楽しみの一つだった。
誰が歌っているのかは知らないけれど、真っ直ぐに通るいい声。
普段ならその歌を聴くだけで満足するのに、今日は何故だかその歌の主に会いたくて仕方なくなってしまったのだ。
「・・・無理難題ついでに、いい?」
「何?」
「今聞こえてる歌の主に会いたい」
いいでしょ?と尋ねるような目線を送れば。
返ってきたのは呆れたようなため息と、仕方ないなと苦味を交えた博くんの笑顔だった。
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2008.5.17