腰に剣を差した二人の男が廊下をすたすたと歩いていた。
強面の男の方が坂本昌行。
もう一人のにこやかな笑みを湛えている方が長野博という。
二人はこの組織の中でもかなり腕の立つ暗殺者だった。
近づこうとする人は居ず、どちらかと言えば敬遠するような雰囲気が漂っている。
そんな中にでも彼らに一矢報いてやろうという輩が徒党を組んでおり。
道を阻んでいた男の肩が、坂本の肩と接触した。
瞬間、坂本がギロリと鋭い視線で相手を睨む。
「・・・・・・な、なんだよ」
「どけ」
一言そう言うと、坂本は相手の肩を力任せに押して先に進もうとした。
しかし、それは後ろに控えていた男たちによって阻まれる。
どうやらこの男の仲間らしく、全員が坂本と長野を睨みつけていた。
「・・・お前らなぁ、ちょっと腕が立つくらいで偉そうなんだよ!」
そう言うなり食って掛かってきた男の腕を、坂本は素早く掴んで床に沈めた。
力を使わず相手の勢いを利用した流れるような動作に、その場に居た全員が呆然とする。
「・・・昌行」
坂本は咎めるような口調の長野を一瞥し、ぽつりと零した。
「早く済ませて早く帰りてぇんだよ俺は。邪魔すんな」
言って再び足を進める彼らを阻む者はもういなかった。
代わりに向けられたのは恐怖と不安の入り混じった視線。
それを気にすることもなく、二人は一番大きなドアの部屋にノックをした後入っていった。























































































































MURDERER












































































































部屋の中は至って普通の造りで。
片付けられた部屋の椅子に座っている男と、その横に立っているサングラスを付けたひょろ長い背の男がいた。
どちらも黒いスーツで身を固めている。
ボスらしき人物はどこにでもいそうな顔に温和な表情を張り付かせていた。
傍らに立っている男は、サングラスの所為か表情は全くわからない。
腰掛けている男は二人が訪れたことに満足そうに頷くと、ぺら、と薄い紙を取り出した。
「二人にこの組織を潰しに行って欲しいんや」
関西特有の方言で、おっとりとした調子で言う。
まるで、それが日常動作であるかのように。
紙には誰でも知っている組織の名前が記されていた。
「わかった」
理由を聞くこともなく、強面の男が頷く。
了承の意を汲み取ると男はにっこりと笑った。
「仕事は明日の夜やから、それまで自由にしててもらってええで」
言うとくるりん、と椅子を回して二人に背を向けた。
事務的な用件はこれで終わりだという、彼の合図であるその行為。
それを見ながら長野はゆっくりと口を開いた。





「・・・・・・茂くん」
名前を呼ばれ、再び体を二人の方に向ける。
「何や?」
「・・・快彦の病気はあとどれくらいで治るの?」
心配そうな声色。
博、と坂本が咎めるが、かまへんよ、と茂は笑った。
「時期はわからん。あれはある種の精神病やからな。後は快彦くん次第やろ」
「・・・・・・そう」
目を細め、悲しそうに俯く。
坂本はそんな長野の肩を軽く叩くと、茂に目をやった。
「用件はそれだけか?」
「ぉん。頼むわ」
「分かった」
早く帰りたいと言っていたためか、若干焦っている雰囲気が感じられる。
足早にドアに近づく坂本を追いかけていた長野は、ふと気づいたように振り返り。
「ああそうだ。さっきの組織、全部消しちゃっていいんでしょ?」
にっこりと微笑みながらさも造作もないことだというように尋ねた。
「ああ。かまへんわ」
よろしゅうな、と男が言えば、二人は同時に首を縦に振り部屋を出て行った。
















ぱたん、と扉が閉まる。
部屋にははぁ、と溜め息がひとつ漏れた。
「・・・あの様子やとまたあの子のところに行くんかアイツら」
懐からジッポを取り出しかちん、と音を立てて火をつける。
煙草に火が移るとジッポを仕舞い、煙を深く吸い込んで、吐き出した。
「・・・肺癌になるよ、リーダー」
立ち上る煙を前に立っていた男が嫌そうに顔を顰める。
彼自身も結構なヘビースモーカーではあるのだが、どうやら茂が煙草を吸う行為自体が気に入らないらしい。
「お前はそればっかりやな昌宏。ええやん、ストレス解消や」
「・・・兄ぃが怒っても知らないから」
溜め息混じりに言うと、昌宏はせこせこと換気の準備を始めた。
「何しとんねん」
「何って、換気だけど」
「お前なぁ、こういう雰囲気の中でよくもまぁそないなこと出来るなぁ」
僕は暗殺組織の頭やで、と言えば。
アヒル口で拗ねたように顔を歪ませ、呟くように。
「受動喫煙って普通に吸ってるより害があるんだって。人殺しやってる人が煙草に殺されてどうすんのよ。そっちの方が間抜けでしょ」
「・・・・・・ふむ」
確かにそれはそうだ、と納得の出来る正論を叩きつけられ。
コイツは見た目この稼業にピッタリくるんやけど中身が如何せん細かいヤツやなぁ、と。
こっそり心の中で呟きながら、茂はもう一度深く深く息を吸い込んだ。




























































































































指令を受けた後、坂本と長野はどこにも寄り道せず、病室の一室に足を運んだ。
『井ノ原快彦』という名札を確認すると、ノックもしないでドアを開ける。
「あ、おかえりー!」
病室に似合わず元気な声を出す齢15ほどの少年に、ふわ、と坂本が笑い。
長野も湛えていた張り付いた笑みを解いて、素直に表情を露わにした。
「ただいま、快彦」
「よっちゃん、今日は顔色いいね」
「うん!だって二人が帰ってくる日だもん!俺、嬉しいんだ!」
えへへ、と笑いながら近くに居た坂本に抱きつく。
その腕に点滴の針が刺さっていて、痛々しい。






彼は精神病患者として病院に入院している。
普段は普通の少年なのだが、目の前で両親を殺害された時のトラウマなのか、度々原因不明の発作を起こすことがあり。
2年前に倒れてからずっと病院生活を続けていた。
生まれつき体が弱く、何度も持続する発作の所為で心臓が弱っているらしい。
同年代の少年たちのようには生活出来ないだろうと、主治医である茂にはそう宣告されていた。
坂本と長野とは従兄弟の関係で、小さい頃からずっと仲が良く。
両親の居ない快彦の病気を何とか治すために、二人は実入りのいいこの仕事を続けていた。







「ねぇ、明日も来れる?」
しょりしょりとリンゴを剥いている坂本に快彦は尋ねた。
「明日はなぁ、仕事があるから来れないな」
丁寧にリンゴの皮をウサギの形に切り皿に置きながら坂本は返答する。






仕事、と聞いた途端。
ほんの一瞬、快彦の表情が険しくなり、すぐ元に戻った。
本当に僅かな変化だったため、二人は気づかない。







「そうなの?どっか行くの??」
「うん。ちょっと仕事でね」
風邪引くよ、とタオルケットを快彦の肩にかけながら博が言った。
ありがとーときちんとお礼を言った後でくるりんと包まった様子が可愛くて、二人は小さく微笑む。
「仕事?」
「そう、仕事」
「・・・それって危ないとこ?」
快彦は訝しげにワントーン落とした声色で二人に尋ねる。
心配そうなその様子に、坂本と長野は同時に慌てた。
彼に心配をかけることで心臓にも負担がかかりかねないのだと忠告を受けていたからである。
「いや、簡単な仕事だ。なぁ?博」
「そうだよ。だからよっちゃんはゆっくり休んでていいんだからね」
二人揃ってにこやかにそう言えば。
快彦は悲しそうに顔を歪めた後、ぽろり、と涙を落とし。
両手で自分の体を抱くようにして小さく丸まってしまった。
発作が起きたのかもしれない、と二人の顔はさぁっと青褪める。





「・・・っ?!快彦?!」
「どうしたの?!どっか痛い??」
オロオロと動揺している坂本と長野に抱きしめられた快彦は、ふるふると力なく首を横に振った。
「違うよ・・・二人がいなくなっちゃったらって思ったら俺・・俺・・・・」
涙で震える声でそう言うと、うえーんと長野にしがみついて泣き出す。
「泣かないでよっちゃん」
ぱすぱす、と背中を叩いて長野が快彦を宥めるも、泣き声が緩むことはなく。
「ぅええぇー・・・いかないでよぉ・・・」
と、行かないでくれという旨を繰り返す快彦に、とうとう長野が折れてしまった。
「行かないから、行かないから泣かないで?」
「・・・・ホント?」
急に涙でぐしょぐしょになった顔を上げ、上目遣いで長野を見つめる。
うん、と頷く長野に今度は坂本が焦りの声を上げた。
「博」
「昌行は黙ってて。俺たちの代わりならいくらでもいるでしょ。明日の仕事は断る。それでいい?」
「・・・・・うんっ」
にかっと笑う快彦に、二人はホッとして笑顔を返した。




























































































































































二人がいなくなった後。
こつこつ、と不規則な足音を立てて茂が病室に訪ねにやってきた。
診察だと言えば怪しまれることはない。
カモフラージュ用に手には花束。
横には昌宏が彼を守るようにして歩いている。
「・・・・・・こんなところまでついて来なくてもええよ」
「いつアンタが狙われるかわかんないっしょ」
「心配性やなぁ」
「好きに言ってろ。俺はアンタの文句よりアンタが怪我した時に怒り狂う兄ぃの方が数倍怖ぇんだよ」
誰がそれを沈めると思ってんだと愚痴りながらも、酷く大袈裟にぶるり、と震える真似をして体を擦る昌宏に目をやり。
「アイツもある意味心配性やからなぁ」
と、茂は至ってのほほんとした口調で言葉を返した。












コツコツ、とノックをすれば。
どうぞ、と返ってくる。
茂は昌宏をドアの前に立っているように指示すると、大人しく従った。
「ええ子やね」
「・・・・・・っ五月蝿ぇよガキ扱いすんな」
褒めたはずだったのに憎まれ口が返ってきたので茂は憮然とした表情になる。
しかし、彼の耳はほんのりと赤く染まっており。
それを目にした茂はにっこりと微笑んで、病室に足を踏み入れた。






ベッドに横たわっている快彦は、坂本と長野が居た時と変わりない状態で茂に目をやる。
「調子はどうや?」
お見舞いに来たで、と花束を見せる茂を、快彦は無言で見つめた。
無駄話はする気がないという視線に溜め息をつき、花瓶に花を挿しながら口を開く。
「・・・さっき坂本と長野が仕事を断りにきた」
「うん。俺が行くなって言ったからね」
にっこりと笑いながらさらり、と言う。
「井ノ原」
眉を顰め、咎めようと口を開く茂の言葉に重なるように、
「わかってる。俺が代わりに行けばいいんでしょ。今回のターゲットは誰?」
と、体を起こしながらそう尋ねた。













坂本と長野は知らない真実。
快彦は同業者だったのだ。
しかも、二人より遥かに仕事の能力が上で。
情報が漏れると危険な超極秘任務は全て彼が行っている。
普段は病室で大人しくしていることが多いため、組織の中で彼の本当の姿を知っているのは茂と昌宏だけだった。



















茂は気を取り直すように咳を一つすると、先ほど二人に見せたのと全く同じ紙を快彦の前に差し出す。
「こいつらや」
書類を一瞥するも快彦の表情は動かなかった。
「こんなやつら俺一人で十分だよ。どうして二人に話したりしたの?」
「そうでもせんとあいつらは動こうとするからな」
「二人に知られないうちに片付けちゃえばいい話でしょ。これからは簡単な仕事をあの二人に回して」
「せやけどな・・・」
坂本も長野もこの組織には必要な人間である。
腕も立つし、仕事もきちんとこなす。
給料もしっかり払っている手前、その約束をすることにメリットは見えない。
そう思い、茂は渋るように言葉を濁した。
途端、快彦の笑顔がすぅっと冷める。
「まーくんとひっくんを危ない目に合わせたらアンタごとこの組織、潰すよ」
ドスの利いた声でそう言いじろり、と睨んでくる快彦の瞳に鳥肌が立つ。
普段は優しい表情の彼だが、殺し屋の雰囲気を纏えば射殺すほどの視線を相手に向けるのだ。
気を抜けば殺られる、と必死に平静を保とうとする茂の背後でバン、とドアを乱暴に開ける音がした。
「リーダー!」
言うなり昌宏は快彦と茂の間に体を滑り込ませる。
その姿を目にすると、快彦はふぅ、と緊張を解いた。
「松岡」
「いくら親友でもリーダーに手ぇ出すんだったら容赦しねぇよ」
「出すわけねぇだろ。相変わらずリーダー好きの心配性だなお前は」
呆れたようにそう言うと、昌宏を横に押しやって、再び茂に目をやる。
「あの二人が傷つかないんだったら文句はないんだよ俺は」
「・・・・・・井ノ原」
「危ない仕事は代わりに俺がやる。こなせなかったことは一度も無い。・・・それは茂くんが一番知ってることだろ?」
何を言っても聞かないその態度に溜め息を一つつくと。
茂は小さく頷いた。
「・・・・・・わかった」
「給料はまーくんとひっくんに振り込んでくれればいいから」
「ぉん」
てきぱきと出かける準備をこなしていく快彦。
その姿を見て、茂は心配そうな表情になる。






「・・・井ノ原」
「何?」
「心臓に爆弾抱えてること、忘れてへんやろな」


















表面上医者として動いている茂。
彼の診断は偽造のものではなかった。
発作が起きるのも、心臓が弱っているのも紛れもない事実。
それでも、快彦は躊躇うことなく仕事を続けている。
快彦は茂を見るとふわ、と優しく笑った。
「茂くんも心配してくれんだ。ありがとね」
彼の笑顔を見るとああ確かにこれに騙される二人の気持ちが分かるな、と感じる。







あまりにも無邪気で、純粋なそれ。
相手に油断させるという殺し屋に必要不可欠な要素をしっかりと備えているのだから。








病室の窓を開ける。
ビルの3階に位置するそこは、快彦専用の出入り口になっていた。
「・・・・行ってくるよ」
「気ぃつけてな」
見送る言葉を優しく言えば、快彦は振り向きざまににこりと微笑んで出て行った。





見えなくなった彼の後姿を見つめる。
それから、隣に立っている昌宏に視線を戻した。
でかい体がそわそわと居心地悪そうに揺れている。
見るなり茂はふ、と小さく笑って口を開いた。
「・・・・・・昌宏」
「なに」
「仕事の時間はとっくに終了してるで」
そう言った茂の言葉に、ぴくり、と目に見える反応を見せる昌宏。
あまりにも素直なものだから、吹き出しそうになるのを必死に堪える。
しかし、ここで笑えば彼はたちまち拗ねてしまう。
昌宏の心情を呼んで、へそを曲げないような言語を選ばなければならない。
アイツは意外と厄介だぞ、と笑う山口の顔が茂の脳裏でフラッシュバックした。
「だからなによ」
「今回のターゲットはかなりの数や。行って手ぇ貸してやりぃ」
その言葉を待っていたのか、昌宏のそわそわは大きくなる。
が、それを敢えて押さえ、茂の顔を覗き込んだ。
「・・・・・・それはアンタの命令?」
「せやなぁ・・・そういうことにしとこか」
微笑めば、アヒル口をきゅうっと強調して眉をくいっと上げる。
動揺した時の昌宏の癖。
本人は無自覚のようだけれど、殆ど一日中一緒に居る茂にはわかるのだ。
「・・・なら仕方ねぇな。ちょっくら行ってくるわ」
昌宏は口早にそう言うと、窓に足をかける。
「ぉん。気ぃつけて。無事に帰ってくるんやでー」
「五月蝿ぇよ。アンタこそ誰かに消されないように気をつけろよ。兄ぃが心配するからさ」
じゃあな、と片手を挙げて大きな体を器用に窓に潜り込ませ飛び降りていった。





彼の姿はすぐに闇に融けていく。
ふぅ、と溜め息。
「・・・山口が本当に心配してるんはお前なのになぁ。どうして気づかんのやろあの子は」
人のことになるとウザいくらい気づくのに、自分のことになるとからっきし鈍感なんやから。
事実を話しても照れて否定するに決まっている。
それを知って、山口はわざと昌宏に自分を守ることを命じたのだ。
「お前が死んだら消されるのは僕や。気張りぃ昌宏」
見えなくなった闇の中の昌宏の背中に向けてぽつり、と茂はそう呟いたのだった。





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 上司イメージが城島さんなんですよね・・・坂本さんは上司っぽくない(暴言)
 ここでも悪友コンビは健在です。こっそり出てくる山口さんはフリーの殺し屋っていう設定があったり。まだまだ書けそうだなこれ系統。
 こんな感じの話ですが受け取ってくださると嬉しいですvコナさま、キリリクありがとうございましたー!
2007.2.26