夜の深い闇の中。
今回のターゲットとなる組織の構える住処のすぐ傍で。
快彦は屋根の上から様子を伺っていた。
敵はざっと200人。
無謀に突っ込んで上手くいく人数ではない。
如何にして相手の頭を潰すか、それが大事になってくるのだ。
どうしようか、と考えている途中に誰かの気配を感じてバッと振り向けば。
良く見知った姿がこちらに向かってきていた。
あれだけ大きな身体で音も立てずに近づいて来れるのは一人しか居ない。
そう思って、一つ溜め息をついた。
何で茂くんはヤツを止めてくれないんだろうか。
いつもいつも。












「イノ」
「・・・何で来んだよ」
憮然とした表情で迎えた快彦に釣られたようにして松岡も憮然とする。
「爆弾抱えてるお前の保険だっていつも言ってねぇか?俺」
「そんなもん必要ねぇ」
「あるんだよ。お前が失敗したら最初に調べ行くのがリーダーの病院だからな。組織が無事でもリーダーが無事じゃなかったら意味ねぇんだよ」





快彦は病気で入院している。
その事実は無視出来るものではなくて。
彼が死ねばその死因を辿って確実に病院に矛先が向かう。
こういう裏組織では、狙われたことに対する怒りが先走ることが多いから。
茂の顔つきうんぬんで見逃してくれるとは思えない。
それを心配して来たのだと、松岡は言った。
顔の真剣さに、快彦は首を小さく捻って彼を見上げる。
「何でそんなにあの人に拘るんだ?」
ことある毎にリーダーリーダー。
ほんの少しのいざこざでも彼が関与していれば危険を顧みず首を突っ込む。
ほぼ一日中一緒に居るし。
さっきだって組織を潰すという俺の言葉を聞きつけて割って入ってきた。
間合いにいたから、殺そうと思えば殺せる距離。
命捨てる気かよ、と動揺したのを隠すのに必死だった。
リーダー好きにしてもかなりの異常行動だと、快彦は常日頃から思っていた。
何か理由があるんじゃないか、と。
そう探れば、目を逸らす。
踏み入れて欲しくない領域ならばと話を打ち切ろうとすれば。








「・・・・・・約束したんだ」







ぽつり、と。
小さく松岡が呟いた。








「約束?」
「そ。リーダーの友人で兄ぃ・・・つっても俺が勝手に呼んでるだけで血の繋がりはないんだけどさ。まぁその人と、ね」
「組織にいるのか?」
「今はいない。フリーの殺し屋だったから、今もふらふら組織を渡り歩いてるんじゃないかな」
その言葉に、快彦は違和感を覚えた。







フリーの殺し屋。
組織を渡り歩く。
そんなことが常識で考えて出来るはずがない。
組織にはそれぞれ秘密があって、部外者に知られると色々困るのだから。
フリーで使った殺し屋はほぼ確実に処分されている。
誰にも知られずに、闇の中に葬られるのが筋だ。
そう考えれば、松岡の言うその人は、もう。







「・・・松岡」
「皆まで言うな。わかってる。だけどあの人が死ぬなんて想像出来ねぇんだよ」







腕っ節めちゃめちゃ強くて。
刺されても撃たれても、笑顔で。
ただいま、松岡。
腹減った飯まだか、って。
いつもみたいにひょっこり帰って来そうな。
そんな気がすんだよ。






ふわり、と悲しい空気が流れて。
泣いているのかと心配になって顔を覗けば、意外にあっさりとした表情。
目が合って、松岡の口元がふ、と綻ぶ。






「なに?優しいねぇイノちゃんは。俺が泣いてると思ったの?」
「・・・・・・別に」
「そんなこと言っちゃって素直じゃないんだから」
「・・・・・・」
「無理矢理冷たいフリして、笑顔が可愛いのに笑うの堪えて、その先に何があんのよ」
「・・・・・・何もない」
「何もないのにさぁ、」
「何もないから、いいんだ」






胸元を押さえて。
快彦は辛そうに遠くを見据えた。






「これ以上俺のこと好きでいてくれる人、増やしたくない」






まぁくんとひっくんと茂くんとお前。
俺にとっての大事な人はこの4人だけでいい。
いいんだ。






ハッキリと言い切る快彦。
意味を図りかねて首を傾げる松岡に笑ってみせる。
ほんの、一瞬だけ。
そしてすぐに表情が引き締まった。
仕事の顔だ。





「お前と二人なら無理矢理いっても大丈夫だな」
「あぁ。怪しいとこ絞ってそこから攻めるべ」
言って組織の地図を二人して覗き込む。
「さっき絞っといた。こことここ」
快彦が指差したところを見て、ふぅんと松岡が唸った。
「俺はここも怪しいと思う」
同じ考えであっても必ず違う意見を言う。
それが、松岡の精神だった。
負けず嫌いだというのが大半の理由ではあるが、意外に彼の行動が機転になることも多い。
それも考慮した上で快彦が結論を出した。
「じゃあこっからお前、こっちから俺」
「オーケー。怪我すんなよお前。坂本くんと長野くんにバレんぞ」
「そっちこそ図体でけぇんだから怪我すんじゃねぇよ。動けなくなったら焼却処分決行予定だから」
「うっわコエー。頑張りまーす」
軽くふざけた言葉を交わしながら、二人は自分の拳を相手のそれにゴツン、とぶつけた。





























































































































































大量の屍骸が転がる建物。
快彦は血だらけの身体を気にも留めずに、すたすたと歩いていく。
震えてへたり込んでるヤツは無視。
無駄な殺生はするつもりはない。
それに、ボスを消せば全ては終わる。
自分の絞ったポイントにはボスの姿はなかった。
ならば松岡の方だと、確信を持って快彦は進んでいく。
自分が居た場所とさして変わらない惨状の中に、座り込む悪友の姿があって。
おい、と声をかければ気づいてニィと笑った。
どこかホッとして駆け寄れば。






「・・・・・・お前」
「悪ぃ。焼却処分は勘弁してイノちゃん」
手を合わせて目を瞑る松岡は右足の太腿部分を布で固く縛っていた。
流れる血。
あてて、と痛がりながら立ち上がり、よろめいた身体を何とか支える。
「重っ」
「いいっていいって。自分で歩けますー」
「ホントか?」
「本当本当。切っちゃって出血多いだけで歩くのにはさして問題なし」
ひょこひょこと不自然にではあるが歩いてみせる松岡。
とりあえず帰りは背負わなくて済むな、と悪態をつきながらも快彦は安堵の溜め息をついた。
「そっち、いたのか?」
「いたいた。依頼の顔写真通り」
「消したのか?」
「あそこに転がってるよーん。疑うなら確かめてくれば?」
松岡が親指で指し示した方には太った屍骸が一つ転がっている。
恐怖で引きつった顔は貰った写真と一致していた。
任務完了。
さぁ帰るぞ、と快彦が振り向こうとした瞬間。
ぐいっと松岡のいる方に思いっきり身体を引っ張られる。
その勢いの凄まじさに、快彦は地面に倒れこんでしまった。






















倒れた音に被さるようにして響いたのは、銃声。


















続いて、ぶしゅっと弾が身体にめり込む音。
後者の音を発したのが松岡だと気づいた時、快彦の中でぷつん、と何かが切れた。
どこを撃たれたとか、無事かどうかとか。
そんなものはもう頭からはなくなり。
ただ、この建物の中にいる人全てを消すべく思考が働いていた。
興奮しているのに、どこか冷めた頭。
手始めにこちら側に銃を向けて震えている男の息の根を止め。
さっきは興味を向けていなかった抵抗の見えない奴らにまで刃を向ける。
脅えて許しを請う男を見て、快彦の口の端が上がり。
振り上げた刃によってたちまちその場は血の海と化す、



















はずだった。































































































「イノ。やーめれって」










































緊張感のまるでない台詞を吐いた松岡に手首を掴まれ、快彦は動きが取れなくなる。
ぎろり、と向けた視線はターゲットに対してのもので。
松岡は怒りに任せて理性を無くしているらしい快彦の殺気に押されそうになったが、踏み止まってもう片方の手を振り上げ。
彼の頬を遠慮なしにぱしん、と平手で打った。
その衝撃で、快彦ははっと我に返る。





「・・・・・・松岡」
「馬鹿野郎。深追いする必要ねぇだろ死ぬ気か」
「なんでお前無事で・・・」
「防弾チョッキ」
「あ」
ぺろん、と自分の服をめくってそれを見せれば、快彦は呆けた声を出す。
「俺くらいになるとこういう準備は万端なわけよ」
ふふん、と得意気に松岡は笑い。
快彦はやられた、とばかりに苦笑いを返した。



























































































































********************



































































































快彦が松岡に肩を貸しながら帰宅する。
ただいまー、と言えば茂が奥から出てきて迎えてくれた。
目ざとく松岡の足の異常を発見し、動揺する。
「・・・・・・っ昌宏」
「へへへ。ちょっと油断しちゃって」
治療よろしくね、と笑う松岡を病室へ二人して運ぶ。
処置はグロイから見ん方がええで、と言われ、外に出て松岡を待つ快彦。
病室からは聞こうとしなくても二人の声が聞こえてくる。







『ぎゃー!何よ何なのよ人のズボン断りもなしに剥ごうとしないでよえっちー!セクハラー!』
『男のズボン剥いだって嬉しくも何とも無いわボケ!脱がせんと治療出来ひんやろがー』
『自分で脱ぐっつってんだよ!!触んな!!』
『そないなこと言われてもなー・・・あ、そんなに深くもなさそうやから麻酔しないでするからな』
『げ、そうなの?俺痛いのヤなんだけど』
『ぐだぐだ無駄口叩かんと、このタオル噛み』
『・・・・・・なんで?』
『舌噛み防止や。ええか?噛んだか?』
『・・・うー』
『さ、いくでー』






のんびりした茂の言葉の後に続いて。
松岡の本気交じりの絶叫が病院内にかなりの迷惑っぷりをもたらした。







『痛い痛い痛いおまっほんっと・・っ痛いいったいヤダ痛いグロイ痛い痛いーーーー!!!!!』
『暴れると時間長くなるでーあときちんとタオル噛んどきぃ』
『・・・・うううううぅぅーーー(泣)』







「・・・・・・何やってんだ一体・・・」
その様子にただ呆然とするしかない快彦。
声がしなくなったと思えば、かちゃり、とドアが開く。
中からひょっこりと笑顔の茂が顔を覗かせた。
「茂くん、松岡大丈夫?」
「ぉん。もうちょいかかりそうやから、井ノ原は病室戻っとき」
「でも」
「平気や。気ぃ使わんと戻って寝とき」
笑顔に隠れて有無を言わさぬその視線に、ドキリとする。
茂もこの組織に関わりを持つ以上、殺し屋の経験はあるのだ。
隙だらけのようで、隙がない。
出かけ際に組織ごとアンタを潰すと虚勢を張ってみたものの、殺せるなんて思わなかった。
多分、一対一だったら俺が負ける。
そう自覚してまで、快彦は彼にそう言ったのだ。
ここで逆らうのは得策ではない、と本能が快彦に訴え。
こっくりと頷けばおやすみ、と声をかけられた。
大丈夫かな、松岡。
思いながら快彦は自分の病室に向かって足を進めるのだった。























































































小さな少年の後姿を見送る。
彼が消えたのを確認してから、茂は処置室に戻った。
診察台に寝転がっている松岡を一瞥して、ふぅと溜め息。
それに気づいたのか、ぱちりと瞳が開く。
「・・・・・・イノは」
「病室に戻った。もう演技しなくてもええねんで」
「・・・何の、ことだよ」
「アホ。鉛の弾3発も身体にめり込ませといて足の怪我だけしとるなんて嘘ついてんなんかお見通しや」
僕は医者やで、と眉を潜める茂に松岡は降参の意を顔に出した。
「・・・・・・」
「井ノ原に心配かけとうなかったんやろうからしゃあないけど、僕が気づかんかったらお前取り返しのつかんことになっとったで」
ぺしり、と遠慮気味に松岡の頭を叩けば、口を尖らせて見返してくる。
一生懸命睨んでいるようにも見えるが、茂には反省している色がうっすらと感じられた。
額には汗。
松岡の眉が顰められ、下を向く。






「・・・俺が止めなきゃアイツが死んでた」
「?」
「俺が撃たれたことでキレたんだイノが。止めようとした俺にまであんな目、向けて」
松岡は信じられないようなものを見たかのようにそう言って、腕を自分の手で掴んで震える。
邪魔をすれば殺す。
快彦の視線がそう訴えてたのだと。






「リーダー、アイツこれ以上自分のこと好きでいてくれる人増やしたくないって、言ってた」







好かれるのが大好きなアイツが。
人と一緒に居るのが大好きなアイツが。






「辛そうな顔で、そう言ったんだ」












なんとかしてやりたいという松岡の気持ちが茂にもひしひしと伝わってきた。
だが、茂には快彦のその言葉の意味も痛いほど良くわかった。
心臓に爆弾を抱えている彼は、きっとこれ以上自分の所為で悲しむ人を作りたくないのだろう。
彼なりの不器用な優しさ。
それに松岡は気づいていなかった。
多分、坂本と長野も。







「・・・だからってお前が死んでええっちゅーことにはならへんやろ昌宏」
「・・・・・・そうだけどさ」
拗ねるようにしてアヒル口を強調する松岡。
その頭を茂は優しく撫でる。
「お前が怪我すると僕が困るんやで」
「・・・・・・迷惑かけたのは、悪いと思ってる、よ」
撫でられている所為か、心配してくれている事実の所為か。
松岡の耳がぽわ、と赤く染まる。
「まぁそれもあるんやけど。もっと困ったこ、」
茂の台詞が皆まで終わらないうちに、彼の顎に何かがヒットした。
どこかで見たことのあるような木製の何か。
ああ、これ床板だと冷静に松岡は思った。
キレイに後ろに体を倒す茂と、ようやく敵が来たのだと思い身構える松岡。
しかし、剥がれた床板の中からひょっこりと顔を出した人物には見覚えがあった。





きょろきょろと辺りを見回してからにっこりと。
とても綺麗な笑顔を浮かべた男は、呆然とする松岡を見るなりたは、と笑い。
「よ、久しぶり」
と言いながら片手を挙げた。






「兄ぃ?!!」
口をパクパクさせながらその男を指差す松岡。
よっこらせ、と床の上に身を乗せた彼はうん、と頷く。
試しに彼の頭を叩いてみれば、確かな感触。
次いでその仕返しに食らった拳の痛さに、これは現実なのだと再確認する。
「ちょっ、殺されたかもしんないって思ってた俺って何なのよ?!」
「コラコラ、人を勝手に殺すな」
「だって!」
「フリーの殺し屋っつったって一応シゲさん拠点に仕事してんだから心配ないんだって」
「・・・・・・うん」
「それにココに何度か戻って来てるし。知らなかったのか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・松岡?」
どした?と覗いてくる山口から松岡は必死に顔を隠そうとする。
最初は理由の分からない山口だったが、それに気づくとにんまりと笑みを浮かべながらわしゃわしゃと頭を撫でた。
「なーに泣いてんだお前」
「・・・っう、五月蝿ぇなぁ・・・心配したんだよもぉ・・・っ」
ぐずぐず鼻を鳴らしながらそう言う松岡を、微笑ましげに見る山口。
「悪ぃ悪ぃ」
「んもー兄ぃの悪ぃは謝罪に聞こえないっつの!」
「じゃあ何て言やぁいいんだよ」
「いいの!何も言わなくていいから、ただ無事で、」
危うく本音が出そうになったところを自ら口を塞いで阻止する。
だが、山口にとっては全部聞こえたも同然で。
「無事でいてくれりゃいいってか?可愛いねぇ」
「・・・・・・っっっ!!」
思いっきり照れる松岡を見て、山口はさも面白そうにけらけらと笑った。
「か、介抱してぇ・・・っていうか、医者呼んでぇ・・・」
遅ばせながら顎を強打した城島の虚しい言葉が部屋に響き。
医者はお前だろ!という松岡の容赦ないツッコミがそれに続いたのだった。








NEXT...?



シリアスに徹しきれない管理人がここに(ウザ)
まだ続くのかどうか、その辺は未定でよろしくお願いします。微妙だなぁ。
2007.3.10