10年前。
俺は人を殺しました。
痛くて。
暗くて。
助けてくれる人誰もいなくて。
ただ、玩具みたいに毎日扱われてて。
それが。
俺の人生なんだって思ったら、体が動いてました。





でも、覚えてないんです。
なにも。
気付いたら血まみれで。





最後に殴られた腕が、じりじりと痛んでいたのだけを覚えてます。















































































































******************



































































真っ白な壁に囲まれて。
俺はきょろきょろと視線をいろんな方向に向けた。
ざわざわと耳に入る雑音と。
中くらいの本棚。
あ、3巻だけなくなってる。
誰か持ってきやがったなコノヤロー。





「井ノ原さーん」





女の人の声で俺は立ち上がる。
はい、井ノ原ですよ。
呼ばれりゃちゃんと返事もします。
最近の大人みたく、恥ずかしいなんて思わないもんで。






診療室3番にお入りください。
そう言われてドアに手をかける。
つん、と薬品の匂い。
やっぱやだなぁ、病院。
俺どこも悪くないんだけど。
松岡がせっかく探してくれたんだから、行かないわけにもいかず。
ドアノブをガッと下げて、不安を押しやるように前に押した。

























































椅子に座って俺を迎えてくれたのは。
優しげな笑顔が似合う、男の先生。
思わずこっちまで笑っちまうような、穏やかな空気。






「井ノ原・・・え−と」
「あ、快彦。ヨシヒコって言います」
「ヨシヒコ?当て字かなんか?これ」
「はぁ、まぁ」
椅子に座りながら曖昧に頷けば。
彼はヨシヒコねーと言いながらカルテにそれを書き込んでるようだった。





すいませんが。
俺、もうここに来る気ないんですけど。
友達が行けって言うから、仕方なく。
だから、名前なんてどうでも。





「まぁまぁ。まだ話すらしてないのにそんなこと言わないでよ」
「・・・・・・はぁ」
「俺は長野です。長野博」
「どこにでもいそうな名前ですね」
「井ノ原くんは常に正しく呼んでもらえなさそうな名前だよね」





にっこり。
その笑顔はどこか笑ってないようで。
しかも堂々と毒吐きましたけどこの人。
・・・医者じゃなくて?







「年は?」
「・・・今年でさんじゅうになります」
「お仕事は?」
「土木工事の現場で」
「特技は?」
「バク転を少々」
「好きなものは?」
「オムライス」
「好きなタイプは?」
「料理上手で笑顔が可愛くてきちんと叱ってくれる人・・・って、何聞いてんですか」
「あは。ノリいいねぇ井ノ原くん」






けらけらと笑う長野先生。
真面目な顔して質問してきたから流された俺。
ここ、ホントに病院か?
軽くお見合いしてるような気分になったんだけど。







「友達は?」
「一人だけ。あとはいないです」
「どうして?」
「・・・人殺しの友達なんて誰も欲しくないでしょ」






俺の言葉にぴくり、と長野先生の眉が動く。
次に向けられる目は、きっと予想通り。
同情か、もしくは嫌悪に満ちた瞳。






だからこういうのが嫌なんだよ。
境遇で人判断したりすんじゃねぇっつーの。





キッと彼を睨んで様子を伺えば。
さらりと目を逸らしてカルテに書き込み。
俺に目を向けた。





































































さっきと全然変わりのない、真っ直ぐな視線で。






























































「で?」
「・・・・は?」
「人殺して、それから?」
「そ、れからって」






ここまで質問される事なんて今までなかったから、言いよどむ。
この人の口調、まるで。
人殺すのなんて大したことないって感じで。
ぞくり、と背筋に冷たいものが伝わった。






・・・駄目だ。
彼のペースに巻き込まれたら。








「今の仕事はいつから?」
「・・・外に出て、すぐです」
「ふーん」





なるほど、と頷いてカルテにまた何か書き込んでる。
そして。
持っていたカルテと鉛筆をぽいっと投げた。











え。
ちょっと、おい。









「なに、してんの?」






思わず、敬語を使うのを忘れてしまうくらい。
ビビった。





当の本人はのん気にうーんと大きく伸びをして。
あくびを一つ。





「今日はいい天気だねぇ」
「・・・へ?」





言われて彼の視線の先に目をやる。
確かに窓の外は晴れ渡った空。
雲がぷかぷか浮かんじゃってたりして。
太陽も頑張って地球を照らしちゃってますね。
鳥も何が楽しいんだかって感じで鳴いてるし。
のどか、って言葉が似合う風景。





「・・・はぁ」
「こんな日に部屋にこもってるなんてつまんないじゃない?」
「まぁ、そうですけど」
「お腹もすいちゃったし。今日はもう帰ろうっと俺」
言うなり手に札を持ってドアに向かう長野先生。







本日の受診は終了しましたv長野




























・・・・・・・・・・マジかよ。







































帰る用意をしている長野先生の前で。
俺はどうしようもなく、ただ座っていた。
ってか誰も止めないのかよ。
先生勝手に帰ろうとしてんのに。
しかもカウンセラーってこの人しかいないんじゃないの?
どうすんのよ、待ってる人とか。





「あ、井ノ原もくる?ご飯食べに」
「・・・・急に呼び捨てですか」
「俺もう先生じゃないもん。カルテ見たらお前より年上だし、何か文句ある?」
「・・・・・いえ」
にっこりと目の笑ってない笑顔でそう言い重ねられ。
俺は言葉を濁しつつ頷くしかなかった。
「それと、先生じゃなくて長野でいいから」
「長野、さん」
「うーん、ちょっと気持ち悪い。くん、でいいよ」
「長野くん」
「敬語もくすぐったいからいいや」
「はい・・・じゃなくて・・・うん」
「よし。さ、行くぞー」






オムライスの美味い店なら任せて、って。
俺、ついていくなんてまだ一言も言ってないのに。







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