9、ヒビの入った鏡(Side S)






乱暴に置かれた受話器。
ぷるぷると小刻みに肩が震えているのを、テーブルにつきながら見てしまって。
丁度家に帰ってきていた俺は自分のタイミングの悪さを呪うことになった。
つーか井ノ原。
俺の帰りに合わせて長野怒らせんじゃねぇよ。
イジメか?!





「・・・・坂本くん」
「な、なんでしょうか長野さま」
ゆらり、と効果音をつけて俺の方を振り返った長野は引きつった笑顔を浮かべていた。
うわ。
「しばらく外出禁止ね」
「え・・・俺今日ちょっと約束が・・・」
「約束?何それ聞いてないよっていうか俺のお願いを聞けないほど重要な約束なの?ねぇなんか言ってみろ俺に弁解する何かがあれば今すぐここで5文字以内に収めたとても素晴らしい簡略の仕方で言ってみろ坂本昌行!!!!!!!!」
「ひぃぃぃぃいぃぃっ!!!」
じりじりと笑ってない笑みのまま近づいてくる長野と、後ずさる俺。
こつんと壁にぶつかって、行き場がなくなる。
ガンと真横を長野の拳が通過していき、それは俺の頬を掠めて壁にかかっていた鏡にヒビを入れた。
こ、怖い怖い怖い怖い怖いっっ!!!!!!!!(滝汗)
っていうかお願いっていうか命令だろそれ!!!!
「わわわわわ、わかったっわかったからお前とりあえず手に持ってるメス置け!」
「え?やだなぁ坂本くんこれは俺の職業柄手放せないものなんだって知ってるでしょ別に坂本くんを引きとめるためにズタズタに引き裂いて証拠隠滅に庭に綺麗に埋めてなかったことにするとかそんなことには使わないからv」
「生々しい話をするなぁぁあぁ!!!!!(半泣)」
泣きそうになりながらも身の危険を感じた俺は、長野の持つメスを足で蹴り飛ばした。





かっつん





あ、と長野の気の抜けた声がして。
がくっと床に膝をつく。
多分あまりの突然の井ノ原の申し出にどうしようもなくなってしまったんだろう。
放心状態の顔に少なからず悲しみを感じて。
俺も下に膝をつけて長野と目線を揃えた。





















「・・・寂しいなら寂しいって言やぁいいじゃねぇか」
「・・・・・・・・」
「ちゃんとアイツに行って欲しくないって止めればいいじゃねぇかよ」
「・・・・・・・・・・五月蝿いよ」
すん、と鼻を鳴らす音がする。
困ったように眉を顰め伏せた目が軽く潤んでいて、泣くのかおいと身構えてしまう。
こんなに素直に感情を表す奴だったっけ。



























・・・・・あぁ。
きっと、井ノ原の所為だ。























「坂本くん」
「なんだ」
「俺、よっちゃんと向き合って話す自信、ない」
「・・・そうか」
「だから、坂本くんが話して」
「・・・俺はアイツのことまだ何にもわかんねぇぞ」
「でも、俺が思ってることは手に取るようにわかるでしょ」






当たり前のように長野はそう言って苦笑した。
確かにわかるけど。
わかるけど、どうしろってんだよ。
がしがしと頭を掻く。





「・・・これはお前の問題だろ、長野」
「・・・・・・」
「俺に任せるんだったらすぐにでもアイツを外に行かせるぞ」
「・・・・・・」
「井ノ原だっていつまでも子どもじゃないんだ。そろそろアイツの好きに、」
「わかってるよ!!」
俺の言葉が終わらないうちに長野が叫ぶように言った。
「・・・わかってるけど、怖いんだよ」
「長野」
「あの子が傷つくことが怖い。でもずっと俺の横で笑ってくれてたよっちゃんがいなくなるのが、もっと怖い」
「・・・・・・・」
「どうしよう・・・どうしよう坂本くん」





縋るような長野の目に見つめられ、俺は戸惑う。
何を言ってやればいいのか、図りかねて。
それでも何とか、俺が思っていることを口にした。





「・・・・そのために俺が戻って来たんだろ」





言ってから、かなりこっ恥ずかしい発言をしたことに気づいて顔が赤くなるのが分かった。
キョトンとして俺を見る長野。
ああもう、今日限りだ。





「・・・今まで井ノ原が俺の代わりになってたように、今度は俺が井ノ原の代わりになるっつってんだよ」






早口でそう言ってそっぽを向く。
っていうか長野の顔、恥ずかしすぎて見れないだけなんだけど。







「坂本・・・くん」
「なんだよ」
「・・・・・最高にくさいんだけど」
「・・・ほっとけ!!」
「・・・けど・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがと」
「・・・・・・・・・おぅ」






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>親心というか実はよっちゃん依存症というかという感じのヒロスさんと頑張る(何をだ)坂本くん。
2006.12.26