10、あの日の写真(Side N)
写真を撮った。
俺と坂本くんが再会した日の、すぐ後に。
提案者はよっちゃんで、思い出は形として残しといた方がいい!と強情に俺と坂本くんをカメラの前に立たせた。
そしてちょっと迷ってから、俺も入っていい・・・?と珍しく遠慮気味に聞いてきたものだから、俺たちは思わず吹き出して。
なんだよ何笑ってんだよーと膨れたよっちゃんを宥めながら、3人仲良く写真に納まったのだった。
写真の中の君は笑ってる。
俺も坂本くんもその笑顔が大好きだった。
あの日。
よっちゃんがウチを出て行くと宣言した日。
家に帰ってきたよっちゃんと目を合わせられなくて。
でもそんなことも言ってられないから無理矢理顔を上げたら、真っ直ぐな瞳が俺を射抜いていた。
妥協案ってわけでもなさそうな、真剣な色。
どかりと正座をしたよっちゃんに習って、俺も向かいに座った。
しばらく無言の空気が続く。
なんて切り出したらいいのか、わからない。
「あのな」
最初に口を開いたのは、意外にも坂本くんだった。
俺もよっちゃんも同時に坂本くんに目をやる。
「帰ってこいっつったお前が話し出さなくてどうすんだよ長野。井ノ原困ってんだろーが」
言われてちらりとよっちゃんを見れば、彼は困った顔で俺を見ていた。
さっきまで言いたいことたくさんあったのに。
どれから口に出していいのか、図りかねる。
唇を噛み締めていると、坂本くんにバシバシと背中を痛いほどに叩かれた。
「いたいたいたっ・・・・痛いよなんだよっ!」
涙目で睨みつけたら、彼はにぃっと口の端を持ち上げて俺を見る。
「細かいこと考えないで言いたいこと全部言っちまえ」
目を閉じてふぅっと一息。
落ち着いた俺の背を、すとんと入ってきた坂本くんの一言が軽く押してくれた。
「・・・どうして出て行くって決めたの?」
「外の世界を見たいから」
きっぱりと言い切ったよっちゃんを見て、坂本くんが小さく笑う。
「そりゃまた単純な理由だな」
「坂本くんは黙ってて」
「はいはい。・・・・俺は邪魔者だろうから外に出てるよ。適当に時間潰して帰ってくるから」
言って、坂本くんは家を出て行った。
適当にってことは、さっきの約束があるっていうのはやっぱり嘘だったみたいだ。
二人きりになった空間で、よっちゃんは再び口を開いた。
「外の世界を見て、知らない場所に行ってみたいんだ」
「・・・外は危険だよ?」
「知ってる」
「剣は?また無理矢理持つの?」
「ううん。剣は持たない」
手ぶらで行くつもり、と言い出したよっちゃんに俺は脱力する。
この時代に手ぶらで旅をするというのは、自殺しに行くのとほぼ一緒だ。
「一人で行くの?」
「まさか。俺の悪友の松岡ってやつと、もしかしたらもう一人」
長瀬ってやつがついて来たがってたって言ってたから仲間に入るかも、と。
一応他にも仲間がいることにホッとする。
「その人たちは剣を使えるの?」
「どうかなぁ・・・松岡は体術系が基本だし、もう一人は超がつくほど天然な奴だし・・・あ、でもレプリカの剣持ってたな」
俺は使う気ないしね、とよっちゃんは笑う。
その能天気な態度に俺はかなり強い不安を覚えた。
この子は大丈夫なんだろうか、と。
むざむざ死にに行くために旅に出るように思えて、頭がくらくらするのだ。
後、とよっちゃんは続けた。
「そろそろ親離れしなきゃいけないなって思って」
「親離れ?」
「うん。俺、長野くんに甘えっぱなしだから」
照れたようにそう言うよっちゃん。
甘えているのはどっちなのだろうか。
出て行くと決めても名残惜しそうな様子のない彼より、どうしようもなくなっている自分の方が甘えている気がするのだけれど。
真っ直ぐでキラキラしていて、手を離せばすぐに飛んでいってしまいそうな子ども。
無碍に押し留めるというやり方は彼をもっと束縛してしまうのだと、俺の頭がそう分析する。
「よっちゃん」
「なに?」
「家を出てもいいけど、ひとつだけ約束して」
「うん?」
「・・・・・・・・・死なないで」
それは酷く切実な願いだった。
簡単には約束出来ない程、運命に委ねられる願い。
生きたいと思っていたとしても人間、死ぬ時は死ぬのだから。
けれど。
その確証を持たない約束なしにこの子を手放す勇気は俺にはなかった。
遠く離れていても生きて、ずっと笑ってさえいてくれたら。
俺は独りになっても平気だ。
何故ならよっちゃんはもう、俺の心の中に居付いてしまっているのだから。
「死なないよ」
真顔で、噛み締めるように彼はそう言った。
さっきの能天気さはどこかに消えている。
「ちゃんとまたいつか、ここに戻ってくるから」
だから泣かないでと。
彼に言われるまで、俺は自分が泣いていたことに気づかなかった。
ごめんねという言葉と共にぎゅうと抱きしめられる。
強く、優しく。
体は大きくなったのに、体温は俺よりも高くてまだ子どものようだったけれど。
よっちゃんの抱擁は、彼自身によく似ていた。
かたん、と持ち上げていた写真立てを元あった場所に置く。
これを見てあの子を思い出す習慣がついてしまったことが少し恥ずかしいけれど。
まぁ、それくらい心配で仕方ないってことで。
それにきっと、俺よりもよっちゃんの方がこの写真を見てる気がする。
撮り損ねた方の一枚を彼は持っていったのだけど。
旅に出てからすぐに届いた手紙には、軽くホームシック気味なよっちゃんがいた。
叱咤しようにもあの子たちは一箇所にじっとしていないから手紙は一方通行で。
松岡くんと長瀬くんの保護者(彼らは坂本くんの友達だった。偶然にも程があるけど)も酷く不安がっているらしかった。
・・・・・・・・・・今も変わらず目がなくなるくらい笑っているんだろうか。
ふと、そう考えた。
笑ってるといいな、と思う。
もし泣いていたら真っ先に駆けつけて背中を叩いてやりたいと思う。
だけど、俺は傍にはいないから何も出来ない。
この無力感が酷く空しい、けれど。
「生きて帰ってこいよ、快彦」
彼が笑っているのなら問題ない。
そう、思えた。
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>過保護なひっくんを書きたかっただけなのでした(おい)
2006.12.27