8、切られた電話(Side I)
俺は焦っていた。
多分、人生の中で一番と言ってもいいくらい。
あの。
あの長野くんがキレた。
時は30分前に遡る。
松岡と旅立つ日を決めた俺は、それを長野くんに伝えようと電話を取った。
黙って出て行った方がいいって言ったんだけど、松岡は保護者にきちんと言ってから出て行くのが筋だと言って聞かなかった。
涙脆い俺としてはどうしても顔を見てサヨナラする自信がなくて。
電話なら見ないで伝えられるなんて、そんな風に思ったんだ。
『もしもし?』
「あ、長野くーん」
『よっちゃん?今どこにいるの』
「あは、いつものとこ」
『何も言わないで勝手に出てっちゃうから心配したんだよ。坂本くんなんか俺がいると井ノ原が出てく・・・なんていじけてるしさ』
「ふははは。あの人すっかりヘタレ定着しちゃったのね」
『元々だけどね。・・・んで何?今日も遅くなるの?』
「えーと、突然だけど俺、しばらく帰んないから」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?』
ぴしり、と。
空気が凍った、気がした。
『・・・どういうこと?それ』
「だ、だから、俺しばらく長野くんちに帰んないって、」
『帰って来ないってどういうこと?誰かの家に泊まるってこと?』
「んと、誰かの家に泊まったり、宿探したり、野宿したりって感じだと思」
『それって、俺んちを出て行くってこと・・・?』
「う、うん・・・」
頷いた瞬間。
ミシ、と何かがひび割れる音がして。
長野くんの後ろから坂本くんの悲鳴が聞こえた。
うわ。
これって。
これって、もしや。
『快彦、一旦家に帰っておいで』
「え、でも俺今すぐ出ようかと思ってる・・・んだけど」
『俺の顔見ないで出て行くとか有り得ないこと言うんじゃない。帰って来い。いいな?』
「うわ、あ、は、はいっ・・・あ、で、でも」
ぶちっ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うわーーーーー。
「どしたイノ。顔真っ青だぞ?」
不思議そうに首を傾げて松岡が俺の顔を覗きこんできた。
「お、俺・・・生きて帰ってこれないかもしれない・・・!」
「は?」
「長野くんの口調と声のトーンが変わった・・・怒ってた・・・!」
長野くんを怒らすとどういうことになるか。
小さい頃から一緒だったから身に染みて理解している。
引きつった笑顔で尋問の末、飯抜き。
いや、飯抜きならまだいい。
一回吹雪の中家を追い出されて入れてもらえなかったことがある。
口聞いてもらえなかったことも。
あの人怒ると色々徹底して責めてくるから、怖い。
普段優しいからこそ、特に。
「お、俺一旦帰るっ!」
「それがいいって。育ての親にきちんと挨拶してくんだぞー」
「いや本当は顔見ないで行きたいけどそんなことしたら確実に村を出る前に射殺されるから帰らないと死ぬぜってぇ死ぬってかお前に説明してるヒマねぇんだじゃあな!!!」
早口で捲し立て、俺は店を高速ダッシュで飛び出した。
そして冒頭に戻るわけなのだが。
家に帰るのヤダ。
遅ばせながら反抗期の気持ちを実感しつつ、家路を全速力で急いだ。
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>次に続きます。
2006.12.25