4、濡れた瞳の奥(Side I)







長野くんは泣かない。
理由は知らないけど、泣くことをしないから。
だから俺が傍にいて代わりに泣けたらいいなって、そう思うんだ。
































































































「はー・・・・・」
止みかけの雨の中で俺は身体の奥底から息を吐いた。
喉が詰まったように出づらい。
すん、と鼻を啜って上を見ると。
黒い雲の切れ目に、小さく瞬く星。






















『本当に大事な人を切られたことのないお前に何が分かる!』















「・・・・・・・・・・俺の大切な人だって、切られてんだよ」









3歳の頃。
剣士の白熱した戦いの巻き添えになって。
俺の両親は俺を庇うようにして死んだ。
目が覚めたら、二人の身体の下敷きになっていて。
揺らしても名前を呼んでも、二度と目を覚ますことはなかった。






そして。
路頭に迷っていた俺を拾ってくれたあの人は。
出会った時からずっと、優しくて大きい背中にでかい傷を抱えていた。
身体的にも肉体的にも。
彼は酷く傷ついていたんだ。
































『よっちゃんは、どこにも行かないでね』






何の前触れもなく、不意に。
にこやかにそう言った長野くんの言葉に篭る寂しさを。
小さい頃一度だけ感じたことがある。
本当にほんの、一度だけ。
俺は何も言えなかった。
頷くことだって出来たはずなのに。










































空から前に目を戻すと。
歩いてくる長野くんの姿が見えた。
手にはタオルを持ってる。
一旦帰って持ってきてくれたんだろう。



























あんだけ優しい人が幸せになれないなんて、嘘だ。





























「・・・・・どこも行かないよ」






あの言葉に返すことが出来なかった言葉を、近づいてくる長野くんに向かって俺は小さく呟く。
そう言うことがどれだけ力の要ることか。
傷ついた人を前にして無力な自分にはそれを言う資格はない、と思っていた。





だけど。
今なら言える気がして。
同じ気持ちを分け合える気がして。
無力な立場は相変わらず変わらないのだけど。
それでも。







置いていかれる側の悲しみが酷く深い傷になることは、わかってあげられるから。













「・・・・・・・・・っどっか行ってくれって言ったってぜってぇどこにも行ってやんねぇからな」
さっきより大きく。
俺に触れるくらいに近づいていた長野くんに、叫んだ。
「・・・よっちゃん」
長野くんは驚いたように目を見開く。








覚えているのだろうか。
あの言葉を俺に言ったことを。
たった一度だけだった。
それだけしか、我が儘を言わなかった。
もっと我が儘言っていいんだよって言ったって。
優しく抱きしめたって。
あれ以来、彼は自分の弱さを俺には吐いてくれなかった。







「俺はしつこいよ?ウザいとか邪魔とか言われてもずーっとずーっと傍にいるんだからな」
「・・・・・・」
「大好き、長野くん」
ぎゅうっと抱きしめれば。
何言ってんのよっちゃん、って長野くんは笑った。

















俺がどれだけ強くなっても。
どれだけ支えようと頑張っても。
彼に必要なのはきっと、あの人だけ。
あの人しか、坂本くんしか、長野くんを救えない。










それが分かるから、俺は走る。
坂本くんの心を解くことが出来れば、長野くんも救われる。
無駄だって言われても、止めるわけにはいかないんだ。
二人は既にお互いを諦めてるから。
俺まで諦めたら、どっちも救われない。
どっちも救われる道は唯一つ。
坂本くんが長野くんの傍にいてくれることだから。









誰かが幸せになれば誰かが不幸になる、そんな世の中で。
どっちも幸せになる道を選ぼうとしている俺は、欲深いかもしれないけど。
人の幸せを祈ることは、悪いことじゃないだろって。
俺の中にいる俺が叫んでる。
自分に嘘はつけない性分なもんで。
お節介だとしても、構わず坂本くんに縋ろうと。
そう、決めたんだ。









だから、坂本くんの言葉が異常なほどに突き刺さってしまった。
あの人の気持ちなんて、俺には計れないから。
長野くんの気持ちも同じ。
人の傷を計り知る術があったならいいのにな。













「今日も坂本くんのとこに行ったの?」
「・・・・うん」
「昨日も行ったのに?」
「・・・明日だって明後日だって分かってくれるまで何度だって行くよ」
「馬鹿」
「知ってる」







馬鹿だって分かってるけど。
俺が馬鹿やることでアンタが幸せになるのならいい。
恩返し、なんて大それたこと言わないけど。







身体を離して長野くんを見れば。
雨で濡れた瞳が笑顔で俺を見据えていた。













ねぇ、そんな悲しそうに笑わないで。
非力な俺だけど。
あの人の代わりにはなれないけど。
ずっと、傍にいるから。








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>二人に幸せになって欲しいよっちゃん。
2006.12.12