3、涙をごまかす雨(Side N)







素直に涙を流せない性分でも。
雨はそれを許してくれる力を持っている。



























ぱたっ




ぱたぱたぱた






あぁ、雨が降ってきた。
ちょっと前から黒い雲が空に立ち込めてたから、予想はしてたけど。
俺は一人、病院の備品準備に取り掛かる。
緊急の患者が入ってきてもすぐに対応できるように。
それが俺の信念だから。





しっかし。
よっちゃん、帰り遅いけど大丈夫かな。
雨男なんだから傘持って行けって言ってるのに、聞かないんだから。
窓の外を眺める。
だけど、帰ってくる気配はなくて。
また、いつものところなんだろうな。
坂本くんが入り浸っている酒場。
もう何週間か、何ヶ月かわからないけど、よっちゃんはそこに通い続けてる。
言っても何も話さないから無駄なのに。
・・・ま、つい口を滑らせた俺が悪いんだけどさ。





玄関に目をやる。
傘立てに差し込まれている二本の傘。
酒場からウチまでは一本のルートしかない。
時間は10時を回っている。
門限、とっくに過ぎてんのは気づいてるのかなあの子。
再び外に目をやれば。
驚くほど雨の降る勢いは増していて。
これは迎えに行ってあげた方がいいみたいだな。
そう思って、傘を二本手に取った。























































10分くらい歩いたところで。
トボトボと雨の中を歩いている大きい子どもを見つけた。
あーあ、びっしょびしょ。
帰ったら何かあったかいものでも入れてあげよう。
声をかけようとしたんだけど、彼は珍しく下を向いていて。
何となく声をかけそびれて、戸惑う。






ぱたり、と。
よっちゃんの顎から水滴が滴り落ちた。
それは雨なのか、違うのか。
この洪水の中では判断がつかない。







「・・・・・ぅ・・・っ」






漏れる嗚咽。
震える肩。
離れてるからよっちゃんの表情はハッキリ見えなかったけれど。
確かに、泣いているように見えた。






ぱたぱたぱた







頬を伝う涙が雨に混じって落ちていく。
放って帰った方がいいのだろうかと迷っていたところで、よっちゃんに気づかれた。







「・・・・・あ」







間抜けな声。
見てたの?って視線が訴える。
見てたよ、と微笑めば、よっちゃんは腕でゴシゴシと涙を拭った。







「かぁっこ悪ぃなぁ、俺」
えへへ、と照れたように笑いながらよっちゃんはそう言った。
「どうしたの」
「あは。坂本くんがひっどいこと言うから、ちょっとへこんでたんだよねー・・・」





ひっどいことって。
アイツ、よっちゃんに何言ったんだろ。
っていうか、喋ったんだ。
いつもは相手にされないままでしょげて帰って来てたのに。
よっちゃんが泣くまで辛い言葉。
それは、俺には計り知れなかった。





分かることは唯一つ。
よっちゃんが、俺と坂本くんのことで泣いていた、その事実だけ。






「どうせ雨の所為にするつもりだったんでしょ」
「なんで分かるんだよー」
「俺の知ってるよっちゃんは、多分そうするから」





はい、と手に持っていた傘を差し出せば。
よっちゃんはそれを手に持ち、差さずに俺の傘に入ってきた。
所謂、相合傘。
うわ。





「ちょっと、よっちゃん止めてよー」
「いいじゃん!だって俺長野くん大好きだしv」
「うわっ濡れるからしがみつくなっ」
「えー、つーめーたーいー」





笑うよっちゃん。
だけど。
俺には笑いながら泣いているように見えた。
小さい頃から見てるけど。
こうやって過剰に甘えてくる時は、何かを隠している時だ。
寂しいのとか。
悔しいのとか。
泣きたくて仕方ないのとか、色々。
こういう時に全盲じゃなくて良かったとつくづく思う。
だって見えないと、よっちゃんは絶対笑ってるフリして一人で声を殺して泣くから。






仕方のない子どもだよ、全く。












「・・・・雨が止んだら、また迎えに来るね」










そう言ったら。
よっちゃんはキョトンとした顔で俺を見た。
何言ってんの?ってでかでかと顔に書いてあるけど。
一人でしか泣けないんでしょ。
俺がいると笑おうって思うんでしょ。
だったら、いない方がよっちゃんにとっては最善の策だと。
そう、思ったんだ。





彼の手にある傘をもぎ取り。
俺は踵を返して、家に足を向けた。
ここで待って、とか何言ってんの長野くん、とか。
そういう言葉が返ってきたのなら、冗談だよと笑ってあげる。
けど、声は無いままで。
俺の判断は正しかったのだと確信した。























「・・・・・・・長野くん!!!」







よっちゃんの声。
微かに震えるそれを必死で押さえつけるようにして。
彼は俺の名前を呼んだ。
それでも、俺は足を止めないで先に進む。
振り向いたら、きっと駆け寄って抱きしめてしまうだろうから。
それくらい、俺は彼に甘いのだから。







「・・・・っありがとーーーーーぉぉ!!」







涙で滲む感謝の言葉。









――――――――――――それを言いたいのは俺の方だよ。








小降りになってきた雨の中で、俺はそう一人ごちた。
ぱたり、と俺の顔から落ちた雫は。
雨なのか涙なのか、もう俺にはわからなかった。
































きっと、もうすぐ雨は止む。
そうしたら、びしょ濡れで星空を見上げてしぱしぱ瞬きをしながら捨て犬のように俺を待っているよっちゃんの元に行ってあげよう。
そして、とびきり美味しいココアと手料理で迎えてあげよう。
絶対、彼は満面の笑みを浮かべて喜んでくれるだろうから。









・・・・全く。
俺の大事な子を泣かせるな、馬鹿野郎。






NEXT



>真っ直ぐなよっちゃんは泣き虫です。
 ヒロスくんはそんなよっちゃんに甘いのがいい。
2006.12.11