2、報われない努力(Side S)
「坂本くーん!」
「・・・・・・・またお前かよ」
嫌そうに眉を顰めて見せても、にっこにこしながら近づいてくる細い眼の男。
つい先日、剣を交えた相手。
結構深手を負わせたつもりなんだけどな。
顔に残っている傷は、痕は残っているものの綺麗に塞がっている。
さすが長野。
俺は酒場の一角で身を隠すようにして酒を口にしている。
いつもいつも。
誰かに関わることは全て拒んで。
関わってしまったら、巻き込んでしまう。
実際、俺は長野を巻き込んでしまった。
剣士としては当然として対峙する、戦いの渦に。
がたん、と音を立てて隣に座ってくる男。
いやホントマジでウザい。
勝手にずかずか人の領域に入ってきやがって。
罪悪感とか遠慮とか、そういうものはねぇのか。
怒鳴りつけようにも人目につくし。
第一、コイツの顔を見ると怒る気を無くす。
のほほん、とした幸せそうな笑顔しやがって。
何がそんなに楽しいのか、教えて欲しいくらいだ。
「マスター!俺も同じのちょーだい!」
「お前な・・・」
「あのね、俺の名前はお前じゃないの。井ノ原!井ノ原快彦!何回言ったら覚えるんだよアンタは」
知ってる。
人の名前を覚えるのが苦手な俺でも、しつこく言われりゃ覚えるから。
井ノ原快彦。
珍しい、他にはいそうにないような、名前。
「・・・・井ノ原」
「なによ」
「俺に関わるのは止めろ」
「ヤダねー」
さらっと俺の言葉を否定して。
井ノ原は手元に来たグラスを俺のものにカチン、とぶつけてから口をつけた。
意外と飲める口なもんで。
自然に俺の飲み相手になる。
酒が飲めない長野はこうはいかなかった。
・・・代わりに飯を食べながら俺に付き合っていたから、問題はなかったのだろうけど。
「ねぇ、坂本くん」
「なんだ」
「長野くん、もうアンタを許してるよ」
いつも交わす会話。
長野の知り合いだと笑うコイツは、どうしても俺と長野の仲を取り持ちたいらしい。
余計なお世話だ。
「俺は、アイツのところに戻るつもりはない」
「なんでだよ!」
口を尖らせて食って掛かってくる。
酒も回ってきているのか、声もでかい。
いつもなら言葉を濁らせてあやふやにするんだけど。
俺も結構酒が回っていたのか。
それとも、井ノ原の真剣な心に打たれたのか。
するり、と口が滑った。
「・・・知ってるか?長野の右目が視力を失ってるのは何故か」
「確か・・・旅の途中で剣士に切られたって言ってたけど」
思い出すように言う井ノ原。
やっぱり、長野は本当のことを言っていない。
「本当に狙われていたのは俺だ。俺を庇って、長野が切られた」
長野が切られた瞬間、酷く胸が軋んで。
その剣士を倒した後には後悔しか残らなかった。
俺が気を緩めていなければ。
誰かに心を許さなければ。
こんなことは起こらなかった。
「・・・そんな顔して話すのに、どうして長野くんを切ったの」
悲しそうに顔を歪めて、井ノ原が俺に問う。
「俺が独りになりたいと言った時、長野が言った」
『独りで行きたいんなら俺を切ってから行けよ!』
「・・・別に、視力がなくなったことが原因じゃない。そんなこと関係なかった」
ただ。
アイツを傷つけるくらいだったら独りになった方がいいと。
そう、思ったんだ。
「でも、全部坂本くんが悪いわけじゃ・・・」
「お前なら、どうする」
「え?」
「自分の所為で大事な人を傷つけてしまったら、その人の傍に居られるか?」
危険だということがわかっていて。
これからもソイツを巻き込むことがわかっていて。
それでも。
井ノ原の黒目が揺れる。
俺の言ったことを頭の中で想像しているのだろう。
グラスに口をつけて、息をつく。
「・・・きっと、いられねぇや。俺も」
困ったような顔で出した結論は意外と弱気なもの。
コイツはどこか俺に似ている気がする。
・・・だから、口が滑ったのかもしれない。
「でも」
「?」
「それでも傍にいていいって言ってくれる相手が居たら、一緒に居るよ」
そんで。
もう二度とその失敗を繰り返さないようにするよ。
真っ直ぐな瞳で、井ノ原はそう言った。
「そんな人がいたんじゃない、坂本くんには」
「・・・・・・」
「長野くんは今も坂本くんを待ってる。一緒に生きようって待ってるよ」
「・・・・・・」
「気が向いたらいつでもいいから来てよ。謝ったり何か言えって言ったりしないから、会って話して・・・」
「・・・お前に何が分かる」
自分で発した声が予想以上に怒りに震えて驚く。
井ノ原も驚いた顔で俺を見る。
「坂本く、」
「本当に大事な人を切られたことのないお前に何が分かる!」
ダン、と。
カウンターを叩きつけると、グラスが音を立てて鳴った。
周りの視線が一瞬にして集まる。
その感覚に、俺の気持ちが冷静に戻る。
感情を剥き出しにしたのは久しぶりだった。
怒りを納める方法は身につけていたはずなのに。
それを見た井ノ原がため息混じりに椅子から腰を上げ、立ち上がる。
「わかんねぇよ」
「・・・・」
「わかんねぇけど!アンタも長野くんも同じように辛そうな顔してんの、見てらんねぇんだよ」
「・・・・井ノ原」
「明日も、明後日も、その次もここに来るから」
「・・・・・・」
「報われない努力だってわかってても、俺は諦めねぇからな」
乱暴な足音を立てて、井ノ原は店から出て行った。
空いた隣が少し寒いなんて、思っちゃいけない。
また繰り返すのか、俺は。
「・・・・・戻れねぇんだよ」
誰が俺を許しても。
俺が自分を許せない限り、ずっと。
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>抱え込むサカさんを書くことが多い気がしてます。
2006.12.10