11、隙間風
突然。
本当に突然、井ノ原が帰ってきた。
普通にただいま、と声がしたから普通におかえりと返して。
ひょっこりと現れた変わらない顔に、異常なほどにビビッて椅子を後ろに倒してしまった。
相変わらず面白いね坂本くんはと井ノ原は盛大に笑い声を上げ。
きょろきょろと誰かを探すように顔を動かす。
「長野だったらいねぇぞ」
言ってやると目を丸くして俺を見た。
「いない?!いないってあの人どこ行ったの?!ちゃんと約束して戻ってきたのに俺・・・!」
泣き出しそうな顔で一人捲し立てるから、違う違うと訂正してやる。
「誰もいなくなったなんて言ってねぇだろ。アイツ外回ってんだよ。じっとしてても仕事ないから探しに行ってくるって」
「な、なーんだぁ・・・」
ホッとして崩れ落ちる井ノ原。
コロコロ変わっていく表情や態度が可愛らしくて思わず笑ってしまう。
「・・・何笑ってんのよー」
「ふははは・・・いや、お前ホント面白すぎ」
止まらない笑いにつられて井ノ原も笑い出す。
笑いっていうのは不思議なもので、一度起こると止まらない。
何が可笑しかったのか分からなくなるくらいに二人で笑っていると。
「五月蝿いよ!」
聞き覚えのある声と、後頭部に鈍い衝撃。
振り向けば問診に旅立ったはずの長野の驚いた顔が見えて。
そのすぐ後に長野くーん!と元気よく叫びながら井ノ原が飛びついた。
がったんと物凄い音を立てて床に押し倒されるも、長野のその手は井ノ原の頭を撫でている。
それは彼が旅立ってから、5年と少し経った頃だった。
とりあえず椅子に座らせて、お茶を出す。
昼飯まだ食べてないって言うから、即席ナポリタンも。
スパゲッティ、多めに茹でておいてよかった。
虫の知らせってやつかな、これ。
この役目がどうして俺にあるのかは自身の名誉のために伏せておく。
テーブルに置くなり、井ノ原はかき込むようにして食べ始めた。
欠食児童かコイツは。
「坂本くん、料理上手いんだねぇ」
俺は幸せそうな井ノ原の言葉に妙に気恥ずかしくなって。
何も答えずに椅子に腰掛けたのだけど。
長野に目ざとく照れていることを見抜かれて、墓穴を掘ってしまったことに後悔する。
ごくんと喉を鳴らしてスパゲッティを飲み込み、本当に色んなものを見てきたのだと、井ノ原は言った。
ココを出てからすぐに洞窟に入って散々な目にあったとか、空にかかる虹が円になって見えたとかそりゃもうとにかく小さいことから大きいことまで事細かく楽しそうに話す井ノ原を優しげに長野が見ている。
まるでお兄ちゃんに幼稚園の出来事を話す弟みたいだ。
身振り手振りを交えて口を動かす井ノ原。
その手――――ヤツの左手に小さな違和感を感じて、首を傾げる。
忙しなく動く手を器用に空中でキャッチすれば、人の腕らしからぬ感触。
ハッとして井ノ原は俺に目をやった。
「・・・・何すんの横からー」
「よく出来た義手だな」
「あ、それ俺も思った」
さらっと言った俺に長野も至って普通にリアクションする。
それを見て井ノ原は目を引ん剥いた。
「な、なんで長野くんにまでバレてんの?!!」
「さっきよっちゃんが抱きついてきた時に分かっちゃった」
俺を誰だと思ってんの?って、確かに。
長野はそっち系専門だ。
義手の取り付けをしているのは見たことないけど、俺も井ノ原も実戦で負った傷を治してもらってるし。
やろうと思えばいくらでも出来るんじゃないだろうか。
わけを問い詰めると急に倒れてきた木材の下敷きになったんだと、理由を渋々話してくれた。
「・・・・理由が格好悪いから隠しとこうと思ってたのにー」
「バレた時のことを考えろ井ノ原」
「なに?それどういう意味?坂本くん」
俺の的確な忠告にぴくりと反応する長野。
地雷を踏んだことに気づいて後ずさるも、ヤツは笑顔でじりじりと近づいてくる。
それを見ながら笑うかと思いきや、井ノ原はぷーっと頬を膨らませた。
「長野くんっ坂本くん構うより俺の話聞いてよー!」
「あ、そうだった」
ごめんねよっちゃん、と長野は椅子に腰を下ろした。
助かった。
助かったけど。
ちょっと寂しいなんて思う俺は危ないヤツなんだろうか。
ナポリタンの皿が空っぽになった時。
「よっちゃん、また行っちゃうの?」
テーブルを拭きながら少し寂しそうに長野が言った。
「うん。今日は泊めてもらって明日発つつもり」
「そりゃまた急だな」
「だってここに長居したら行きたくなくなっちゃうもん」
俺長野くんも坂本くんも大好きだからと井ノ原は恥ずかしげもなく笑った。
その笑顔がどこか寂しげで。
ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやれば何すんだよーと言いながらも嬉しそうにしていた。
ホント、犬っぽい。
そう思っていたら突然。
「今日は川の字で寝ようよー」
「どこの家族だそりゃ」
「俺ずーーーっとそうしたかったんだもーん!」
ねぇねぇいいでしょいいでしょーと俺と長野の周りをぐるんぐるん回りながらおねだり。
でっかい男3人で川の字なんて寒すぎるだろ、と思ったけど。
あまりにも井ノ原がしつこいもんだから、二人して折れてしまった。
布団を敷けば当たり前のようにヤツは真ん中に陣取り。
オマケに少し離していた布団を自分のものに重なるくらいにくっつけて。
早く早くと急かされて、俺は左側に、長野は右側に横になる。
そうしたら。
ぎゅうっと手を握られた。
俺の方は義手だったから、ひんやりと冷たい感触が手に伝わってくる。
「俺、二人とも大好き」
噛み締めるように井ノ原が言った。
「今日のよっちゃんは甘えたさんだねぇ」
「へへへ。離れてわかる親の大切さ、ってね」
「俺よっちゃんを生めるほど老けてないんですけどー」
「まぁまぁ。言葉のアヤってヤツよ」
楽しそうに会話をする二人の横で。
さわ、と小さく胸がざわめく。
なんだろう、この不安は。
井ノ原が妙に甘えたで。
握った手が義手だから冷たくて。
それだけのことが何故か俺の胸を騒がせる。
「次はいつ帰ってくるの?」
「んー・・・わかんないや。今日だって近くに来たから寄っただけだし」
「そっか。また近くに来たら寄ってよ」
「うん、ありがと長野くん」
井ノ原の言葉に俺が望む言葉が見当たらなくて、不安は募るばかりで。
けれど深く考えすぎなのかもしれない、と自分を落ち着けてみる。
まさか。
これは俺の杞憂だ。
もう井ノ原が戻ってこない気がする、なんて。
大丈夫だよな、と聞くように井ノ原の手を握り締めても。
造られたそれはヤツに何も伝えてくれていないように思えた。
朝、目が覚めたら布団に井ノ原の姿はなく。
代わりに小さな紙が置いてあった。
拾い上げてふと気づく。
布団がまだあたたかいことに。
『見送られたら泣いちゃうから勝手に出てくね。昨日はわがまま聞いてくれてありがとう。 快彦』
寝ぼけ眼に走り書きのそれを読み、次に隣でまだ寝ている長野を見た。
これを見たらどう思うんだろうか。
俺に挨拶もなしに出て行ったことについて坂本くんはどう思う?なんて笑ってない笑顔で変に問い詰められそうだけど。
長い間付き合ってると感じる。
それが長野の防衛反応なんじゃないかと。
寂しさや悔しさみたいな自分の弱さを隠すためのものなんだろうと。
だから、俺はそれに付き合ってやれればいいと思う。
毎日それをやられるとたまんないんだけど、たまにならいいか、なんて。
とりあえず、長野を起こさないように布団に身体を戻した。
見送られたら泣くんだろ。
俺はお前の笑顔が好きだから、知らなかったフリしといてやるよ。
そう、心で呟いて目を閉じた。
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「おーい!」
「おせーぞイノ!!」
待ち合わせ場所にいた松岡に手を振ると、そう怒鳴られた。
「お前が早すぎんだよー」
「ま、いいけどな。怖くて逃げたなんてよりマシだ」
「あぁ?!俺が何を怖がるって?!」
「はいはい。とりあえず言い合いは止めようぜ。腹減るだけだしよ」
大きな手で制止され、それもそうだと口を噤む。
さわり、と木がざわめく。
ここはとても居心地がよくて、つい気持ちが緩んでしまう。
お互い大切な人がいて。
勝手な自分たちを容認してくれている場所だから。
帰って来たいと、二人同時にそう言った。
「長瀬は?」
「ついて来たがってたけど無理矢理置いてきた。二人に任せたから心配ねぇよ」
「そっか」
「・・・・さよなら言ったか、イノ」
「言えるわけねぇだろ。言ったら止められる」
「俺もだよ。・・・兄ぃ辺りは鋭いから気づいてるかもしれないけど」
「ダメじゃん!・・・って言いつつきっとウチも坂本くん辺りが気づいてそうだけど」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・悪いな、付き合わせて」
「何言ってんのよ。今更そんなこと言うんじゃねぇ」
「・・・・うん」
「黙ってベッドで死んでくより無茶なことやって死にたいっつったのはどこのどいつだこの野郎」
「ここの俺だこの野郎っつーか言ってねぇよ一言も口に出してねぇのにお前が勝手に読んだんだっつーのこのプライバシー素無視野郎が俺の人権を返せコラ」
「だぁから言ってんだろ。お前は読んでやんねぇと溜める野郎なんだって。読まなかったら何にも言わずに一人でどっか行ってたろ」
「・・・・・・」
「知ってんだよ。付き合い浅くてもお前くらい単純だと分かんだよ」
「・・・・・・」
「・・・それにお前には借りがあんだよ。俺を庇わなきゃその左手は」
「・・・そのことは気にすんなっつってんだろ」
左腕の義手は一生松岡を苦しめるのだろうか。
庇ったのは俺の判断で、何もしなければ多分松岡自身を失っていた。
それだけは嫌だと思っての咄嗟の行動。
傷を負った長野くんの気持ちは今の俺の気持ちと似ているんだろうか。
考えても考えてもわからないけれど。
二人と違うことは唯一つ。
松岡は俺の心を読むことが出来るから、俺の気持ちを理解してくれているということ。
俺が恨んだり後悔したりしていないっていうのは伝わってんだろうから。
もし坂本くんが松岡と同じ力を持っていたなら、あんなことにはならなかったんだろうな。
・・・・無茶な話だけどね。
「・・・・とにかく放って置けねぇだろ。読まれてるって分かってんだから素直に言えよ」
「・・・・・・バカヤロウ」
「あ?」
「お前だから巻き込みたくねぇんだよ。わざわざ俺と運命共同しなくたっていいのにさ」
「・・・いいんだよ。お前と一緒だったら面白ぇから」
「おいそれだけかよー?!」
「それだけだよ!!!っつーか何求めてたんだお前はうわ別に俺はお前のこと好きで大好きで離れたくないわけじゃねぇ勘違いすんなこの変態野郎が!!!!!」
「だっ、おまっ・・・本気で人の心読むのヤメロ恥ずかしい!!!!」
「お 前 の 思 考 の が よ っ ぽ ど 恥 ず か し い ん だ よ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! 」
すぱこーんと小気味よい音を立てて松岡のツッコミが俺の頭にクリーンヒット。
病人に取る態度かよと文句を言えば、お前はどこをどう見ても病人に見えねぇ!と全く持って失礼な言葉が返ってきた。
気の置けない相手。
気を使わなくていい相手。
無駄に心配されるより却ってこっちの方が楽だ。
寂しがり屋の俺の心の底まで知っているコイツは、最後まで俺のことを一人にしたくないらしい。
酒飲んでる時に松岡が呟いたそれは俺を赤面させたけれど。
同時にありがたく思う。
長野くんと坂本くんの関係とまではいかないのかもしれないけど。
俺と松岡はそれに近いものだろうなと自負出来る。
だって、二人の元を離れた時の心の隙間がもう全くと言っていいほどなくなってしまったから。
こんなヤツが俺の傍にいてくれて、よかった。
「・・・・何考えてんだお前」
「お前が知ったら顔面真っ赤になって死にたくなるくらい恥ずかしいこと」
「松岡がいてくれてよかった、みたいな?」
「・・・・・・・・・・しっかりバッチリくっきり読んでるくせにわざわざ聞くんじゃねぇよ」
「んはははは!お前のが真っ赤だよイノ!!」
「死ね!いっぺん死ね!!」
「お前とな」
にやりと微笑まれてさらりと殺し文句を一つ。
存在自体が恥ずかしいんだよコイツは。
・・・・そんなところが嫌いじゃない俺がいるんだけどね。
「さて、どこ行く?」
「やっぱドラゴンの鱗しかないっしょ!不老不死!願い事何でもオールオッケー!!とりあえず俺が死なない状況を作りたい!!!」
「馬鹿?お前馬鹿??死ぬから無茶なことやんだろーがよ」
「無茶なことやって死ななかった場合のことも考えるに越したことはねぇだろー!」
「無駄な期待すんな。とにかく死ぬこと前提ってこと、忘れんなよ」
嗜めるようにそう言うから。
ニヤリとしてさっきのお返しを一つ。
「お前と一緒に、だろ?」
言ったら松岡はキョトンとして。
それからバシッと背中に衝撃。
「・・・・・わかってんじゃん」
バイバイ長野くん、坂本くん。
もし運命を捻じ曲げられたら、また会いに来るよ。
っていうかきっと会いに来る。
だって、コイツとだったら出来ないことなんて何もない気がするから。
晴れた空の下、悪友と二人。
怖いものは何もないなんて馬鹿げたことを思いながら、来た道を辿った。
END
>切ないようなそうでないような形でシメ。お付き合いいただきありがとうございました!
2006.12.29