光一との旅は、楽しかった。
すっごく、楽しかった。
光一もきっと楽しかったんだと思う。
目標も無くふらふらと彷徨う旅は、一年、二年と月日を重ね。
俺の運命の相手は見つからないまま。
光一の探している人も見つからないまま。
三年目を、迎えた。
ある日。
とある町で、俺と光一は酒を飲んでいた。
赤く染まった頬。
両方ともさして強くないのに、今日は何故か飲みたい気分で。
キャパを超える量を喉を鳴らして、身体に流し込む。
かたん、と。
グラスを置く音がして。
ぽつりと漏れた声。
――――――――ホントはな、俺の探してる相手はもうおらんねん。
潤んだ瞳で、光一がそう、言った。
ビックリした顔を向ければ、けらけらと笑われる。
それは、痛い笑顔だった。
胸に刺さって、ぎりぎりと締め付けられるような笑顔。
「おらん、って」
「この世に存在しとらんねん、もう」
からん、とグラスの中の氷が鳴る。
「いつ、から?」
「んー・・・もう5年になるかなぁ」
5年。
俺と出会った時、既に相手は居なくなっていたってことになる。
泣き出しそうな光一につられて目を潤ませれば。
そんな顔すんなや、と慰められた。
するなって、言われても。
光一の心境を考えると、泣けてくる。
だって、俺と旅をしながら、ずっと辛かったんだろう?
運命の相手の話だって、たくさんした。
その度、思い出して胸を痛めてたんだろう。
なのに気づかなかった。
楽しくて笑ってるって思ってた。
・・・馬鹿だ。
「ごめん、な」
「お、俺こそ・・・っ」
「ちゃう。ずっと騙してて、ごめん」
探してるなんて、嘘ついて。
本当はもう、居ないのに。
「長瀬と一緒に居ると、アイツのこと忘れられた」
手に負えないほどの阿呆で。
僕が何度止めても、ちっとも言うこと聞かんで。
自分の存在意義を探したい、なんて。
酔いに任せてそう言って、居なくなった。
それから三ヶ月後。
あっさりとアイツは戻ってきて。
死に場所はやっぱりここしかない、なんて大層なこと言って。
オンボロギター弾きながら、あっけなく逝った。
名前も覚えきれんような、長ったらしい病気に蝕まれてたらしい。
そんなもんちっとも気づかせんで。
僕に、弱味一つ見せもしないで。
最後まで、アイツはアイツのままやった。
ぽつりぽつりと話す言葉は震えていて。
ひとつひとつが痛々しくて。
たまらず光一を抱きしめれば、微かに笑った雰囲気。
「優しいなぁ、長瀬は」
優しく髪を撫でる手。
あったかい体温。
「こんな僕のために、泣いてくれるんやな」
そう言って。
ぽんぽん、と軽く背中を叩いてくれた。
笑わないで。
笑わないでよ。
辛くて仕方ないなら、俺みたいに泣いてよ。
光一。
次に目を覚ました時。
光一の姿はもうどこにもなかった。
宿のベッドは片方が使われないままになっていて。
その上に、『長瀬へ』と記された置手紙。
『運命の相手はきっと見つかる』
それだけが、ど真ん中に書いてあった。
涙は、出なかった。
昨日の夜、たくさん泣いたから枯れてしまったのかもしれない。
くしゃ、と手の中の手紙が握った拍子に音を立てる。
置いていかれたのが寂しくて。
友達を失ったのが、辛くて。
そして。
三年間も一緒に居たことで、分かってしまった。
光一の行った場所。
それはたった一つしか、思い浮かばない。
「・・・・・・剛んとこ、行ったんだ」
言葉にすれば、容易い。
けれど、実際は辛くて辛くて仕方ないことで。
自ら自分の人生を終えたのだと。
そう、思ったらじりじりと胸元が痛んだ。
今から思えば、だけど。
この時泣いていれば、俺の声はそのままだったのかもしれない。
だけど、俺は泣けなかった。
泣いてやるもんか、と強がってたわけじゃなく。
泣かないように努めてたわけでもなく。
ただ、泣いたってもう戻っては来ないだろうと、諦めてた。
痛みはだんだんと広がり、喉が詰まったようになる。
不安になって口を開いてみれば、声の代わりにかは、と息が出て。
背筋が酷く凍ったように冷えた。
まさ、か。
ガクガクと震える足。
その場から逃げ出すようにして宿を出て、走る。
俺から声を取らないで。
歌がなくなったら、俺は俺じゃなくなる。
自分のことを、好きになれなくなる。
だから、取らないで。
走って、走って。
人通りの少ない路地裏にたどり着いた。
ここなら、誰も俺を気にしない。
すう、と息を吸い込む。
口を開けば、いつものように歌が零れて、安堵した。
よかった。
歌、歌えてる俺。
同時に、悲しくなった。
光一。
ちゃんと剛のところ、行けてるといいんだけど。
ちょっとボケッとしたところ、あるから。
また迷子になってたら、可哀想だ。
思って、歌を変える。
悲しげな旋律。
人が安らかに眠れるように作られた、歌。
俺の母親が死んだ時、覚えた歌。
レクイエム。
俺の歌が道標になればいいな。
剛が居る場所はわからないけれど。
迷子になった時に光一を村に導いたように。
また、役に立てればいいのに。
歌って。
喉が張り裂けるほどに歌って。
ふと、気づいたら。
俺の前に人が立っていた。
小柄で、三白眼の綺麗な目。
背丈は俺よりもかなり低くて。
じぃっと見上げられた形に、戸惑う。
なんですか、と問いたかったけれど言葉が出なかった。
歌歌えるのに喋れない。
変なの。
困ったように首を傾げて見せれば、口を開く。
「今の歌、お前が?」
見かけによらず乱暴な口調。
こくんと首を縦に振れば、そうか、と納得して。
「もう一回、歌ってくれないか?」
と、頼んできたから、頷く。
頷いて、思いっきり息を吸い込んだ。
歌っている間。
俺の前にしゃがみこんだ彼の様子を見ていたら、自然と膝の上の手が動いていた。
何かを押すような、そんな仕草。
足はリズムを取っている。
顔は、とっても楽しそうに笑っていた。
それが凄く、嬉しい。
嬉しくて嬉しくて。
俺も一緒に笑顔になる。
光一とは違う、どこか・・・そう、どこか自然な。
彼が居ることが当たり前に感じるような、そんな不思議な感覚。
『コイツとは多分ずっと一緒に居んねんなぁ、って感じる相手や』
光一の声がふわり、と頭に過ぎる。
うん、そうだ。
そういう、感じがするんだ。
言葉なんて数えるほどしか交わしてないのに。
歌が終わって。
ふぅ、と息をつけば、感嘆の溜め息と重なった。
「すげーな、お前」
強くて優しくて伸び伸びしてて。
どっかに雇われてんの?と尋ねられて、首を横に振る。
「俺は国分太一。知ってる?」
言われて困惑した。
この街には3日ほど前に着いたばかりで、そんなに詳しくもない。
ふる、と首を横に振れば、そっか、とちょっと嬉しそうに微笑んだ。
有名人、なのかな。
それなら知らない方が悲しいと思うんだけど。
「お前の名前は?」
尋ねられて、再び困る。
伝える術が見つからないのだ。
オロオロしていたら太一くんがん?と不思議そうな声を上げた。
「お前、何持ってんの?」
指差された方の手に目を向けると、ぐしゃぐしゃになった紙があって。
どうやら俺は宿からずっと光一からの手紙を握り締めていたらしい。
太一くんはそれを手に取ると一通り目を通し。
「・・・・・・長瀬?」
と、俺の名前を呼んだ。
だから、頷いた。
もう一度噛み締めるように長瀬、と呼ばれ、また頷く。
「歌えるのに、話せないのか?」
ぶん、と縦に首を振る。
そうなんです。
歌は喉から滑るように出てくるのに、言葉が出てこなくて。
よく、わかんないんだけど。
「あの、さ」
「?」
「お前ずっと、ここに居んの?」
ずっと。
ずっと、居るのかな。
でも、太一くんが居るんならずっと居たっていいかも。
・・・なんて、思いながら頷けば。
太一くんの顔が満面の笑顔に変わった。
「マジで?!じゃあ、また明日来てもいいか?」
っていうかお前家は?と。
その言葉にまたも困惑する俺。
旅してたから宿はあるんだけど、もう戻りたくないのが本音だった。
あそこに居ると光一を思い出してしまうから。
居なくなってしまった友達を思って俯くと。
優しい手が、俺の頭を撫でていた。
「家、困ってるんだったら俺ん家来いよ」
その代わりお前の歌、もっとたくさん聞かせろよ、と。
命令口調で言われたけど、厭味は全く無く。
とっても楽しそうに笑うもんだから、俺まで釣られて笑って、頷いた。
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2007.5.17