長瀬が俺の居るところで歌を歌い始めてから、3日目。
俺はその場に座ってヤツが来るのを待っていた。
大きい身体をゆらゆら揺らして、にこにこしながらギターケースを背負って。
遠くからでもハッキリ分かる姿。
黒髪のてっぺんが見えて、ふわりと心が和む。
長瀬ぇ、と叫んで手を振れば、俺を見つけてにこにこと手を振り返してくる。
ワンコみたいなやつだな。






その、巨体が。
物凄い勢いでこっち側に走ってくるのが見えた。






え。
何急いでんだアイツ。
今まで一度もそんなことなかったのに。
首を傾げてその様子を見やれば。
俺の居るところにたどり着くなり、ヤツは俺の服を掴んで口をパクパクさせた。
必死に何かを訴えようとしてるみたいで。
こっちに来てくれ、って言われてるように感じた。
でも、俺は自縛霊なわけよ。
こっからは自由に動けないわけ。
「長瀬。俺こっから動けねぇんだよ」
そう言えば。
ぴたり、と俺の服を引っ張るのを止め、悲しそうに俯いた。


























「・・・・・・どした?」
顔を覗き込むようにして尋ねると、悲しそうな顔のままぱくぱくと再び口を動かしだす。
だけど、俺にはサッパリで。
わかんねぇよ、と言ったらだんだん長瀬の目が潤んできた。
うわ。
「な、泣くなよ」
慰めるように背中を叩くも、ぼたぼたと容赦なく落ちていく涙。
子供みたいに泣くんだな、コイツ。
いっつも笑顔だから気づかなかったけど。
わしわしと髪を掻き混ぜてやれば、突然ぎゅむっと抱きついてきた。
「うわっい、いててててっ!」
思わず痛がってしまうほどの怪力。
そりゃ、そうだよな。
こんなでかい図体して非力だったら笑えるもんな。
・・・って、呑気に思ってる場合じゃねぇ。
へし折られる俺。
「痛い痛いっ離れろ長瀬っ」
ばしばしと肩元を叩けば、ハッと気づいた風に俺から離れる。
あーあ。
せっかくの男前が涙と鼻水でぐっちゃぐちゃでやんの。
それらを腕でぐしぐしと拭って。
長瀬はぺたん、と地面に腰を下ろした。
背負ったギターは降ろすことなくそのままで。
犬だったら耳がしょぼん、と垂れてる感じ。
俺がここから動けなくてそんなにショックだったのか?






「えー・・・と。ごめん、な?」
とりあえず謝っとこうと、しゃがみ込んで謝罪の言葉を口にすれば。
ふるふると物凄い勢いで横に振られる首。
しゃくり上げながら、ぱくぱくと口が動く。
「何か、言いたいことがあるのか?」
問えばこくん、と頷く。
でも、それだけで。
動く口が何を言っているのか、知る術は全く無い。
わかんないんだから仕方ねぇだろう。
それが、俺の結論だった。
とりあえずこの気まずさをどうにかしたい。
年下を泣かせるなんざ、俺の性分に合わねぇんだよ。
「長瀬ぇ」
「?」
「歌、歌ってくれよ」
泣いてるとこ悪いんだけどさ、と口にすれば。
濡れた黒い目を俺に向け、ぶん、と縦に大きく首を振った。





背負ってたギターを手に取り、短いチューニングをして。
優しく手の中のギターを撫でた後。
ぽろん、と奏でたそれは。

























































































































「・・・・・・嘘、だろ」































































































耳を疑った。
長瀬が奏で始めたそれは、あの人と俺がベランダで歌った古い曲だったから。
何でお前がそれを知ってんだ。
いや、知っててもおかしくはない。
俺だって知ってる曲だ。
年のさして離れていないだろう長瀬だって、知らないことはないはずだ。
だけど。
どうしてこの曲なんだ。
流行の曲なんて沢山あるはずなのに。
驚いている俺に、長瀬は目を合わせて。
ゆったりと。
一言一言を大きく、見えるように。






ぱく ぱく ぱく ぱく ぱく






五文字。
忘れるわけ、ない。
その、名前。





































































「茂、くん・・・?」





































恐る恐る言葉にしてみれば、ぱぁっと輝いた後縦に振られる顔。
長瀬。
お前何であの人のこと知ってんだ。
・・・もしかして。










「助けてもらったのか?お前も」
俺の問いかけに、ぶん、と首を縦に振る。
あの人のことだ。
俺ん時と同じく、へたり込んでたコイツを放ってはおけずに家に来るよう誘ったのだろう。
変わらない茂くんの性格に、ホッとして。
未だ彼の病気が再発していないだろうことにも、ホッとして。
いい人に拾われた長瀬に対しても、ホッとした。
「よかったなぁ。いい人だろ、茂くん」
再び首が縦に振られる。
続けて、ぱくぱくと動く口。
や、わかんねぇって。
俺が問いかける形にすりゃいいんだろ。
「上手く、やってんのか?」
こくん、と。
首を縦に振って、またもぱくぱく動く口。
その中に入っている、見覚えのある動きの言葉。










・・・・・・マボ?










「俺?」
ぶんぶんぶん、と。
それを言って欲しかった!とばかりに振られる顔。
「・・・俺が、何?」
何か、言ってたのかな。
別に悪いことをしたわけでもないのに、急に不安になる。
「・・・・・・怒ったり、してた?」
横に振られる首に安堵する。
怒ってはいないみたいだ。
それだけで胸の使えが幾らか下りた気がする。
っていうか、すっげぇ不安が一つ。
「・・・あの人、俺が死んだこと知ってるわけ?」
普段からボケてる感じだからさ。
それすら知らなかったりして、なんて。
俺の問いに、長瀬はぶんと今度は首を縦に振った。
あ、そっか。
それは、知ってんのね。
よかった。
・・・よかったってこともねぇか。
じゃあ。












「さっきお前が俺を引っ張ったのは、茂くんが関係してんのか?」
ぶん。
「もしかして茂くん、倒れたのか?」
ふるふる。
「違うってことは、元気?」
ぶん。
「あ、そう。よかった」





会話を打ち切れば。
がくんと肩を落とす長瀬。
「・・・なんだよ。まだあんのかよ」
ぶん。
首を縦に振った後、長瀬はガリガリと地面に何かを書き始めた。
丸書いて、目書いて、にっこりと弧を描いた口に、シワ。
それを指差してぱくぱくと口を動かす。
えーと、し、げ、るくんね。
この変な丸が茂くんなわけだ。
そして、長瀬はその変な茂くんの絵を指差して、俺を指差して。
そのまま指を自分の耳に持っていった。
茂くん、俺、長瀬の耳。
「茂くん・・・が?」
ふるふる。
「じゃあ、茂くん・・・に?」
ぶん。
茂くんに、俺、長瀬の耳。
あ。
「茂くんに、俺のこと聞いたの?」
ぶんぶんぶんぶん。
あー、いちいち行動がでかいお前。
「・・・だから?」
聞けば、今度は自分を指差した後、茂くんの絵と俺を両手で指差して。
指差した手を真ん中に引き寄せた。
この動作は、今までで一番分かりやすかった。













































































「・・・お前、俺と茂くんを会わせたかったのか」























































ぶんぶんと振られる長瀬の顔を見ながら。
人のために涙を流せるコイツを羨ましく思った。
俺と茂くんのことを考えて、必死に俺の服引っ張って。
動けないことに気づいたら自分ごとのように泣いて。
馬鹿みたいに純粋なやつだ。
ここまで真っ直ぐな長瀬が居りゃ、俺のことなんかすぐに忘れられるだろう。
死んだ俺をずーっと覚えてて引きずるよりよっぽどいい。
・・・・・・ちょっと、寂しいけど。






「・・・・・・茂くんに、伝えといて・・・って、喋れないから出来るかわかんねぇけどさ」
「?」
「俺のことなんてな、さっさと忘れろって」






そう言った瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
















俺が長瀬に殴られたと悟った時には、既にアイツの目に涙が浮いていて。
眉間に寄ったシワ。
震える手をぎゅうっと握り締めて。





・・・コイツは俺を殴ったことを後悔してる。
優しいから。
優しすぎるから。
茂くんの為に怒ったのに、同時に俺が傷ついてないかって思ってるんだ。






・・・・・・うん。
ごめん。
そう、だよな。
言っちゃいけないことだったんだよな、これは。






「・・・・・・悪ぃ」
頭を垂れれば、ふるふると横に首を振る。
「あの人、俺がここにいること知ってんのか?」
再び横に振られる首。
そうか。
「・・・ここに、来てないのかな」
少なくとも俺が自縛霊として目が覚めてからは一度も見てない。
俺があの人を見逃すはず、ねぇし。
でも長瀬は首を横に振った。
そして、一本人差し指を差してみせる。
「・・・一回、来てるのか?」
ぶん。
「いつ?」
尋ねると、俺を指差した後こてん、と地面に倒れこむ。
え。

































「・・・俺が、死んだ日・・・?」










ぶん、と振られる首を見ながら。
俺は一生懸命死んだ時のことを思い出していた。



































俺がトラックに吹っ飛ばされて。
倒れていた時に聞こえてきたもの。
誰かの慌てた声と、駆け寄ってくる足音。
知ってるような感じの声色。




















































































































・・・あれは『知ってるような感じ』じゃなかった。






俺はあの声を『知ってた』んだ。













































































「・・・茂くん、だったのか」

































倒れている俺に駆け寄って。
何度も何度も声をかけてくれて。
そして。
あの手で頭を撫でてくれてたんだ。
俺が死ぬまで、ずっと。









どうしてあの場所に居たんだろう。
まさか。
追いかけてきたのか?
勝手に怒って勝手に出て行った、俺を?












































































「・・・・・・会いたい、なぁ」






ぽろりと零れた本音。
小さい声で言ったはずなのに、長瀬はそれを耳で拾い。
ぐいぐいと俺の服を引っ張った。
だから、自縛霊だっつーの。
動けないんだよ。
あの人がココに来るしか方法がねぇんだよ。

















「・・・なぁ、長瀬。お前に頼みたいことがあるんだけど、いいか?」
























言えなかった言葉があるんだ。
言わなかった言葉があるんだ。
言い忘れた言葉があるんだ。






それを言わないままじゃ、俺は死んでも死にきれない。







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2007.5.4