俺が生まれたのは至って普通の家庭だった。
共働きの両親。
家のことにまで手が回らない彼らのために、家事の全てを俺がやっていた。
料理は好きだったから大して苦でもなく。
むしろ、二人が食べてくれて喜んでくれるのが嬉しかったから、進んでやっていた。





けれど。
俺の誕生日の次の日。
どっちも家を出て行ったっきり、帰ってこなかった。
お互いの仲は冷め切ってたし、二人とも別の人を好きになってたから。
こんな日が来るんだということはなんとなく分かってた。
置いていかれたっていうのは予想外だったけど。
































家に帰ると色々思い出してしまうから、外に出た。
残っていた金はあっという間に底を尽き。
夜ご飯さえ食べられなくて、俺は路上に座り込んでいた。
















どうしようもねぇな。
母さんも父さんも、そんで俺も。

















20歳になったんだからお前も一人前だな。
父さんがそう言った言葉の意味が今になってわかった。
一人前だから、一人でも大丈夫だなと。
俺たちがいなくなってもなんとかやっていけるだろう、と。
そんな意味を込めて、言ったんだろう。
俺は馬鹿だから、やっと父さんに認められて。
一人前になったんだから、ちゃんと働いて親孝行しよう、なんて、柄にも無く張り切ってた。



















その、次の日だった。
誰もいない朝。
それは何度か体験したことのあるものだったけど。
誰も帰ってこない家は、初めてで。
3日間それが続いた時にやっと気づいた。
ああ、俺捨てられたんだな、と。
この年で捨て子なんてだっせぇなぁ、なんて毒づきながら。
自分の阿呆さと、捨てられたことの悲しさと、一人きりになった寂しさに。
暫く、涙が止まらなかった。









































































































































































「・・・・・・なに、しとるん」










































頭上から声が降ってきて、見上げれば。
優しげな顔の男の人が俺のことを心配そうに見ていた。
手には買い物袋。
「・・・お前には関係ねぇだろ」
「関係あるがな」
「何でだよ。ここはお前の私有地じゃねぇだろ」
「一応、私有地なんやけど」
言われてビックリする。
よくよく見てみれば、俺の背中には家が建っていた。
あちゃー。
「悪ぃ。気づかなかった」
慌てて立ち上がったのはいいんだけど。
かなり腹が減っていたためか、身体がよろけた。
「わわわ」
男の人が支えに入ってくれたみたいだけど、タッパが違いすぎて。
俺が彼を押しつぶすような形で地面に沈み込む。
二人、揃って。
ごめんなさい、と声を出そうとしても、出てこない。
いつ、もの食ったっけ。
このままだったらこの人困るじゃん。
・・・でも、無理だ。
気が、遠く。









俺の意識が続いたのはここまでだった。






























































































































































































いい匂いがする。
食べ物の匂いもするんだけど、それに混ざってなんだか。
あったかい、匂い。
懐かしいような、それでいて全然知らないような。
そんで、誰かが頭を撫でてる。
いつぶりだろう。





・・・・・・あー。
父さんも母さんも、まだ仲がよかった頃だ。
初めて100点を取った時。
昌宏は偉いな、って。
髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくれたっけ。
こみ上げてくるものを必死に堪える。
どうして。
どうして捨てられた?
どうして他の誰でもなく俺なんだろう。
考えても仕方の無いことが頭の中をぐるぐる回って、消えてくれない。
それを軽くするかのように、俺を撫で続ける手。






















両親にしてもらった時には褒めるような行動だったそれ。
でも、この手は、違う。
限りなく優しくて、あったかい。
褒めるんじゃなくて、どこか戒めるような。
そんな、手だ。




















































































ぱか、と目蓋を開ければ。
にっこり微笑む男の人が見えた。
俺の猫っ毛を梳くようにゆったりと撫でている手は止まらずに。
気恥ずかしくなってふるふると頭を振れば。
困ったような表情の後、離れる手。





「起きたか」
「・・・・・・ここ、は」
「僕んちや。倒れたのは覚えてるやろ?」
こくん、と頷いて見せると、彼はよっこらせと立ち上がってどこかに行ってしまった。
力が入らない。
クリーム色の天井をボーっと見ながらこれからどうしようか、と考えていれば。
食べ物の匂いが近くに寄ってきた。
お盆の上には、クリームシチューとご飯。
出来立てほやほやのそれを、彼は俺に手渡してきた。
受け取って、困る。
食って、いいのかな。
見たところ家族もいそうにないし。
買って来た材料だってそんなに多くも無かったし。
これ、この人の分じゃねぇの?
そしたら、俺はこれを食うわけにはいかないだろう。
悶々とそんなことを思っていたのに気づいたのか。
「僕の分は取ってあるから気にしないで食べ」
と、彼は言って笑ったから。
空腹に勝てるわけも無く、俺はそのクリームシチューを掻きこむように口に運んだ。
インスタントのクリームシチュー。
俺だったら小麦粉から作るのになんて思いながらも、あっという間に平らげて。
ご馳走様、と言えばお粗末さん、と返ってくる。
のほほんとした物言いに、こっちまで和む。





「キミの名前は?」
「松岡、松岡昌宏。アンタは?」
「僕は城島茂」
「・・・茂くん、か」
噛み締めるように、教えてもらった名前を言葉にする。
お礼を言いたかったんだけど、照れくさくてうやむやにしてしまった。





それ以前に。
緩やかであったかい、居心地のいい空気に包まれて。
すとん、と肩に張っていた緊張が途切れる。
気を使わないで、自然のままでいられるような。
そんな雰囲気を茂くんは持ち合わせていた。
何にも聞かずにただ、俺を見ている。

















































・・・この人になら、言っちゃってもいいかな、と。
どうせ他人だし、他人の俺の話なんてきっと忘れるだろうから。
何にせよ自分の中に留めておける余裕なんてなかった。


















「・・・・・・茂くん」
「なんや?」
「俺さ、突然帰る家なくなっちったんだ」
そう言えば曇る表情。
「・・・火事とかか?」
「ううん。父親と母親の両方が突然出てったってだけなんだけどさ」
あくまでも、平然を装って口に出す。
どうってことない。
20歳になったし。
自立出来る年だし、親なんていなくたって。
















・・・いなくたって。




























「・・・そか」
「・・・・・・うん」
泣きそうになっていた俺に返ってきた言葉は素っ気無く。
でも、それが却って救いになった。








「あの、さ」
しんと静まり返った空間に口を挟む。
「うん?」
「出来ればでいいんだけど、俺をここに置いてもらえないかな。もちろん、ちゃんと仕事は見つけて金は入れるし、家事も得意だから出来る限りするつもりだし」
どうかな、と見上げれば。
「ええよ」
と、予想以上にあっさりと返答されて、目を見開く。
「・・・アンタ、さぁ」
「ぉん?」
「よく怪しげなツボとか買わされるタイプだったりする?」
「なんで?」
「だって、俺他人だよ?家の前に座っててぶっ倒れてメシ食わしてもらって、このご時勢でも結構珍しい人種だよアンタ」
「せやかて困っとるやん、松岡」
「そうだけどさぁ」
「人生お互い助け合い、や。それに松岡は悪い奴やあらへんやろ?」
「なんでんなことわかんだよ」
自慢じゃないけど見た目はちょっとしたワルだぜ俺。
癖毛の天パが嫌でツンツンに立ててるし。
友達と一緒に好奇心だけで開けたピアスもあるし。
そう言えば、ゆるゆると首を横に振られた。
「見てくれちゃう。自分が悪いって分かったらきちんと謝る。それが出来てれば立派な人間や」
せやろ?と。
ほこほこした笑顔を向けて問いかけるもんだから、困った。
反応に困って、でも思いっきり首を縦に振って見せたら笑われた。
「な、なんだよっ」
「やー、松岡はホンマに素直な子やなぁと思て」
「子ども扱いすんじゃねぇ!」
「あっはっはー」
元気やなぁと呑気に笑うもんだから、怒る気も無くし。
気づけば俺も笑ってた。
なんだ、この人。
すっごく変わってる。




















こうして。
俺と茂くんの不思議な同居生活が始まったのだった。
たった、2週間限りの。








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2007.4.29