言えなかった言葉がある。
言わなかった言葉がある。
言い忘れた言葉がある。
たくさん、行き場を失った言葉を抱えたまま、俺はまだこの場所に立っている。















































































































記憶の中の唄




























































































人気のない路地裏で座り込み、上を見る。
真っ青な雲一つない空に、一直線に羽ばたく鳥。
そして、馬鹿みたいににっこにこしながら歌う男。
悲しげな旋律をいとも簡単に自分のものにして歌いあげる。
力強い声と歌詞の内容に惹かれて思わず聞き入ってしまうのだ。
長瀬は歌上手いよな、と言えば、へにゃと嬉しさ全開と言わんばかりの笑みを浮かべた。




























































































長瀬と会ったのは今から丁度一週間前。
俺が事故で・・・って、まずそこから話さなきゃいけないか。
っつってもただくだらねぇことで家主と喧嘩して家出して、ふらふら歩いてる時に信号無視のトラックに撥ねられて、即死したっていう、至ってどこにでもある死に方をしただけで。
ま、詳しいことはいいじゃないの。
気にしないでくれってことで。
そんでまぁ、人間って死んだら天国か地獄に行くって聞いてたのに、目が覚めた俺の前には見慣れた風景が広がっていた。
見慣れてるに決まってる。
だって飾られた花が風に揺られているそこは、俺の死んだ場所だったのだから。







他の人には俺が見えないらしく、皆気味悪がったり怖がったりすることなく素通りしていく。
もしかして、と思って足元を見れば、これまたセオリー通りに何もなくて。
あー、何もないっつーのは些か御幣があるな。
説明するならば、膝下から徐々に消えかかってる風。
怖いものがだいっ嫌いな俺がその怖いものになってしまったわけだ。
俺はといえば、自分に怖がるわけにもいかず、現状を見ても訳が分かんなくてしばらくボーッとしてた。






























何分か、何時間か。
もしかしたら何日も俺は立ち尽くしてたのかもしれないけど、あんまり記憶は残ってない。

































どうすんだ、と呆然としてる俺の元に、一人でかい図体の黒いギターケースを持った強面の男が近付いてきた。
ケースの端っこに白い筆記体で『Nagase』と書いてある。
Nagase・・・長瀬、か。
ヤツは花の存在に気付くと、しゃがみこんで両手を合わせ目を閉じた。
みかけによらず優しいヤツなんだなぁ、と見ていたら。
ふと、目が合って。





「・・・よぉ」





ダメ元でそう言ってみたら、そいつの目が見開き。
音もなく口がパクパクと動いた。
喋れないのか。
っていうか。
「・・・俺が見えるのか?」
尋ねればぶんぶんと大きく首を縦に振った。
それに、俺は安堵する。
誰にも見えてなくて、このままずっと一人ぼっちだったらどうしようかと思ってたから。
決して寂しいわけじゃないけど。
・・・・・・寂しいわけじゃないんだからな。





そのまま、長瀬はそこに立ってギターを弾きながら歌いだした。
喋れないんだろうと思っていたから、かなり驚いたけど。
力強いメロディー。
危なっかしいけれど構わず張り上げる声を聞いていたらどうでもよくなった。
何にせよ歌えるんだ、コイツは。
その事実だけを受け止めて。
周りの人は誰一人として止まらず歩いているというのに。
腐ることなく、ただ歌い続けていた。





















さよならを言わずに消えた
アナタにもう一度会えるなら この歌を届けよう
出来ないことは何もないって
言ってくれたあの人に 風に乗せて届けよう



























どこにでもありそうな歌詞。
なのに。
なのに、俺は。
それを聞いて不覚にも泣き出しそうになってしまった。
声色が優しくて、悲しくて。
溢れ出す想いがじわり、と胸に染み込んでくる。
馬鹿だ。
こんなの、だたの歌詞だっていうのに。



























































































































































――――――――――――まつおかぁ。











































































あの人の声が、脳の中でリフレインした。
幾度と無く呼ばれた名前。
優しい雰囲気と、柔らかな眼差し。






どうして。
どうして、あんなこと言っちまったんだろう。




















































































ぴたり、と。
急に歌が止まった。





「どうしたぁ?長瀬・・・」
目をやった瞬間、傍に立っていた長瀬の姿が消えた。
鈍い音と共に。
彼が殴られたのだと気づいた時にはもう遅く、柄の悪いオニーサンたちが俺たちを囲っていた。
正確には、長瀬を囲っていた、だ。
だって、俺の姿は長瀬以外には見えないんだから。
理不尽に殴られ続ける長瀬。
それでも彼の表情はずっと、笑顔で。
だけど寂しそうな色がじんわりと滲んでいた。
抵抗しろよ。
馬鹿じゃねぇのお前。
ぐるぐるとそんな言葉が頭に回る。
助けられるもんなら助けたい。
けど、俺にはそれが出来ないんだ。
畜生。
「ちくしょーふっざけんなこの馬鹿がぁっ!!!」
そう叫んで傍に立っていた一人に拳を飛ばせば、手ごたえ。
いいところに入ったのか、ヤツは後ろに倒れこんだ。
へ。
「だ、誰だっ?!」
一際でかい男が青い顔をして俺の方を見ている。
見えてんのか、俺。





・・・ちょっと待てよ。
さっき長瀬に見えた時、俺は何したっけ?
確か近づいてくるヤツに向かってダメ元で、挨拶を。
今も叫びながら男に殴りかかった。
まさか、喋ったら姿が見えるのか?俺。
悪そうなオニーサンたちの微かに震える腕。
その様子にピンときた。
コイツ、俺と一緒で怖いものが苦手だ、と。
俺がこんな姿を晒してたっていうのは認めたくねぇけど。
そうと分かったら話は早い。
にんまりと何かを企むような笑みを張り付かせ、じりじりと近づいていく。







「オニーサン。俺ねぇ、ちょっと前にここでトラックに轢かれちゃったんですよぉ」





ほら、この辺りまだ血が残ってるっしょ?
誰かわかんないけどここに花を供えてくれてるし。
出来れば食いもんがいいんだけどさーそう文句言っても仕方ないしね。





「決定的なのはほれ、俺の足見てよ」





人間に絶対生えてるものが全くもって見当たらないでしょ?






「ここまで説明すりゃわかるかなぁ。俺、ユーレイなんだよねぇ」






コイツこれ以上苛めるんだったら、俺にも考えがあるよ?





































































































































情けない悲鳴を上げて男共が逃げ去った後。
ぽつーんと残ったのは俺と長瀬の二人で。
くるんと振り向けば、へたり込んで怪我だらけのヤツの顔が見えた。
ビックリしたような顔。
・・・・・・あー。
「ごめん。そういうことだからさ」
俺、ユーレイみたいなんだわ。
さっきそう言えばよかったなぁ。
ここで死んじゃって、ずーっとここに立ってんの。
「祟ったり、とりついたりとかしねぇから、歌、続けてくれねぇ?」
逃げられても仕方ないと思った。
この言葉を信じてもらえなくても当たり前だと思った。
だけど、長瀬は逃げることも無くにこっと笑って。
ゆったりと口を動かした。
「・・・・・・何?」
あいにく読唇術は俺には備わってはいないから、分からない。
そうしたら、長瀬はギターケースを持って何かを指差した。
それは、さっき俺が見たヤツの名前で。
つんつん、とそれを差してから、今度は俺の方を指差す。










名前。
・・・あぁ、俺の。










「松岡。松岡昌宏」
言えばニコニコ笑ってぱくぱくと口を動かす。
マツオカ、にしては短い。
マツ、でもなさそうな。
なんだろ。
必死に唇の動きで読み取ろうとしていた俺に、長瀬の右手が差し出される。
握手、かな。
思ってぎゅっとそれを握れば。





















『まぼ。まぼ、よろしく』























と、ヤツの言葉が俺の中に流れ込んできた。










「マボ?」
聞けばこくん、と頷く。
「お前、触ると喋れんの?」
その問いにはキョトンとして首を傾げる。
どうやらそれはちょっと違うらしい。
俺が幽霊だから、かな。
長瀬の意思が流れ込んでくる感じ。
他にも色々読めるのかなぁなんてぺたぺた触ってみたけど、そういうもんでもないらしい。
ただ、なんとなく感じた、みたいな。





ああもう面倒くせぇ。
いいじゃん。
俺はコイツにとってはマボで。
コイツは俺にとっては長瀬なんだから、それで。
そんな風に思いながら、俺は長瀬の隣にどかっと音を立てて座った。





やつの持ってきたギターはさっきの男たちによって弦が切れていた。
本体は無事で、ホッと溜め息をつく音。
誰かに貰ったのか、と問えばギターを大事そうに抱きしめながらうん、と頷く。
新しいとはお世辞にも言えないような年季物。
ギター、か。
あの人もよくベランダに出て弾いてたな。
古臭い曲ばっかりだったからもうちょっとマシな曲弾けよって言ったら、この時代の曲がええんやって笑ってたっけ。
確かこれと似た感じのギターだった気がする。
よく、覚えてはいないけど。





ふぅ、と溜め息が聞こえたから目を向ければ。
長瀬の横顔がもう歌えないな、なんて感じで悲しげだったもんから、言ってやった。
「ギターが無くても、歌だけで大丈夫だよ長瀬」
お前の声、単品でも全然いけるぜ、って。
俺が言うんだから間違いない。
自信を持ってそう言えば、長瀬はにぱっと笑って、立ち上がった。











息を吸う。
そして、歌声。











響く声は空気を伝う。
どこまでも、どこまでも。
コイツは誰にこの歌を届けたいんだろうか。
必死に前を向いて。
時折見せる悲しげな顔。






力強い声に不似合いの、優しげな旋律。
これに乗せてなら、俺は。
今なら俺は、あの人に素直に言葉を吐ける気がした。









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2007.4.27