がらり、と。
音を立てて病室の窓が開いた。
空気の入れ替えをしてたから、鍵はかかっていない。
どさっと、音を立ててカバンが飛んできて。
ビックリして起き上がると、見知った顔の人が窓の淵に座ってにひ、と笑っていた。
白い息をふわりと口から吐き出しながら。
「よう」
「・・・太一、くん」
どうしていつも玄関から入って来ないのよと問えば。
病院の硬い雰囲気になかなか慣れないんだ、とカバンを拾いながら。
元のように窓を閉め、太一くんは俺の傍に来て、どすんと乱暴に腰を下ろした。
そして、カバンを開け、何かを差し出してくる。
見たことのあるタイトルと、見たことのない表紙の冊子。
「ん」
「・・・何、これ」
「井ノ原から。新刊、出たんだって」
井ノ原。
その名前に胸が小さく鳴った。
中学1年の時に出来た、友達。
真面目な友達とは決して言えるヤツではなく。
だけど、アイツとはしゃいで送る学生生活は嫌いじゃなかった。
他の人たちが俺の身体を気遣う中、一人だけ普通に接してくれたヤツでもあって。
アイツ自身も身体が弱かったっていうのもあるんだけど。
気兼ねなく話したり遊んだり出来る相手だった。
・・・そういやこの漫画、交互に買って読んでたっけ。
「渡しといて、っつって、帰った。誘ったんだけどさ、病院一緒に行くか?って」
「・・・・・・うん」
「そしたら、アイツとは元気になってからしか会わねぇって決めてるから、って言ってさ」
っていうか敬語くらい使えねぇのかアイツは、と。
茶化しながら言う太一くんは、笑顔で。
でも、ほんの少し、悲しげだった。
智也を除いて、俺の病気の結末は家族全員が知っている。
もう学校に戻ることも、病院から出ることも出来ないと、分かってるからだろう。
俺は太一くんに心から感謝した。
アイツに俺の弱みなんて見て欲しくない。
ずっと、対等のまま友達で居たかったから。
「・・・・・・なぁ、マボ」
少しの間の後、太一くんが声を出す。
「ん」
「昨日、さ。智也に何か言った?」
アイツすっげぇ悲しそうにして帰ってきて。
大好きなイチゴに見向きもしないでさっさと寝ちゃって。
茂くんは反抗期やろか、なんつってオロオロしてて。
達也くんは明日になれば治ってるだろ、って楽観的で。
でも、俺は。
心配になって智也に聞いたんだ。
そしたら。
『・・・太一くん。マボは、治るよね・・・?』
『・・・・・・智也』
『あんなとこにずっと、独りぼっちで、居るわけないよね・・・?』
ずっと不安そうに俺に聞くから、お前に何か言われたんだろうな、と思って。
そう、太一くんは途切れ途切れに、遠慮がちに俺に向かって尋ねた。
「・・・もうここに来んな、って言った」
昨日智也に言った言葉をそのまま繰り返せば。
太一くんの目が見開かれて、次いで眉間に皺が寄る。
「なんで、んな、こと」
「・・・・・・もう要らないじゃん、俺」
家の中に居た時はよかった。
自分の存在位置がしっかりあったから。
でも、今は無い。
俺の存在位置は、あの家のどこにもなくて。
それでもあの家は毎日変わらずに回っている。
だから。
「・・・・・・馬鹿野郎」
ぽつり、と。
太一くんの震える声が病室に響く。
家族の中で叱り役が太一くんだったからか、俺は反射的に目を瞑って身を竦めた。
だけど。
いつまでたっても拳骨が飛んでこなくて。
恐る恐る目を開ければ。
――――――――――――太一くんが、泣いていた。
「・・・たいち、くん」
「要らないなんて、言うな。幾ら自分で自分が邪魔だって思っても、それだけは言うな」
この世の中に要らない人間なんだって感じたとしても。
お前が居なくなることで悲しむやつが、たくさん、いるんだよ。
だから、言うな。
もし、これが言葉だけだったら。
きっと俺はそんなことない、と突っぱねただろう。
けど。
強い太一くんが泣いていた。
そのことが、言葉に重みを足す。
だから、何も言えなくなってしまった。
かと言って謝ることも出来ない。
下を向いて、唇を尖らせれば。
おでこに鈍い痛み。
顔を上げれば意地悪な笑みを浮かべた、涙目の太一くん。
「いてっ」
「ばぁーっか。隙有り」
「デコピンかよ!」
「デコピンのどこが不満だ。病弱なお前の為にお兄ちゃんがわざわざ気を使って回し蹴りからデコピンにしてやったんだぞーあー俺超優しい」
「どこが優しいんだよどこがー!」
ぷうっと頬を膨らませて見せると。
太一くんはあはははは、と声をあげて笑い。
俺もつられて一緒に笑ってしまう。
さっきまでかなり真面目な話をしてたはずなのに。
太一くんにかかれば、すぐ脱線する。
堅い話は苦手なんだよ。
んなもんより笑える話の方が断然いいだろ?
そう、太一くんは言うけれど。
きっと、違う。
家で怒った後だってそうだった。
俺と智也がそれを引きずってオドオドしないように。
太一くんはにぱっと笑って。
分かればよろしい、なんつって明るく言ってくれるから。
俺たちはいつもホッと胸を撫で下ろす。
太一くんが脱線した道はいつも、笑顔に戻るための近道だった。
「お、そろそろ時間だな。帰るわ」
「・・・・・・うん」
「夜風は冷たいからちゃんと毛布被って寝ろよ」
「分かってるよ。長いもんココ」
「・・・だな」
苦笑気味にそう返してくる太一くん。
くるりと反対を向いて、ドアを開けたその背中に。
「・・・・・・太一くん」
「ん?」
「・・・智也に、謝っといてくれる?」
想像しただけで胸が痛くなった。
落ち込んだ智也の姿。
イチゴに手つけないなんてどんだけだよ。
今まで一度だってそんなことなかったのに。
色々ぐるぐる考えてたのが顔に出たんだろうか、太一くんは俺の顔を見てにっと笑った。
「んー・・・どうせ明日も来るんだろアイツ。そん時謝れよ」
「・・・・・・うん」
「大丈夫だって。智也、引きずるタイプじゃないし。案外マボそんなこと言ったっけ?なんて忘れてるかもな」
太一くんの的を得た言葉にホッとすれば。
ホントお前って素直だよな、と笑われて、顔が熱くなる。
「じゃあな」
「うん」
短い挨拶と共に、太一くんは部屋から出て行った。
それを見送りながら、思う。
嫌いになんて、なれない。
だって、俺はあの家族が大好きだから。
「・・・・・・だいすき」
智也も太一くんも。
兄ぃも茂くんも、みんな。
「・・・みんな、だいすき」
ぎゅう、と枕を抱きしめる。
好きすぎて、悲しい。
誰も居ないのが、寂しい。
我が儘は言いたくないけど、それでも。
「家に、帰りたいなぁ・・・」
白で作られた空間の中で、俺は。
切実にそう、思った。
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2007.7.5