見渡す限りの、白。
天井も壁も背中をつけているベッドも。
人工的に作られた白が支配する空間。
それが、俺の生きる場所だった。
生まれつき心臓が悪い俺は、小さい頃医者に15歳まで生きられるかどうか分からないという判断を下され。
出来るだけ大人しくしているように、と釘を刺された。
白で出来た空間に押し込められ、じっと、じっと身を潜める。
心臓の鼓動を出来るだけ抑えれば、長く生きることが出来るから。
出来るだけ長く生きて昌宏、と。
両親に言われて、ただ必死にそうしていた。
それが俺が二人に出来る精一杯の恩返しだと信じて。
・・・6歳の誕生日に、両親が他界してしまうまでは。
独りぼっちになった俺は、両親の遺影の前で呆然としていた。
6歳にして身寄りの無くなった自分。
どうすればいいのかなんて全く分からずに。
正座をしたまま、項垂れていたら。
ひょい、と突然抱き上げられた。
ビックリして自分を持ち上げた主に目をやると、想像以上に優しげな瞳が見返してきて。
ふんわりと日向のような笑みを、向けた。
『初めまして昌宏。僕は茂っていいます。今日からお前は僕たち家族の一人やで』
余りに突然の言葉に、開いた口が塞がらなかった。
家族、って。
俺は今、家族を失ったばかりなのに。
それなのに、家族になれるの?
首を傾げて困った顔をすれば、一緒にその人も困った顔になる。
困ったなぁなんて言えばいいかなぁ、と。
オロオロしだしたところに、一人男の人が寄ってきて。
茂くんは彼を見た途端、ホッとした表情に変わった。
『どうしたの茂くん』
『達也ぁ、この子に説明したってくれやー』
『よし』
力強く頷いて、俺を受け取ると、一言。
『今日から俺たちは家族として一緒に暮らすんだ。俺のことは兄貴って呼べよ』
そう言って、微笑んだ。
さっきの人とは違って力強い笑みに、反射的に首を縦に振ってしまう。
他にたくさん居た大人たちは怒鳴っていたけど、二人は我関せずといった面持ちで。
家はここから10分くらいで着くんだ、とか。
俺たちの他に二人兄弟が居るんだ、とか。
昌宏は下から二番目やね、とか、色んなことを教えてくれた。
下から、二番目。
『おれにおとうとができるの?』
尋ねれば、頷かれて。
前からずっと欲しかった弟の存在に目を輝かせば、苦笑いが返ってくる。
『ちょっとヤンチャ過ぎる子やけど、仲良くしてやってや』
茂くんのその言葉に、大きく頷いて見せたら。
わしゃわしゃと頭を撫でてくる、あったかい手。
それに触れた時、どうしようもなくなっていた自分の気持ちが消えていくのを感じた。
ただいまぁ、と。
茂くんが玄関で声を上げると、走ってくる足音。
大きな子と小さな子が、揃って出てきた。
こっちが太一で、こっちが智也、と茂くんが教えてくれる。
『ねぇ、きみはなんて名前?』
小首を傾げて尋ねてきたのは太一くんで。
まさひろ、と言えばにかっと笑った。
『よろしくな、昌宏!』
すっと手を差し伸べて、俺の手を握ってぶんぶん振る。
たくさんたくさん笑ってくれるから、俺も少しずつ笑顔になっていく。
その横で、ぽけっと俺を見ている智也。
躊躇いがちに手を伸ばしてみれば、ぎゅうっと掴んできて。
『マボ!』
と、一言そう言って、にぱっと無邪気に笑った。
マボって言われたのは初めて。
っていうより、誰かにあだ名を付けられたこと自体が初めてで、ぷわっと嬉しくなる。
智也は幼稚園に入ったばかりで。
なんにでも興味を持つから色々と大変らしい。
太一くんは小学2年生のお兄ちゃん。
茂くんは高校を卒業して働いているみたい。
そして。
兄貴と呼べ、と笑ったその人。
『・・・あにぃ?』
兄貴って言いたかったのに、俺は舌っ足らずで。
それでも兄ぃはにこにこしておう、と返事をしてくれた。
ずっと病院で暮らしていた俺。
でも、可能な限り家で療養出来るように、と茂くんが病院側と交渉してくれたおかげで。
俺はあの白い部屋から抜け出して、皆の待つ家で暮らすようになった。
もちろん、無理はしないという条件付きで。
最初こそ不安はあったのだけど。
家に居る時が楽しくて。
いつも笑顔が絶えないその場所は俺のかけがえのないものになっていく。
案外ずぼらな家族の世話を焼き。
茂くんの料理を手伝っていくうちに、興味がむくむくと湧いてきて。
仕事で忙しい茂くんの分まで俺が何とかしようと。
そう思っていたら、いつしか家事が俺の担当になっていて。
辛さもあったけど全員が笑顔で俺の作ったご飯を食べてくれる嬉しさに勝るものはなかった。
「兄ぃ!太一くんと智也呼んできて!」
「へいへい。おーい、メシだぞー」
「「はーーいっ!」」
「うわ、泥だらけじゃん二人とも!メシの前に風呂!もう沸かしてあっから!」
「「えーーーー」」
「文句言わない!兄ぃもついでに一緒に入っちゃって!」
「ビール、用意しとけよー」
「俺、オレンジジュースね!」
「俺はコーラ!」
「全部冷蔵庫ん中!上がったら自分で取りに来いよ」
「「「はーい」」」
「ただいまぁ」
「あ、お帰り茂くん!」
「昌宏の声、外に響いとったで」
「ゲ、うっそ!」
「元気いいのはええけど、無理すんなや」
「ヘーキヘーキ!これぐらい日常茶飯事だもん!」
幸せだった。
だからこそ、辛かった。
新しく出来た家族は皆優しくて。
それに気づくにしたがって、この幸せが長く続かないのだと思い知らされる。
15歳の冬に倒れて病院生活に戻されてから、尚更その気持ちは強くなり。
幸せであればあるほどに、捻くれていく自分が居た。
白で出来た部屋の味気なさに、ぎゅうっとシーツを握り締める。
どうして俺は長く生きられないの。
他の皆はこれからも長く生きていくのに。
俺だけ、どうして。
悩んで、悩んで。
どうにかしてたどり着いた結論。
これ以上幸せにならないようにすればいいんだ。
そうしたら、生きようなんて思わなくなる。
元々俺は血の繋がらない兄弟なんだ。
縁を切って、一人で、死んでいけばいい。
寂しいけどそれが一番いいんだ。
そうしないと俺は、皆のことが嫌いになってしまうから。
自分よりも長く生きられる、家族のことが。
嫌いになる前に嫌われてしまえばいい。
要らないと思われてしまえば、いいんだ。
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2007.6.24