六人揃っての夕食が済み。
時間も遅かったから今日は全員泊まっていけ、と坂本くんが言った。
男六人で雑魚寝する形になって。
あっという間に眠ってしまう剛と健。
そして、岡田も猫みたいに丸くなって眠っていた。
俺はというと、目蓋を閉じても眠れなくて。
腹の傷が疼いたと目を覚ませば、横で坂本くんがじっと俺の顔を見ていた視線とかち合う。
え。
「な、なに人の寝顔見てんの坂本くん」
そんなに可愛かった?とふざけて言えば、真顔でこくんと頷かれる。
ちょっと、気持ち悪いんだけど。
「お前の寝顔見てると、ホッとすんだよ」
しみじみ言われて、満更でもなく微笑んでみたら。
ふ、と悲しげな顔で短いため息をつくもんだから、心配になる。
「どしたの?」
「・・・・・・腹の傷、痛むのか?」
疑問系を疑問系で返してくる辺り、坂本くんらしい。
たまに人の話聞いてないことがある。
本人に悪気は無いんだと思う。
ただ、自分の言いたいことで頭が一杯になってるんだろうな。
さっきはもしかして俺の腹の傷のことを心配して、見ててくれたのかななんて。
いいように考えてみれば、気持ち悪さもどっかに飛んでいった。
この人は出会ってから今までずーっと、何もかもが不器用だから。
人にお礼を言うことも。
俺を心配する時の動作も。
褒められて嬉しさを表に出すことも。
そして。
自分の正体を誤魔化すことも。
全部、下手くそだ。
「・・・へーき。ひっくんがさっき鎮痛剤打ってくれたし」
「そうか」
無愛想にそう一言だけ。
だけど、坂本くんの口の端がホッとしたように緩んでるから、分かる。
「心配してくれたんだ」
「・・・一応俺の所為だから、な」
ぽろり、と。
また俺に気づかせる機会を無意識に与えてる。
どっか抜けてんだ。
隠しごとが出来ない性格、なんだろうけど。
それを上手くフォローするひっくんは今寝てるし。
・・・あ、寝てない。
物凄い勢いで坂本くんの背中に入る蹴り。
「ぁいてっ!!!」
結構いいところに入ってるよ、ひっくん。
涙目でぎろりと睨んだ坂本くんを尻目に、ひっくんはごろんと寝返りをうって、むにゃ、と唸る。
すっげぇ、わざとらしい。
「・・・大丈夫?」
「・・・だいじょうぶじゃ、ない・・・」
背中を押さえて蹲る坂本くん。
超、不憫。
「・・・・・・俺、さぁ」
ぽつり、と話し出せば、ん?とこっちを向いてくれる。
黒くて真っ直ぐな視線。
それににぃ、と小さく笑って見せた。
「すっげぇ今、幸せだよ」
坂本くんが居て、ひっくんが居て。
三人でもすっげぇ幸せだったんだけど。
剛が来て、健もくっついてきて、今日は岡田まで。
たくさんたくさん人が集まって食べるご飯は本当に美味しくて、楽しくて。
不覚にも泣きそうになるくらい、幸せだなって思った。
「何か、俺たち家族みたいだよね」
坂本くんが料理上手なお父さんで。
ひっくんがフォロー上手なお母さんで。
俺と剛と健と岡田は兄弟なの。
家庭円満で、喧嘩もするけどすぐに仲直り出来ちゃう。
そんな、あったかい家族。
親に必要無いって拒絶された俺にとって、一番欲しかったものが今、手に入った。
「すっげぇ、幸せ」
もう一度そう噛み締めるように言えば、坂本くんは曖昧に笑う。
少し、そわそわしながら。
・・・・・・あぁ、仕事か。
「・・・・・・そろそろ、寝るね」
「おう」
傷塞がったばっかなんだから無理すんなよ、って。
俺の頭を撫でてくれる坂本くんが、珍しく優しくて。
同時に、やっと仕事に行けるっていう安堵感が伝わってきて。
泣きそうになるのを必死に堪える。
ぱたり、と目を閉じれば刺さる視線。
ゆったり呼吸を落ち着けて、出来るだけ自然にそれを繰り返せば。
ふ、と坂本くんの気配が消えた。
坂本くんもひっくんも。
俺に気づかれないように気を張ってる。
だから、俺は知らないふりを続けなきゃいけない。
知らないよ。
坂本くんが何やってるかなんて、知らない。
俺がそれを知って何が出来る?
喚いて嘆いて、でもただそれだけだ。
せっかく出来た幸せな場所が、無くなるだけだ。
そんなの嫌だ。
俺が現実から目を背けてさえいれば守れる。
この場所が守れるんだ。
幸せなまま、知らないまま笑ってればいいじゃん。
それが、俺の役目だ。
誰が何と言おうと、シラを切る覚悟はとっくの昔に決めた。
・・・ねぇ。
それで、いいんだろ?
居るはずも無い相手にそう問い。
俺はもう一度ぎゅうっと目を閉じた。
それから、二日後。
「井ノ原くん」
妙に神妙な面持ちで、剛が俺に声をかけてきた。
「何、どーしたの剛ちゃん?」
「・・・ちょっと」
小さく声を潜めて俺の腕を掴み、皆が居る居間を抜け廊下に出る。
顔が余りにも真剣だから、こっちまで真顔になるんだけど。
「・・・あの、さ」
「うん?」
「坂本くんって、何やってる人なの?」
聞いてきた内容は、別に真顔で問うことでは無いような気がした。
坂本くんの職業でしょ。
えーと。
「俺はよく知らない。長野くんに聞いてみれば?」
そう言って居間に戻ろうとしたら、再び腕を捕まれる。
えええ。
「何よーまだ何かあるの?」
「・・・・・・俺、さ。見たんだ」
ドクン、と心臓が高鳴る。
見た、って。
「何を見たの?」
「坂本くんが、人殺してたところを、見たんだ」
さぁっと、身体中が一気に冷えていく。
静かになった頭の中に、居間ではしゃいでいる健やひっくんの声がやけに大きく響く。
俺は出来るだけ口の端を上に持ち上げた。
笑えてる自信は無いけど、笑わなきゃ。
知られちゃ、駄目だ。
「何、言ってんのよ剛ちゃん。あの坂本くんが人殺しなんて出来るわけないっしょ」
虫が嫌いで、ひっくんに専ら弱くて。
ヘタレで呑気なあの人に、殺しなんて大それたこと出来るわけ無い。
そう、言ったのに。
剛はふるふると首を横に振りながら悲しそうに俯く。
「間違い無いんだ。他人の空似だったらよかったのにって、そう思った、けど」
ごそごそとポケットを弄って、何かを取り出して俺に差し出した。
それはどこにでもあるようなペンダントで。
嫌になるほど見覚えのあるものだった。
だって、それは。
俺が初めて貰った給料で坂本くんに買ったペンダントだったから。
「相手ともみ合いになって、その時に落としたんだと思う」
ペンダントを受け取り、弄るとロケット式になっているそれ。
震える手で開いてみれば、中に入っている写真が目に飛び込んでくる。
中に居たのは、ちょっと前の俺だった。
恋人が居ないって言ったから、じゃあ俺の写真でも入れちゃいなよ、なんて。
ふざけて入れた、写真。
「・・・それ、井ノ原くん、だろ?」
「・・・・・・」
「俺、坂本くんがそのペンダントしてたの見たことあるし、中身も見せて貰ったことだってある」
それとそっくり同じだったんだ、と。
今にも泣き出しそうな声で、剛は呟いた。
俺はといえば、すぅっと頭が覚める感覚に苛まれていた。
手にしたペンダントをぎゅっと握る。
幸い、剛は俯いていて俺の方を見ていない。
中の写真を素早く取り出して、ぐしゃりとポケットに突っ込んだ。
「・・・・・・剛」
「な、に?」
「写真なんて、入ってないぜ」
「・・・え?」
慌てて俺の手からペンダントを奪い、中身を確認する剛。
入ってるわけない。
写真は今俺のポケットの中だ。
「さっきまで入ってたんだよっ!」
「じゃあ、何かと見間違えたんだろ」
「見間違えたりなんかしない!俺は、見たんだ!信じてよ井ノ原くんっ!」
縋りつくような瞳。
辛そうにそう言うから、思わず揺らぎそうになる。
・・・駄目、だ。
これは隠し通さなきゃいけないことだ。
知っちゃ駄目なことだ。
俺が隠せばどうにかなる。
いつも通りの毎日が戻ってくる。
「うそ、つくなよ」
俺がそう言った瞬間。
剛は酷く傷ついた顔になった。
言ってしまってからハッとする。
そうだ。
彼にとって、この言葉は言ってはいけない言葉だった。
信じてもらえないこと。
それが、剛にとっては一番辛いことなのに。
気づいた時には、もう遅かった。
かつん、とペンダントが床に落ちる音の後。
猫のようにまん丸で純粋な目がだんだんと潤んで。
ぎり、と奥歯を噛み締める音が聞こえる。
「・・・なんだよ。やっぱり、井ノ原くんも俺のこと、信用してねぇのかよ」
「剛、違う、」
「何が違うんだよ!うそ、つくなって、井ノ原くんが言ったんだろ?!!」
俺に掴みかかって大声を上げる剛の目からはぱたぱたと涙がこぼれる。
酷い、罪悪感。
そして、焦燥感が混じる。
今からでも信じるって言うことは出来る。
でも、それをしたら坂本くんのことを認めることになってしまう。
認めたら、どうなる?
坂本くんとひっくんと一緒にいられなくなる。
俺がどれだけ居たいと喚いても、きっと坂本くんはこの家を出て行くだろう。
やだ。
そんなの、やだ。
俺は皆と一緒に居たいんだ。
坂本くんも、ひっくんも、剛も健も岡田も。
ずっとずっと一緒に、家族みたいに過ごしたいんだ。
どうしよう。
どうすればいい。
剛、泣いてるのに、俺は何も出来ない。
何も。
途端、頭に突然ギリ、と激痛が走った。
思わず両手で米神を挟んで、しゃがみ込む。
なんだ、これ。
い、ってぇ。
「・・・・・・っぐ・・ぅっ」
「・・・い、のはら、くん・・・?」
困惑した剛の声が降ってくる。
例えるなら木製バットで思いっきり頭をぶん殴られた感じの痛み。
ぐわんぐわんと響いて、収まらない。
ぱたぱたと下に落ちるのは、冷や汗で。
堪えきれず漏れた声に、現状を悟った剛は居間に向かって走っていった。
すぐに複数の足音。
「快彦っ!!」
あ、坂本くんだ。
痛みの音の間に混じって声が聞こえる。
ぎゅうっと抱きしめられて、頭を撫でられた。
へへ、あったけー。
正真正銘、坂本くんの、手だ。
「よっちゃん、じっとしてて」
ひっくんの声が耳元で小さく聞こえて、頷けば。
ちくり、と腕に小さな痛みが走る。
そしてどんどんと頭の中の痛みが遠ざかっていく。
一緒に、意識も。
**********
『お前の顔なんか見たくねぇんだよ!』
がしゃん、と飛び散るガラスの破片。
ヒステリックな女の人の叫び声が俺を貫く。
俺の父親だった人は大酒飲みで、俺が小さい頃から飲むと必ずといって良いほど暴れた。
手当たり次第にものを投げつけて。
たまに俺もその被害を受けることがあったけれど、大半は母親に向けてのもので。
いつも、あの人は泣いていた。
最初は俺を抱きしめて。
でも、いつしか俺を父親を見るような目つきで見ていた。
大きくなるにつれて顔が似始めたからだろうか。
一緒に居るのも嫌だと、目の前でこぼされた時だってある。
どうしようもなくなった俺は、抵抗する術も見当たらず。
出来たのは家に居るのを止めることだけだった。
反抗期だと、周りはそう言ったけれど、そうじゃない。
あの場所に居たら、母親が嘆くから。
少しでもあの人が楽になればいいと、そう思って。
久々に家に帰ってきて、玄関のドアを開けた途端、俺は酒を浴びた。
アルコールの匂いが鼻につん、と刺さる。
何帰ってきてんだ、と父親に睨まれたけれど、俺はそれを無視して部屋に閉じこもった。
鍵を閉めて、扉を背に体育座りをする。
激しく繰り返されるノック音と、罵りの言葉。
しばらく続いたそれは、俺の出てくる気が無いのを悟ったのか、急にぴたりと止む。
俺は酒で濡れた髪を掻き毟り、ぎゅうっとそれを握り締めた。
こんなもんがなければ、よかったのに。
父親さえあんな風にならなければ、と思いながら涙を堪えていると。
扉の向こう側から言い争う声が聞こえてくる。
もう、慣れた。
慣れたけど、嫌だった。
どうして。
どうして、嫉み合うの。
好きで結婚して、俺を生んだんだろ?
なのに、何で。
頭の中で考えを巡らせれば、決まって襲われる頭痛。
米神部分を押さえつけて必死に耐える。
耐えて耐えて耐えて。
俺が我慢すればいつかきっと元のようになるんだと、言い聞かせて。
でも。
『アンタとの子なんて作らなきゃよかった!!』
そんな母親の言葉を聞いた瞬間、俺は。
全てから捨てられた気がした。
あの二人が争っても争っても一緒に居るのは俺の所為なのだと。
俺さえ居なくなれば、二人は別れてそれぞれの道を歩めるのだろうと。
元にあった幸せな家族は、もう二度と取り戻せることはないのだろうと。
・・・分かって、しまったんだ。
*********
沈み込んでいた意識がどんどん浮上する。
誰かがゆったりと俺を撫でていて。
そのあったかさに酷く泣きそうになっていたら。
泣いても良いよ、って声がした。
優しい声色。
目を開けば、ひっくんの顔。
「・・・・・・ぁ」
「怖い夢、見てたんだね。よっちゃん」
俺の背中に手を入れ、上半身を起こすと。
そっと自分の方に俺の身体を引き寄せて、優しく撫でてくれた。
子どもをあやす様な、その行動。
彼の胸元に顔を埋めるようにして呆けていれば、ぎゅうっと壊れ物を扱うように抱きしめられる。
あったかい。
ほんわりと日向のような匂いがして。
安心して、涙が溢れる。
ぱた、ぱた、と。
俺の涙が止め処なく流れて、ひっくんの胸元を濡らし。
時折、それをひっくんが指で拭ってくれて。
その動作が、ここに居ていいんだよ、と言ってくれてるようで。
どうしようもなく、胸が熱くなる。
言葉は喉に支えて出てこない。
たくさん聞きたいことがあるのに。
俺がどれだけ眠っていたのか、とか。
剛は怒ってたのか、とか。
坂本くんは居るのかな、とか。
たくさん、あるのに。
ひっくんは何も言わなくていいし、考えなくても良いんだと、俺に言った。
言いながら、ずっと俺の頭を撫でてくれていた。
俺の意識が再び途切れてしまうまで、ずっと。
NEXT
2007.4.29