<I side>







工場の機材の異常かなんかで仕事が急に休みになった。
外は生憎の雨模様。
どっかでかけるにも突然呼びかけて答えてくれる友達も無く。
俺はこの間買ってそのまま読んでなかった本を読みふけっていた。
そんな俺の座るソファに、ぶーんと機械音が近づいてきて。
こつん、と何かが俺の足に当たって止まった。
「おい、ちょっと足上げろ」
「・・・なにー?」
「掃除機かけてんだよ。見りゃわかんだろ」
少し不機嫌そうに掃除機を操る坂本くんの言葉に、俺はうんと頷いて足をソファに乗せる。
そういやあれ、通販で買ったって喜んでたっけ。
なんたらサイクロンだか、なんだか。
力を入れないでもゴミを吸い取る竜巻パワー!って外人のお兄ちゃんが物凄い勢いで宣伝していて。
その意気込みに坂本くんがおおーと変に感動してたのは覚えてる。
流されやすいっていうか、なんていうか。
それを使って乱暴に掃除をしている坂本くん。
ちょっと、いや、かなり違和感ない。
「こう見るとカンッペキ主夫だよねー」
「うるせぇなぁ。黙って本読んでりゃいいのに」
「せっかく褒めてんのにぃ〜」
「絶っっっ対褒めてねぇだろっ」
「・・・えへ☆」
笑って誤魔化すと、坂本くんはため息ひとつついて奥の部屋に行ってしまった。







ぴんぽーん。







「ちょっ、快彦頼む」
「ほいほーい」
本を置き、玄関に走っていって受話器を取る。
「はい、井ノ原・・・じゃなくってっ坂本ですけど」
『・・・・あ・・・あの、こちらにまー・・・じゃなくて・・・えと、坂本昌行さんはいらっしゃいますか?』
答えた相手はイントネーションがちょっと変わってて。
子供のような声色でおどおどとしていた。
「あのー、どちらさまですか?」
『あ!すいません。俺、岡田って言います』
「岡田くん、ね。ちょっと待ってて」
言って受話器の話口に手を沿え、坂本くんに聞こえるように声を張り上げる。
「坂本くーん!岡田っていう人が来てるよー!」
「岡田・・・あー、部屋に通して待ってもらってくれ」






どうやら坂本くんの知り合いらしい。
玄関のドアを開けると、小柄で可愛い顔立ちをした少年が居心地悪そうに立っていた。
年は12、3歳ってところだろうか。
黒を基準にしたシンプルな服装をしていて。
俺は坂本くんに始めて会った時のことを思い出していた。





「・・・あのー・・・」
岡田を見て止まってしまった俺に遠慮がちに声をかける岡田。
そうだそうだ。
急に黙っちゃ変に思っちゃうよな。
「あ、初めまして!俺、井ノ原快彦」
「井ノ原・・・・」
「坂本くんちに居候させてもらってんの。よろしくねー!」
にこやかに挨拶したんだけど、岡田は腕を組んで考え込んだまま。
ちょっと、その反応寂しすぎ。
「岡田ーなんとか言えよぉ」
「・・・なぁなぁ」
「うん?」
「イノッチって、呼んでもええ?」
見上げられて首を傾げられる。
うわ、目でかいなー。
俺にその半分でいいからくれないかな。
「な、なんで??」
「知り合いに井ノ原っておるねん。紛らわしいから」
分けるためにあだ名で呼びたいらしい。
「変わったやつだなー。でもまぁいいよーイノッチって呼んで!」
「ぉん。そうする」
こっくんと首を縦に振って笑う岡田に、俺も笑顔になる。
「中にどぞ。今あの人部屋の掃除してて手が離せないんだよね」
「え?!まぁくん掃除するん?!」
本気でビックリしたような岡田の反応も気になるところではあったんだけど。
俺としてはもう、突っ込みどころが一つしか見えなかった。
「ま、まーくん???まーくんって、あの人のこと??」
「ぉん」
真面目な顔で頷く岡田に。
俺はほんっとうにほんっとうに申し訳ないんだけど。
思いっきり大爆笑してしまって。
坂本くんが俺の背中を蹴り上げるまで笑いは止まらなかった。





































「・・・で、何の用だ?」
カタン、と椅子に腰掛けている岡田の前に湯飲みを置いて、坂本くんが尋ねる。
どうもと軽く会釈をしてから、彼は困惑した表情を俺に向けた。
それに気づき、あ、と声を上げる坂本くん。
あら。
「なぁに?俺、ジャマだった?」
「・・・あー・・・ちょっと、外してもらっていいか?」
「うん。りょーかい」
気まずそうに言われ、俺は平然と椅子から立ち上がって部屋を出た。












でも、正直気になってた。
俺に聞かれたらまずいことでもあるのかな。
しかも、あんな小さい子には話せて、俺に話せないことなんて。
立ち聞きしようと思ったんだけど、それも趣味が悪いかな、と思ったりして。
さっき読みかけてた本を手に、傘を差して表に出た。
雨降ってるけど公園にでも行こうかな、なんて思いながら。



































































































































<S side>







「・・・どういうつもりなんだ」
バタン、と遠慮がちに閉められたドアの音を聞いてから。
俺は座っている岡田をきつく睨んだ。
「家には来ない約束だったろ」
「そんな約束した覚えあらへん」
ふいっとそっぽを向き、岡田は口を尖らせる。
そんなところが快彦に似ていて、どこかホッとする自分がいたりするんだけど。
岡田はごくり、とお茶で喉を湿らせる。
「まさかと思たけど、イノッチにまだ言ってないん?仕事のこと」
「・・・イノッチって」
「今出てった居候」
アイツもまぁ、至るところに愛想振りまいてんな・・・。
まぁくん抜けてるから用心して一応警告出してみてよかったけど、と笑われて。
俺は何も言わずにただ頷いた。
「でも、アイツもまぁよく気づかへんよな。鈍いにもほどがあるんちゃう?」
確かに岡田の言葉にも頷ける点がある。
真夜中に仕事で出て行く男なんて、ホストか裏の仕事くらいだから。
多分、博がいなかったらとっくにばれているだろう。
「まぁ、言うか言わへんかはまーくんの勝手やけどさ。それを足枷にして動けなくなるまーくん、見たないねん」
「・・・・・・」
足枷。
確かに俺は快彦が来て変わったかもしれないけど、仕事は今までどおりきちんとこなしていると思う。
抗議の目線を送れば、ふぅとため息をつかれた。
「俺、まーくん尊敬しとるからすぐわかるんよ。イノッチのせいでアンタ、隙が出来てる」
「・・・・・んなわけねぇだろ」
「じゃあ、どうして疑わないん?俺が囮で、イノッチをまーくんから引き離すためにやってきたんじゃないかって」






真剣な表情の岡田の言葉に、ぞわり、と背筋が凍り。
ガタン、と無意識のうちに俺は立ち上がった。
顔が青ざめていくのが自分でも分かる。






「・・・冗談、だろ」
「冗談思うならそれでええ」
「なんで関係ないアイツまで巻き込む必要があるんだよ?!」
バン、と机をぶっ叩いた俺に、岡田は変わらず冷ややかな視線を送る。
「腑抜けた殺し屋なんていらんやろ」






俺がまーくんの目、覚まさせてやる。






そう言って目を光らせる岡田を見た瞬間。
俺は窓から体を翻して飛び降り、快彦が行きそうなところに向かって全力疾走した。
後ろから岡田の呼ぶ声がしたけど、無視した。










嘘だったら誤魔化せばいい。
無事だったらそれでいい。
ただ俺は、アイツが笑わなくなるのが嫌なだけなんだ。





































































































































































<M side>






俺と健はさっきまで外で遊んでいたんだけど。
ほんの少し強まった雨に負け、雨宿りをしていた。
「あ、あれ井ノ原くんじゃねぇ?」
健が指を向けた方向に目をやると。
傘を差しててくてくと足を進める井ノ原くんが見えた。
「井ノ原くーーーん!!」
ぶんぶんっと手を振った健に気づき、井ノ原くんは満面の笑みで手を振り返してくる。
走っていって近づけば、ニコニコと俺たちに絡んできた。
「健ちゃんに剛ちゃんじゃない!元気だったー?」
「元気元気。な?」
「おう」
「井ノ原くんはどこに行くの?」
健が聞くと、井ノ原くんは目をキラキラさせて、
「よくぞ聞いてくれた!俺さー坂本くんにジャマだからって追い出されちゃったんだよねー」
と、身の上話を始めた。
顔に『俺ってかわいそうな子』ってでかでかと書いてありますが。
「あー、やっと坂本くんも気づいたか。井ノ原くんのウザさに」
「うわ、酷っ!健ちゃん酷いー!!」
健の言葉に泣き真似をして俺にしがみついてきたから、軽く払ってやった。
「剛ちゃんもつーめーたーいー!イノッチさーみーしーいー!」
「イノッチって誰だよ」
尋ねると偉そうな格好をして、
「さっきねー坂本くんの友達の岡田ってやつにつけられたあだ名だよーん☆羨ましい?それとも妬いちゃったりしてる??いやーん、剛ちゃんもイノッチって呼んでおっけーだから安心してーvv」
なんて言って俺の髪の毛をぐっしゃぐしゃと混ぜ始めた。





ああ、ウザい。
どうしてこんなにウザいんだ、井ノ原くんは。






「五月蝿ぇなぁ。ちったぁ黙ってられねぇのかよ」
「無理だね。井ノ原くんが喋らないなんて考えられないもん」
俺と健が頷き合っていると、
「俺だって黙る時は黙りますー」
と、井ノ原くんは唇を尖らせた。
「じゃあ黙ってみろよ。ほれほれ」
挑発すると、それに乗った井ノ原くんは口をきゅっと閉じる。
「・・・・・・・」
「おっ、黙った」



















黙ったままで歩数を進めること、数分。
俺はそっと井ノ原くんの横顔を盗み見た。
ふざけた顔してるかと思ったら、意外にも神妙な顔をしてて。
それがなんだか泣き出しそうに見えたから、俺は慌てて井ノ原くんの手を握った。
ハッとして俺の方に目を向ける。
「な、なぁにぃ?剛ちゃん」
「・・・何でもねぇよ」
「あー!剛ずりぃぞー!俺も俺も!!」
健もぎゅうっと井ノ原くんの手を握った。
きっと、健も井ノ原くんの横顔を見たんだろうな、と思う。
「んもー二人とも甘えんぼなんだからぁ」
よっちゃん困っちゃう、と井ノ原くんは笑って。
俺と健はキモいだのウザいだの言いながら一緒に顔を緩ませた。









































































不意に。
耳に鈍い音が響いた。






























































目の前に知らない男がいて。
彼がスッと俺たちの元を離れる。
肩ぶつけといて謝りもなしかよ、と健がぼやいたけど。
違う。
肩がぶつかったんじゃない。
井ノ原くんの右に立っていた健には死角になって見えなかったんだろう。
逆に立ってた俺の目にはしっかりと映っていた。
彼のお腹辺りに突き刺さる、血の滴ったナイフが。







ぐらりと。
井ノ原くんの体が傾いて。
そのままゆったりと地面に倒れる。
後を追うように傘が下に軽い音を立てて落ちていった。
それはスローモーションみたいに見えて。
何をしたらいいか、わからなくなった。

















健の叫ぶ声が、痛いくらい耳を通り抜けていってんのに。






























































「剛!剛どうしよう井ノ原くんが!!」
がくがくと揺さぶられてハッと我に返った。
しっかりしなくちゃ。
俺が慌てたら健が不安になるから。
「お、俺、坂本くん呼んでくる!健はここにいろ!」
「うん!」
走り出そうとした俺だったんだけど、前につんのめる。
振り返ると井ノ原くんの手が俺のズボンの端を掴んでいた。
「ちょっ、離せよ!!」
「・・・っだめ・・・だ・・・俺から・・っ離れん、な・・・」
「何でだよ!」
「さっき、の・・・やつ、近くにいる、から・・・」
危ないから一人になっちゃダメだと井ノ原くんは言って呻く。
刺されるかもしれないという恐怖で、俺はその場にへたり込んでしまった。
健は半分泣きながら井ノ原くんの名前を呼んでいる。
それを宥めるかのように、井ノ原くんの手は健の頭を撫でていた。
だいじょーぶだいじょーぶ、とたくさん繰り返しながら。




















「快彦!!!」
背中から坂本くんの声がして、俺と健は揃ってその方向に目を向ける。
傘もささずに走ってきたのか、坂本くんはびしょぬれで。
俺たちは泣き出しそうになりながら彼に駆け寄った。
「剛、健、無事か?」
「俺たちは平気!でも井ノ原くんが!」
「早く、坂本くん早くお医者さん呼んでよ!!」
坂本くんは俺たちを撫でると、井ノ原くんの傍に膝をついた。





「快彦」
「・・・さかもと、くん・・・ぃ・・てぇよ・・・」
井ノ原くんの口から零れたのは本音。
俺たちに心配かけないように黙っていた言葉が、坂本くんを見て漏れてしまったんだろう。
「・・・悪ぃ。俺の所為だ」
「・・なん・・・で・・・?」
「傷が治ったら全部話す。だから、もう喋るな」
「・・・ん・・・」
坂本くんに言われて、井ノ原くんは安心した表情を浮かべ、目を閉じた。





「坂本くん!井ノ原くん大丈夫なの?!」
食って掛かるように健が言うと。
坂本くんは井ノ原くんを背に抱えて、大丈夫だと頷いた。
ついて行きたかったけど、そんな雰囲気じゃなくて。
俺と健は立ち尽くして二人を見送るしかなかった。





「あ、傘・・・」
健が地面に落ちたままになっている井ノ原くんの傘に気づき、拾う。
コンクリートには井ノ原くんの血の痕が残っていて。
現実に戻ってこれない頭の中がそれを見て急速に冷えていく。
「俺たちが預かっとこうぜ」
そう言うと、健は涙をこぼしながら頷いて傘をたたみ、ぎゅうっと大事そうに抱きしめた。











NEXT