俺が飛んで見せたら、お前は続いてくれるんだろうか。
いつもそれを期待すると同時に、失望している俺がいるんだ。
3人でオムライスを片付けて。
快彦はそのまま寝室で眠ってしまった。
きっと仕事で疲れてたんだろう。
帰ってきた時泣きそうな顔、してたから。
本人は気づいてないだろうけど、アイツは顔に出るからすぐわかる。
快彦の掛け布団をそっと直し、居間に戻った。
博がご馳走様、と笑顔で俺に言う。
それをどーも、と返すのが日常。
「よっちゃん寝たの?」
「ああ」
頷くと寝室を覗いて、ふわりと笑う。
まるでアイツの母親みたいだな、とふと思った。
「何か飲むか?」
「あ、うん。コーヒー」
「わかった」
キッチンに向かい、やかんに水を入れて火をつける。
昔は無言でいることに何も感じなかったけれど。
快彦が住むようになってからは、無言でいることに居心地の悪さを感じるようになって、口を開く。
「お前、快彦が来てからウチに来る回数増えたな」
「そっかな」
「おう」
「よっちゃん見てると元気出てくるからかもね」
「・・・・だな」
インスタントコーヒーをコップに入れながら寝室で気持ち良さそうに寝ている快彦を見て、納得する。
元気という二文字で出来ているような人間だと思う。
いい年してるのに、まだまだ子供だ。
「坂本くんだって、変わったよ」
「どこが?」
「よっちゃんが来てから、素直に笑うようになった」
「・・・・・・」
素直。
俺に自覚はない。
というか、自分が笑っているのかもよくわかってない。
でも、快彦といる時は、楽しい。
口を開こうとしたらやかんが鳴った。
「仕事、まだ続けてるの?」
唐突に聞かれたもんだから、危うくコップを落としそうになる。
仕事。
俺の仕事は闇の世界の仕事だ。
平たく言えば暗殺稼業。
殆どが夜に動き、誰にも知られぬようにターゲットを処分する。
このことを知っているのは、博だけだ。
「・・・ああ」
「どうして?」
「・・・今俺が辞めたら快彦まで巻き込むことになるからな」
コップを渡しながら言うと、ありがと、と微笑まれる。
俺は博の向かいになるように腰を下ろした。
「迷いはあるんだ」
「・・・昔はなかったのにな」
「それもきっとよっちゃんがいるからだね」
「ああ」
素直に頷くと、博は笑ってから真剣な表情になる。
「・・・よっちゃん、坂本くんの仕事知ったらどう思うんだろう」
「その時は・・・好きにさせるさ」
俺が殺人を仕事にしていると知ったら。
アイツはこの家を出て行くような気がする。
それくらい、感受性が豊かで真っ直ぐなやつだから。
人に嫌われたくない。
この感情は俺にとって抱くはずのないものだった。
それが今、俺の心は快彦に捕われている気がしてならない。
自分中心だった世界が、快彦中心に動き始めている。
傷つけたくないと思う。アイツだけは。
「矛盾、してんなぁ」
「何が?」
「人傷つけてる仕事してんのに、傷ついて欲しくないって思うなんて、さ」
「いいんじゃない?人間なんてそんなもんだよ」
こくん、と喉を鳴らしてコーヒーを飲む。
博は俺を責めたりはしない。
責める時は責めるけど、ムダに責めないというか。
責め際を分かってるっていうか。
「悟ってんなぁ」
「いろんな人見てるからね」
博は医者だ。
とは言っても、無作為にいろんな人を診る医者だ。
人殺しだろうが誰だろうが構わず治療を施す。
普通の病院で断られた患者を相手にすることが多いらしい。
俺も、何度か世話になった。
コイツとの出会いも、治療を介してだった。
「・・・何笑ってんの?」
「いや、お前と初めて会った時のこと思い出してた」
「あー。坂本くんが文無しの時ね」
「お前はそういうことばっかり覚えてんのな」
「忘れないよ。だって俺と坂本くんが契約した日だもん」
そう。
文無しの俺は金と引き換えに彼とある取引をした。
「『毎日夜ご飯を作ってくれる?』なんて、どこぞのプロポーズだと思ったぜ」
「あっはっは!だって坂本くん、料理上手で有名だったんだもん」
「・・・どこからそんな情報仕入れてくるんだよ」
「死に際になるとね、人間気の緩みが出て口が軽くなるもんなんだ」
誰が言ったとは言わないけど、と含み笑いをする。
そんな博を見ながらふと、疑問が頭に過ぎった。
「お前さ」
「うん?」
「俺の料理が美味くなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そりゃもちろん、メスで完璧に元の状態に戻すつもりだったけど?」
にこやかに即答する博に、顔が青ざめる。
コイツならやりかねない・・・!
「・・・・そろそろ時間じゃない?」
ぽつり、と博が呟く。
時計の針は12時を回っていた。
「・・・だな」
俺は立ち上がり、手に皮の手袋を纏う。
腰にサイレント機能を備えた銃を差し、ちらりと寝室に目をやる。
「博」
「わかってるよ。よっちゃんは俺が見とく」
「頼む」
軽く博に頭を下げると、俺は音を立てずに窓から家を出た。
無事に帰ってくる保証はない。
でも、快彦には博がいる。
それが俺の心を軽くさせる。
行き際に明日はパエリアがいいなぁ、と呟いた博の言葉に。
人殺しに行くのにレシピを頭に浮かべている俺の滑稽さが酷く、笑えた。
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まぁくんサイド。
2006.8.18