君たちがずっとずっと一緒で。
そこに俺が不器用な手を伸ばして一緒にいられること。
それが、本当に幸せなことなんだと感じずにはいられないんだ。
「いっちゃった・・・・か」
俺は坂本くんが出て行った窓を見つめて、ため息をついた。
仕事を辞められない理由。
暗殺稼業をしている人が仕事を辞めるというのはつまり、死を意味する。
当の本人は勿論のこと、身内にもその被害は少なからず与えられるから。
だから坂本くんは仕事を辞められないんだ。
よっちゃんを傷つけたくないから。
よっちゃんと出会った時。
最初は酷く悔しい思いをした。
俺と坂本くんの方が付き合いが長くて。
何度も何度も彼を笑わせようと努力もしてきた。
出会った頃の彼はただ人を殺すために生きてきたようなものだったから。
そんな彼に笑って欲しいと。
ただ、そう思ってたんだ。
けど俺には彼を変えることが出来なかった。
多分どこかで彼を人殺しという目で見ていたのだと思う。
普通に付き合っているつもりでも、何か線を引いて彼と接していたのかもしれない。
それが俺だった。
いつからかは知らないけど、人を信じなくなっていた。
それは坂本くんだけじゃなく、誰にでも。
今までの人生の中で騙されることがあまりにも多かったから。
だから、坂本くんは俺に心を開こうとしなかったし。
俺も彼に余計なことは話さなかった。
そんなある日。
契約通りに彼の家に夜ご飯を食べに行くと。
すまん、と頭を下げられた。
「どうしたの?」
「その・・・今日の晩飯・・・ないんだ」
「は?!どういう・・・」
「しっ」
口の前に人差し指を出して坂本くんが俺を制した。
起きちゃうだろ、という言葉に俺の目はソファに移る。
そこにはくったりとソファに沈むようにして眠る男の子の姿があった。
見たところ、俺や坂本くんよりは確実に下だと思う。
「・・・誰?」
「知らん」
「はぁ?!」
「俺んちの前でずっと『腹減った』って言ってたから、メシ食わせた」
捨て犬を拾ったように平然と言う。
「思ったより食うやつでさ、お前の分も食べちゃったんだ」
だからごめん、と。
素直に謝ってくる坂本くんに、俺は何も言えなかった。
あまりにも間抜けで純粋な出来事だったから。
それからというもの。
坂本くんの表情は着実に変化していった。
その理由はもう、分かりすぎるほどにわかった。
言うまでもなくよっちゃんである。
あの子はとにかくくるくると表情を変える子で。
きらっきらに瞳を輝かせていたかと思ったら、ちょっとしたことで拗ねる。
怒ったり泣いたり笑ったり。
喜怒哀楽がわかりやすい子だった。
しかも、彼は俺たちの仕事を知らない。
坂本くんはフリーターかなんかだと思ってるみたいだし。
俺のことは普通の病院の先生だと思っている。
だから、接し方が物凄く普通で。
俺にも坂本くんにも気を使うことなく接してきた。
それに年に似合わない子供っぽさを持っていて。
俺たちを困らせては嬉しそうに笑う。
手のかかる子供。
悪戯好きのワンコ。
そんなよっちゃんは余りにも容易く、坂本くんの心の中に入り込んでいった。
「悔しいなぁ」
思っていた言葉が口から零れる。
きっと、俺が出来ないこともよっちゃんは簡単にやってのけるんだ。
さっきだってよっちゃんだったら坂本くんを引きとめられたんじゃないかと思う。
昔はそう思う度、自分が小さく見えて悲しくなった。
けど、今は違うんだ。
坂本くんの仕事は常に危険を伴っていて。
帰って来るという確かな保障はない。
だからこそ、引き止めたかった。
よっちゃんと坂本くんが一緒にいるのを見るのが、俺にとっての幸せだから。
よっちゃんが来て変わったのは、坂本くんだけじゃないんだ。
「・・・・・ひっくん・・・?」
寝室から弱弱しい声がして。
目を向けると、目を擦りながらよっちゃんが起き上がっていた。
そのままの格好で寝たから背広がぐしゃぐしゃになってる。
「どうしたの?」
近づいて頭を撫でながら問うと。
「んー・・・着替えなきゃ俺・・・」
言いながらもそもそ脱ぎだした。
周りを見ても着替えらしきものはない。
「わかった。着替え持ってくるから待ってて」
「うんー・・・」
返事も何だかふわふわしている。
こりゃ着替えを持ってきた時には寝てるな。
「よっちゃん、着替え・・・・」
寝室に戻ると予想通り、よっちゃんは布団に横たわっていた。
上半身裸のまんまで。
あーあ。
「風邪引くよ、よっちゃん」
寝てると思って声をかけたら。
ぱちり、とよっちゃんの瞳が開いて、ビックリした。
「うわ」
「あははは、ひっくん。寝てると思ってたでしょー」
残念でしたー起きてたよーと嬉しそうに笑う。
「起きてるならこれ、着てね」
言って着替えを手渡す。
もそもそとそれに腕を通すよっちゃんを俺は見つめていた。
5年前に会った時より、大人びた横顔になった。
性格は全然変わらないんだけど。
人の成長って早いな。
「なぁにー?ひっくん」
「なんでもないよ」
「いや、なんかあるでしょ??」
「・・・・よっちゃん大人っぽくなったなぁって思ってたの」
正直に言うと、ぷわっと笑顔になる。
「ホント??」
「うん」
頷くと、よっちゃんは上に向かって大きくガッツポーズを決めた。
「やったー!それってスゲー嬉しい!」
「性格は全然変わらないけどねー」
「・・・・それって結局顔が老けただけってことぉ?」
「そうなるかなぁ」
「ひっでー!ひっくんひっでー!」
「あっはっはっは」
口を尖らせて文句を言うよっちゃん。
本当に、無邪気で可愛い。
「あれ?そういや坂本くんは?」
きょとんとした表情で聞いてきた内容に、俺の肩は軽く跳ねる。
「坂本くんならついさっき煙草買いに行ったよ」
「ええー!吸いすぎだよー!」
「ホントね」
同調してみせると、だろー?と得意そうにするよっちゃん。
でも、そこで話が途切れた。
気が抜けたようによっちゃんが遠くを見ていたから。
今まで見たこともないような表情にどきり、と胸が鳴る。
「・・・ねぇ、ひっくん」
「んー?」
「坂本くんって何してる人か知ってる?」
「え?」
「だって、昼間はずっと家にいるしさ。主夫かとも思ったけど結婚してるわけじゃないし。
でもお金に困った風でもなくて・・・気になってさ」
一度聞いたことあるんだけど、坂本くんちゃんと答えてくれなくて、とよっちゃんは言った。
必然的に抱くであろう疑問だった。
だからこそ、俺の心の準備も万端だった。
「俺もよく知らないんだよね。ただ、昔は一流レストランのシェフだったらしいよ」
「うわ、そうなんだぁ!だからあんなにご飯美味いんだ!」
「お金があるのはその時の蓄えなんじゃない?」
「ああっ、そうかぁ!そうだよね!」
・・・よっちゃんが単純でよかった。
あっさりと騙されてくれる彼の素直さに、嘘をついた罪悪感がまとわりつく。
でも、いいんだ。
二人が離れることになるより、ずっといい。
「ねぇ、よっちゃん」
「んー?」
「・・・これからも坂本くんと一緒にいてやってね」
これが、俺の願い。
人を信じることを止めた俺の、たった一つの願い。
「なぁに言ってんだよー!俺は坂本くんとも、ひっくんともずーっと一緒だよ!」
そしてその願いをぎゅっと大事に抱えてくれる。
そんなよっちゃんが、大好きで。
彼なら信じてもいいかな、なんて思えちゃうんだ。
END
ひっくんサイドでした。
2006.8.18