きっと俺はあの二人が大好きで。
どんなに辛いことがあっても、前が見えなくなるくらい落ち込んだとしても。
大丈夫だよって背中を叩いて貰ったら、本当に大丈夫な気がして来るんだ。
・・・・・何度でも飛ぼうって、そんな気持ちになるんだ。












































































すっかり暗くなってしまった家路を急いでいた。
今日はあれだったなー。
しなくてもいい失敗しちゃった。
ふはー、と上を向いて大きくため息をついてみる。
嫌なことって重なるんだよな。
ひとつ忘れるとまた別のことも忘れちゃって。
連鎖反応が悪い方向に働いちゃって、何回拳骨食らったかわかんない。
こういうことは忘れちゃうに限るんだけど、簡単にはいかなくて。
逆に自分が小さく見えて泣けてきそうになったりして。
俺、独り暮らしじゃなくてよかった。
多分、一人になったら泣きそう。









「たーだーいーまー!!」
でかい声で自分の帰りを告げると、五月蝿いこの馬鹿と返される。
ひっどーい!よっちゃんただ元気なだけなのにー!
じたばたしても無駄。この人はぜんっぜん構ってくれないんだから。
いいんだけど、慣れっこだから。
居間で煙草を咥えて新聞を読んでいた彼は坂本くん。
俺はひょんなことからこの家の居候をさせてもらってたりする。
「今日のご飯、なぁに?」
ネクタイを緩めながら彼に近づいて、尋ねると。
ちらり、と目線をくれながら「オムライスだよ」と答えた。
「オムライスかー!」
坂本くんのオムライスは物凄く美味しい。
真ん中から切れ目を入れると半熟のとろとろで。
それをチキンライスに絡めてはむっと口に入れると、超幸せ。
ああー早く食べたいなー!
「・・・・そんなんで目ぇキラキラさせるのはお前くらいだよ」
気持ちが顔に出てたんだろう。
呆れたような台詞とは裏腹に、坂本くんの口元は優しげで。
それを見て俺の嬉しさはもっとたくさんになった。































坂本くんと俺の出会いは5年前に遡る。
俺がまだ高校卒業位の年の時。
簡単に言っちゃえば、俺が彼に拾われた。
俺はちょうど遅めの反抗期ってやつの真っ只中にいて。
しかも家の状況は最悪で。
両親は離婚だなんだといつも喧嘩ばかりしていた。
そんな家にいたくなんてなかった。
でも住む場所がないから、耳を塞いで聞こえないフリをしていた。





だけど。
母さんのあの言葉を耳にした途端、俺は悟ったんだ。














『アンタとの子なんて作らなきゃよかった』












・・・・・ああ。
俺、いらねぇ子なんだなぁ、って。






















そこからの決断は早かった。
荷物なんて何もなかったし、幸い未練とかいうものもなかった。
年も年だったし、独り立ちもしたかったし。
ただ、行き場所だけがなくて。
フラフラ歩いてたんだけど、腹が減って仕方なくて。
半分朦朧としている意識の中で、俺は自然に美味しい匂いがする方に足を進めていたみたいだった。
でもとうとう歩けなくなって。
ぺたん、とその場に座り込む。
家に帰ろうとは思わなかったけど、ご飯が食べたくて。
腹減った、って小さい声でたくさんたくさん口に出していたら。









不意に。
誰かの視線を感じて、顔を上げた。



















『腹、減ってんのか』










目の前にいたのは買い物袋を手にさげている男の人だった。
長身で、顔も丹精で格好いい。
全身が黒尽くめで、体のラインが綺麗に浮き出ていた。
買い物袋が似合う男の人も珍しいな、なんてふと思いながら。
彼のそれだけの言葉に俺は頷いた。
ぶっきらぼうだったけど、変に優しくない方が俺にとってはありがたかった。
彼は余計なことは聞いてこなかった。
どこからきたんだ、とか、家はどこだ、とか。
ただ、少し間があって。








『俺んち来るか?』







と。
それだけを言って。
俺も、口を開かず頷いた。
















その後はもう彼についていって。
知らない人にはついていくなっていう教育は受けていたけど、この人は大丈夫だなって根拠のない確信があった。
家について。
家っていってもアパートみたいなところで。
中に入ったらすとんとイスに座らされて。
10分もしないうちに目の前にことん、と湯気のたったナポリタンを置かれた。
『食えよ』
美味いぞって自身有りげに言われて。
お腹が凄くへってたから、お礼も忘れて無我夢中で口に運んだ。
口に入れすぎてむせてたらもっとゆっくり食べろよ、って言いながら水をくれた。
皿を空っぽにしておかわり!って言ったら自分の分までくれて。
『美味いか?』
って聞くから、たくさん頷いて見せたら。
ニッと笑って俺の髪の毛をぐっしゃぐしゃにかき混ぜてきた。














この頃全然優しくされてなかったからかもしれない。
さっきの母さんの言葉に傷ついてたからかもしれない。
気づいたら俺はフォークを握り締めたまま泣いていて。
彼はそんな俺の背中をとんとん、とあやす様に叩いてくれた。
感極まってぎゅううっと彼の胸に顔を預けたら。
おっきい子供だなって、笑われたけど。
優しい手は、変わらずに俺を叩いてくれていて。
俺は大きな声を上げて泣いた。








それから、行く場所がないことを彼に告げたら。
ウチにいてもいい、とまたぶっきらぼうに言い放たれた。
『ただし、自分の食費は自分で稼げよ』
そう、ひとつだけ条件を出して。
俺は一生懸命働く場所を探し、今はどうにか小さな下請け会社に落ち着いている。
だって、ここにいたかったから。
今から考えると、あの条件は俺が働くように促す彼なりの配慮だったのかもしれない。
言われてなかったらきっと、今頃俺は彼のヒモだった気がする。
っていうか、坂本くんってどうやって稼いでるんだろう。
昼間はずっと家にいるみたいだし。
前に一度聞いたんだけど、上手く交わされてしまった。


















































「・・・・快彦?」
どうした、と言う彼の声で我に返った。
笑顔でなんでもないよ、と言ったらそうか、とだけ返ってきた。
だけど、俺の考えてることなんかきっと分かっちゃってるんだろうな。
「あ、そうそう。今日ひっくんは?」
「・・・・ひっくん?」
「博くんだよーホラ、友達の長野くん!」








坂本くんの友達は言っちゃ悪いけど、少ない。
深くて長い付き合いをしたいとか言ってたけど。
その中でも一番の仲良しが博くんだ。
彼は病院の先生で、俺も何度かお世話になってる。
ニコニコ笑顔が優しい、坂本くんイジメが大好きな変わった人。
俺は彼に坂本くんと同じ匂いを感じた。







「あぁ。もうすぐ来ると思うぞ」
アイツも本当に俺の飯が好きだな、とぼやく様に。
けど、やっぱり坂本くんの表情は柔らかくて。
この人はとっても優しい人なんだ、なんて思って幸せになった。









ガンガンガン。









「あけてーさかもとくーん」





あ、来た。






坂本くんを見ると、迎えに行く気配がなかった。
っていうか、読んでた新聞をたたんでキッチンに行っちゃったから。
代わりにぱたぱたと玄関に走って行き、鍵を開ける。
「ひっくん!」
「おおーよっちゃーん!」
開けるなり目の前の人に抱きつくと、ぎゅっと受け止められた。
この人は坂本くんみたいに俺のことを冷たくあしらったりしないから、大好き。
まぁ坂本くんも優しくしてくれる時あるから、大好きなんだけどね。
「坂本くんは?」
「いるよー!今日はオムライスだよー!」
「知ってる。俺のリクエストだしv」
前に雑誌で見たオムライスの復元を頼んだらしい。
博くんはグルメだから、味には五月蝿い。
それでも坂本くんのご飯は美味しいって言って食べてるから、坂本くんの料理は相当美味いんだろうな。
「よっちゃんは相変わらずだなー」
「なにー?」
「目、キラキラしてる」
オムライスでそんな風に出来るのなんてよっちゃん位だね、って。
さっき坂本くんが言ったのと似たような台詞に俺は笑った。










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よっちゃんサイド。
2006.8.18