○月○日。
帰ってきてドアを開けると、そこはN○K教育番組のスタジオやった。
い、いのっち・・・!
ドタドタドタと足音が響いて。
床には絵本と、おもちゃの数々が散らばっていた。
呆然とする以外に取る行動が思い当たらない。
何、これ。
「あー岡田お帰りー!」
とっても素敵な笑顔でぶんぶんと帰って来た俺に手を振る。
彼の周りでは走り回る子どもが二人。
両方ともよく似ている。
双子、だろうか。
判別方法としては、片方の目元に黒子が二つあるってことかな、なんて。
思っていたら彼らがいのっちの言葉にピタリ、と動きを止め、俺の方を見てきた。
「オカダ?」
「オカダ?」
こてん、と同じ方向に同じタイミングで首を傾ける様子は、愛らしいことこの上なく。
いのっちもかーわいいーー!!と言葉を発して身悶えている。
や、可愛いけど。
何で、呼び捨てなん?
「んもーオカダいいから、俺はー?」
「イノハラー」
「イノハラー」
「お前らなー俺の方が年上なんだから、くんとかさんとか付けろよー」
「ぶっ」
ぷぅっと頬を膨らますいのっちに、思わず吹き出した。
な、何か子どもが三人居るみたいで。
笑い出した俺を、今度は三人が揃って首をこてん、と傾げながら見てきたから。
余計に笑いが止まらんようになってしまった。
一人で笑い続けている俺を見て、いのっちが傍に来てぱすぱすと背中を叩いてくれる。
その行動で、いくらか落ち着いた。
「あー笑った」
「すっげぇビックリしたー俺岡田が壊れたかと思った!」
「オカダー」
「オカダ、だいじょぶ?」
いのっちの真似をして双子も寄ってきて、俺を叩く。
ありがたいんやけど、そこ、太もも。
いのっち曰く、彼らはここの管理人の子どもだそうで。
用事があるため預かってくれないか、と尋ねてきたらしい。
そこで奇跡的な再会があった、といのっちは言った。
ここの管理人さん(以下坂本さん)は、いのっちが路上でギターを弾いていた時にお金を入れてくれたそうで。
その上寒がっているいのっちに自分のジャケットを渡して去っていったらしい。
超格好よかったんだよーと女子高生のような反応をするいのっち。
男がする反応とは到底かけ離れているが、ここ数日で見慣れてしまった自分が悲しい。
ドアを開けての坂本さんの第一声が「うおっ」だったそうで。
だって俺感動して抱きついちゃったし、といのっちは笑っていた。
・・・訪問して突然抱きつかれたら誰でもそういう反応をすると思うんだけど。
双子ちゃんは5歳の幼稚園児で。
お兄ちゃんが剛、弟が健という名前なんだと説明してくれる。
とても仲が良くて、俺たちが話してる間も二人でじゃれるように遊んでいた。
いのっちと俺の会話が終わったのを見計らって、ちょこまかと寄ってくる。
おいでーと満面の笑みを振り撒くいのっちに二人同時にしがみ付いた。
「イノハラー」
「おねがいがあるんだー」
「なになに?」
急に神妙になった二人の言葉に、いのっちが耳を傾ける。
「まーくんさー」
「きょう、つかれてかえってくるからさ」
「おれたち、なんかしたげたいんだ」
「でも、なにしたらいいか、わかんないから」
「てつだって、イノハラ」
「オカダも、てつだってよ」
真剣な眼差しでそう訴えてくる剛くんと健くんに、俺の胸はきゅんとなる。
こんなにちっさいのに、相手のこと一生懸命に考えてるなんて、健気な子たちや。
こっそり心の中で感動していた俺と。
「あーもうお前ら超いい子!んもー坂本くんの幸せ者ーっていうかもはや俺坂本くんになりてー!いいよいいよっいのっち一肌でも二肌でも脱いじゃうよー!!」
口に出して今にも泣きそうな表情でそう叫ぶいのっち。
こういうところが、羨ましい。
・・・なんて。
そんなこと考えてる場合じゃない。
疲れて帰って来た坂本さんを労う方法、考えな。
「俺がギター弾いてあげるってのはどう?」
「アホ。そんなん余計疲れるだけやん」
「えー・・・じゃあ何すればいいんだよー?」
「うーん・・・例えば・・・夜ご飯作って待ってる、とか?」
俺の提案にそれだ!と大声を上げて手を打ついのっち。
いちいち動作が大きいな。
だけど、剛くんと健くんは楽しそうにそれを真似してる。
真似して、きゃっきゃとはしゃいでる。
・・・何だかいいなぁ、こういうの。
素直な心っていうか、無邪気っていうか。
三人を見ていて保父さんみたいな気分になった俺。
・・・・・・待て。
俺、いのっちよりは年下やろ。
「何作るー?」
「おれ、ハンバーグがいい!」
「オムライス!」
「それお前らの好きなもんだろ?まーくんの好きなものって何だ?」
いのっちが尋ねると、双子は顔を見合わせて一緒に考える素振りを見せた。
っていうか、いのっちまでまーくん呼ばわりか。
違和感を感じないのが恐ろしい。
「まーくんねー・・・・・・あ、おなべがすきだよー!な、ゴウ?」
「そうだ!おなべ!」
「とりさんとー、ちくわとー、はくさいとー・・・・・・あとおとうふ!」
「おとうふだいすきだよ、まーくん!」
「お豆腐かー!じゃあ今日の夜ご飯はお鍋で決まりー!」
イエー!と拳を振り上げるいのっちに引き続いて、真似をする双子。
そんで、三人揃って俺のことをじぃっと見てきた。
え。
「俺も、やるの?」
「当ったり前だろ!いのっち料理隊副隊長なんだからっ」
「・・・いつ任命されたん、俺」
「今!」
「・・・・・・はぁ」
いのっちの何とも勝手な言い草に、呆れたため息を漏らして。
でも、不安そうな双子ちゃんを見てると、胸がきゅんとしてきて。
おー、と声を出せば、いのっちにガシガシと頭を撫でられた。
いたいたいた。
「んじゃもっかい!今日はお鍋だ、イエー!!」
「「「イエー!!!」」」
声を出して、四人揃って笑った。
俺も、笑った。
何だか、感情を外に出すことが楽しくて仕方なかったんだ。
どこかにあった心の寂しさが、少し無くなる気がして。
いのっちパワーやな、なんて。
こっそり感心していたのも、つかの間。
「あ、ところで岡田」
「なん?」
「お鍋って何買えばいいんだっけ?」
あは、と笑いながら首をこてんと横に傾けるいのっちと。
それを真似して首を傾げる双子ちゃん。
その様子に呆然とする、俺。
ちょ、しっかり、お兄さん。
初めてのおつかいする年じゃないでしょ。
「えーと、お鍋はダシと、具材と・・・ってああ、ええわ。今書いたる」
口で言っても覚えられないだろうから、俺は書き損じの原稿の裏側にメモを書き出した。
とりにく、ちくわ、はくさい。
坂本さんの大好物のおとうふも、と。
ダシ、本当は最初から取った方がええんやけど。
ちらりと時計を見ると、夜ご飯まではあまり時間が無いようだったから、インスタントで。
あ、お金。
立ち上がって戸棚から千円札を二枚、取り出して。
手に持たせるのもどうかな、と引き出しを漁ったら、ガチャピンのお財布が出てきた。
ご丁寧にヒモ付きで、首からかけられるタイプだ。
その中にお札を入れて、いのっちの首にかけてやる。
子どもみたいって怒るかなとも心配したんだけど。
いのっちはガチャピンを見て、ぷわぁっと本当に本当に嬉しそうに笑った。
「ガチャピンだー!」
「イノハラ、いいなー」
「いいなー」
「あはっ、なんせ隊長だからね!」
羨ましそうに見上げる双子ちゃんと、えっへんと威張るような態度を取ってみせるいのっち。
あー隊長。
副隊長はすっごい不安です。
小さい子だけで買い物行かせるような不安でいっぱいです。
・・・いい大人一人混ざってるはずなのに。
「いのっち」
「んー?」
「お金、落とさんようにな。メモもお財布の中やからな」
「おう!」
「あと、余ったお釣りで剛くんと健くんに何か買ってあげて」
「おう!あ、俺は?」
「大人は我慢しぃ」
「えーやだやだー俺も何か買いたいー!」
「・・・・・・分かった」
いのっちの我が儘に折れる俺。
それ以前にいのっちへの説明が子どもに言い聞かせるみたいになってるっていう。
どんな大人や、いのっち。
っていうか、隊長。
こんなんで隊員のこと、きちんと見てられるんかな。
不安は募るばかりだったけれど、俺は家で色々用意をしなきゃいけなかったから。
元気だけはいっぱいの、いのっち料理隊を見送った。
大きな影と、小さな影が二つ。
楽しそうにぴょこぴょこ動くのを見ながら、俺は彼らを見守っていた。
影が見えなくなるまで、ずっと。
しかし。
俺の心配も虚しく、いのっち料理隊はあっさり帰ってきた。
行った時と同じように楽しそうに。
がっしゃがっしゃと持っていた袋を振り、ただいまー!と元気よく叫ぶ三人におかえりを言い。
隊長からガチャピン財布を押収し(中身は殆ど残っていなかった)、材料をキッチンに運ぶ。
あ、いのっちビール買ってきてる。
何故こういう時だけ大人のもん買うんやろ。
・・・まぁ、ええか。
「なにかてつだうー?」
足元にやってきたのは健くんだ。
「じゃあ、白菜を洗ってくれる?」
「うん!」
勢いよく頷き、にぱっと笑う。
キッチンに手が届かないな、と困惑していたら。
いのっちが剛くんと一緒にやってきて、二人をシンクの上に乗せ。
三人揃って白菜洗いを始めたから、ホッとした。
俺は包丁を使う仕事を担当する。
手早く鶏肉とちくわと豆腐を切ってお皿に乗せ、洗い終わった白菜もざくざくと切っていく。
それを感心したようにふへーと声を漏らして見つめるいのっち。
「岡田、上手だなー」
「一人暮らししたら嫌でも上手くなるよ」
「オカダ、まーくんみたい!」
「まーくんもじょうずなんだよー!」
「そやなー俺もたまにご飯貰うけど、美味しいもんな」
「「うんっ!!」」
双子ちゃんは二人揃って頷いて、楽しそうに笑った。
それを見ていのっちと俺も笑う。
笑顔って伝染するな。
「白菜終わり!副隊長、次は何をするでありますか?」
「じゃあ、いのっちはお鍋をコンロに運んで。剛くんと健くんはこんにゃくとダシの袋、持ってな」
「「「はーい!!」」」
元気いっぱい。
三人はそれぞれ言われたものを持って、居間に消えていく。
俺も切った具材を持って居間に行った。
セットされたお鍋。
剛くんが持っていたダシの袋に、いのっちがハサミで切り目を入れる。
「剛、健と一緒に入れるんだぞー」
「うん!ケン、いれるぞ!」
「うん!」
よいしょよいしょ、と二人が力を合わせてダシをお鍋の中に入れていく。
それを息を呑んで見守る俺といのっち。
袋の中が空っぽになった瞬間、俺といのっちは同時に拍手していた。
「剛も健も偉いなー!」
「おん、偉い偉い!」
俺たちの言葉に、双子ちゃんは顔を見合わせて、照れたように笑った。
それとほぼ、同時に。
ぴんぽーーーん
インターホンが鳴り、二人は嬉しそうにぷわっと笑みを浮かべる。
「まーくん!」
「まーくんだー!」
「まーくーーんっ!!」
双子ちゃんプラスいのっちが坂本さんの名前を呼びながら、どたどたと玄関に向かって駆けていく。
俺はその間に切ったものとこんにゃくをちぎって入れ、火をつけた。
準備は万端。
火が通るまで少し待つことになるけど、まぁそこはご愛嬌で。
さっきセットしたご飯ももう少しで炊ける。
全部が整ったところで、俺も遅ればせながら玄関に足を運んだ。
そこに居た坂本さんは子ども二人と大の大人一人に引っ付かれていて。
俺の姿を見るなり、苦笑いをして見せた。
「ごめんねー突然預けちゃって」
「いいですよ。普段たくさんお世話になってますし。それに二人ともとってもいい子にしてたから。なぁ、いのっち」
「うん!俺もいい子にしてたけどね!」
「あーはいはい。いのっち偉いいのっち偉い」
「何その棒読みー」
ぷくーっと頬を膨らませるいのっちを見て、坂本さんと俺が笑い。
剛くんと健くんも何がおかしいのか分からないのに笑って。
笑われているいのっちも、膨れっ面がふにゃんと笑顔に変わっていく。
「玄関で話してるのも何ですから、どうぞ」
「や、でもそろそろ夕飯だし」
「夕飯だからこそ、だよなっ?」
「「うん!!」」
いのっちの言葉に大きく頷く双子ちゃんに、坂本さんは首を傾げてみせた。
不思議そうな坂本さんの腕を、三人が引っ張るようにして居間に入っていき。
俺はそれを後ろから追うようにしてゆったりと歩く。
ビックリ、してくれるとええけど。
「じゃーん!今日はお鍋でーす!!」
「おれたちもてつだったんだよ!な、ゴウ!」
「うん!おかいものしたり、はくさいあらったりした!」
「・・・・・・」
三人が楽しそうにアピールする中。
坂本さんは鍋を見て呆然としていて。
段々と三人の笑顔が不安そうな色を混ぜていく。
「・・・ダメ、だった?」
いのっちがそんな坂本さんの顔を覗き込み、双子ちゃんもそれを真似て。
三人から覗き込まれた坂本さんはハッと我に返り、ふわっと優しい笑みを浮かべた。
「ううん。ビックリ、した。嬉しいよ」
「ホント?」
「ホントに??」
「ああ。ありがとう」
その言葉に、三人の表情からは不安の色が吹き飛び。
きゃあきゃあと嬉しそうに飛び回り始めた。
やったーだの、イエーだの言いながら、はしゃぐ三人を見ていたら。
坂本さんがこっちを見て、また苦笑いをする。
「ごめんな。これ作ったの殆ど岡田くんだろ?」
「まぁ。でも、これをやろうって言い始めたのは剛くんと健くんなんですよ」
「あいつらが?」
信じられないと言わんばかりの顔。
それに俺が頷いて見せれば、坂本さんはふっと目を細めた。
嬉しそうな、それでいて、泣き出しそうな表情。
「あいつらさ、俺の本当の子どもじゃないんだよ」
「へ?」
突然の衝撃的事実告白に、俺は変な声を出してしまった。
てっきり坂本さんの子どもだと思ってたから。
年だって相応だし。
あ、でも。
そういえば、奥さんを見たことがないし、剛くんや健くんからお母さんの話は一切出てこなかった。
それにまーくん呼びだし、な。
考えてみればたくさん思い当たる違和感。
ぐるぐると思考を巡らせている俺に、坂本さんは話を続ける。
「俺、独身だし。あいつらは俺の兄貴の子どもなんだ」
もう死んじゃったけどな、と少し、悲しそうに。
身寄りの無くなった二人を引き取って一緒に暮らしているのだと、坂本さんはそう教えてくれた。
でも。
それでも、剛くんと健くんは「まーくん」が大好きで。
お父さんとは呼んでいないけど、二人にとっては大切な「まーくん」で。
俺は、それでいいんじゃないかと思う。
「・・・いい子たち、ですよね」
「だろう?俺の自慢の息子たちだ」
まるで自分の子どものように誇らしげにそう言う坂本さんは。
どう呼ばれようと二人の父親なんだな、と。
隣で彼の顔を見ながら、そう思った。
楽しい夕食はあっという間に終わり。
双子ちゃんと坂本さんはお礼を言って帰っていった。
ばいばーい、と振られた手を振り返して、お見送りする。
嵐が去った後の静けさとはこのことだろうか。
急に寂しくなった居間の片づけをしていると、岡田、といのっちの声がして、振り向く。
「なん?」
「・・・今日は、ありがとな」
岡田が居てくれて助かった、と。
言って、ソファにもたれて座っていたいのっちはふにゃんと笑う。
少し疲れた笑み。
子どもみたいに笑っていたさっきの笑みとは違う種類の。
大人のような笑顔に、ドキッとした。
表情、くるくる変わりすぎや、いのっちは。
「どしたん?」
「んー・・・ちょっと、疲れた」
「はしゃぎすぎや。年考えて動きぃ」
「俺はまだまだ現役ですー」
「心だけは、な」
「あは。かもねー」
いのっちはそう言いながらくてん、と身体を床に倒す。
言葉が返ってこなくなったから、俺は片づけを再開した。
使った食器と、鍋と、器具類を洗って。
最後に布巾を持ってテーブルを拭いて、終了。
ふー、と息をつき、いのっちに目をやる。
さっき倒れてから身体の位置が変わっていない。
傍に行ってみれば、小さくぐー、といびきが聞こえて来て、思わず笑ってしまった。
遊び疲れた子どもみたいやん、いのっち。
押入れから毛布を引っ張り出して、肩元にかけてやる。
しゃがみ込んでその黒い髪を優しく撫でてやれば、もそ、と身じろいで再びぐー、といびき。
・・・でも。
俺が帰ってくるまでずっと一人で面倒見て。
何度も双子ちゃんを抱き上げたり、持ち上げたりして。
一緒に買い物まで行ってきて。
あれだけ騒いでいたら体力が幾らあっても持たないだろうな。
「・・・凄いなぁ、いのっち」
本心からそう、思える。
多分、俺一人やったらこんなに楽しくなかったし、楽しめなかった。
いのっちが居ったから、楽しかったんや。
「・・・俺も、いのっちが居てくれて助かったわ」
心底、感情を込めて。
いのっち偉いなぁと小さく小さくそう言えば。
グッドタイミングでいのっちがにへら、とだらしなく笑った。
NEXT
この回はこっそり拓生さまへ捧げます。
2007.9.9