怪我をした章吉はそのまま病院へ直行し。
俺もついていきたかったんだけど、担任に止められ。
代わりに裕介がついて行くことになった。
せっかくサボれると思ったのにー。
や、心配は心配よ?一応、ね。
でも、引き止められたことは俺にとって、逆に好都合だった。
放課後。
誰も居なくなった教室に、一人立ち尽くす。
机はクラスの人数分、40個。
・・・・・・全部見きれるんだろうか。
量の多さにくらり、と眩暈を感じながら。
それでも。
覚悟を決め、俺は左手を伸ばし、机に触れた。
気ぃ、失いそう・・・。
頭の中に記憶が入り込みすぎてオーバーヒートしているのが分かる。
や、でも分かった。
見えたことは、見えた。
だから。
事件は、解決する。
その代わり、代償は覚悟しなきゃならねぇな。
章吉にも、裕介にも。
俺の秘密にしていたことを話さなきゃならねぇ。
そうしないと、俺はただの妄想野郎になっちまう。
それは、御免だ。
身体に力が入らず、ぱたぱたと汗が滴り落ちる感覚だけが俺を現実に留めている。
とりあえず学校から出た。
こっから、どうにかして、アイツらの家に。
壁に手をつけ、じりじりと進む。
あ、そういや。
俺アイツらの家、知らねぇぞ。
どこ行きやがったアイツら。
っていうか、章吉。
しょう、きち。
「おいっ、大丈夫か?!」
耳に響いてくる複数の足音と誰かの声。
大丈夫だと言いたかったのに、出たのは小さな呻き声で。
強制的に座らされ、額に手を当てられる。
いや俺熱あるわけじゃ。
滲む視野を必死に振り払って目を凝らせば。
見覚えのある、ジャケット。
城北の、レーベル。
・・・・・・これってもしかして、ラッキーってやつ?
「・・・っしょう、きちの家、おしえろ・・・っ」
たどたどしくも言葉をつむげば、驚いた表情になる。
「章吉さんの何なんだお前は!」
メンバーの一人に胸倉を掴まれて、今度はこっちが驚く。
ああ、そっか。
章吉はヘッドだからこそ、そういう守りが厳しいのか。大変だねぇ。
俺は両手を上げ、ふるふると首を横に振ってみせた。
くそ、首を動かすだけでも眩暈が増す。
「おれ、は、しょうきち、の・・・ダチだ・・・」
言ってはみるものの、確証は無い。
証明するもんも無い。
だから、疑われても仕方ない。
そう、思ったのに。
「もしかして・・・映児さんっすか?」
思わぬところで自分の名前が出たもんだから、首を縦に振れば。
勝手に胸ポケットを弄られ、生徒手帳を抜かれる。
ああもう勝手にしてくれ。
それで俺がダチだってことが証明出来りゃいい。
「ホントにこの人だ」
「章吉さんが言ってたから、間違いねぇ」
「映児、って名前も珍しいしな」
何かを話し合っている風な様子。
っていうか章吉、俺のことレーベルの仲間に話したんだ。
昨日知り合ったばっかだったっつーに、さ。
「・・・・・・映児さん。章吉さんに会う前に病院行った方がいいっすよ」
「熱は無いようですけど視点が定まってませんから」
「いや、行かねぇ、と」
「俺たちが代わりに伝えます!俺たちのことを信用してください!」
真っ直ぐな目で見つめられる。
これ、どっかで。
・・・・・・ああ、章吉の、目だ。
細くは、ないけど。
奥底にある光は、どっか似てる。
だから、すとんと力が抜けた。
・・・っていうか、抜けすぎた。
抜けすぎて、意識までぶっ飛んだ。
ぱちり、と。
俺が目蓋を持ち上げた時、最初に映ったのは黒い天井で。
時折ぶしゅーっと音を立てて蒸気が噴き出している。
・・・・・・どこだ、ここ。
身体を起こせば、全てにおいて見覚えの無い場所。
ぐいっと腕を伸ばしていたら、あ、と呆けた声がして。
声の主に目を向ければ、腕に包帯を巻いた章吉が目に入った。
「よぉ。目、覚めたか」
「・・・ここ、どこだよ」
「城北レーベルの隠れ家ってとこだ。後でアイツらに礼言えよ」
章吉が指差した先には、俺を助けてくれた面子が雑魚寝していた。
それを見て、章吉が面白そうに笑う。
「お前が馬鹿でかい図体してやがるもんだから、ここまで運ぶのに結構苦労したらしいぜ」
「・・・そりゃ悪かったなぁ。っつーかお前腕は?」
「全治2週間。ま、大したことねぇよ」
バシバシと包帯の上から傷口を叩く章吉。
どうやら本当に大丈夫みたいで、ホッと胸を撫で下ろせば。
章吉は傷口を叩いていた手でべしっと俺の背中を叩いた。
「痛っ!」
「俺は全部話したぞ、映児」
「・・・・・・」
「今ここに居るのは俺だけだ。聞いてやるから、話せ」
どかっとベッドの傍にある椅子に腰を下ろし、章吉は話を聞く体制を作り出す。
話せって、なぁ。
「・・・命令形かよ」
「おう。言わなかったら言うまで殴る」
「えー映児痛いの嫌いなんだけどー」
「じゃあ、話せ。っていうかお前この間俺に話そうとしてたろ」
「・・・・・・しょーきっちゃーん・・・」
「んな声出しても駄目」
どうやら答えないっていう選択肢は無いらしい。
頑固なんだから、章吉ちゃんも。
がしがしと乱暴に頭を掻いて、腰を据える。
「・・・・・・わぁーったよ。言えばいいんだろ言えば!・・・つっても信じたらの話、だけど」
「うん」
頷いた章吉を見て、ふぅっと大きく息を吐く。
言える、はずだ。
そんで言っても章吉はそのままでいてくれる、はずだ。
全部憶測でしかないけど、それでも。
俺は、コイツを信じるしかない。
今信じないで、いつ誰を信じるんだ。
『・・・逃げる気か』
昨日章吉に言われた言葉が蘇る。
馬鹿野郎、逃げるわけねぇだろう。
お前は俺を真っ直ぐ見て、全部を教えてくれた。
だから、俺も。
「・・・俺は、人の心が読めるんだ」
口にして、ちらりと章吉に目をやる。
真っ直ぐな視線。
相変わらず細い目。
あ、実は睫毛長いんだな。
って、何冷静に章吉観察始めてんだ俺。
当の本人はぽけっとした表情になってから、目を線にして俺を見返す。
「嘘だろ」
ホラきた。
皆そう言うんだよ。
在り来たりな反応に俺はもう一度溜め息をつき。
「じゃあ証明してやる。今から好きな食べ物思い浮かべろ」
「え、何で」
「それを俺が読む」
「あぁ、成る程」
簡単に納得した章吉はきゅっと目を閉じ、いいぞ、と声を上げた。
ごくり、と喉が鳴る。
俺は左手に力を込め、ゆっくりと章吉の肩に向けてそれを近づけた。
微かに触れた瞬間、ビリ、と衝撃。
流れ込んでくる映像。
母親に反抗する章吉が見えて。
その後、一瞬だけオムライスが通り過ぎた後、急に映像がエロ本に変わる。
って、お前ちょっと。
突っ込もうとしてがっくんと現実に戻ってきた。
さすがにオーバーヒートした後すぐの読み取りは、キツイ。
荒らぐ息を必死に整えて、額に浮かぶ汗を拭う。
章吉は心配そうに俺を見ていた。
心配してくれてんのは嬉しいんだけど、それよりも。
「エロ本は食いもんじゃねぇええ!!!」
「おぐっ!!」
思いっきりアッパーを食らわせたら、油断していたのか面白いくらい入った。
「な、にすんだよっ!!」
「いやーアッパーするには丁度いい位置にいたもんで」
「っていうか俺の深層心理を読むんじゃねぇよ!!」
「えーちょっとーお前の深層心理がまさかエロ本だとは思わなかったわー・・・」
「ホントお前一度死んで俺の人生の中の汚点になるから」
「あ。あと、な。余計な世話かもしんないけどさ、家には帰れよ。お母さん、きっと心配してるぞ」
俺の言葉に章吉はぴたり、と動きを止める。
細い目をぱちくりと瞬かせ、俺をまじまじと見つめた。
「・・・なんで、それを」
「んはは。イヤでも信じるしかなくなったろ」
「や・・・でも、普通に考えて、ねぇだろ・・・」
「だから、信じたらの話だっつったじゃん」
口を尖らせてそう言えば。
章吉はもう一度ぱちくり、と瞬きをした後。
バッチンと大きな音を立てて思いっきり自分の両頬を自分の手で叩いた。
え、この子どうしたの。
ふるふると首を横に振って、俺を見返す。
見返して、ひざに手を当ててがばっと頭を下げた。
え。
「悪ぃ、馬鹿だ俺」
「章吉」
「お前を信じるっつったのに、信じきれてなかった」
「・・・・・・」
「信じる。どうせ俺はお前にバレて困ることはひとつもねぇしな」
「・・・しょーきちーーー!!」
ぎゅむーーっと愛情を込めて抱きしめれば。
でこにチョップを喰らってベッドに沈み込む。
痛ぇ。
「今日はお前休め。裕介には俺から言っとくから」
「言うこと、知ってんのかよ」
「お前の胸ポケットん中にメモ書きが入ってた。これ渡せばいいんだろ?」
ぴらり、と。
章吉が俺に見せたのは四つ折になったヘロヘロの紙。
殴り書きされているのは確かに俺の字で。
そうだ、と頷けば、それを大事そうに自分の胸ポケットに仕舞いこむ。
ぽん、と一叩き。
「俺を信じろ」
もう、その言葉に迷いは無く。
俺は章吉を見ながら深く頷いてみせた。
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2007.6.30