次の日。
俺と章吉が揃ってクラスに足を踏み入れると。
喧騒が静まり、急に空気が変わって、胸が鳴った。
横を見れば、章吉も強張った表情をしていたから、何でもないように肩を叩く。
視線が突き刺さる感覚に、身震いしながら。
それに負けないように足を進め、教壇に上がった。
「はいちゅーもーく。みなさんに発表がありまーす」
手を叩きながら発した俺の言葉にクラスの中がざわめく。
構わず俺は口を開いた。
「章吉は何もやってません。以上!」
そう、言った瞬間。
クラス中のざわめきが酷く大きくなった。
理由も無しに納得は出来ない、ってか。
ふぅん。
「じゃあ聞きますけどー。アンタらは一体何をどう聞いて章吉が犯人だと思ってんですか?証拠は?目撃者は??」
言えばまたも静まる教室。
無言じゃ困る。
俺は教壇から降りてスタスタと足を進め。
クラスで一番噂好きそうなヤツの前に立ち止まった。
「じゃあクラスを代表して、お前。言え」
ギロリと睨みつければ、震える。
震えながらも口を開いた。
「・・・田宮くんは、レーベルのヘッドだから」
思ったとおりの答えに、俺はふむふむと頷いて見せ。
教壇の方に戻りながら章吉に持ってきてもらったあるものを受け取った。
「レーベルのヘッドだから、ね。成る程じゃあ質問だ。このクラスの中でレーベルのヤツにカツアゲされたことのあるヤツ、手ぇ上げろ」
そう投げかければパラパラと上がる手。
それを見て慌て出す章吉を抑え、手に持っていたものを広げた。
・・・レーベルのヤツが普段着ているジャケットを。
「そいつらはこの服を着てたか?」
言うと、ざわざわと再びざわめき出す教室。
あれじゃなかった、と小さく言う声を耳にして。
俺はバンと机を叩き、静寂を無理矢理手に入れてクラス全体を見回した。
「もう一度聞く。この服を着た奴らにカツアゲされたヤツ、手ぇ上げろ」
今度はクラス中の誰も手を上げなかった。
ふぅ、と息をつく。
ここで上げられたら説得力が欠けるからな。
「これはレーベルのジャケットだ。違うジャケットはもう一方のチームのものだ。これでレーベルが悪者じゃないっつーのは分かったろ」
ぐるりと見回せば、曖昧な表情が多い中、一人だけこくんと頷いたヤツがいた。
お。
「お前、ちょっと来い!」
手招くと少し戸惑った後、立ち上がる。
瞬間クラス中が今日一番のざわめきを見せた。
え、そんなに有名人なの?コイツ。
歩いて教壇に乗った彼は、綺麗な顔立ちのヤツで。
ひょろっとして、なのに意志の強そうな瞳をしている。
「お前、名前は?」
「葛西裕介。君は明日真映児くん、だよね?」
「え、何で知ってんだ」
「クラスの人の名前は全員覚えてるよ。僕、学級代表だし」
よろしくね、と手を差し出されてそのまま握手をすれば。
裕介はにっこりと笑ってクラス全員の方を向いた。
「今の明日真くんの証言はちゃんと的を得てます。これ以上田宮くんを疑う理由はないと思うんだけど、皆はどう思う?」
裕介の言葉に、クラスは一旦ざわめきを沈め。
追ってパラパラと沸き起こる拍手。
それを見て裕介は俺と章吉に再び目を向け、にっこりと微笑んだ。
「事件は振り出し、かぁ」
牛乳のストローを咥えながらぼやく裕介の言葉に、俺と章吉は顔を見合わせる。
俺たちにしてみりゃ疑いが晴れただけでよかったわけで。
しかも、事件だなんて思っても見なかったわけで。
「「・・・事件?」」
声が、ハモった。
俺たちを見て裕介はこくん、と頷く。
「盗難は立派な事件だろ。僕は学級代表としてそれを解決する責任があると思ってるから」
年に似合わず立派なことを言い出す裕介。
あ、目が眩む。
「眩しーなぁお前」
「本当に同じ年かぁ?」
「同い年だよ。13歳」
「「顔も考え方も13歳じゃねぇよ」」
「うわ、またハモった」
「気持ち悪ぃから止めてくれる章吉っちゃーん」
「あ?っつかテメーが止めろ」
「んだと?」
「ぁんだよ」
「あーもう二人ともくだらないことで喧嘩しないでよ!」
「くだらない?!」
「くだらないだと?!」
「ハモる度にいちいち喧嘩してたら始終喧嘩してもしきれないだろ!お腹も空くし、いいことなんて何もないんだから!」
冷静な裕介の言葉がすとんと落ちてくる。
「ああ」
「確かに」
「分かりやすい説明だな、裕介くん」
「くん、は止めてよ。裕介でいいよ映児くん、章吉くん」
「お前だってくん付けしてんじゃねぇか」
「僕はクラスの人たちに平等なの。それに二人ともどうせくん付けで呼ぶ性質じゃないでしょ」
「そうだなぁ」
「気持ち悪ぃからなぁ」
「ね。だから呼び捨てでいいよ」
またも分かりやすい理由を説明され、俺はその言葉に甘えて名前を呼び捨てすることにした。
同い年だし、な。
「んで?裕介はこの盗難事件を解決したいわけか?」
「うん。別に相手を責めるわけじゃないけど、取られた子が可哀想だからね」
「詳しいこと知らねぇぞ。俺ら真っ先に疑われたから」
「あ、そっか」
言って裕介は事件の内容を俺たちに話してくれた。
盗まれたものはサイフ。
被害者はウチのクラスの斉藤絵里。
中には振込み用のお金3万円が入っていた。
その中の千円を手にして売店に買い物に出かけ、帰ってきたらサイフが無くなっていた。
クラスの生徒は天気がよかったため、殆どが外に出て食事をしており。
サイフが無くなった瞬間を目撃したヤツは一人も居ない。
で、証拠も目撃者も無い状況に困った先公が勝手に俺たちを疑って屋上に来た、と。
そういうわけだそうだ。
「二人も何か気になることがあったら僕に情報教えてよ」
「おう」
「分かった。約束する」
こっくんと頷けば、裕介はにっこりと笑い。
手に持っていたクリームパンをぱくりと一齧りした。
章吉と裕介が話している間。
俺はパンを齧りながら左手をそっとポケットから出してみる。
光に翳して、ふ、と短く息を吐く。
章吉の疑いを完璧に晴らして、裕介にも借りを返したい。
証拠も目撃者も居ないこの事件。
多分、俺の左手を使えば何かが見えてくるはずだ。
問題はコイツらに気づかれるかもしれないということ。
見つからねぇように、しないとな。
「どうしたの?映児くん」
「え、いや。何でもねぇよ」
裕介からの問いに曖昧に笑って答え。
「俺ちょっと便所行って来るわ」
そう言って立ち上がり、屋上のドアを開けた。
ドアを通り抜けるか抜けないかのところでガッと腕を掴まれる。
目をやれば、章吉。
曇った表情に首を傾げて見せれば。
「お前、何か悩んでんだろ」
と。
妙に核心を突いた言葉を吐いてきた。
俺は裕介に向けた曖昧な笑みを章吉にも向ける。
「心配すんな。大したことじゃねぇよ」
「大したことじゃねぇなら言えよ」
「ちょっと、今俺便所行きてぇんだけど」
離せ、とヤツの手を振り払うと。
もう一度つかんでくる気配は無く。
この隙にと少し早足で便所に向かえば。
「・・・逃げる気か」
聞き捨てならない、言葉。
ぐるんと振り向き方向転換。
つかつかつかと章吉に近寄って胸倉を掴み、持ち上げる。
「・・・ぁんだと?」
「どうやら図星らしいな。逃げる気だったんだろお前」
「俺が、いつ逃げた?!」
「たった今。俺と裕介から逃げようとしてる」
真っ直ぐな章吉の目。
見続けていると隠していることがバレてしまいそうに感じて、目を逸らす。
同時に胸倉を掴んでいた手から力が抜け、章吉が自由になる。
襟元を正し、章吉は再度俺を見つめてきた。
「・・・俺たちが、信用ねぇのか」
信用。
してないわけじゃ、ない。
だけど。
どれだけ信じてくれていても、それが裏切られるのは一瞬で。
怖いんだ。
あの力を使った瞬間の目が。
ぶるり、と身体が震える。
思い出したくない記憶が、俺を支配してる。
忘れたつもりでも、どこか心の奥底で。
「映児」
「・・・・・・っ五月蝿ぇな!そうだよ信用してねぇよああよくわかったなぁだからもう俺に構うんじゃねぇ!!」
叫ぶようにそう言って、俺は階段を駆け下りた。
章吉の顔?見れるわけ無い。
見たら、泣きそうになる。
ぎゅうっと唇を噛み締めて、そのまま真っ直ぐ進み。
角を曲がるところで人にぶつかった。
瞬間。
ソイツの肩に出しっぱなしだった俺の左手が触れる。
物凄い衝撃と共に俺の頭の中に流れ込んでくる映像。
記憶の中に引きずり込まれないように必死に理性を保とうと目を開け。
映像に意識を向ければ、映るもの。
長い四角。
手袋。
何か尖ったもの。
そして、見覚えのある顔。
これ、は。
見覚えのあるそれに意識を集中していけば、赤いもの。
ちょっと、待て。
意識が現実に戻る。
ぶつかった相手は既にその場には居ず。
慌てて屋上に向かって伸びる階段に戻れば、後姿。
屋上のドアの前にはキョトンとした章吉が居て、思い切り叫ぶ。
「章吉ぃ!!ソイツ刃物持ってんぞ!!!」
俺の言葉を聞いて章吉の表情は青くなり。
相手はチッと舌打ちをし、階段を駆け出した。
真っ直ぐ、章吉の元へ。
追いつくはずも無いのに俺も階段を駆け上がる。
章吉は男の突撃を交わして、壁にぶち当たったソイツの腕を封じ、右手を使って捻りあげた。
さすが、ヘッド。
ホッとしたのもつかの間、扉から出てきた裕介の声。
「章吉くんっ腕!」
目をやれば、ぱたぱたと章吉の左腕から滴り落ちる赤いもの。
男の刃物が腕を掠めたらしい。
学ランで目立たないものの、地面は確実に朱色に染まっていく。
記憶を覗いた時のフラッシュバックで、くらりと眩暈がする。
当の章吉はこれくらい平気だ、と裕介を安心させるように笑い。
それから、俺を見た。
「・・・・・・映児」
「・・・んだよ」
「コイツ、頼む」
言って、かくんと膝が落ちる。
緩んだ手を狙って再度動こうとする相手の腕を封じれば。
裕介は慌てて先生を呼びに階段を駆け下りていった。
その姿が無くなった途端、章吉はぎゅうっと傷口を抑え、小さく丸くなる。
「章吉。俺の右ポケットにハンカチ入ってるから、使え」
「さんきゅ・・・」
もそりとおぼつかない様子で俺のポケットを探り、ハンカチで傷の上辺りを縛った。
「・・・・・・何で、分かったんだ」
「何が」
「ソイツが、刃物持ってるっつーことだよ。パッと見全然わかんねぇのに」
「・・・・・・それは」
言い淀めば、短い溜め息を吐かれる。
「お前の悩んでることと、関係あんのか」
「・・・・・・」
「言いたくねぇなら言わなくていい。でも、俺はお前を信じる。それだけは覚えとけ」
そう言うと、章吉は口を噤んだ。
目を閉じ、傷の痛みに必死に堪えている。
信じる。
本当に?
俺がどんな力を持っていても?
無条件で俺のことを信じるっつーのか、コイツは。
じわり、と胸が熱くなる。
コイツなら、と思った。
章吉なら俺のことを理解してくれるかもしれないと。
そんな希望が俺の胸に芽生える。
でも、もし裏切られたら?
俺はもう、誰も信じられなくなる。
今までだってそう生きてきた。
それで何とか誤魔化してやってきた。
全てを隠して、隠して、上辺だけで済ませて。
だけど。
章吉にはもう隠し通せない。
そうも、思った。
「・・・・・・なぁ、」
「映児くんっ!章吉くんっ!!」
口を開きかけたところで、裕介の声がして。
階段の下を見れば、保健室の先生と担任が青い顔をして駆けつけてきた。
男は担任が捕まえて先に下に降り。
章吉は応急処置をした後、俺が肩を貸して保健室に運ぶことになった。
言いかけた言葉は喉の奥に仕舞う。
他人が居るところでは絶対に、絶対に話したくなかったから。
その意向を汲んでくれたんだろう。
肩を貸している間、章吉は一言も喋らなかった。
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2007.6.24