人を思って戦えば自分が犠牲になるだけだ。
そう、口にした章吉さんの横顔が、どこか寂しそうだったのを未だに俺は覚えている。
隠れた優しさ
章吉さんは言わずもがな城北レーベルのヘッドだ。
俺たちを仕切り、この町の治安を守る男。
元々不良だった俺は、町でリンチされてたところを彼に救われて。
それから、レーベルの一員になった。
俺の目から見ると、とにかく章吉さんは漢だった。
普段は俺たちを指揮する為に殆どアジトに居るんだけど。
いざとなると俺たちを置いて一人で出かける。
さしてでかくもないのに、吹っかけられた喧嘩を軽々と終わらせてくるのだ。
誰も連れず、たった一人で。
最初は、それが格好よくて仕方なかった。
俺もこんな男になりたいと、願って止まなかったのだ。
・・・だけど。
「章吉さんっ!」
ある日、喧嘩を終えて帰って来た章吉さんは、ボロボロになっていた。
口の端からは血が流れてたし、服も箇所箇所が切れている。
腹を押さえながら壁伝いにヨロヨロと歩いてきて、俺達のところに戻ってくるなり、ぶっ倒れた。
そんな彼を見たのは、レーベル入りをしてから初めてで。
大慌てで救急車を呼ぼうとしたら、止められた。
騒ぎになるから大事にはするんじゃねぇ、と。
この頃、章吉さんは殆ど家に帰っていなかった。
家族との折り合いが上手く付かないのだという噂をどこかで聞いたから、知っている。
今救急車を呼べば、間違いなく家族が呼ばれるだろう。
それが、酷く気に入らなかったらしい。
「でも、病院行って見てもらわないと!」
「・・・っいい、寝りゃ治る」
「腹痛いんなら尚更、内臓イってるかもしれませんって!」
「章吉さんっ」
「無理しないでください、ヘッド!」
俺たちが口々にそう言っても、章吉さんは頑として首を縦に振らず。
逆にキレて俺たちに怒声を浴びせようとして、その振動で起きた痛みに身体を折るもんだから。
結局、俺たちが折れた。
その代わり何か出来ること無いだろうか、と全員で頭を突き合わせて考え。
メンバーがそれぞれ家にある薬をかき集めてくることにした。
レーベルのメンバーはかなりの数が居る。
なのに、全員が薬を3個か4個は持ってくるもんだから、あっという間に章吉さんの横には薬の山が出来て。
それを見た章吉さんは酷く呆れたように笑った。
誰だ風邪薬持ってきたの俺ぁ病人じゃなくて怪我人だっつの、なんて、悪態をつきながらも。
一つ一つ、残らず自分の手に取って。
心配そうにそれを見ていた俺達の方に顔を向けて、にぃっと笑みを浮かべ。
お前らありがとな、と。
そう、言ってくれた。
その時から。
俺の中では、章吉さんの位置づけが変わった。
彼みたいになりたいという気持ちは、変わらない。
けれど同時に。
俺は、章吉さんの力になりたいと思った。
町を守るという簡単な仕事は俺たちにも手伝わせてくれる。
でも、いざという時、彼はいつも一人で行ってしまう。
付いて来いとも言わないし、付いていこうとすると怒鳴られるのだ。
俺一人で行く、と。
章吉さんにとって、俺たちは守らなければいけない存在に位置づけられているのだと思う。
それを、覆したかった。
その気持ちは俺だけではなく、レーベルメンバー全員が持っていた。
力になれない不甲斐無さ。
いつか彼が俺たちを引き連れてくれるだろうという期待も込め。
それぞれが必死に、章吉さんの隣を狙っていた。
けど。
その度彼は延ばした手を払いのけ、俺達の気持ちを拒絶する。
何度も、何度も。
一度尋ねたことがあった。
どうして俺たちを一緒に連れてってくれないのかと。
そしたら、章吉さんは笑ってこう言ったのだ。
お前らは俺についてきて何をしたい?と。
力になりたい旨を口にすれば、は、と鼻で笑われる。
「馬鹿だな、お前らは。俺の力になりたいなんて言ってるうちは連れて行けねぇよ」
そう言って、また一人でどこかに行ってしまった。
残された俺たちは彼の言葉の真髄を探ろうと頭を捻ってみるが、足りない頭ではそれも無意味で。
ただ、彼の背中を見守るしかなかった。
自分達の力不足を嘆きながら。
それから、間もない頃だ。
映児さんが俺達の前に現れたのは。
「しょーきっちゃん、いますー?」
初対面の時。
映児さんはポケットに手を突っ込み、舌っ足らずな口調で俺たちにそう尋ねてきた。
章吉さんよりも長身で、ラフな格好。
パッチリとした二重の目に、つんと尖ったアヒルのような口元。
あまりにもノリが軽くて、誰だよ、と警戒していたら。
ぽん、と右腕を軽く叩かれて。
「俺、映児。章吉のダチだからさ。そう警戒すんなって」
と。
あっさりとそう言われて、驚いた。
誰だ、と口にしなかったのに、どうして。
目を丸くした俺をよそに、映児さんは俺の後ろを見て、にかっと笑う。
「しょーきっちゃーん!」
「おう、映児。来たのかよ」
「なーに冷たいこと言っちゃって。どうせ暇でしょ?」
「馬ぁ鹿。あ、裕太。コイツ、俺のダチだから通していいぞ」
章吉さんに言われ、慌てて道を開ける。
鼻歌交じりに映児さんは中に入り、章吉さんの肩に腕を回した。
「牛丼食いに行くべー」
「・・・それ、お前の奢り?」
「まさか。章吉ちゃんが奢ってくれるんでしょ?」
「テメーまたいつものパターンかこの馬鹿野郎行くわけねぇだろ奢りに行くほど金はねぇ」
「うっそ。今日パチンコ当たったから映児さんが奢ってあげるv」
「マジで?なら行きまーす。ちょっと待ってろ準備してくっからよ」
「何?おめかし??」
「違ぇよ。俺はお前の彼女か」
「んははは、それはキモいから遠慮しとくー」
ばいばーい、と奥に消えていく章吉さんの背中に手を振る映児さん。
彼の目が今度は俺たちを映して、苦笑した。
多分、ここに居る全員が、映児さんを警戒しているのが分かったんだろう。
ホールドアップの姿勢を取って、降参の合図。
片眉を上げ、ニヒルな笑みを浮かべる。
さっきまでの軽さが無くなり、整った顔が酷く圧力を増した。
この人は強い。
直感が、そう言っていた。
「おい、映児。ウチのメンバー脅すな」
べしっと章吉さんが映児さんの頭を叩いたところで、その圧力感はふぃっと消え失せ。
映児さんはまたへらっと笑みを浮かべた。
「脅してねぇよ」
「いーや、確実に脅してた」
「章吉ちゃんの友達は俺の友達じゃん!・・・って、あんまり居ないんだっけ?」
「ぶっ殺すぞ」
軽く小競り合いをしながらも、二人は仲良く肩を並べて外に出て行く。
その姿を、俺たちはまたもや呆然と見送ったのだった。
嵐のように現れ、嵐のように去っていった映児さんのことは、瞬く間にメンバー全員に知れ渡り。
映児さんも映児さんで、ここにちょくちょく現れる。
普通に話す分にはお喋りで、明るくて、人懐っこい人だったから。
一週間ほど経った頃には、彼は完全にレーベルメンバーと打ち解けていた。
そんな、時。
「章吉さん・・・っ!」
二人に支えられるようにして、ボロボロのメンバーが帰って来た。
章吉さんの目の色がふっと変わる。
その横で、映児さんは何故か章吉さんのアホ毛を弄っていた。
え、緊迫感無しですか映児さん。
「どうした?」
「西京のヤツらに・・・っすんません、俺っ」
「謝んな。お前ら、コイツ病院に連れてってやれ。後は俺がやる」
言って、章吉さんはくるりと方向転換して前に進もうとして。
ぶちっという音と共に、頭を押さえてその場に蹲ってしまった。
キョトンとした表情でそれを見つめる映児さん。
手には、章吉さんのものと思しきアホ毛。
「・・・ってぇ・・・っ映児っ!」
「ダメだって章吉ちゃーん。急に動くからアホ毛抜けちゃったでしょ」
「人の髪の毛弄んな!」
章吉さんが本気で怒っても、映児さんの表情は全く変わらず。
けれど、突然軽さがなりを潜めて、ふわりと圧力を増す。
「なぁ、西京って西京警備隊のことだべ?」
「・・・ああ」
「じゃあ、昼は牛丼だったから、夜はラーメンでどうよ?」
「上等だ。ぜってぇ奢らせてやる」
「それは俺の台詞だっつーの」
話している内容が全然繋がらない。
西京警備隊の話から、どうしてラーメンが出てきて。
そこから奢る奢らないの論争になるのだろう。
疑問符を頭に並べた俺たちをまるで無視してにぃっと口元に笑みを湛え、走り出した章吉さんの後を追うように映児さんも走り出す。
あっという間にその姿が見えなくなり、この場所には俺たちだけが取り残された。
いつもと同じ状態。
けれど、一つ違うのは。
章吉さんの隣に、映児さんが居たことで。
「・・・マジかよ」
「何で、映児さんが」
「っつーか、あの人たち何しに行ったんだ?」
「西京警備隊倒しに、だろ?」
「ラーメン食いにじゃ、なくて?」
「・・・・・・」
俺達の抱いていた最大の疑問は。
二時間後、章吉さんを抱えて帰って来た映児さんを見て、解決することになった。
揃ってボロボロの状態。
けれど、状態としては章吉さんの方が酷く。
出迎えると、映児さんにベッドどこだ?と聞かれ、大急ぎで案内すれば。
彼はそこに着くなり乱暴に章吉さんを投げ捨てた。
痛ぇ、と呻いた章吉さんの傍に、映児さんは椅子を持ってきて座り。
べしん、と容赦無く彼の頭を叩く。
「俺21人」
「へへっ、やりぃ。俺、23人」
「マジかよー」
「おう。明日は、お前の奢り、な」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・章吉ちゃんの馬ぁ鹿」
「んだ、よ」
「自分が拒絶すること他人にしてちゃ、世話ねぇっつの」
「・・・・・・五月蝿ぇよ」
傍から聞いていて。
正直、話の内容は全く見えてこなかった。
俺だけじゃなく、レーベルメンバーの全員がそうだった。
ただ大事なことが欠けている言葉の羅列で、二人の間は事足りるのだと。
それだけを何とか理解しながら二人を見守っていれば。
すくっと、映児さんが立ち上がり、俺達の方に来た。
「章吉ちゃんを、よろしく」
それだけを口にして、ポケットに手を突っ込み、出口に足を進める。
その背中に。
気づけば俺は、声をかけていた。
「映児さん!」
「何?」
「・・・映児さんは、章吉さんについてって、何がしたかったんですか?」
『俺の力になりたいなんて言ってるうちは連れて行けねぇよ』
章吉さんの言った言葉が蘇る。
未だに、彼の口にした言葉の真理を掴みかねていた。
憧れて背中を追いかけて、一緒に戦いたい、力になりたいと思うことの何がいけないのか。
それを全て拒絶されて、どうすればいいのか分からなくなっていた。
映児さんなら。
章吉さんの隣に容易く入り込めた映児さんなら、答えを知ってるかもしれないと。
藁をも掴む気持ちで、そう問いかけた。
なのに。
映児さんは振り返りもせず、ただ一言。
「俺ぁしょうきっちゃんにラーメン、奢らせたかっただけだ」
そう、言って。
ひらひらと手を振り鼻歌を歌いながら、ゆったりした足取りで行ってしまった。
またラーメンかとメンバーが首を傾げる中。
俺だけは。
何となく全てが繋がったような気がした。
章吉さんにラーメンを奢らせる為に、映児さんは喧嘩をした。
それは、ある意味自分の為だ。
その中に章吉さんの力になりたいという気持ちは全く見えてこない。
代わりに、章吉さんまで倒す勢いで戦うつもりだというのをひしひしと感じる。
『自分が拒絶すること他人にしてちゃ、世話ねぇっつの』
映児さんの言葉。
多分、章吉さんは映児さんを庇って怪我をしたのだろう。
彼は俺たちに「自分のために戦うこと」をいつも拒絶していた。
それは、自分が危ない時に、身の危険を顧みず飛び出す俺たちを恐れたからだ。
人を思って戦えば自分が犠牲になるだけだと、前に章吉さんが言ってたのを思い出す。
俺達の力を拒絶していたのは、力不足だったからじゃない。
誰も傷つけたくないという、章吉さんの優しさだったんだ。
「・・・かっけぇなぁ、章吉さん」
思わず言葉にしてしまい、周りのメンバーが俺を見る。
どういうことだよ、と言われ、なんでもないと苦笑して濁した。
自分がようやく気づいたことを、容易く話したくは無かったのだ。
それに、もしかしたらそこまで考えていないのかもしれないし。
どれだけ妄想家なんだ、と笑われるのが嫌だったから。
章吉さんだけじゃない。
彼の気持ちを巧みに汲み取り、理解している映児さんも同じくらい格好よく見えた。
まるで心の中を読んでいるかのように、映児さんは章吉さんを理解している。
付き合いの長い俺たちを出し抜いて、いとも容易く。
それが悔しいし、同時に羨ましくも思うのだ。
近づこう近づこうと頑張ってみても。
彼らの背中に追いつくにはまだまだ、遠すぎる。
けれど、いつか。
いつか、章吉さんと肩を並べて戦いたいと、思う。
ぐーぐーと豪快に鼾を掻きながら眠る彼を見て、俺は再度、自分の決意を固めるのだった。
END
YUMEさまからリクエストを二つ頂いたので、二つとも消化しちゃいましたー!
や、だって、両方モエちゃったんですもん・・・!(殴)
特にサイコメの方は頂いた瞬間にゴロゴロと転がりましたまるで私がキリ番を踏んだように(えええ)
『BJorレーベル舎弟視点の章吉さん』ということで、書かせていただきました が!
どうして、映児さんが いるの ? っていう (今更)
個人的にレーベルメンバーは映児さん出現にひっそり妬いてるんじゃないかと思っちゃいまして。
形はどうであれ、一人で突っ走る彼の横を容易くゲットしてしまったわけですから。
あとは章吉さんの喧嘩がいつも一人な理由も勝手に妄想しました(笑)
不器用な男なんだろうなぁ章吉ちゃんは、とかとても楽しく悶えながら書かせていただきました。
もう本当に私がキリ番を踏んだ気分でがっつりと!ね!(何)
YUMEさま、二つもリクエストしていただけて、しかもどっちもツボに嵌る内容をありがとうございましたー!
2007.10.1