おやすみの応酬
(S side)
ダンスレッスンの休憩時間。
こくり、と。
ソファの上で舟を漕ぐ井ノ原に気づく。
レッスンで疲れたんだろう。
加えてさっきまで松岡とあんだけはしゃいでたから、尚更だ。
小さな体が左右にふらふらと揺れる。
井ノ原、と名前を呼べば、こっちに目を向けてきた。
「ねてないよ!」
一生懸命にアピールしてくるけど、全く説得力無し。
声色が眠そうだもん。
いつも以上に細くなってる目。
っていうか、開いてないんじゃないかアレ。
「眠いなら寝ろ。始まるまであと1時間くらいあるから」
「ねむく、ないもん!」
ほぼ閉じた目で訴える。
これ以上言っても無駄だと思い、そうか、と話を打ち切って雑誌を捲れば。
2ページ目に差し掛かった辺りでまた井ノ原の体がゆらゆらと揺れ始めていた。
「・・・井ノ原」
「んぁ・・・ねて、ないよ!」
「わかったわかった。寝てないのわかったから横になれ」
「・・・・・・ねないよ!」
「わかってるって。お前危なっかしくって見てて俺が心配になんだよ。だから横になっとけ。な?」
「・・・さかもとくんが、そういうなら」
どうにか折れた井ノ原はソファに倒れこむ。
そしてすぐに聞こえてくる寝息。
ようやく落ち着いて読める、と雑誌に目を落とす。
静かな部屋に響くのは、井ノ原の寝息と雑誌を捲る音。
そして。
「・・・・くしゅんっ」
そこに井ノ原のくしゃみが追加。
再び目をやれば、小さく丸まってもぞもぞ動いていた。
この時期、雪は降ってないとはいえ寒いことに越したことはない。
しかもダンスレッスンで汗をかいたままだ。
井ノ原が体弱いこと知ってたのに、迂闊だった。
慌てて自分のジャケットを手に取り、ヤツの元へ駆け寄る。
起こさないようにそっとかけてやれば、むにゃむにゃと口が動いて。
へにゃり、と。
幸せそうに笑った。
そんな、他愛のない表情に癒される俺。
この笑顔を見るだけで、疲れとか悩みとかが吹っ飛んでいく。
決して整った顔ではないけれど。
見ててホッとするような。
例えるなら外国から帰ってきた時に久々に食べた和食、みたいな。
お袋の味のような。
それに似たものを井ノ原の笑顔は持っているんだと思う。
床に座って、ジャケットの上から軽く叩いてやる。
体格が年齢の割に小さめだからか、俺のジャケットは井ノ原をすっぽり覆っていた。
これなら大丈夫だろ。
末っ子だった俺にとって、井ノ原は初めて出来た弟のようで。
坂本くん坂本くん、と寄ってくる姿に絆されるのだ。
自分のことを眩しそうに見つめてくる顔。
俺の目標は坂本くんだよ、となんとも可愛いことを言って。
最初は口だけだろ、と半分舐めてかかってたのだが。
この小さな子供は許容範囲以上の努力をがむしゃらにする性格で。
しかもそれを人に見せないように振舞う性質で。
レッスンが終わった後帰ったフリをして、一人汗を流す姿を何度も見ている。
ちょっとのことでヤイヤイ言うくせに。
酷く疲れきった時は何も言わないんだから。
なぁ、知ってる?
人間ってたくさん頑張れるけど。
時には頑張ってるなって誰かに言われないと、行き先を見失っちゃうんだって。
だから、俺が。
「・・・・・・・・・頑張ってる。お前は、頑張ってるよ」
汗ばんだ前髪を撫でて。
起きてる時に言ったらきっと、頑張ってないよって笑うんだろう言葉を。
こっそり、囁いてやるから。
何かいい夢を見てるんだろうか。
んふふ、と笑い声を上げてまた、井ノ原が微笑んだ。
それだけで幸せになる。
見返りは、お前の笑顔だから。
だから俺も頑張れるんだ。
見れば見るほど幸せそうな寝顔だったもんで。
ふわふわと眠気が襲ってきて。
井ノ原を潰さないように、ソファに寄りかかって目を閉じた。
おやすみ。
そして、これからも頑張れよ。
(I side)
坂本くんの寝息が聞こえてくる。
そろそろと目を開けてみると、丹精な寝顔が飛び込んできた。
悔しいくらい格好良くてずるいよなぁ、と思う。
俺にくれる言葉も、同じくらいずるい。
ずるすぎて、思わず泣いてしまいそうになる。
どうしてわかるんだろう。
何で、俺の欲しい言葉をくれるんだろう。
姉が一人に妹が一人。
それが俺の兄弟構成で。
姉妹しかいなかったから、ずっとずっと男兄弟が欲しかった。
しかもどっちかと言えば兄貴が。
ままごとなんかより、キャッチボールに憧れてた。
行くぞ、って引っ張ってくれる人が欲しかったんだ。
そんな時に、坂本くんと出会った。
第一印象は怖い人。
だけど、彼が踊っている姿を見た時、衝撃が走って。
俺もこんな人になりたい、と心に決めてウザいくらい付きまとって。
どんどん仲を深めていくうちに、わかった。
俺が求めていた兄貴像。
それが、坂本くんだったんだって。
もそりと動けば、下に落ちそうになるジャケット。
汗ばんだ俺に躊躇いもなくかけてくれた。
あったかくて、どこかいい匂いがして、嬉しくて笑ってしまって。
狸寝入りしてるのバレたかなぁなんて思ったりして。
けど、意外と鈍い坂本くんは何も言わずに俺の顔を見てた。
視線が刺さる。
きつめの瞳からは想像できないくらい、優しい視線が。
俺の笑顔が好きだって言ってた。
少しは坂本くんの役に立ててるのかな。
ねぇ、気づいてる?
俺が人知れず頑張っているのは、坂本くんがまさにそうだったからなんだってこと。
一人で残って真剣に踊ってる姿に、俺は惚れたんだ。
・・・男に惚れるっていうのはおかしいのかもしれないけど。
それしか言葉が見つからない。
「・・・・・・・・っくしゅっ」
目の前で坂本くんがくしゃみをした。
すん、と鼻を鳴らして、もぞもぞ動いてる。
ああもう。
風邪、引いちゃうよ。
俺の体にかかっていたジャケットを坂本くんにかける。
ちょっと汗臭くなっちゃったけど、我慢してね。
多分知らないだろうから、教えとく。
坂本くんだって頑張ってんだよ。
悲しくなるくらいぜんっぜん気づいてないけど。
ジャケットの上からさっき坂本くんがしてくれたように優しく叩いてやる。
頑張ったね、ご苦労さん。
これからも俺の目標でいてね。
プレッシャーかかって大変だとは思うけどさ。
そんな思いを込めて。
レッスンが始まるまでもう少し。
ギリギリまで、おやすみ。
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「あー・・・・懐かしいなぁ」
昔のことを思い出して、一人微笑む。
こういう行為って年取った証拠なんだっけ?
でも、いいじゃん。
いい思い出を思い返すことってとってもいいことだと思うんだけど。
あの後すぐに坂本くんが事務所を辞めるって言い出して。
引きとめようとした俺に、ぽろりとこぼした本音。
―――――――――――――――なぁ。人間ってさ、たまには頑張ってるなって言われないと、行き先見失っちゃうんだぜ。
切なそうな顔で言った一言。
初めて、後悔した。
どうしてあの時、俺は坂本くんに向けて『頑張ってるね』っていう簡単な言葉を口にしなかったんだろう。
坂本くんは俺が欲しい言葉をくれてたっていうのに。
『頑張ってるな』って、いつも言ってくれてたっていうのに。
引きとめようとして泣いたのは、多分坂本くんがいなくなることへのものじゃなく。
必要な言葉を吐けなかった俺自身に対する悔しさ。
だから、決めたんだ。
あの人が帰ってきたら、今度は飽きるほどに労ってやろうって。
ねぇ、リーダー。
俺の後悔をそのままにさせないでくれて、ありがとね。
酔い潰れてテーブルに頬をつけたまま眠る坂本くんのグラスに、かちん、と自分のそれをぶつけて。
あの時と同じように、坂本くんのジャケットを背中にかけた。
ぱす、と背中を叩いて微笑む。
「・・・・お疲れリーダー。頑張ってるよアンタは」
「・・・・・ぇらそーに・・・」
返事が返ってきたことに軽く驚きながら、坂本くんが動いたことでずれたジャケットを直した。
んだよ、聞いてんなよ。
結構恥ずかしい言葉だからわざわざ寝てる時に言ったのに。
「アンタが言ったんでしょうが。いなくなる時に」
照れを隠すようにいじけた口調でそう言えば。
考えたような素振りの後、あきれた表情に早変わりした。
「おまえもー・・・・いちいちいちいち、ひきずるんじゃねぇよ」
「でも、言って欲しいんでしょ?」
「・・・・・・ぅん」
素直に頷く。
俺が惚れてたあの格好いい坂本くんはどこに行ってしまったんだろう。
誰も寄せ付けないっつーか、ぐいぐい俺を引っ張ってくれる感じとか、そういうものは殆どない。
この頃は妙に可愛らしくなってしまった。
だけどそんなアンタにホッとしてる自分がいる。
誰にでも弱音を吐けるようになった分、これでもう、何も言わずにどこかに行きはしないんだろうから。
「頑張ってんね、坂本くん」
「おう、がんばってんだよぉおれはー」
「うん、頑張ってる頑張ってる」
たくさんたくさん肯定すれば。
キョトンとした表情で俺を見てきて、不意に。
「いのはらぁ」
「なに?」
「・・・わらって?」
ほらきた。
帰ってきてから求めるようになった、俺の笑顔。
最早恒例行事と化してる。
だけど、俺の笑顔がアンタの心を少しでも癒せるのだったら。
どれだけアホみたいなことでもやってあげようと思うのだ。
「まーったく仕方ないリーダーだなぁ。いくよー・・・・っふへへっぁっはっはははっは!」
「あっはっはっはへんなかおー」
「失礼ね!・・・ねぇねぇ、元気出た?」
「ん、でた」
アンタが笑うことで、俺の不安はかき消える。
だから。
そのために笑顔を安売りしたとしても、それは決して馬鹿なことではないと思うのだ。
「坂本くん、寝るならあっちで寝なよ」
「ぅーん・・・」
「ここで寝たって運んでやらないんだからね」
「ぅーん・・・」
「・・・・・・ばぁーか」
「ぅーん・・・」
もはや条件反射と化している返事に苦笑して。
優しい俺はわざわざ毛布を持ってきて彼の背中のジャケットと交代してあげた。
いつもご苦労さん、リーダー。
俺にこうやって愚痴ってくれるの、実はすっげぇ嬉しいよ。
おやすみ。
END
まーくんとイノさんの話って似たような感じのが増えてますが(爆)
彼らは根っこは違えど、全体は結構似たもの同士な気がします。
ちっさいイノとでっかいイノの対比を見ていただけたら嬉しく思います。
2007.2.25