待ち合わせは嫌い。
もしかしたら来ないかも、なんて不安になるから。
待ちぼうけはもっと嫌い。
世界に自分一人だけ取り残されたような気持ちになるから。
そんな俺にしたのは、紛れも無くアンタだ。
俺の中にある世界によく似た風景
朝早くに呼び出しを受けた。
朝帰りで目が冴えてヒマだから遊んで、だと。
年上の言うことか、それ。
ぶちぶちと文句を言いつつも、カーキ色のパーカーを羽織って準備をしている自分が滑稽だ。
こちとら疲れてるんですよ。
お仕事、長引いちゃって夜中に終わりまして。
まだ3時間くらいしか寝てないのに、着信音で起こされて。
一行で終わるような言葉を言われて、了承してないのにブチ切りだし。
行かなくてもいいや、なんて思ったりもしたけど。
何だか一人で待ってるあの人を想像したら、凄く罪悪感が湧いてきて。
そんで、この様だ。
もうすぐ春になる、雪の残る時期。
ドアを開ければ、身体に刺さるほどの冷気が吹き付けてきた。
空はほんのりと白んでいる。
外は息が白くなるほど冷えていて、ひんやりとした空気が俺を纏っていた。
冷たさに加えて、少々の湿っぽさと薄い煙。
前にこれを霧だと言ったら、あの人に否定されたことがある。
これは霧じゃなくて靄っつーんだよ、と。
靄と霧の違いが分からずに、辞書を引いてみた。
そしたら。
靄(霞ともいうらしい)は春に立ち、霧は秋に立つものなんだと書いてあって。
他にも色々書いてあったんだけど、違いが分からないので諦めた。
成る程、坂本くんが俺にそう言ったのは確かに春で。
あの人にしては理に適ってたなぁなんて思う。
坂本くんが言うことは、大概適当だ。
特に、俺に対しての言葉は、殆ど。
小さい頃の俺は坂本くんの言うことを何でも信じてたから、他人に指摘されて初めて気づくことが多かった。
けれど当の本人は、バレても悪びれることなくへらり、と笑って。
騙される方が馬鹿なんだよと平気な顔をして言ってのけるのだ。
・・・馬鹿はアンタだろ。
そう抗議する気力さえ無くなるほど、あっさりと。
「よ・・・っと」
待ち合わせ場所は人通りの少ない橋のど真ん中。
いくら人通り少ないっつってもど真ん中に居たら目立つっつーの。
・・・まぁ、早すぎて誰も居ないからいいけどね。
がしゃり、と音を立てて手すりに座る。
手をついた部分がキン、と痛いほど冷えていて、身体に染みた。
時計は持ってきていない。
時間を見る度に自分が「待っている」ことを自覚するから。
「・・・待つのはあんまし、好きじゃないんだよね」
坂本くんに対しては、特に。
俺、いいだけ待たされたから。
多分あの人は俺のことを待たせたとは思ってないだろう。
別に約束なんてしてなかったし。
でも、俺は待たずには居られなかったんだ。
そうでもしないと、自分を保ってられなかった。
それくらい、坂本くんは俺の世界で重要なポジションに居たんだ。
一人ぼっち。
一気に一人ぼっちになった気分。
目の前が今みたいに靄かかって、真っ白で。
それを全部振り払うためには、勝手な約束が必要だった。
「・・・おっせぇよ、坂本くん」
白い息が口から出ては消え、また出ては消えていく。
出てくる時はハッキリしてるのに、あっという間に空気に紛れて。
握った手すりは体温を奪って温くなっていた。
足をぷらぷらと揺らしてみる。
後ろは川。
春とはいえ、まだ雪の残る季節。
落ちたら死んじゃうのかな。
高さは・・・そんなに距離は無いから、凍死、かな。
「・・・後、じゅう数えて来なかったら落ちてやる」
・・・こうやって。
行こうとしている坂本くんに、昔の俺がもしこうやって言えたのなら。
彼は、行かないでくれたのだろうか。
「いーち、にーい、さーん」
誰かに見られたら恥ずかしいから、少し俯いて小声でカウントする。
まだ坂本くんの姿は見えない。
自分から呼んでおいて、まさか寝てるとかねぇよな。
過ぎる、不安。
「しーい、ごーお、ろーくっ」
・・・ねぇ。
俺、寂しかったんだよ。
悔しくて、泣きたくて、やっぱり寂しくて。
帰ってきた日、わんわん泣いたのに。
アンタは悪びれも無い表情で一言、「悪ぃ」と言っただけだった。
「しーち、はーち」
待たせるなよ、もう。
待たされすぎたら死んじゃうんだからな・・・って、それウサギか。
俺は人間だ。
だけど、寂しいもんは寂しいんだ。
死にたくなるほど、寂しかった。
「きゅーう」
じゅう、と口に出しかけた時。
遠くに見える、人影。
のんびりした足取りで、こっちに向かっている。
坂本くんだ。
嬉しさと同時に、何だかホッとした。
ああ、もう。
「走らねぇとこっから落ちんぞーーーーーーーーー!!!」
大声で叫んだら。
坂本くんがほんの少し急ぎ足になった。
・・・走る、という行為にはまだ少し遠かったけれど。
おじいちゃんだし、と許してあげた。
寛容な俺。
どうにか辿り着いた坂本くんはヘロヘロだった。
白い息を速いペースで吐き出し、膝に手をついている。
まぁ朝帰りだし無理もないだろうけど。
よろよろと近づいてきて、荒ぐ息を必死に押さえつけながら俺の手首を掴んだ。
俺は口の中の出しそびれていた数字をぽつんと口にして。
とん、と地面に足を下ろして落ちる気がないことを示せば、ホッとされる。
「はい、ご苦労さん」
「・・・てめぇ、井ノ原・・・っ」
「あはは、怒ったー?」
「ふざけんなぶっ殺す!!」
「殺せば?」
間髪入れずにしれっとそう言ったら。
坂本くんの目がまん丸に見開いて、一気に眉間に皺が寄って。
そして呆れたように、溜め息。
「・・・お前は」
「坂本くんにならいいよ、殺されても」
死んだ後傍に置いてくれるならの話だけど、と付け加えると、嫌そうに顔を歪められた。
そりゃ、そうか。
死体傍に置けって言ってるようなもんだし。
他人の骨だって不気味でしょう。
怖がりの坂本くんにとっては、全部。
怖がられたままでも仕方ないから、あっさり流すことにした。
俺的には真面目な話だったんだけどね。
「あは、ジョーダンだっつーの」
「馬鹿野郎」
「ねぇねぇ、どこ行くー?坂本くんの車で海とか行っちゃうー?」
「・・・何で男二人で海行かなきゃなんねぇんだよ」
「この時間開いてるとこっつったら・・・ファミレス?」
「お前とファミレス行く位だったらウチでゲーム。寒ぃし」
「あ、俺この前新しいゲーム買ったよ」
「新しいゲームはやり方が分かんねぇ」
「相変わらずの機械音痴だなぁ」
「五月蝿ぇよ」
ぺしりと額を叩かれて、あは、と笑えば、坂本くんも笑う。
やっぱ俺、笑ってた方がいいなぁ。
坂本くんも一緒になって笑ってくれるから。
ずっと一緒に居られるんだったら、どんなに辛い時でも笑うよ。
それが、坂本くんの幸せになって。
幸せになればもう、どこにも行かずに傍にずっと居てくれるんでしょ。
・・・なんて。
そんなことを思ってるなんて、これっぽっちも知らないんだろうな、坂本くん。
坂本くんと肩を揃えて歩き、ふと周りを見渡せば。
いつの間にか、立ち込めていた靄は消えて。
白み始めていた空は、太陽が昇ってすっかり明るくなっている。
それはまるで。
まるで、今の俺の中にある世界によく似た風景だった。
END
鬨播さま宅のイラスト『朝靄』を見てふと思いついたワンシーンです。
あの絵を見た時、不意に話の中の物思いに耽っているイノさんが浮かびました。
たまーにふっと寂しそうな顔を見せるのがイノさんかなぁ、と。
それを切り取って描かれる鬨播さまが凄いな、と思います。
去年の9月に書いたお話だったのですね、時が経つってすごいなぁ。
2007.9
背景 10minutes+さまからお借りしました。