おまえ、こんなとこでなにしてんの。
さむそうだなぁ。
夏の雨って意外と冷たいからな。
・・・俺んち、来るか?
金はねぇけどミルクくらいなら出してやれるし。
それに俺、今日誕生日なの。
お前が祝ってくれりゃ、ちったぁ寂しさも紛れんだろ。





































































































未完成のメロディ


























































































































風に乗って運ばれるギターの音。
古ぼけたそれをぼんやりとした表情で弄っていた俺の前に。
ぽてぽてと、たどたどしい足取りで子犬が近づいてきた。
ちょうどギターケースの影でお座りをし、俺を見やってくる。
純粋な黒い目に、ふるふると揺れる尻尾。
首輪してないし捨て犬かな。
そういえばかなり前にもこんな犬を拾ったっけ。
外灯の下で寒そうにしてたから、つい。
俺はどうも純粋な目で見られると断れない性質らしい。
前に拾った犬は懐くかと思いきや、さっさと出て行ってしまったけど。
目の前の子の右足の毛がどす黒く染まっているのに気づき、俺はギターから手を離して子犬を拾い上げた。







「どした、お前」







腕に抱いてやれば、子犬は自分の右足をぺろぺろ舐める。
どうやら怪我をしているようだった。
きゅうん、と小さく上がる声。
これが俺には「助けて」っつー風にしか聞こえないんだよなぁ。
もしかしたらこう、「余計なお世話だ」とか言ってるのかもしれないが。
いつも帰る時間よりは早かったけど、この子を放っておくわけにも行かず。





・・・まぁ、客もどうせ来ないし。
早々とギターを仕舞って、家路に向かった。
向かっている間、この子犬はずっと自分の足を舐めていて。
頭を撫でれば擽ったそうに身を震わせる。
その様子が酷くアイツに似ていて、俺は忘れかけていた昔を自然と思い出していた。


























































































































































































































『坂本くん!』








残暑の勢いが薄らいできた、秋の近い時期に。
薄っすらと霧に似た雨の降る路地の前でぶんぶんと手を振り、俺を迎える男。
名前を、井ノ原といった。
細い目をもっと細くして笑う、ああコイツ人生すっげぇ楽しいんだろうなって印象のヤツで。
俺が一人ギターを弾いて歌っていた時に出来た、お客さん第一号だった。














































『俺、坂本くんの声すっげぇ好き』








歌が終わるなり馬鹿みたいに明るい笑顔を浮かべながら、そう言ってしゃがみ込む。
そしてギターケースの中に自分の財布を丸ごと放り込んだ。






『は?お前、馬鹿じゃねぇの?!』
『中身そんな入ってないけど、全財産を叩いてもいいくらい好きだってことを分かっていただければ』
『いやいやいや、いいから分かったから財布は持っとけ!』
『えー』






俺が井ノ原の財布を押し返せば、渋々受け取る。
それからずーーっと俺の前にしゃがんだままで演奏を聴き。
一曲終わる度に好きやっぱ好き俺、と好きを連呼しながら本当に楽しそうに笑った。








家はどこだ、と聞くと曖昧な笑みを浮かべる。
傘も差さずに座っていたからか、二人揃って少し湿っていた。
このままじゃ風邪を引く、と思ったのに、井ノ原は大丈夫だと言った。
それでも、なぁ。
雨の中置いていくという気にもなれず。
ウチに来るか?と尋ねればうん行く、と即答され。
狭いアパートに井ノ原を連れて行った。
ヤツの財布には3万円近くが入っていたから、食費はお前担当なと勝手に決め。
適当にスーパーで買い物し、帰宅する。
井ノ原は振舞った料理を嬉しそうにぱくぱくと平らげ。
帰るところを尋ねたら、これまた曖昧な笑みを返されたから。
理由とか、住む場所とか、そんなもんは一切聞かなかった。
面倒だったっていうのもあるんだけど、井ノ原のその曖昧な笑みを見ていたくなくて。
独り者で友達も居ない俺は多分、寂しかったんだろう。
ご飯を食べてくれる相手が欲しくて、見ず知らずのヤツをウチに引き止めた。
















































































































































『〜♪』






じゃぶじゃぶと皿を洗いながら、鼻歌。
酒を飲みながらテレビをぼんやりと見ていた俺は、それを聞いて振り返る。
聞いた事のないメロディ。






『・・・何の歌だ?』
『んー?あは、テキトー』






スポンジで皿を擦りつつ、井ノ原は笑って、続きを歌い始めた。
適当、ね。
その割にはしっかりした旋律で。
井ノ原の鼻にかかった低い声にぴったり合うそれ。
俺の大好きな曲展開で。
ちゃんと聞きたくてテレビを消す。
そしたら、井ノ原はビックリして俺を見た。






『どしたの?』
『いや、その歌、聞きたくて』






素直にそう言えば、変なの、と訝しげな表情になり。
それでも、鼻歌は止めずに。
二人分の食器の泡を水で流していく。
俺はソファに座りながらそのメロディを聞いていた。
聞いていて、ふと思う。







『その歌、歌詞は?』
『だぁからテキトーだっつってんじゃん。強いて言えば作曲俺、みたいなー?』






作曲家になっちった、と無邪気に井ノ原は笑うけど。
それを聞いた俺は、棚からノートとペンを取り出した。






『井ノ原』
『ん?』
『もっかい歌え』
『えー』
『その曲譜面に起こして、歌詞つけよう』
言って笑えば、井ノ原は手を拭きながら俺のところにひょこひょこ近づいてきた。
『・・・盗作?』
『ちげーよ。作曲井ノ原、作詞俺』
『俺の曲?』
『そう。不服か?』
『ううん!』






ぶんぶんと首を横に振り、にぱっと笑顔になる。
そして、鼻歌。
楽しそうなそれを俺はどんどん譜面に落とし、手直しを加えながら一つの曲にしていく。
その作業を傍で井ノ原が興味深そうに見ている。






『俺の曲かー』
『・・・そんなに嬉しいか?』
『うん!だって、この世界に生きた証を残せるってことでしょ?』
『・・・それは俺が有名になれば、の話だぞお前』
言うとふるふると首を横に振る。
『?』
『いいんだ。他の誰に知られなくても、坂本くんだけ覚えてくれれば』






ね、と首を傾げて俺に言う井ノ原。
でもさらりと凄いこと言ったぞコイツ。








俺だけが覚えていればいい。
まるで、俺以外はどうでもいい、ような。
何で、んな寂しいこと言うんだ。










『・・・・・・なぁ』
『何?』






言おうとして、止める。
こんなもん、言ったって野暮なだけだ。
代わりに、譜面を指差して。







『お前の鼻歌はずーっと繰り返しだから終わりがねぇだろ?最後、どう持ってくか考えようぜ』







そう、言えば。
井ノ原は嬉しそうに、そんでちょっと悲しそうに笑って。







『今日はもう疲れちゃったから、明日考えようよ』






言って、俺の背中を軽く叩いた。



































































































なのに。
次の日目を覚ますと、アイツの姿はどこにもなく。
まるで井ノ原との出会い自体が夢のようだった。
けれど、机の上に置きっぱなしになっていた譜面を見て、昨日が夢の中の出来事ではないことを実感する。





書きかけの譜面。
最後だけ決まっていない、未完成のメロディ。
それを手にとって、眺め。
鼻歌にしてメロディラインをなぞってみる。
いい曲、だよな。
優しいイメージの、どこかで聞いたことのあるような旋律。
でも、最後だけが無い。
自分で勝手に考えても良かったんだけど。
井ノ原の、最後の言葉が胸に引っかかって。






『・・・明日、ね』






アイツの言う明日が本当に今日なのかは分からないけど。
もう一度井ノ原が訪ねてきたら作ろう、と。
そう思って、俺は譜面を机の引き出しの中に大事に仕舞いこんだ。

































































































































































それからもう、二年が過ぎようとしている。
時が経つのは早いもので。
アイツとの記憶も、ゆっくりと薄らいできていた。
記憶っつったって別に特別なものは何もないのだけれど。



















































服の中に子犬を隠してアパートに帰る。
声出すなよ、としつこく言った所為か、子犬は一度も鳴かなかった。
部屋に入ってからすぐ救急箱を取り出して、子犬の足に包帯を巻いてやる。
怪我をしているからだろうけど、やけに大人しい。
床に下ろしてやると、とたとたと覚束無い足取りで足を進める子犬。
俺は何か食べるものはないかと、冷蔵庫を開いて中を覗いた。





「・・・あー、お前タイミング悪ぃなぁ」





横の棚に入っていると思っていた牛乳は、そういえば今朝飲みきった後だった。
残っているのはビールと、つまみになりそうなものが幾つか。
犬にビールっていうのもなぁ。
とりあえずビールの缶とグラスを持って子犬のところに行く。
ふんふんとソファ辺りの匂いを嗅いでいた子犬は、俺が座ると胡坐を掻いた足の上に移動してお座りをし、擦り寄ってきた。






すりすり







「懐っこいなぁ、お前」






頭を撫でながら言えば、きゅーんと小さく鼻を鳴らす。
くりんとした黒い瞳で俺を見て、ぱたぱたと尻尾を揺らした。
こう見てると、本当にそっくりだ。
アイツもこんな目で俺のことじぃっと見てたっけ。
あらゆることに大好きを惜しげもなく連発して、ウザいくらいに懐く。
でも、その瞳の奥はどこか寂しげで、不安そうだった。


















































































































































『いいんだ。他の誰に知られなくても、坂本くんだけ覚えてくれれば』



































































































































「・・・俺が幾ら覚えてたって、お前が来なきゃ意味、ねぇじゃん」






かしゅ、とプルタブを持ち上げてビールを開ける。
ごくごく喉を鳴らしてそれを一気に身体の中に流し込み、ぷはっと息をついてごろんと横たわった。
急に足元が動いたので、子犬はころんと転げ落ちる。
それでも、嬉しそうに尻尾を振って俺の傍で丸くなった。
お前健気だなぁ。
手を伸ばして毛並みを手で触っていると、高めの体温が伝わってきて。
アルコールの力も手伝ってか、とろんと眠くなる。
少し、寝よう。
1時間くらい寝て、起きて風呂入って寝ればいいや。
そう思い、俺はぱたりと目を閉じ、襲ってきた睡魔に身を委ねた。






















































































































































































































































































「・・・・・・とくん、おーい、さっかもっとくーん」





聞き覚えのある声。
ゆさゆさと揺さぶられ、ゆったりと目を開けば。
俺のことを覗き込むようにして、漆黒の瞳がこっちを見ていた。
標準より細い目。
キョトンとした悪びれのない顔。
井ノ原。





「うっわ」
「起き抜けにんな声出さないでよ。傷つくじゃん」
「いや、お前、どっから」
「窓開けっ放しだったよ。無用心だぜ」





指差された先の窓の傍ではたはたと風に揺れるカーテン。
どんな入り方だよ。
っつーか、インターホンくらい押せよ開けるから。
そう言うと、へいへーいと適当な返事。
井ノ原は立ち上がり、テーブルの上に乗ったままになっていたビール缶を手にキッチンに消えていく。
ひょこひょこ、とぎこちない足取り。
・・・少し、引きずっている、ような。
覚醒し始めの状態でそれを見ていて、思い出す。






「なぁ。さっきまでここに犬、居なかったか?」
「へ?どんなヤツ?」
「小さくて、右足怪我してて、懐っこい犬」
「・・・さぁ。俺が来た時にはアンタだけだったけど」
「・・・・・・おかしーなぁ・・・」
「まままま。いいじゃないのいいじゃないのそんなことは。今日は坂本くんの誕生日でしょ?」





にっこにっこと満面の笑みでキッチンから戻ってくる井ノ原。
手には白い紙で出来た四角い箱と、皿。
はっぴーばーすでー!という井ノ原の言葉と共に開けられたその中には、ケーキが入っていた。
イチゴのショートケーキ。
呆けた表情でそれを見ていると、井ノ原の笑顔がだんだんと不安さを帯びてくる。






「・・・嬉しくないの?」
「や、嬉しい、よ」






ただビックリした。
交友関係の広くない俺は、殆どこうやって祝ってもらうことが無かったから。
甘いものそんなに好きじゃないし。
一人でケーキ買うのも、何だし。
だから。






「・・・さんきゅ、井ノ原」







感謝の気持ちを言葉にすれば。
井ノ原の表情はたちまち明るくなり、嬉しそうにふにゃ、と笑った。
すっげぇ、単純。
































「それにしても、よく俺の誕生日知ってたなお前。前に言ったっけ?」
「うん。初めて会った時に今日俺の誕生日だっつってたじゃん」
「・・・・・・そう、だっけ?」






ヤツの言葉に、ふと過ぎる違和感。
井ノ原と会ったのは、確か。
もうすぐ秋の近づく頃だった気がするんだけど。
そろそろ夏も終わるな、なんて感慨に耽っていた記憶さえある。
もし誕生日に会ってたんなら、もっと鮮明に覚えてるだろ。
誕生日に会ったヤツなんて、思い当たるのはただ一つ。

















































































































































―――――俺、今日誕生日なの。
お前が祝ってくれりゃ、ちったぁ寂しさも紛れんだろ。






















































































漆黒の瞳をした、雨に濡れて震えていた犬。
次の日には姿を眩ましてしまった、恩知らずな犬だけ。
まさか。













































「・・・・・・いの、はら?」
「なによ」
「お前、右足、怪我してねぇ?」
「げ。よくわかったね坂本くん。実はこれちょっと前に階段からこけちゃってさー」






ぺろんとGパンを捲って見せてきたそれは、包帯が巻かれていて。
巻き方も色も、同じものだった。
こんなことって、あるんだろうか。
てっきり小説や漫画の中でだけの出来事だと思ってた。






「・・・お前、もしかしてさっきの犬か?」
「・・・・・・え」
恐る恐るそう切り出せば、明らかに動揺した声が返ってくる。
笑顔もどこかぎこちない。
「その包帯巻いたの、俺だろ」
「・・・なに、言ってんの、これは」
「それにお前と会ったのは夏の終わり頃だ。誕生日に会ってそれを教えたのは、拾った犬にだけだ」
「・・・・・・」





井ノ原は無言になり、俯いた。
黙られても、困る。






「井ノ原」
「・・・犬だったら、どうすんの」






ぽつり、と。
呟くようにそう言って、見上げてくる。
困ったような、悲しいような色の目。







「・・・犬だったとしても、どうもしねぇよ」
「じゃあ、聞かないでよそんなこと」
「犬でも何でもいいから、どうして二度も挨拶無しに出て行ったか、それだけ教えろ」
「無茶苦茶話飛んでるよ坂本くん」






あは、と変な笑い声を上げて井ノ原はそう言い。
がしがしと後頭部辺りの髪を掻いて、俺の方に目を合わせた。







「・・・・・・まぁ、色々あってね」
「うん」





微かに震える声を無理に明るく出しながら。
井ノ原は俺に、昔さ、と詳しいことを話し始めた。









































































































































































































































『いのっちー』





関西の訛りを含んだ言葉で俺の名前を呼ぶ声。
そいつ、岡田っていうんだけど。
坂本くんと同じ、路上のギター弾きだった。
すっげぇ格好良いルックスとやんわりとした声が好きで、よく聞きに行ってたんだ。
この頃はまだ俺、人間で。
犬になったのは事故で死んだ後、だったんだけど。
まぁとにかく、岡田とはウマが合って。
性格は正反対だったのに、お互いに足りないものを上手く相手で埋めて。
パズルのピースみたいにピタッと合ってたわけ。
俺もギター弾いたり歌ったりするのが好きだったから、気がつけば二人で並んで歌ってて。
たまに二人で曲を作ったりして、結構周りからの受けもよかったんだ。










岡田と会ってから、多分2ヶ月とちょっとした辺りで。
俺は家に帰る途中事故にあった。
考えてたメロディを鼻歌で歌いながら歩いてたら。
路上をてくてくと呑気に歩いていた子犬を見つけて。
轢かれるじゃんって慌てて飛び出したら。
突っ込んできた乗用車に身体、吹っ飛ばされて。
死んだなぁ俺って思って、意識がぷつんと切れたんだけど。





けど、俺は何故か目を覚ましたんだ。
視界が妙に低くて、最初俺ちっちゃくなっちゃった?ってふざけてたけど。
実際、子犬サイズになってたからビビって。
その時から、ずっと犬。
今では多分俺の魂が子犬に乗り移っちゃったんじゃないかなと、思ってんだけどさ。
非科学的なことだから、暫くは信じられなかった。












目を覚ました場所は何故か岡田の家だった。
どうやら、俺がかばった子犬を岡田が引き取ったらしくて。
岡田って名前呼んでも、当たり前だけど全然喋れないし。
俺だよーとアピールする術もなくて。
ただ、尻尾を振って懐く他、無かった。












岡田は新しくバイトを始めたのだと俺に言った。
遅くなるからお留守番ヨロシクな、って、笑って。
全てを忘れるように、がむしゃらに働いて。
テレビから音楽が流れると、五月蝿いなと文句を言いながらすぐに電源を切る。
あんだけ好きだったのに。
部屋に置かれていたギターは使われないままで、どんどんと埃を被り弦も錆びていった。
そして、いつも。
仕事が終わって、酒を口にしながらしょんぼりと項垂れる。





















『・・・いのっちの、阿呆』







なんだよ、やぶから棒に。







『子犬庇って死ぬなんて、阿呆、や』







いいじゃん、優しいじゃん俺。







『まだ、あの曲、中途半端なまま、やのに』







あ、そう言えばそうだった。
最後が締まらないからまた明日、っつったんだっけ。
悪ぃ。
でも帰り道で俺、考えたんだぜ。
るらら〜って感じ・・・って、お前聞いてる?







『・・・・・・うぅ・・・っ』







・・・泣いてんの、岡田。
泣くなよ。
俺、ここに居んだよ。
おーい、岡田ぁ。
いのっち、ここですよー。
返事くらいしろよ。
声かけてしかとされんのが一番虚しいんだからさぁ。
おかだー。
岡田の、准一さーん。
大好きだよー。
あいらぶおっかだー。
お前、こんな近くに居んのに、しかとすんな。
馬鹿。
岡田の阿呆。
俺、寂しがり屋だっつったじゃん。
返事、しろーぉ。






















































































































・・・・・・なぁ。
やっぱり、返事なんてしなくていいから、泣くな。
泣くな、よ。























































































たくさん名前を呼んだんだけど。
一つとして、俺の声は岡田には届かなかった。












































































































そして、次の日の朝。
岡田はいつもと変わらない表情で行ってくるな、と俺に笑いかけて。
古ぼけたカバンを肩からぶら下げて。
俺はずっとそのアパートで岡田を待ってたんだけど。
家を出て行ったきり、戻ってこなかった。
































1週間くらい経った頃、どかどかと何人かの人間が家にやってきて。
勝手に家の中のものを漁るもんだから、吠えてやった。
特に、あのギターを触ったヤツにはたくさん。
でも子犬だった俺はあっという間に抓み出されて、外に放り投げられる。
少ししたら、家の中のものが全部、外に運び出された。







何すんだ。
それ、全部岡田のもんだろ。
なんでアンタらに持ってかれなきゃなんねぇんだよ。
ふざけんな。
っつーか、岡田どこだ。
早く戻って来ねーと泥棒に全部持って行かれちまうって。







必死に食い下がって、運んでいく人の足元にまとわりついて進むのを邪魔したら。
違う人にまた抓みあげられて、高々と持ち上げられた。
何だよ。
わん、と吠えてやれば、ぽいっと放られる。
そして。
お前のご主人様は死んだんだよ、と。
吐き捨てるようにソイツは俺に向かってそう言った。






















































































































































































そっから先はぜんっぜん覚えてない。
がむしゃらに走って、走って、走って。
たまに車に轢かれそうになりながらもまた、走って。
真っ暗になって辺りが見えなくなって、ようやく立ち止まった。
外灯の下、蹲る。
うっわ、夜風が冷たい。
しかもいつの間にか雨まで降ってやがんの。











・・・・・・ちく、しょう。
帰る場所、無くなっちまったじゃねぇかよ。
岡田。




















































そうやって俺がしょぼくれてたところに来たのが、坂本くんだったわけ。
背中にギター背負ってるもんだから、懐かしくなって。
愛想を振りまいてみたら、簡単に拾ってくれて。
結構優しいし、この人のところで住むのもいいかなって考えてたんだけど。
次の日、朝早く起きた俺は、人間の姿に戻ってた。
普通ビビるでしょ?犬が人間になってたら。
だから、慌てて家を出た。
メモ残して行こうとも思わなかったわけじゃないけどさ。
犬が文字書いたら軽く恐怖だし。







それから暫く、人間のままで。
でも家は無いから、ちょこちょこ野宿して毎日を過ごしてて。
そしたら、運よくまた坂本くんを見つけちゃったわけ。
声かけたら案外普通で。
坂本くんは何も言わずに俺を置いてくれたから。
今度こそここに居ようかな、って思ったんだけど。
これ、何なんだろうね。
死を超越したものへの神さまからの天罰かなんかかな。
誰かと一緒に居たいって思って寝て起きたら、姿が変わるのよ。
あの日だって、朝起きたら俺はまた犬に戻ってて。
これまたちょっとしたミステリーだよなって思って家、出たんだ。






そんで、今。
またそうやって念じて、坂本くんと一緒に寝たから。
俺は人間になって存在してるわけ。




































































井ノ原に分かる?と尋ねられ、こくんと頷いて見せた。
理屈は分かる。
すっげぇ非現実的だけど。
確かな証拠がいくつもあるんだから、信じざるを得ないっていうか。







「・・・・・・あの、歌はね。岡田と二人で作った、最後の歌なんだ」
「うん」
「坂本くんが良い曲だっつーから、つい教えちゃったけど。本当は作曲井ノ原と岡田で」
「そうだな」
「締めのメロディも、俺、決めてんだ」
「・・・そっか」
「あの時ずっと考えてて。俺が坂本くんのとこでもし曲を完成させたら、岡田が悲しむんじゃないかって、ずっと」
でも、と井ノ原は続ける。
「坂本くんなら、俺を三回も拾ってくれた坂本くんならいいだろ、って思えたんだ」






言って、笑顔になる。
俺は井ノ原の頭をくしゃくしゃと混ぜると、机の引き出しを開けて、譜面を取り出した。
二年前に井ノ原と書いた、それ。
鉛筆を持って視線をやれば、井ノ原は楽しそうに歌いだす。
ぴったりとくる旋律。
全体的に穏やかなその曲を全て譜面に起こしきり、俺は満足だった。
後はギターで伴奏をつけて、歌詞を乗せるだけ。






「歌詞、よろしくね」
「おう」
「・・・変な歌詞つけたら化けて出るからね」
「うわ、やめろよお前。俺そういうの苦手なんだから」






本気で嫌がれば、面白そうに笑い出す。
それにつられて俺も少し笑った。



































































































































そこから暫く、井ノ原と他愛も無い話を延々としていた気がする。
気づいたら俺は眠ってしまっていたらしい。
外はもう朝で。
お腹にはタオルケットがかかっていて。
そんで、その上には子犬が丸くなった状態でぐっすりと眠っていた。





・・・・・・夢、か?





そう思って子犬を持ち上げて身体を起こし、ソファにそれを下ろして辺りを見渡せば。
机の上に置きっ放しになっている、譜面。
完成したそれを拾い上げ、もう一度鼻で歌ってみる。
歌いながら、乗せられそうな言葉を探って。
でも、曲名だけはもう決まってるんだ。
俺は机の上に転がっていた鉛筆で、譜面の上にガリガリと書いた。
どうか、岡田ってやつに届きますように。
そう願いを込めて。
ぽてぽてと小さな足音を立てて起きだした子犬に、それを見せる。








「井ノ原ぁ。どうよこれ」








そう言ったんだけど。
子犬はさして興味もなさそうに欠伸をして、俺の足元でお座りをした。
あれ。


























「・・・・・・いのはら?」

























呼んでも返事が無い。
持ち上げてぷらぷら揺らしても、鼻を鳴らすだけ。
まるで、普通の犬だ。
昨日の話しだと、犬になっても意識があるっつってたのに。
腕の中に抱いてそっと毛並みを撫でてやっても、大人しくしてる。
井ノ原ならすりっすり懐くんだけど。






「・・・・・・井ノ原、じゃ、ねぇのか・・・?」
「きゅーん」
「アイツ、どこ行ったの?」
「きゅーん」
「って、お前にはわかんねぇよな」





言って床にそっと子犬を下ろせば。
とたとたと覚束無い足取りで部屋の探索を始める。
その姿を目で追いながら、俺は譜面に目線を落とした。








曲、作り終わって成仏したのかな、アイツ。
そんで岡田のとこ、ちゃんと行ったかな。
思えばきりが無いのだけれど。





今の俺にとっては、井ノ原のことを案じるよりも。
この曲に歌詞を乗せて完成させることが。
二人が未完成のまま、終わらせてしまったメロディを作り上げて、歌うことが。
一番大切なことなのだろうと、思う。
井ノ原から託された曲を、この世界に産み落とすために。
俺は、必死に鉛筆を走らせたのだった。































































































































未完成のメロディ。
そう、名づけた譜面を掲げながら。
俺は今日も、同じ場所で、同じ歌を歌う。
岡田のために。
井ノ原のために。
そして、俺自身のために、何度も、この歌を。








END
・・・どこがまぁくん36歳バースディ話ですか?(聞くな)
イノさんと岡田のずんいちさんの過去を混ぜてたらこんな長さになってしまいましたという。
こんな摩訶不思議パラレルを一度書いてみたかったんです。
犬になったり戻ったりが一度や二度ならよくあるので、ウチでは三度やってみました。
鈍いまぁくんだからこそ出来る業(え)
そして、物凄く勢いに乗って未完成のメロディの歌詞まで書いたという(うわ)
大したものじゃ無いですが、気になる方はこちらからどうぞ。
あ、まーくんはこんな歌詞書かないぜとかいう苦情は一切スルーします(笑)
何にせよ36歳おめでとうまーくん!今年も変わらずヘタレリーダーでいてくださいませ(笑)
2007.7.24