甘え上手で甘え下手。これが俺のいのっちに抱いた第一印象だった。初っ端から矛盾していることこの上ないのは、いのっち自体が矛盾していたからだ。少なくとも、俺の目から見た限りでは。それは専ら楽屋でしか見ることが出来ないので、知ってるのはウチのメンバーとTOKIOのメンバーくらいじゃないかと思う。前にこう思ってることを松岡くんに言ったら、足をバタバタさせて大爆笑した挙げ句に、いのっちに近付き「ラブ無料大放出v」と腕を広げて無理矢理むぎゅ、と抱き締め頭をいいこいいこした辺りで顎にアッパーを喰らい、そこから喧嘩に発展してまーくんと山口くんに怒られてた。まぁ、あの二人はいつもそうだからいいんだけど。





いのっちが甘え上手なのはトニセンの中に居る時だ。まーくんや博に構って貰うのがそんなに嬉しいのか、と微笑ましくなるほどにあの人ははしゃぐ。はしゃぎ過ぎてるいのっちを博が温く構い、まーくんがそれを見て楽しそうに笑うのだ。まるで二人のお兄ちゃんが大好きな弟のような図。まーくんも博もどっちも末っ子だからか、弟のようないのっちが可愛くて仕方ないみたい。今日もテンションが上がり過ぎてはぁはぁいってるいのっちを見てまーくんが爆笑していた。


「お前ホント可愛いなぁ」
「どこがだよっ」
「何か犬みてぇ」
「日記に書いてたネルそっくりだよ、よっちゃん」
「だって飼い主だもん」
「ペットに飼い主が似てどうすんだ馬鹿」
「あれ?逆だっけ?」
「逆逆。はい、よっちゃんお水」
「ありがとー長野くんっ」


嬉しそうに水を受け取ってゴクゴクと飲み干しているいのっちは、二人の言う通り犬みたいだったし、俺から見ててもまーくんが言ったようにいのっちは可愛く見えた。






そして、いのっちが甘え下手なのはカミセンと一緒にいる時だ。本人は甘やかそうとしてると思ってるみたいだけど、俺から見たらあれは一種の甘え行為な気がしてならない。トニセンで居る時のいのっちでいれば何の問題もないそれ。しかし、いのっちはカミセンに対しては『お兄ちゃん』というポジションを抱えてやってくる。すると、トニセンで見せていたあの可愛い弟っぷりが消え去ってしまうのだ。別に悪いことではないのだけれど、兄貴が甘えてくるという状況に変わったそれは、ただのブラコンのようでしか無いのである。それを本人は『甘えさせてやってる』と思い込んでやまないから、全く手に負えない。そりゃ剛くんも健くんもウザがるし逃げるわけだ。もちろん、俺も。


「おっかだーっvv」
「・・・・・・暑い」
「ねえねえ何してんの?何読んでんの?それ面白い?っていうか構ってvv」
「いのっち、落ち着いて」


尻尾があれば全力で振っているであろう様子で抱きついてきたからなだめてやる。俺に対してはまた違ったいのっちだったりするのだ。どちらかといえばトニセンの時のいのっちに似ている。それもそのはずで、いのっちが俺のところに来るのは大概、メンバーの中でも一番最後。トニセンで甘えて、カミセンでウザがられて、最後に俺のところに収まる。構って、なんて言うけど、本当は疲れてぐったりしたいんだと思う。背中を撫でれば、いのっちは俺の横に座り、そのままくてん、と俺の肩に頭を乗せた。


「・・・重い」
「いーじゃん。ちょっとだけ」
「・・・・・・まぁええけど」


俺はいつも曖昧な言葉を吐いて、本に目を戻す。今読んでいるのはロシア文学だ。時間が無いから合間合間にちょこちょこ読んでいる。本を探す時間も取れないから、誰かにお薦めの本を借りようかと思って、ふと隣の人の顔が浮かんだ。


「なぁ、いのっち」
「んー?」
「今度お薦めの本、貸して」
「いいよー次一緒になる時にでも持ってくる」
「ん」


短い会話は早々に終了し、俺は再び本の中に戻っていく。このやりとりってつまんないかな、なんてこっそり心配してた時期もあった。なんせ騒ぐの大好き、会話大好き、賑やか大好きがいのっちのイメージだったから。けれど、意外にもこの空間が彼には心地良いらしい。前に酒に酔ったいのっちからそう聞いた。一人になりたい時でも岡田なら側に居て大丈夫、と。これは褒め言葉なのか違うのか、未だに疑問の残るところなのだが。とりあえず嫌ではないことが分かってホッとした覚えがある。・・・と、そろそろ右肩が重くなってきた。


「いのっち、そろそろどいて」
「・・・・・・」
「・・・いのっち?」
「・・・・・・ぐー・・・」


寝てんのかい。小声でそう突っ込んでから、ずりずりと座っていた位置からずれる。そうすれば支えを無くしたいのっちは重力でソファに倒れるからだ。長身が沈んだソファの端で、俺は何事も無かったかのように本を読み進める。そうしたら不意に誰かに笑われた気がして、顔を上げたらそれは博だった。


「・・・何?」
「いや、岡田ってよっちゃんの扱いに慣れてるなぁと思って」


そんなことを言われても困惑する。俺はただいのっちと他愛も無い会話をして、寝たから避けただけだ。扱うもなにも、全てが自然な動き以外の何物でもなかった。そう博に告げれば、再び笑われる。


「岡田はよっちゃんの空気なんだね」
「何やのそれ」
「人の気持ちを考えないで眠れちゃう場所だってこと」
「・・・・・・そうかな?」
「現に寝てるし」
「まぁね」


横向きになってぐーぐー言ってるいのっちを見て、俺と博は一緒に笑った。笑ってから、着ていたシャツを上からかけてやる。いのっちはもぞ、と身じろいだ後、シャツが出来るだけ身体にかかるように丸くなった。博の手がいのっちを撫でるとにへ、と笑って何故かもぐもぐと口を動かす。夢の中で何か美味しいものでも食べてるんだろうか。


「なーに食べてんの、よっちゃん」
「・・・・・・もご」
「あ、岡田。そこのあんパン取って」


にんまりと意地悪い笑みを浮かべ、博は近くのテーブルの上を指差した。成る程、そこにはちんまりとあんパンが鎮座している。50円割引のシールが貼られているそれを手に取り博に手渡せば、嬉々として封を開けた。


「・・・・・・博、楽しそうやなぁ」
「若かりし頃のお前と同じだろ?お前も仕返ししない?」
「・・・止めとく」


されていた側としては人の痛みがよくわかるので、俺は博の申し出を丁重にお断りした。はいよっちゃんあーん、と笑顔の博が千切ったあんパンをいのっちの口に入れていく。入れられた本人は美味しそうにもぐもぐとそれを食べる。・・・俺も、こんな感じだったんだろうか。嫌だなぁ。ため息混じりにその行為を見守れば、あっという間にいのっちはあんパンを平らげてしまった。楽しそうな博の後ろから、まーくんと剛くんと健くんが興味深々な表情をして近付いてくる。その手にはロールケーキとピザマンとお菓子。五月蝿い原因が寝ているのにおかしいくらいテンションの上がる楽屋で俺はいのっちご愁傷さま、と心の中で祈りつつ、読んでいた本の続きに目を戻した。






***********






「・・・・・・んぅ」


楽屋の一騒動から約30分後。俺が本を読み始めてようやく中盤に差し掛かった頃。小さなうめき声の後、細い目がぱかりと開く。かしかし、と目元を擦りながらいのっちは体を起こした。


「おはよ、いのっち」
「・・・うん」
「よく寝とったよ」
「・・・うん」
「目、覚めた?」
「・・・うん」
「お腹は?」
「・・・いっぱい・・・」


勢いで聞いてみた問いに彼は素直に受け答え、寝惚け眼でお腹を擦りながらどうしてだろう?とばかりに首を傾げている姿が何だか可愛くて吹き出してしまった。


「岡田ぁ」
「ん?」
「俺、寝る前に何か食ったっけ?」
「えーと、あんパンとロールケーキとピザマンとお菓子、食べとったよ」
「・・・・・・」


普通に考えていのっちが好んで食べるものの類ではないその種類に、あ、と小さく声が上がり、彼の視線は他のメンバーに向けられた。一番に目を付けられたのはウチのグループ1グルメな男。


「なーがーのーくーんっ!」
「何?よっちゃん」


怒りに震えるいのっちとは対照的に、博は至って普通に受け答えた。でも口元が微かに笑みを湛えている。俺より付き合いの長いいのっちはそれを容易く見破ってしまったらしい。


「長野くんだろ俺に食わせたの!」
「何で?」
「さっき話してた時にカバンの中にあんパンあったの知ってんだぞー!」
「言っとくけど、岡田以外全員共犯だからね」
「なにー?!坂本くんっ!剛!健ー!」


さっさと仲間を売った博の言葉で、いのっちの怒りは他のメンバーにも向けられ、爆笑する剛くんと健くんの分までまーくんがとばっちりを受けていた。可哀想だけど、見てて面白いから止めようとは思わない。もちろん、事の発端である博も俺と同じような目でいのっちを見て笑っていた。



「いのっち、おいで」



まーくんの首に腕を絡めて絞めていたいのっちを呼ぶと、あっさりと寄ってきた。ブラザー!と大きな声を上げてハグ。どうやら同じ傷を受けた仲間としてありがたい認定を受けたらしい風なそれに、俺は溜め息をついた。


「俺には岡田だけだよー!」
「はいはい」
「五股止めて岡田一筋に生きる!」
「分かったから座っとき。横っ腹痛くなるで」


経験者は語ります。知らんうちにお腹いっぱいになってて、怒ったら横っ腹が痛くなる。お腹の弱いいのっちなら、尚更。抱きついているいのっちを引き剥がし、大人しくしてなさいと指示すれば、嬉しそうにはーい、と子どものような声が返ってきた。うん、よろしい。満足している俺に、またもや博が一言。



「やっぱり岡田は空気だね」



博の言葉の意味が分からず首を傾げるいのっちの横で俺はそうかもしれんなぁ、と呟いてみた。甘え上手ないのっちと甘え下手ないのっちをひっくるめて受け止めて、気づいたら傍に居るそんな関係。それが俺なのかもしれない。そう考えるとちょっと嬉しくなって、俺は本で顔を隠すようにして、笑った。




END
2007.9.15