しとしとと、静かな音を立てて雨が降る。
細く、たくさんのそれは地面に横たわっている彼を濡らし続けていた。
時折ジリ、と回線が熱を発し。
いつショートしてもおかしくは無い状況である。
―――――――左上腕部損傷、燃料流出ノタメバッテリー残量ハ5分
先ほどから、彼の頭の中に響く言葉。
痛みを感じることが出来ない彼らに人間がつけたものだ。
普通ならば自分が出来る限りの対処を施すはずなのだけれど。
どうしてか彼はそれをしなかった。
何故か。
答えは一つ。
彼は人間に対して失望していたからだ。
アンドロイドが世間に出回ったのは2050年頃。
最初は高価であったそれも、大量生産に基づき価値を下げていき。
それでも新品を買うことの出来ない人々は、今のCD等と同様に中古品を求めた。
彼も、そのうちの一体である。
あらゆる人間の元にたらい回しにされ、その度に捨てられたり、傷つけられたりした。
機械だから仕方ないのだと、諦めていたのだ。
・・・ある人間に出会うまでは。
彼がその人と出会ったのは、20年前。
三人目の主人から捨てられて、公園のベンチに座り込んでいた時だった。
地面に目を向けていた彼の足先に、こつんと。
アンテナの付いた赤いボディの車が、ぶつかった。
ふと、顔を上げれば、小さな男の子が自分の方を向いていた。
齢は、十歳前後といったところだろうか。
身なりは良い方で、多分お金持ちの部類に入るのだろうと推測される。
栗色の髪の毛に、くりんと丸い黒の瞳。
車を拾ってそっと差し出す仕草をすると、ニコニコしながら近寄ってくる。
子どもは普通なら怖がるか怯えるかするはずなのに。
この少年は至って自然体で、拍子抜けした。
『ありがとう、ロボットさん』
手渡した車を大事そうに抱えながら、彼はそう言って。
ひょこん、と隣に腰を下ろす。
『・・・どこから、来たの?』
『あっち』
少年が指差した先には、大きな建物があり。
遠くてぼやけていた景色に焦点を合わせると、どうやら研究所のようだった。
ああどうりで、と合点がいく。
自分のようなロボットは見慣れているんだな。
研究所に向いていた目線を、少年の元に戻せば。
彼はさっきの車を大事そうに抱えて見つめていて、気に止まる。
『どうしたの?』
『うん・・・おとうさんがね、これ、もうすてろっていうんだ』
口を尖らせてそう言う彼の手の中にある車は、今あるものに比べればタイプは古く。
見た目もところどころ色の剥げたところがある。
彼は思わず自分の腕や身体に目をやった。
自分はきっと、この車と同じなのだろうと、そう思いながら。
『古くなったら捨てるのが、常識なんでしょう?』
『・・・なんで?これ、まだはしれるのに』
それに、と。
少年は付け加えてぎゅうっと手の中の車を抱きしめた。
『このくるまは、ぼくがおとうさんにはじめてもらったプレゼントなんだ。だから、だいじなんだよ』
小さな少年のたどたどしい言葉。
まるで自分に言ってくれているような、そんな言葉に。
彼は何とも言えない気持ちになって、口を開く。
『俺も大事なの、かな』
『ロボットさんも?』
『うん。俺、さっき捨てられちゃってさ。行くとこなくて、ずっとここにいんの』
『・・・すてられちゃったの?』
『そうだよ。もう、三回目になるかな』
『・・・だから、さっきさみしそうにしてたんだね』
『・・・寂しそう、だった?』
『うん』
こっくんと深く頷かれて。
やはり、何とも言えない気持ちに苛まれる。
子どもの無垢な瞳は人間でもアンドロイドでも弱いものなんだな、と思う。
『・・・もう、捨てられたく無い、よ』
ほろりとこぼれた本音。
捨てられる度、仕方ないと諦めていたけれど。
どこかで寂しかったのだ。
その度自分の存在している意味が分からなくなって、不安だったのだ。
ずっと、自分だけを愛してくれる人が欲しかった。
アンドロイドがそんなことを望むのはおかしいだろうか。
胸の内を口に出すことは容易かったのだけれど。
それを受け入れてくれる人間は、今まで出会った中では一人も居なかった。
『・・・俺だけを愛してくれる人が、欲しい』
もう、捨てないで。
モノとしての扱いでもいいから、傍に置いて。
そんな、彼の切実な願いは。
『じゃあ、まぁがあいしてあげるね』
少年の純粋な言葉によって、色を変えたのだった。
少年と過ごす時間は幸せで短く、そして残酷だった。
彼の親は研究者のトップで。
息子が拾ってきたアンドロイドを見て、酷く激怒し。
彼の持っていた車を取り上げて、泣き喚く少年を部屋に押し込み。
アンドロイドと古い車を、研究所から遠く離れたゴミ捨て場に、自らの手で運んだのだった。
そこで彼は中古アンドロイドを扱う男たちに拾われ、再び商品となり、人の手を何度も行き来した。
何度も、何度も。
そして、今。
彼は故障したアンドロイドたちが横たわるゴミ捨て場に居た。
乱暴に扱われた結果、左腕を損傷し。
修理にお金がかかるからといった、比較的よくある理由で捨てられたのだった。
最後まで文句を言わずに電源を落としていく仲間たちを見ながらも。
頭の中のあの少年の言葉が忘れられずに、ただ、雨の中横たわっていた。
少年が大事だと言っていた、赤いボディの車を大事に抱えて。
彼はどうしているのだろう。
研究所に居たのだから、父親の後を継いで研究者になっているのかもしれない。
白衣を着た少年を想像して、一人笑う。
・・・彼なら。
彼なら、今ある機械全てに愛情を注げる良い研究者になるだろう。
でも、俺は。
俺はその時代の中に存在することは出来ない。
残された時間が、少なすぎる。
この間にあの少年が俺の元に訪ねてくることなど、ありはしないのだから。
―――――――左上腕部損傷、燃料流出ノタメバッテリー残量ハ1分
自分の寿命を頭で理解して、ぎゅうっと目を閉じる。
死ぬのは怖くない。
だけど。
死ぬ前に、消える前に、無くなる前に。
一度でいいから、愛して欲しかった。
自分のことが大切で、大事で、必要なのだと。
誰かに言って欲しかった。
―――――――左上腕部損傷、燃料流出ノタメバッテリー残量ハ――――
「・・・・・・見つけた」
不意に。
頭上から降ってくる、低い声。
「見つけた!長野、見つけたコイツだ!俺が探してたアンドロイド!!」
見つけた?
何を言ってるんだろうこの人は。
顔に焦点を合わせようとするも、上手くいかない。
必死にどうにかしようとしていると、ぎゅうっといきなり抱きしめられて、くしゃくしゃと頭髪部分を撫でられる。
なに。
「20年も探させやがって馬鹿野郎!おーいなーがーのー!こっちだっつーのー!!」
彼は必死に声を上げ、俺を抱きしめながらどこか遠くに居る誰かに向かって手をぶんぶん振った。
相手が近づいてくる音。
心臓の音。
耳に入ってくるそれは、間違いなく人間のもので。
彼が言った『20年』。
それは偶然にも、俺が探していた人と出会った時と同じで。
・・・・・・おなじ、で?
まさか。
脳裏に過ぎる、少年の顔。
口を開いて確かめようとした。
したの、だが。
口を開くどころか、身体一つ動かせずに。
傷だらけのアンドロイドはかくん、と呆気なく意識を飛ばしたのだった。
END
アンドロイドネタを発掘したので持ってきました。
本当は続き物として書き始めたんですが、止まってしまったという(わー)
専門用語をたくさん使おうとすると詰まる、典型的なアホですorz
ウチのイノさんは依存型が多いなーとぼんやり思いつつ。
2008.10.16