変わるもの、変わらないもの 真夜中の一時頃。携帯の着信音で俺はようやく貪り始めた睡眠を妨害された。ここんとこ眠れなくてどうにかこうにか得た睡眠時間をこうも簡単に奪われるとは思ってもみなかった。重い目蓋を持ち上げて瞬けばくら、と眩暈。天井が目に入ってくる。身体は睡眠を欲しているっていうのに、どうしてこうも上手くいかないんだろう。精神的に何か問題があるかもしれないと心配してみるも、心当たりは無い。仕事は良好。友人関係もそこそこ上手くやっている。そうこう考えている間も携帯の着信音は終わることなく鳴り続けている。しつこい。俺じゃなきゃ駄目なんだろうか。そんな友達の心当たりが無さ過ぎる。暗闇の中で画面を開くと、目がちかちかして。眩しい中に見慣れた名前を見つけ、自然と溜め息が漏れた。無視して寝ようとも思った。コイツとはそういうので拗れる仲じゃないから。でも一度現実に戻った意識を夢の中に戻すことは至難の業で。どっちにしろもう眠れないのだから、と言い聞かせるようにして着信ボタンに指を這わせ、押した。 『さっかもっとくーーーんっ!!おはよーーーー!!』 うわ、速攻で寝たくなった。しかとすりゃよかったと後悔。井ノ原の馬鹿でかい声に携帯から耳を離す。こりゃ結構酔ってんなぁ。 「・・・井ノ原。今何時だと思ってんだ」 『えーと、ただいまいちじよんじゅうにふんよんじゅうごー・・・あ、なな・・・じゃなくてきゅー』 「別に時間を言えって言ってるわけじゃねぇんだよ。迷惑な時間だから分かれっつってんだ」 『えーなにつめたいことゆってんの。おれとアンタのなかでしょー?』 「仲良くても礼儀ってもんがあるだろうが」 『あのねぇ、おれ、もぉあるけねぇの。いえもどこだかわかんないんだー』 「聞けよ俺の話!っていうか迷子かよっ!」 『そぉなんだよ!さっすがリーダーわかってるねー!』 あはあは、とだらしなく電話の向こうの井ノ原は笑い。俺は深く深く溜め息をついてみせた。もちろん、電話の先に聞こえるようにわざとらしく大きく。でも俺のささやかな抵抗はあっさりと無視され、代わりにアホみたいな笑い声が増した。このまま放っておくにはあまりいい状態でもないな、とも思う。友達多いんだから他のヤツにかけろよと言おうともしたけど、井ノ原に頼られてまんざらでもない自分が居た。一応カワイイ弟分、なわけだし。 「はぁ・・・お前今どこにいんだよ」 『あんねぇ、ほら、このまえながのくんとおれとアンタでのんだとこ。そこのカウンターでねてまってるー』 「寝るな寝るな。起きて待ってろよ」 『ふぁーい、がんばるーー・・・』 ぶちん、と。電話を切って再び溜め息。自分で帰って来れないほど飲むんじゃねぇよ。・・・ってまぁ、俺も人のこと言えた性質じゃないんだけどさ。横に長野が居たらふぅんと笑ってない笑顔で唸るだろう。怖い長野怖い。つーか長野に連絡すりゃあよかったのに井ノ原も。俺だって飲まないことなんて殆ど無いんだから。今日だって家で結構飲んだ。少し眠ったとはいえ、酔いはまだ覚めた様子は無い。あの店、確かこっからそんなに離れたところじゃなかったよな。起き上がってシャツを羽織り、ジャケットを着て鏡の前で身だしなみチェック。うん、よし大丈夫。寝起きっていう顔ではない、よな。ぱしん、と軽く両手で挟むようにして顔を叩き、残っていた眠気を全て吹き飛ばす。そして玄関で靴を履き、ドアを開けた。 ******************** 飲み屋に到着した時、時計は既に二時を回っていて。俺が店のドアを開けると、それに気づいた井ノ原がさかもとくんだーとぶんぶん右手を振った。それを見た店員が心底安堵した表情になる。そりゃそうだ。閉店の時間を過ぎても帰らない客なのだから当たり前だ。追い出されなかっただけ優しい店員だと思う。俺はニコニコ笑いながら見てくる井ノ原の頭をべしっと叩いた。 「いてぇよーーなにすんだよーー」 「馬鹿野郎。お前どんだけ周りに迷惑かけてるのか分かってんのか?」 「んーーーと・・・ごめんなさぁい」 ぺこり、と店員に向かって頭を下げる。悪びれも無い表情に絆されたのか、彼はいいですよ、と笑った。カウンターの上にあった伝票を手にとって井ノ原に手渡せば。ぱすぱすぱす。ヤツは胸とジーパンのポケットの上を手で叩き、あれー?と小首を傾げる。いや、マジホントお前がんなことしてもぜんっぜん可愛くねぇ。っていうか分かりやすい動作に俺はさっきよりもさらに体に疲れを感じた。頼むからそういうセオリー通りの忘れ物しないでくれ。 「さかもとくーん」 あは、と笑う井ノ原をきつく睨んでやる。言わんでも分かる。剛や健はともかくとして、外食する時に、しかも一人の時にするもんじゃねぇだろ。 「・・・あのなぁ」 言いかけて、止めた。ただでさせ閉店時間を遅らせてもらってんだ。ここでウダウダ言い争いをしている場合じゃない。それに、今のコイツと言い合いになったら余計に性質が悪そうだ。しつこさにかけては長野よりも断然上だもんコイツは。宥めるにも頑固だから始末が悪いし。そういうヤツと言い合うには如何せん持ち時間が少なかった。俺は言葉を飲み込み、井ノ原の手に握られていた伝票を取り上げて、店員に向き合った。 「・・・いくらですか」 「ええと、一万五千・・・」 嘘だろ。一人でどんだけ飲み食いしたんだコイツは。小言を言いたくて仕方ない衝動に駆られたが、それもぐっと飲み込む。小言は後だ。とりあえずこの店を出よう。井ノ原の腕を引っ張って無理矢理肩にかけ、立て、と促しながら俺はサイフからお札を二枚取り出してカウンターに置いた。諭吉よさようなら。短い付き合いだったな。明日からの生活費はどうしよう、なんてアイドルらしくない思いが頭を過ぎるが、この金を井ノ原から倍にして返してもらえば問題ないと早々に答えに行き着いた。 「おつりはいいから」 「でも・・・」 「騒がせ賃ってことで。ごめんね。ホラ、いくぞ!」 「ぅあーーい」 ぺこり、と頭を下げ、覚束ない足取りの井ノ原を半ば引きずるようにして店を出た。あー重てぇ。細いのに身長に見合った体重はある。俺の家まで引きずっていくのかと思うとくらりと眩暈に襲われた。っていうかタクシーっていう手があるじゃん、俺。はた、と閃いたナイスアイディア。タクシーを拾おうと車通りの多い道に出たんだけど。ちょっと嫌な予感がしてサイフの中を見た。・・・手持ち残り千円しかない。ここから井ノ原の家までどれだけ少なく見積もっても三千円はかかる。さっきのお釣り貰っときゃよかった・・・俺の馬鹿。がっくりと肩を落とすと、ずるずるっと井ノ原がずり落ちて地面にペタリ、と不時着した。キョロキョロ左右を見渡して、俺を見上げる。 「ここ、いえーー?」 「んなわけねぇだろっ!どこに床が道路と同じ質のコンクリートで出来てる家があんだよ?!」 あまりにも井ノ原が呑気で、俺一人が馬鹿みたいにくるくる焦ってるみたいで腹が立って、思わず怒鳴る。途端、井ノ原は頬をぷぅっと膨らませた。 「おこんなくてもいいじゃん・・・」 段々と潤んでくる瞳に慌てる。何も泣くことねぇじゃねぇか。確かに俺の言い方もきつかったのかもしれないけど、ここで怒らないのなんて人間じゃねぇよ。井ノ原好きな長野なら怒らずに宥めるのかもしれないけど、俺はそんなに優しい人間じゃない。・・・お前のことは嫌いじゃないけど。 「悪かったよ。ほら、帰るから立て。な?」 しゃがんで井ノ原の腋の下に手を入れ立たせようとしたけど、持ち上がらない。本人に立つ気が見えない限り、持ち上がるわけも無い。子どもじゃないんだから。 「おい・・・・・・」 「・・・さかもと、くん」 「なに?」 「おんぶ」 ぶはっと噴き出す。追って眩暈。こいつ、何歳だっけ?と本気で考えてしまった。俺の5つ下だから今年31歳だろ?そいつがおんぶ?おんぶだと?? 「お前な・・・」 俺は抗議の言葉を吐こうとした。したんだけど。見上げてくる瞳は捨て犬みたいで。浮かんだ文句を全て打ち消してしまった。溜め息をついてみせると、下を向く。ぱた、と地面に落ちた光るものはこの際見なかったことにして。俺は井ノ原に背を向けてしゃがみ込んだ。 「・・・ん」 「なに・・・?」 「なに、じゃねぇよ。早くしろ」 視線をやるとすん、と鼻を啜って。少し間があってから身体を預けてきた。俺よりも高めの体温。まるで子どものような。そういやコイツがまだ小さい頃によく俺と長野でこうやっておんぶしてやったっけ。甘えん坊のくせに甘えることがあんまり上手じゃない「おちびちゃん」を無理矢理甘えさせようと二人で試行錯誤した覚えがある。その結果、思ってた以上に甘えん坊の性格が開花してしまって今に至るのだけど。よいしょ、と声を上げて身体を上げれば、としよりくさいよ、と背中から声。五月蝿ぇな。どうせお前だって五年後にはこうなるんだよ。 「お前、重くなったなぁ」 「むかしはちーさかったからね、おれ」 「おちびちゃん」 「いうなよぉ」 いじけたような声に笑いを返して足を進めると、背中の井ノ原がすり、と擦り寄ってきた。こういうのに弱い俺が居る。『坂本くんって断りきれなくて犬とか拾っちゃうタイプだよね』と笑顔で言った長野の言葉を思い出した。あの時は否定したけれど、アイツの言葉は強ち間違っていなかったみたいだ。 「井ノ原ぁ」 「んー?」 「明日、仕事は?」 「・・・ごご、から」 「なら大丈夫だな。俺んち行くぞ」 「・・・うん」 聞きたいことを聞いて、俺は口を閉じた。井ノ原も黙ったままだ。別にこのしんとした空間は嫌いじゃなかったから、そのまま足を進めていると。不意に。 「・・・ごめんね、さかもとくん」 と、弱々しい声が聞こえた。珍しく弱気で、ちょっぴりへこんだ様子の井ノ原を怒るわけにもいかず、代わりにこつんと後頭部をヤツの顔にぶつけてやる。んぷぎゅ、と形容しがたい声が上がって、思わず吹き出した。 「悪いと思うならもうするんじゃねぇぞ」 「うん」 素直に頷いた井ノ原に満足して、俺は再び口を閉ざして歩き出した。外灯は同じ場所を照らしていて、その眩しさに空の星は見えなくなってしまったけれど。日中よりは少し冷えた空気の中で自分以外の人の温もりを感じるのは案外悪くは無いのだと変わらずに思う。何が言いたいのかっていうと、昔と変わったものもあるけど、変わらずに残っているものもまたあるんだということだ。分かりづらい?いいんだよこれで。すっかり覚めてしまった眠気を残念に思いながらも、俺は井ノ原を背負ったまま、夜の街道を歩いていた。 END こうやってビッチリと詰まった文章も書きたかったり。 ぐだぐだ一人称は意外とまーくんが書きやすいです(笑) 自学時代、学科を受けながらこんな妄想をしていたの図。 2007.6.22 |