穢れた血。
先祖代々から受け継がれたそれ。
生まれた時から俺は、吸血鬼だった。





人の血を吸い、生き永らえる化け物。
残酷な生き方への罰なのか、日の光に晒されると体が焼けて痛む。
千年の寿命を授かり、それまではどんなことをしても死ねない。
20歳までに人間のパートナーを見つけ。
吸血鬼には血を、相手には千年の寿命を。
お互いに与え合いながら生きていかなければならない。






どうしてこんな風に生まれてきたのか。
普通の人間に生まれたかったのだと。
ただ嘆いてばかりの頃、俺はそいつと出会った。





それは、19歳も終わりを迎える頃で。
パートナーを見つけられないでいた俺は酷く焦っていた。































陽のあたる場所へ







































『吸血鬼ってホントにいたんだー』





物珍しそうに近寄ってきて、にこにこと人懐っこそうな笑みを向ける少年。
彼は井ノ原快彦と名乗った。
背中にギターを背負い、服装はラフなTシャツとジーパン。
あいにく食事中だった俺は言葉もなく女の首から口を離した。
ごとり、とテーブルに伏せるように落ちる体。
気を失うくらいに止めて吸ってるから、じきに意識を取り戻すだろう。
口元を腕で乱暴に拭い、カウンターに座ると。
隣いい?と聞きながらも了承をとる前に井ノ原は隣に腰を下ろした。






『俺が怖くないのか』
『あー確かに怖い顔してんねアンタ』
『・・・・そうじゃなくて』
『何、血吸ってたことが?』
『おう』
『ぜーんぜん。そういう人もいるんだなーって感動はしたけどね』






細い目をさらに細めて井ノ原はそう言った。
からん、とグラスの中の氷が音を立てて回る。






『ね、吸血鬼って本当に千年生きんの?』
『ああ』
『いいなー・・・』





井ノ原は本当に羨ましいといった感じで俺を見つめてきた。
何故そう思うのか。
他人にはあまり関心の向かない俺が。
どうしてか、それが気になって尋ねた。





『俺ね、不治の病なんだって』






後3ヶ月も生きられないって言われちゃったんだ、と。
井ノ原はさして悲しくもなさそうな感じで答えた。






『まだまだやりたいことたぁーっくさんあったのよぉ?ギターとか歌とか!』
『・・・・そうか』
『友達と遊んだりとか・・ホントに、たくさんあったんだよねぇ・・・』
『あった、ってどうして過去形なんだよ』
『死ぬって分かった途端、何にも手につかなくなっちゃった。あんだけ好きだったギターも歌も、やってて全然楽しくなくて』





どうして俺が死ぬんだろう。
他の人じゃなくて、俺が。
そうやって悩んだ時期もあったりするんだ、と。
井ノ原は苦笑いを浮かべながらも早口でまくし立てた。






・・・・・・・・・・・・・・・俺と正反対だ。









『ね、俺も吸血鬼にしてよ』
『なんでだ』
『そうすりゃ千年生きられんじゃん!』
『・・・・・・・・断る』







千年の寿命の長さと重さを分かっていないヤツの発言に。
俺は苛ついてグラスの中身を飲み干した。







『なーんでだよぉ。ま、アンタが出来ないっていうんだったら話は別だけどさ』
『出来る。・・・・けど、やめとけ』
『なんで?』
『千年は、長く重過ぎる』






家族はもちろん、友達や愛人まで。
自分を置いて逝ってしまう。
その悲しみは計り知れないほど重い。






『俺は死にたくないの。だからして欲しいの』
『・・・後悔するぞ』
『後悔した時は自分の所為にするから』
『・・・吸血鬼には出来ない』
『・・・は?アンタさっき出来るっつったじゃん』
『千年永らえるようにすることが出来るって意味だ』
『だからそれでいいって言ってるっしょ?』
『・・・ずっと、俺だけだぞ、知り合い』
『いいよ。怖い顔してるけど俺はアンタ気に入っちゃったから』
『・・・・・・アンタじゃねぇ。坂本だ』
『坂本くん』







普通の名前だね、って。
細い目を糸のようにして笑う、その笑顔が。
俺の迷いや悩みをいっぺんに吹き飛ばしてしまった。
コイツとなら千年生きていけるかもしれないと。
確証もなくただそう思った。






『・・・本当にいいのか?』
『しつこいなー坂本くんも。いいって言ってるじゃんよ!』
『・・・・じゃあ、首を出せ』
『はいはーい』





















変なヤツだった。
だからこそ、俺の胸に残っている。




















































契約をした後、俺たちは夜を使って町を転々としていた。
日の光を浴びたら、契約者は一瞬で灰になってしまうから。
太陽すきだったのにな、と窓辺で少し悲しげに呟く井ノ原の頭をぱしん、と叩く。
『いってぇ!!』
『後悔すんなっつったろ』
『しても自分の所為にするからっつったじゃん!』
『・・・・・・』






『・・・ごめんね。気になった?』
『・・・・別に』





くるり、と踵を返して離れようとして。
くんっと何かに引っ張られる感触。
振り向けば井ノ原が俺の服を掴んでいた。





『・・・離せ』
『あは、離さないv』
『あのなー、』
文句でも言ってやろうかと口を開いた瞬間。
急に井ノ原の顔が辛そうに歪んだ。
体を折るようにして俯き、胸元をぎゅうっと自分の手で掴んで、荒い息をつく。





不治の病だと。
ヤツはそう言っていた。







『すぐ・・・おさまるから・・っ』
『・・・・・・』
痛みに耐える姿は普段の井ノ原からは想像もつかないほど弱々しくて。
慌てて傍に寄ってやると。
『あは、うっそv』
と、井ノ原は嬉しそうに笑って抱きついてきた。
『・・・・お前なぁ・・・』
『だって坂本くん、こうしないとどっか行っちゃうから寂しいんだもーん』
『だもーんとか言うな馬鹿』
『寂しがり屋なんだから一人にすんなよなー』
『自分で言うな自分で』






楽しそうに言う井ノ原。
でも、額に残った汗は隠し切れずに。
本当に発作が起こったのだと教えてくれた。
抱きついてきた体は、薄く細い。
小さい頃から病弱だったというのは、あながち間違いでもないのだろう。






『・・・今日はもう休め』
『やだ!・・・あ、でも坂本くんが添い寝ってくれるならおっけーv』
『・・・太陽に晒すぞコラ』
あははは、と独特の笑い声をあげる井ノ原を見て。
気付けば俺も笑っていた。
『あ、坂本くん笑った!』
笑えるんじゃん!と嬉しそうに井ノ原は声をあげる。
『・・・・笑うくらい出来る』
『俺、今の坂本くんの顔が一番すきよv』
『あのー気持ち悪いからそろそろ離れてくれ井ノ原』
『ホントのこと言ってんのにー!』
いじけたようにぷーっと膨らむ頬に。
俺は生まれて初めて大声で笑った。



























楽しかった。
このままコイツと千年生きて死ぬのも悪くない。
そう思った矢先の出来事だった。






















買い物を済ませ、宿に戻ってきた俺の目に映ったのは。
胸元に矢を放たれ、ぐったりとした井ノ原の姿で。
『井ノ原・・・?!』
買い物袋を落とし、慌てて傍に駆け寄り抱き起こすと。
うっすらと目が開いて、俺を捕らえたそれはふわっと笑った。
『さか、もとくんだぁ・・・お、かえり・・・ぃ』
『おかえりじゃねぇよ!どうしたんだよこれは?!』
『ん・・・ささっ、てんねぇ・・』
人事のように言って、あはと力なく笑う。
体を支えている俺の手には止め処なく血が伝わっていく。
矢を抜こうとして触れようとしたら、井ノ原の手によって遮られる。
『さ・・わっちゃ、だめだ・・って』
『なんでだよ?!』
『ぎんで、できてる・・・から』
神の洗礼を受けた銀の矢なら吸血鬼を殺せる。
自分を刺した相手はそう言ったのだと。
苦しそうに言葉を紡いで井ノ原はそう言った。
試しに軽く触れると、じゅっと音を立てて俺の指が焼ける。
『だめだ、っつってん・・じゃん・・』
『じゃあどうすりゃいいんだよ?!』
『・・・・に、げて』
俺を置いて逃げて。
井ノ原のその言葉に、俺は目を丸くした。
『馬鹿野郎!なんでお前置いて逃げなきゃなんねぇんだよ!』
『・・・あさに、なったら・・またくる、って・・・・』
部屋にいれば死。
外に出れば火傷を負う。
その瞬間を狙って来ると言っていたと。
言いながら井ノ原は俺の服をぎゅうっと掴んだ。
『さ、かもとく・・・・ん』
『なんだ』
『さかもとくんは・・・しあわ、せになっ・・て』
『俺だけ幸せになってどうすんだよ!お前も一緒に、』
『おれが、いた・・ら、あしでまとい・・に・・・』
『なるわけねぇだろ!今から出るからちょっと待ってろ!』
『・・・・・・うん・・・』








にへ、と笑って頷いた井ノ原を床に置き。
寝室へ行って手荷物を持つ。
荷物って言っても、ひとつだけ。
井ノ原のギターだけ。
町に来る度、楽しそうに弾いていた、それを。
俺は手にして部屋に戻った。







『井ノ原、行くぞ』







ギターを担ぎ、体を抱き上げながら言った。
返事はない。






『・・・・井ノ原?』







揺さぶってみても、頬を叩いてみても。
井ノ原はもう何も話さなかった。
さっきまで手を伝っていた血も出ていない。
力無く、重く下に向かって井ノ原の腕が垂れた。







『・・・・嘘だろ・・・?』








足が震えて、体中が冷たくなる。
嘘だ。
また前みたいに俺の反応を見て楽しんでるだけ。
死ぬはず無い。
だって契約したんだ。
契約者は俺と一緒に千年生きることになってんだ。
だから。







『・・・起きろ・・よ』







俺はもう一度強く井ノ原を揺さぶった。







『くだらねぇ冗談止めろよ・・・笑えねぇんだよ!!』







ほら。
前みたいに冗談だって笑えよ。
今なら許すから。
性質の悪い冗談だって、怒るだけにするから。
















『・・・っ井ノ原・・・っ!!』





















だけど。
何度名前を呼んでも。
井ノ原が目を覚ます事はなかった。




















出会って150年と4ヶ月。
俺は生まれて初めて涙をこぼした。














































































********************











































































「・・・俺は井ノ原に何もしてやれなかった」
アイツはずっと笑顔で。
ずっと俺の隣で一緒にいると言ってくれたのに。
俺は、アイツが死ぬのをただ見ていただけだった。
「・・・で?」
「え?」
「後悔して終わり?何もしないで自分の中で悩んで終了?」
「・・・・・・」
「ばっかじゃないの。そんなんじゃ井ノ原ってやつも浮かばれないね」
まだその辺飛んで坂本くんのこと悲しそうに見てんじゃない?と。
長野はフォークで巻いたパスタを口に運びながら、苛立つ口調で俺に言った。
もぐもぐと咀嚼して。
かちん、と音を立ててフォークを下に置く。
「ここのミートソースは完璧だけど、一緒にいる相手が悪いから不味い」
「おい・・・・」
「どうしてくれんの坂本くん」







頬を膨らませて俺を睨んでくる長野が。
俺の中の井ノ原とリンクする。
アイツもそんな風にして怒ったり笑ったりしてた。
吸血鬼だっつってんのに、全然気にもかけずに。
じわり、と胸が熱くなる。
心臓なんて動いてないのに。







「・・・俺に、何か出来ることはないのか」
「何が?」
「井ノ原が浮かばれるように、俺は何をすればいい?」
自分ではもう分からなかった。
死んで傍に行ってやることも、謝ることも出来ない。
根拠もなく長野なら知っているような気がした。
藁にも縋るような思いで尋ねる。
「・・・・まずはその辛気臭い顔止めて、ちょっとは笑ったら?」
笑えないわけじゃないんでしょ、と長野は再びフォークを手に取りそう言った。






笑う。
井ノ原といた時、確かに俺は笑っていた。
楽しくて仕方なくて。
そしてアイツもたくさん笑うから、釣られるようにして。
だけど。
今は酷く心に靄がかかっているようで、笑おうとすると逆に泣けてくる。







困っていると長野のため息が聞こえ。
かちゃかちゃという音と共に、俺の目の前にパスタを巻いたフォークが差し出される。
「はい、特別」
「・・・・・・俺は」
「吸血鬼だってご飯くらい食べられるでしょ?」
「・・・・・・」
「四の五の言わずに食え。美味しいから。俺が他の人に無償で何かをあげるなんて珍しいんだから受け取りな」
脅しめいた言葉で軽く開いた俺の口に。
長野はフォークを半ば無理矢理突っ込んできた。
もぐもぐ、と口を動かすと、甘いトマトの香りと肉の風味が広がる。
「・・・・・・美味い」
「当たり前。俺の行きつけだもん」
にっ、と笑ってまたパスタを巻きだす。
もうくれないのかな、なんて自然と思っている自分がいて。
余りの滑稽さに俺は自嘲的に息を漏らした。
長野はぱくり、とパスタを頬張り。
口の中のものを飲み込んで、一息つく。
「・・・井ノ原のために笑って、たまに泣いて。そんで精一杯生きてりゃいいんじゃない?」
「・・・・・」
「残された者に出来ることはそれくらいしかないんだよ」
ご馳走さま、と空っぽの皿を前に礼儀正しく手を合わせ。
長野は悲しそうな瞳で俺を見た。
「・・・お前も、誰か亡くしたのか」
「まぁね。俺の場合は血の繋がってない弟だけど」
「・・・そうか」
人を亡くした痛みを知っているやつの言葉は、酷く胸に響いた。
「さてと。俺はもう一軒行くから」
「まだ食うのかよ・・・」
「後二軒の予定ですが、何か?」
「・・・・・・」
立ち上がり、コートを身に纏いながらにっこりと微笑む。
何か?って食いすぎだこいつ。
ここまで元気なら、長野の弟はきっと浮かばれているんだろう。






「あ、そうそう。その井ノ原ってやつのお墓ってないの?」
「なんで?」
「興味あるだけなんだけど、悪い?」
「・・・・いや」
俺は首を振り、長野を見た。






井ノ原は太陽が綺麗に見えるところに埋めた。
大事にしていたギターと一緒に。
太陽がすきだ、と呟いていたから。
俺に出来るのはこのくらいだろうと、あらゆる手段を使ってこの場所を探し出した。
この町からはそう遠くない。
一日に一回、欠かさず会いに行くようにしている。






「坂本くんも案外律儀なとこあるんだね」
「・・・ほっとけよ」
「うん、そうするつもり」
にっこりと笑ってそう言うと。
長野は椅子をきちんと元に戻して店を出ようとした。
「・・・おい」
「なに?」
「また、会えるか?」
何故引きとめたかは分からないけれど。
気づいたら、俺は長野を呼び止めていた。
尋ねると、振り向いて微笑まれる。
「しばらくこの町にいようと思ってるから、大丈夫なんじゃない?」
じゃあね、と長野は店のドアを開けて出て行った。






一人残された俺は。
閉店時間ぎりぎりまで井ノ原のことを思い出しながら酒を飲もうと決めた。
不思議と、悲しみはどこかに消えていて。
頭に浮かぶのはただ、井ノ原の笑顔だけだった。


































































*********************









































































さくさく、と雪を踏みしめる。
行こうとしていた店は全部諦めた。
他に行きたい場所が出来たから。





どうして俺に言わなかったのだろう。
死の宣告をされたことも、もっと生きたいと思っていたことも。
ただ何も言わず、笑いながらギターを弾いて歌っていた。
血の繋がらない俺の弟。





町からかなり離れたところ。
坂本くんが言った場所に、小さな墓標が立っていた。
開けた視界に、海が広がる。
ああ、ここなら確かに陽が昇ってから沈むまでずっと太陽を見ていられるだろう。




























「・・・・快彦」







死んだ弟の名前を久しぶりに口にする。
呼ぶと泣いてしまいそうになるから。
さっき、坂本くんも同じような顔してたけど。
それが俺と重なって、放ってはおけなくなってしまった。
俺も大概お人よしだ。






わざわざ旧姓を名乗って。
坂本くんと一緒に生きることを決めた快彦。
どうして俺だとダメだったんだろう。
俺も坂本くんと同じように、吸血鬼なのに。





そう思ってたけど、冷静になると少し分かった気がした。
多分、坂本くんの孤独を快彦は埋めてあげたかったんだと思う。
あの悲壮な感じ。
捨て犬を拾ってあげるような、きっとそんな勢いで。

















だけど。







「・・・俺だって寂しかったよ、快彦」






俺が寂しくなかったのは、お前がいたから。
お前が隣で笑ってくれていたから、孤独なんて感じなかったんだ。
だから。
目の前から急に姿を消した時。
どうしようもなく涙があふれた。





寂しいから傍にいたいと言うのは、いつも快彦で。
けれど、本当に寂しかったのは俺。
坂本くんもきっと、同じなんだろう。








「150年、か」








吸血鬼にしてみれば短く、人間にしてみれば長い期間。
3ヶ月の命と言われて。
それだけ生きることが出来れば、きっと満足だろう。
これは俺の勝手な解釈だけど。








手に持った花が揺れる。
さっき、途中にあった花屋で買った、小さなひまわり。
時期外れだけど、快彦にぴったりの花だ。
それを備えて手を合わせる。









とりあえず、報告。
ようやく会えたことへの嬉しさと。
ほったらかしにされたことへの文句と。
そして。
快彦の大事な坂本くんと話したこと。
もしその場にいたら長野くんずるい!って言われそうだな。
死んじゃったそっちが悪いんでしょって言い返す気満々だけど。







それから。
坂本くんのことは心配しないでいいよ。
俺がきちんと面倒見るから。
一緒に美味しい店食べ歩きすれば元気になる、はず。
・・・それって、俺だけ?







「・・・・また来るよ、快彦」






会えて、よかった。








END

突発SSというかロングSSというか。
急に思いついてだーっと書き上げました。
補足としていくつか。
始めの方は坂本くんの回想で。
ずっと長野くんと一緒に話している設定。
長野くんと坂本くんは偶然町の食事処で出会いました。
話を聞いているうちに、長野くんがイノさんのことに気づく、という。
イノさんは長野くんの義弟であり、坂本くんのパートナー。
長野くんとイノさんのことを坂本くんは知りません。
この後知ることになるのですが、それはまた別の話ということで。
お付き合いいただきありがとうございました。
2006.11.26