ばこん、と。
突然鈍い音を立てて目の前の道がなくなった。
よく見てみればなくなったというよりは、でかい割れ目が出来ていただけなのだけれど。
まぁ、同じようなものだ。
歩きかけていた足を慌てて止める。
ぱら、と足元の石がつま先に当たって、割れ目の中に吸い込まれるようにして落ちていく。
いつまでたってもそれの地面に当たった音がしないことにぞくり、と背筋が凍った。
信じていた道だった。
可能性がどんどん低くなる中でも諦めないと心に誓ったはずの。
でもどこかで不安だった。
年齢、立場、周りの目、全てにおいて怯えていたのもまた事実で。
それがここに来て目に見えてしまった。
割れた道。
続く道は見えているけれど、とても飛べそうではない距離。
・・・・・・・潮時、ってやつか・・・?
諦めろ、と。
そう見せ付けられた気がした。
誰にかは分からないけど、これが現実なのだと。
きゅうん、と胸が締め付けられる。
高所恐怖症の俺には、終わりのない割れ目を前に動くことすらままならなかった。
どうする。
どうすればいい。
後ろを振り向けば自分が歩んだ道が見える。
ここで諦めることは今までの自分を全て否定することになるのだ。
好きだから続けてきた。
・・・・けれど。
『好き、だけじゃ続かねぇってことかよ・・・・!』
不意に途切れた道
馬鹿野郎、と。
誰に対してでもなくただ悔し紛れに上げた声。
それに自分で驚いて目が覚めた。
起き上がれば、見慣れた場所。
俺の家?
いや、違う。
ここは、
「や、起きた?」
聞き慣れた声にバッと振り向けば、にこやかな表情の男が立っていた。
そうだ、コイツの家だった。
手には3人分のマグカップ。
つかつかと近寄ってきて俺の前にそれを置く。
「・・・・・・・・長野」
「ずいぶん魘されてたけど、大丈夫?」
起き抜けに馬鹿野郎も凄いよね、と人事のように言う長野に、脱力。
「・・・・・・そういう時は起こしてくれよ」
「俺が起こしたってどうなるもんでもないでしょ」
言われて確かにそうだな、と納得する。
かたん、と俺の隣にもマグカップが置かれて。
誰かいるのだろうかと目をやれば、井ノ原が毛布に包まって丸くなって眠っていた。
ああ、そういやココで飲んでたんだっけ。
俺と井ノ原で押しかけてきて。
長野がつまみでもいいから何か作れって五月蝿いから料理して。
未成年だろって言葉も聞かずに井ノ原と飲んで。
・・・・・・・・・そっから記憶ねぇ。
とりあえず目の前に置かれたカップを手にとってごくりと中身を喉に通した。
ほんの少し、砂糖の入ったコーヒー。
見知った顔。
見知った場所。
それらに俺の心は落ち着きを取り戻しつつあった。
が。
「辞めるの?事務所」
井ノ原と俺の間に座って自然と長野が紡いだ言葉に再び鼓動が早くなる。
「・・・なんで」
知ってんだ、という後に続く言葉を飲み込む。
まるで夢の続きのようで。
うろたえる俺を前に、長野はため息をついた。
「呆れた。さっきよっちゃんと喧嘩したの、覚えてないの?」
「は?いつ??」
「30分くらい前。事務所辞めるって坂本くんが言って、そっからよっちゃんが怒ったの」
言って、長野は優しく井ノ原の髪を撫でた。
時折すん、と鼻を啜る音がして。
ちらりと髪の隙間から見えた顔には、涙の跡。
それを見て、全てを思い出した。
『アンタが辞めたらアンタを目標にしてた俺はどうすりゃいいんだよ?!坂本くん一緒にやろうって、頑張ろうって言ったじゃん!
年なんか関係ねぇって辞めてったやつとか周りとか全員見返してやろうぜって!あれは嘘だったのかよ?!俺に言ったあれは嘘だったのかっつってんだ何とか言えよこの野郎っっ!!』
血気盛んな弟分は言いたいことを捲し立てて、掴みかかってきた。
泣き出しそうな顔で、俺を真っ直ぐ見据えて。
言っている言葉はまるっきり子供のような説得力のないものだったけれど。
必死に俺を引きとめようとしていた。
「・・・ちっちゃいのに、頑張ってんだよ」
「・・・・・・」
「坂本くんを必死に追いかけて追いかけて、転んでもすがり付いてきていつでも一緒で」
「・・・・・・」
「そんなよっちゃん置いてどこ行くの、坂本くん」
「・・・・・・・・・就職する」
「何か当てでもあるの?」
「ねぇよ。何でもいいからとにかく働いて、自立する」
「自立して、どうするの」
「普通のサラリーマン生活を送る」
「・・・それはダンスも歌も何もかも捨ててまでしなきゃいけないことなの?」
「仕方ねぇだろうが!捨てなきゃ生きていけねぇんだよ!!」
ガンと音を立ててマグカップを机に叩きつける。
中の茶色い液体がテーブルに広がったのを見て、長野はあーあ、と小さく呟いた後端にあった布巾でそれを拭いた。
「・・・坂本くんがそう思ってるのならそうなのかもね」
長野がぽつり、と漏らした言葉は。
多分、俺が望んでいて、でも望んでいなかったもの。
どこかで肯定を求めていて。
でも、どこかで否定して欲しかった。
そんな矛盾の中での、一言。
「最後に決めるのは俺でもよっちゃんでもない。坂本くんだよ」
追い討ちをかけて突き放すようなそれに、俺はただ頷いた。
他人の所為にする気はない。
全て俺の所為だ。
俺の責任で進む道を決める。
だから。
就職するとしても、留まるとしても、それは自分で決めなければいけない。
「・・・・でも、これだけは覚えておいて」
「?」
「俺たちは、ここにいるからね」
言って長野は立ち上がり、井ノ原を揺らした。
寝ぼけ眼の井ノ原はしぱしぱと瞬きを繰り返して、長野にしがみ付く。
この中に俺がいるのが普通。
普段の情景なのだけど。
そこから俺が消えたとしても、多分何も変わらないんだろう。
目を閉じ、深呼吸。
「・・・・・・長野ぉ」
「ん?」
「井ノ原、頼むな」
お前がいるから大丈夫だ。
長野が一緒にいてくれるから、井ノ原は一人じゃない。
口にしたその言葉に、長野は曖昧な表情を浮かべて俺を見、頷いた。
「・・・・・い、おーい、坂本くーん」
「・・・・・んぁ・・・?」
揺さぶられて、目を開く。
ぼやけた視界に映ったのは、長野。
ちょっと、大人びて、る・・・って、アレ?
「ちょっとおじいちゃん、しっかりしてよ!なに寝てんのさー!」
長野の背中からひょこんとからかうような顔を見せたのは井ノ原で。
いつの間にでかくなったんだ、コイツ。
二人のことを不思議そうに見つめていたためか、井ノ原の眉が困ったように曲がった。
「な、長野くーん!坂本くんが何か変だよー!」
「まだ夢から覚醒してないんじゃないの?」
言うなり長野はにっこり笑って。
バシッ
「・・・・・・・・・・・・・痛ぇ」
飛んできた平手に叩かれた頬を押さえつつ、涙目で訴えると。
「本番10分前。しっかりしてよねリーダー」
と悪びれもなく微笑まれ、やっと頭が回転してくる。
あー・・・・あれも夢・・・か・・・?
で、こっちは夢じゃねぇ。
だって、頬が痛い。
「長野ぉ」
「何?」
「井ノ原ぁ」
「何よ?」
「・・・・・・うわー、よかったぁ」
安堵してへた、とテーブルに伏せれば。
二人は目を見開いて顔を合わせた。
「・・・ねぇ、長野くん救急車呼んだ方がいいんじゃないのこれ」
「どうせ夢と現実がごっちゃごちゃになってんでしょ」
「怖い夢見てたの?坂本くん」
尋ねる井ノ原に、俺は反射的にこくんと首を縦に振って見せる。
まぁ、夢って言うよりは過去、なんだけど。
「よかったねぇ、こっちが現実で」
デビューしててリーダーで皆から愛されてるんだから、とにこにこする長野。
再び首を縦に振る俺。
「面白ぇー!坂本くんが子供みたいっ!」
ぎゅむっと抱きついてくる井ノ原。
く、苦しい苦しい。
『俺たちは、ここにいるからね』
不意に、夢の中の長野の言葉が蘇る。
あの後長野も事務所を出て。
井ノ原だけが取り残されてしまった状態になって。
それでも、一人になっても必死に頑張っていた5歳下の少年。
久々に顔を合わせた時にはおちびちゃんと呼ばれていた頃の面影はほとんど消えていた。
俺に近い身長と、腕の上がったダンスを備え。
だけど、人懐っこい笑みと甘えん坊なところは変わらずに。
勝手に出て行った俺を叱咤しながらも、出迎えてくれた。
途切れた道の、向こう側で。
「ほらほら、行くよー二人とも!」
「はーい!行こうよ、坂本くんっ!!」
ぐいぐい引っ張られる腕。
細い目が俺を見て、余計細くなっている。
この笑顔が好きだった。
今も、そしてこれからも。
「・・・いっちょかましてやりますかね」
言ってよっこいしょ、と腰を浮かせば。
おじいちゃん足元気をつけて!と長野に言われる。
お前も俺と一つしか違わないくせに、と呟いてみると井ノ原が笑う。
長野の言葉と井ノ原の頑張りが、俺をココに引き戻した。
お前らがいたから戻って来れたんだよ。
さんきゅー、な。
そう、心の中でそっと二人に向けて感謝の意を。
口に出しては言わない。
今更だし、何より恥ずかしいから。
END
>事務所を出た坂本くんの心情を書いたことなかったなぁ、と。絶対現実の設定素無視してます、すみません。
坂本くんを叩く長野くんが書きたかったなんてそんなこと言いません(言ってるよ)
2007.1.8