思えば。
こんな暑い中、真っ黒なスーツを身に纏って。
汗を拭い手をかざして陽の光から逃れようとする姿は、ハッキリ言って変だった。
馬鹿じゃないの?と言った俺に、坂本くんは至極恨めしそうな視線を向ける。





「こうでもしねぇと、生きていけねぇんだよ」
「俺は生きてるよ」
「お前が生きてるのは俺のおかげなの」





違うか?と尋ねられて、俺はひとしきりキョトキョトして見せてから、まぁね、とだけ返した。
































キャスト・アウェイ










































坂本くんは二年前、路頭に迷っていた俺を拾ってくれた。
その頃の俺は、まぁ色々とゴタゴタあった所為か、もう廃人同然で。
この世界に存在するもの全てに絶望してた。
俺なんて生きてても仕方ないのだし、死んでしまえばいいと。
坂本くんはそんな風に投げやりになっていた俺の頭を叩き、背中も叩き、ほっぺまで叩き、首根っこを掴んでこのアパートに引きずり込んでくれたのだ。
どうして他人の俺にそこまで入れ込むのか、理解が出来なかったんだけど。
坂本くんは、自分の満足の為だから気にするな、って言っただけだった。





それから。
食べることを拒否してガリガリになっていた俺に、黄色のオムライスを作ってくれたり。
死にたい、と訴えた俺に馬鹿野郎って本気で怒ってくれたり。
とってもくだらない俺の話を真剣に聞いてくれたり。
お前の笑顔ってなんか和むな、なんて笑って言ってくれたり。
何だか、すっげぇ単純で、当たり前のことばっかりの生活ではあったんだけど。
その中で少しずつ、トゲトゲしていた俺の心が丸くなっていって。
拾われてから半年くらいで、俺はバイトを始めた。
と言っても、坂本くんの知り合いがやってるっていうお店の手伝いなんだけど。
昔のお前から見たらすげー進歩だな、って言って、坂本くんは俺の頭をぐしゃぐしゃにした。
それが、乱暴だったんだけど嬉しくて、俺はもっともっと頑張ろうって、そう思ったんだ。












































一年が過ぎたある日、坂本くんがグッタリした様子で家に戻ってきた。
夏の半ばで、気温の上がり具合が半端なかったから、夏バテしたのかな。
バイトが休みだった俺は、おかえり、と言って、坂本くんのカバンを持ってあげた。
でも、坂本くんはただいまも言わずに、冷蔵庫を開けてビールを取り出すと、一気に缶の中身を流し込み。
飲み干した後の空の缶をぐしゃりと握りつぶして、ビールが飲みたい、とぽつり、と呟いた。
今飲んだのにまだ飲みたいんだ、と俺は一人思って冷蔵庫を開ける。
でも、ビールはさっきのが最後だったみたいで、他にアルコールは無かった。





冷蔵庫を閉めて、俺は家の傍のコンビニに足を向けた。
バイトの給料が今日入って、懐はあったかい。
いつもお世話になってることだし、坂本くんにビールを買ってあげよう。
ついでに、俺はアイスを買おう。
そう思って、コンビニの一角にある、坂本くんがいつも飲んでるビールの棚を空っぽにした。
カゴが酷く重くなったけど、自分の分のアイスも放り込んで。













レジで言われた金額は俺のバイト代の半分以上を持っていってしまった。
3つ分になったレジ袋を懸命に持ち上げ家に戻ると、坂本くんが目を丸くして俺を迎えてくれた。





「お前なんでそんなに買い込んでんだよ」
「だって、坂本くんが飲みたいって言ったから」





俺の言葉に、坂本くんは何かを言いかけて、飲み込む。
そして、俺の頭を乱暴に掻き混ぜて、レジ袋を二つ持ってくれた。





「よくわかったな、俺の好きなビール」
「いつも見てるからね」
「・・・そっか、そうだよなぁ」





いっつも一緒だもんな、と言いながら、坂本くんは座ってビールのプルタブを開ける。
その横に腰を下ろし、俺はアイスの包装をビリビリ破いた。
ソーダ味のアイスが舌の上を冷やし、喉の奥に滑り落ちていく。





















































「今日、同期をリストラしたんだ」









不意に呟くように、坂本くんが言葉を紡いだ。
俺はアイスに夢中になりながらも、そう、と相槌を打つ。
ちらり、と視線をやると、坂本くんは感情の無い表情をしていて、ちょっと怖かった。





「しなきゃ俺がされてた。自分の身を守るために、俺は親友を切ったんだ」





坂本くんの声が微かに震えていて、俺はアイスを食べるのを止めた。
棒の部分を持ったまま、坂本くんの傍に近寄り、顔を覗きこむ。
泣き出しそうな目と俺のそれが合い、逸らされることも逸らすことも無く見詰め合う。
俺は、どうしたらいいのか分からなかった。
この一年間、坂本くんが弱音を吐いたことなんてあんまり無かったから。
俺は少し考えてから、アイスを持ってない方の手で、坂本くんの頭を撫でてみた。





「・・・井ノ原」
「俺、大人の事情なんてわかんないけど」
「うん」
「俺がその親友だったら、仕方ないなって思うよ」





坂本くんに要らないって言われるなら、仕方ないと思う。
だって、その人は本当に要らなくなったんだから。
要らなくなった人に要らないって言うことの、何が悪いんだろう。
俺には坂本くんが落ち込んでいるわけが、分からなかった。
要らなくなったら、捨てられる。
この世界ではそれが普通のルール。
捨てる側になるか、捨てられる側になるか、二つに一つで。
坂本くんは捨てる側になった、それだけだ。





「仕方ないんだから、坂本くんが傷つくこと無いよ」
「・・・・・・」





俺の言葉は坂本くんの心には届かなかったみたい。
だから、にひっと笑って見せた。
別に笑える要素なんて一つも見当たらなかったけど、坂本くんが好きって言ってくれた笑顔だから。
馬鹿みたいに笑って、変な顔もオマケして。
それでも、坂本くんは全然笑ってはくれなくて。
困っていたら、べちょ、と何かが落ちた。
目をやると、さっきまで食べていたアイスが床で液体になっていて。
悔しくてあーって言ったら、その顔を見た坂本くんが少し笑った。
馬鹿だなお前って、言いながら段々笑みを深くしていく。
チャンスだとばかりに変な顔をすると、ぶはっと吹き出した。
よかった、坂本くん笑った。






































































そして、俺が拾われてから二年目。
真っ昼間に、疲れた顔をした坂本くんが帰って来た。
いつもは夕方に帰って来るのにどうしたんだろう。
首を傾げている俺に、坂本くんは苦笑いを返してくる。





「井ノ原」
「なに?」
「俺、リストラされた」





はは、と乾いた笑い声を上げながら、坂本くんは冷蔵庫のドアを開け、ビールを取り出した。
昼間っからビールかよ、と言うと、今日は特別だと返された。
絞めていたネクタイを緩め、シャツのボタンを外す。
床に腰を下ろして、一気にビールを呷る。
ぷはーっと、坂本くんはとても親父臭い息継ぎをして、床に転がった。





「今度は俺が要らなくなったんだ」





親友切ってから一年しか持ってねぇよ、と言いながら坂本くんはけらけら笑う。
どっかネジがぶっ飛んじゃってるみたい。
心配になって近寄ると、目が合ってふっと笑われた。





「井ノ原は、俺を捨てるか?」
「なんで?」
「仕事無くなって、何にも手につかねぇ俺なんて、要らないだろ?」





急に向けられた坂本くんからの質問。
仕事も無い、何も手につかない坂本くんなんて、今まで一回も見たことないから分かんない。
けど、要らないなんて思わない確信はあった。
だから、すぐさま首を大きく横に振る。




「ありえないよ」
「なんで?」
「坂本くんが俺を捨てるなら分かるけど、俺が坂本くんを捨てるなんて、ありえない」
「ありえるだろ。俺が親友を切ったように、お前が俺を捨てるんだよ」
「捨てないよ」
「どうしてそう言えるんだ?」
「だって、坂本くんは俺の世界で唯一、信じられる人だもん」





全てに絶望していた俺に、希望をくれた。
死を望む俺に、生きることを教えてくれた。
ウザがってた時期もあるけど、懲りずに伸ばされた手が、俺はとっても嬉しかったんだ。





「俺を生かした責任、取ってもらうまでは捨てないよ」





我ながら変な理屈をこねくり回したなぁ、と思う。
けど、坂本くんはそれを何となく理解してくれたみたいで。
なんだよそれ、とか言いながら、少し涙ぐんでいた。













































その次の日から、坂本くんは昔の俺みたいに廃人のようになった。
だから俺は、昔彼が俺に向けてしてくれたように、色んなことをやってあげることにした。
彼の頭や背中やほっぺを叩いて、こっちの世界に戻っておいでと叫んだり。
坂本くんみたいに上手にオムライスは作れないけど。
チキンライスはべちょべちょで、卵は半熟よりもちょっと固くなったけど。
そんな、不恰好なオムライスを差し出して、食べるよう促す。
坂本くんが死にたいって言ったら、たくさん怒ったし。
酔いが回った時にだけだけど、たまーに話してくれる昔話を、馬鹿がつくほど真面目に聞いてあげた。









・・・いつか。
いつか坂本くんも、俺みたいに生きようと思ってくれるんだろうか。
トゲトゲになった心が丸くなって、このままじゃ駄目だって、思える日が来るんだろうか。
まぁ、来なかったとしても、俺が面倒みるけどね。
そんなことを、自分の中で勝手に思ってみたりして。
あの頃の坂本くんも同じことを思っていたのかな、なんて想像して。
俺はまるで坂本くんになったような気持ちになって、何処か嬉しく思い笑うのだった。






END
イノまぁ祭りが終了したのでサイトに持ってきました。
今回はものすごーく依存させようっていうかお互い依存してるお話が書きてー!といった勢いで(笑)
もっとガッチガチに依存させてる話が書きたかったのですが、個人的力量ではこれが限界でした。
また来年もイノまぁ祭りが開催されるといいなぁ、なんてほんわか思います。
お祭りお疲れ様でしたー!


2008.8.11