兄ぃと出会ったのは、忘れもしない。
俺が初めて仕事でしくじった日だった。
僕の台所事情
あれは俺が10歳の頃。
ターゲットの人数が少なかったため、組織に入ってようやく2年目に突入しようかという俺に仕事が回ってきて。
やっと一人前として見てもらえたことが嬉しかった俺は、用心してもう一人位連れて行け、というリーダーの意見を素無視して一人で突っ込んだ。
途中までは良かったんだけど。
援軍を呼ばれた時には、俺の不利は確実で。
だって当初4人のターゲットが100人近くまで増えて。
しかも俺たちみたいな暗殺家業を主とする奴らがゴロゴロいたんだから、仕方ないっしょ?
まぁそんなこと関係ないんだけど。
仕事が出来るか出来ないか、それだけが重要な世界だから。
「・・・・・・っう・・・」
乱暴に牢に放り込まれ、床に身体を強かに打ちつける。
殴られた身体中が一斉に悲鳴を上げた。
ガチャリと鍵のかけられた音。
さすがにそれを忘れる馬鹿はいないってか。
捕らえられて、手足を縛られた挙句酷く殴られて。
お前を動かしてる黒幕は誰だと問われ続けた。
初日は何とか堪えきったのだけど。
二日目にして俺の心は身体の痛みと精神的苦痛によって緩んでいた。
・・・言ってしまおうか、と。
話してしまえば楽になるし、これ以上痛い思いをしなくて済む。
そう、脳裏を掠めた時。
にょきっと天井から誰かが飛び出してきた。
ビックリして叫ぼうと思ったけれど、猿轡をはめられていたため小さな唸り声しか出なかった。
殺し屋に似つかわしくない黒いタンクトップ姿に筋肉隆々の腕。
そのくせ、長い睫毛と綺麗な顔立ちをしている。
戦いの場がこれほど似合わない人がいただろうか、と思ってしまった。
暗闇よりも、日のあたる場所が似合う人だったから。
音もなく床に降り立った男は、ぽりぽりと頭を掻いた後。
「お前がマサヒロか?」
と、俺に向かって尋ねてきたから、素直に首を縦に振ると。
「こんな馬鹿助けろなんてシゲもどうにかしちゃったのかねぇ」
なんて、呆れたような口振りでそんな不躾なことをのたまった。
何だと?!
うーうーと唸りながら抗議の視線を送れば、バシッと思いっきり頬を殴られる。
じわり、とそこが熱ぼったくなった。
「テメェの小せぇプライドの所為でこっちは迷惑被ってんの。緩んだ目ぇしやがって、次の拷問で全部吐く気だったろ」
「・・・・・・!!」
どうして分かんだよ。
俺は一言も喋ってないっていうのに。
目。
目だけ見て悟ったっていうのか、俺の心情を。
なんだよコイツ。
一度も会ったことないのに、どうして。
ぶち、と音を立てて俺の手足のロープが切れる。
どうやらこの男が手持ちのナイフで切ってくれたらしい。
空いた手で自力で猿轡を外して一息つく。
お礼の一つでもと思ったけど、殴られたことを思い出して睨みつけた。
「鼻っ柱の強ぇヤツだなぁ。礼くらい言えよ」
「嫌だね。誰だよアンタ」
「礼儀のなってねぇガキに教えるほど安かねぇ。名乗るなら自分から名乗るってのが礼儀だ」
「んな礼儀知らねぇよ!」
食って掛かれば返ってきたのは溜め息で。
男は面倒くさそうに頭をガシガシと掻くと。
「助けてやるがもうあの組織には戻んな。お前みたいな腑抜け、いらねぇよ」
そう言って俺に背を向けた。
その背中に向かって何か言ってやろうと口を開けば。
くるんと振り向かれて、怖気づく。
彼は確実に殺気の混じる仕事の目になっていた。
「ま、とりあえず死にたくなかったらここから動くんじゃねぇぞ」
にぃ、と口元だけの綺麗な笑み。
これから自分がすることがさも楽しみで仕方ないというその様子に。
俺は釘付けになると同時に身震いした。
勝負はあっという間についた。
多分10分もかからなかったと思う。
力任せに相手を薙ぎ倒していく姿は俺の目に深く焼きついた。
凄ぇ。
この人、凄ぇ。
動くなと言われなくても圧倒されて動けなかった。
俺がいたら邪魔になる。
いくら馬鹿でもそれくらい、わかったから。
最後の一人を軽々と沈め、身体中に吹きかかった血を腕で拭ってたから、ポケットから手拭いを取り出して彼に向かって投げた。
俺の片腕は脱臼していたらしく動かないことと、走る激痛に今頃気づく。
そのくらい、彼を見ることに集中していた。
呆然と見ている俺に気づいたのか、顔を拭きながらこっちに戻ってくる。
「無事か」
「・・・・・・うん」
「そうか」
頷いた俺を見て、満足そうに笑う。
もう無茶するんじゃねぇぞって、言っているように聞こえて。
胸がじわりと熱くなる。
自分が一番だと豪語していた俺。
それが、彼の前に出るとこんなにも小さくなる。
彼には敵わねぇと、思わざるを得なかった。
「・・・・・・松岡、昌宏」
「?」
「俺の、名前!・・・っアンタの名前が知りたいんだ!」
教えてくれ、と言って頭を下げれば、わしわしと頭を撫でられる。
見上げれば返ってくる笑み。
「俺は山口達也」
よろしくな、と手をさし伸ばされ、素早くそれを自由の利く片手で掴めば、笑われた。
「相手を認めたら意外に素直になるんだなーお前は」
「・・・・・・悪ぃかよー・・・」
「別に悪いなんて言ってねぇだろー?」
けらけらと笑われて、憮然としてしまう。
なんだよ。
ガキ扱いかよ。
まぁ、確かにそっちの方が年上だけどさ。
そうぶつぶつ呟いていたら、不意に。
「・・・・・・アヒル」
と言われてはぁ?と聞き返せば、けらけらと笑い出した。
「なによー」
「いや、シゲの言うことは意外に的を得てたんだなぁと思ってな」
「シゲって・・・・・・」
「お前んとこのリーダー。お前を助けろっつった張本人だよ」
『どこかの誰かさんみたくまだ小さいのに無茶しよるやつでなぁ。無理矢理にでも援軍付けたらなかった僕の責任や』
『で、休み中の俺を呼び出したと』
『そういうことになるなぁ』
『・・・・・・そういう人だよねぇアンタは。で?俺は何やればいいの?』
『昌宏の救出に決まっとるがな』
『あぁ・・・どんなやつ?』
『せやなぁ・・・アヒル口の可愛い子やねん。二重がぱっちりでくりんっとした目ぇしててなー』
『おい、惚気話をしろと誰が言った。写真とかねぇのか?』
『ない』
『何でだよっ』
『僕と写真撮るかー言うたらいっつも照れて逃げてまうんやもん』
『誰もシゲさんとのツーショットを望んでるわけじゃねぇんだっつの!』
『痛いがなー』
『ああもう面倒くせー!アヒル口の目がくりんくりんのヤツだな!』
『おん。頼むでー』
こと細かく説明をしてくれた内容を耳にして。
「だっ、誰がアヒルだー!」
「お前だ」
突っ込んでみれば速攻で指を指された。
「即答すんなっ!ええと・・・・・・山口さんっ!」
「変な突っ込みだなぁ」
敬語で突っ込まれてもさして面白くねぇ、と言う彼の言葉でハッと気づく。
「あ。俺、アンタのこと何て呼べばいい?山口さん?達也さん?」
「あぁ?・・・別に気にしねぇから何とでも呼べよ」
意外と面倒くさがりらしい。
考えるよりも行動する性質か・・・って俺と一緒じゃん。
何とでも呼べ、という言葉に甘えて、何て呼ぶかを考える。
考えて、すぐに浮かんだ。
「じゃあ、兄ぃで!」
「・・・・・・はぁ?」
鳩が豆鉄砲食らったような顔で兄ぃは声を上げた。
しかし、んなもん気にする俺じゃない。
「アンタにピッタリ!頼り甲斐あるし、年上だし!ね?」
「やー・・・俺はお前の兄貴じゃねぇんだけど・・・」
「いいじゃん!あーよかったー俺兄貴欲しかったんだよねー」
兄ぃの否定を無視して勝手に納得して決定すれば、苦笑した顔。
でも否定されてないってことは、いいってことだよな?
「・・・弟、ねぇ」
がしがしと頭を掻き、まぁいいや、と呟く兄ぃ。
「帰るぞ、松岡ぁ」
「うんっ!」
ひょい、と俺を背中に乗せて、物凄い速さで走り出した。
その背中は、広くて温かかった。
それからというものの、俺はいつも兄ぃと一緒にいた。
よくあの人に近づけたなぁと言われて、首を傾げる。
近づけたっていうか、俺が無理矢理近づいてるっていうか。
噂によると兄ぃは凶悪な殺人鬼らしい。
敵味方問わず笑顔で瞬殺するんだとかなんとか。
笑顔で瞬殺は当たってるけど、その前は間違ってるよなー。
だってそんなんじゃ俺今ここにいないし。
とにかく怖い人で、リーダー以外の他人を寄せ付けないらしい。
そんな風には見えないけど。
噂の兄ぃが近寄ってくるのは常に飯時。
暗殺家業では頼りになる兄ぃではあったのだけれど、生活的に見れば目が離せないこと請け合いだったのだ。
まるでリーダーと同じように。
「松岡ぁ、腹減った!飯まだかー?」
「うわっ!どこから来たのよ兄ぃ!!」
「天井から」
「んな根本的なこと聞いてんじゃないのっあーもういいから飯もうちょっとだからとりあえず風呂入って来てよ!血まみれで俺の飯食わないで怖いから!」
「えぇー・・・もう面倒臭ぇなぁ」
ぶつぶつ言いながら浴室に消えていく兄ぃ。
入れ替わってリーダーが現れ、すとんとテーブルに着席する。
すっとお茶を出せばほわんと微笑む。
「おおきに、昌宏」
「いーえ。兄ぃ帰ってきたよ」
「そうかぁ。で、今どこや?」
「風呂行かせてる。面倒臭がってたけど上がった後ビールでも出せば機嫌直るでしょ」
準備をしながらそう言えば、リーダーは無言で俺を見つめてきた。
酷く温い視線。
「・・・・・・なによ」
「いやぁ、昌宏は既に山口マスターやなぁと思てなぁ」
「なによそれ」
「アイツ機嫌悪ぅなると僕でも抑えられへんのよ。でも昌宏なら上手ぁく宥められんのやなぁって」
ちょっと妬けるわぁなんて言ってきたからビックリする。
どっちかと言えばリーダーの方が兄ぃに絶対的信頼を得てるから羨ましいんだけど。
「んなことないっしょ。兄ぃ意外と単純よ?」
「誰が単純だってー?」
半目状態で耳の早い風呂上りの兄ぃが戻ってきてそう言った。
すかさず冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出す。
「はいはいはい。アンタはもういつもいつもカラスの行水だねぇ。ほらビール」
「おーさんきゅー」
急に機嫌が良くなってカシュ、とプルタブを引いた。
ごくごくと喉を鳴らして飲む兄ぃの髪からぽたぽたと落ちる雫が目に入る。
「頭ちゃんと拭かないと風邪引くって!」
「はいはいー、わかってますよー」
「分かってるなら拭いて!あともうすぐご飯なんだからビールでお腹一杯にしちゃダメだからね!」
「ういーっす」
適当な返事だったけど、兄ぃが風邪引くわけないか、と思い直してキッチンに戻る。
暗殺家業から調理担当へ。
殺し屋の仕事を捨てたわけじゃないけど、いつしか俺はリーダーと兄ぃの専属料理人になってしまい。
彼らのご飯を用意するために、殺し屋の仕事が思いっきり減ってしまった。
でも給料は変わらないし、料理をするのが好きだったし。
それに、喜ぶ二人の顔を見るのが何よりも嬉しかったから。
時折リーダーの雑用手伝い兼ボディガードを勤めながらも、俺は案外素直にこの位置に甘んじている。
兄ぃがいなくなってからも、ずっと。
彼がいなくなったのは突然のことだった。
俺が作った炒飯を綺麗に平らげていつものようにここを出て行った。
そんで、そのまま。
いつも帰ってくる時間になっても。
次の日も、そのまた次の日も。
兄ぃは姿を見せなかった。
リーダーに聞いても知らないなぁ、と首を傾げるだけで。
でも、あの人が仕事で失敗したなんて思えなくて。
俺は根気強く3人分の料理を作り続けた。
1人分は手をつけられずに無駄になってしまうんだけど、それでも。
「山口、来ぃへんなぁ・・・」
「んー・・・」
「寂しいなぁ・・・」
「んー・・・」
「昌宏ぉ」
「んー・・・」
「そんなにニンニク剥いてどうすんねん」
「・・・・・・あ」
リーダーに突っ込まれてハッと自分のしていたことを思い出す。
カレーを作るためにニンニクを剥いてたんだけど。
手元にあるもの全部の皮を剥いでいたらしい。
うわ。
慌ててそれをビニール袋にまとめていたら。
「山口は帰ってくるよ」
と。
不意に、リーダーが俺に向かってそう言った。
俺の不安を一掃してくれる、自信をくれるその言葉に頷く。
「・・・知ってる」
「やから、んな顔すんなや」
「・・・・・・うん」
頭に伸びてきたその手に、泣きそうになるのをぐっと堪えた。
出て行く間際に兄ぃがシゲをよろしくな、と言ったから任せてよ、と頷いた。
いつものやりとり。
それが、あの人と俺の約束。
約束っていう言葉はどこにも存在しなかったけれど、これは約束なのだと勝手に決めた。
そうしないと兄ぃと俺を繋ぐものが何一つなくなってしまうから。
俺はあの人の笑顔は知っていたけど。
彼は何者で、どこにいるのかなんて全く知らなかったから。
そして兄ぃを忘れないためにも、約束は必要なのだと勝手に思ってた。
・・・・・・けど。
「松岡ーーーーぁ!飯!!」
「はぁいはぁい!わぁかってるから静かに座って兄ぃ!!リーダーも一緒に暴れないの!!」
「やって、楽しそうなんやもーん」
「おーう楽しいぞーシゲー」
「アンタも煽らないの!静かにしないと飯抜きにするよ!!」
「「へーい」」
・・・・・・あんな風に普通に帰ってくるとは思っても見なかったけどね。
寂しがり損だっつーの。
当の本人は何一つ変わらずにけらけら笑ってるし。
リーダーもリーダーで普通だし。
変に心配して落ち込んでたのは俺だけかよ。
だけど。
今まで手の付けられなかった皿が今日も空っぽになる。
そのことがとっても、何においてもとっても嬉しかったりする俺がいるのだった。
おかえり兄ぃ。
何してたのとかどこ行ってたのとか、聞きたいことは山ほどあるけど。
とりあえず、おかえり。
END
これは な ん な ん で し ょ う か ね ・ ・ ・ !(知るか)
ウチの松岡くんは兄ぃが好きで好きで仕方ないようです。
戻ってこないのを分かっていても敢えて食事の用意をしちゃうなんて、どんだけ健気な性格なんだー!わー!(照)
というか、ウチのはもはや世話焼き女房にしか見えなくなってきたなマボやんよ・・・!
この二人の出会いはきっと好印象じゃないよなぁという妄想から始まりましたが。
イメージ的に、山口くんは叱る時はきちんと叱って、でもそれをちゃんとこなせた時には偉いぞ、と笑ってくれる度量の持ち主だと思ってます。
東京のツートップとマボやんの兄弟っぽい感じが大好きなだけなんですけどね!!(趣味かよ!)
こんなものでよければ受け取ってくださいませ。クロマさま、リクエストありがとうございましたー!
2007.3.10