笑わすことは案外難しい



カウンセラーの仕事を始めたのは、本当に偶然で。
学校の専門科目ではなかったのだけどとりあえず取れる資格で、勉強していくうちに意外と自分に向いているのかもしれないと、そう思って続けていた。
人の心は読めないと言うけれど、何度も顔を合わせて話をしていくことで読めることも出てくる。
その時、どうしてわかったの?!という相手のビックリした顔を見るのが俺の楽しみの一つだった。



けれど。
患者を受け持って初めて思い知ったことがある。
人を驚かすのは割かし簡単だけれど、人を笑わすことは案外難しいということを。
それを教えてくれた彼は俺の患者第一号で。
初めて与えられた担当患者に一矢報いてやろうと俺は張り切っていたのだが。



「こんにちは」



第一印象は全く問題のない、普通の人だった。
ちょっと顔が怖くて、だけど病院が怖いのかきょろきょろと落ち着きのない子どものような人。
名前を坂本昌行と言った。
年齢は俺の一つ上。



「今日はどうされましたかー?」
「いや、どこも悪くなくて。ただ友達にここを勧められて受診しに来たんですけど」
「あ、そっか」
「そっかって・・・アンタ医者でしょ?」
「アンタとか言わないでよ。俺には長野博っていう名前がちゃんとあるんだから」
「じゃあ、長野」
「呼び捨てかよっ」
「だって俺の方が年上なんだろ?」
「まぁそうだけど・・・」



・・・・という感じで彼との初対面は30分という長いんだか短いんだかわからない速さで終わりを告げた。



どこも異常なさそうなのにな、と首を傾げながら俺は彼の過去が書かれた書類を手に取った。
彼の友人だという城島先生(彼を受け持っていた前の病院の先生らしい)の手書きの文章に目を通していくと、彼が病院に通わなければいけない理由がハッキリとわかる。
話していた時はあまり気にならなかったのだけど、坂本くんは一度も笑ってはいなかった。
彼の感情は喜怒哀楽の喜が欠けている。
欠けている感情を取り戻すには何をしたらいいのか、そんなことはテキストにも文献にもどこにも書いてなくて俺は途方に暮れた。



どうしよう。
そう考え込んでいたのは彼と次に会うまでの2週間。
その間に俺は前の担当医である城島先生に話を聞きに行ったり(気さくな人ですぐに打ち解けてしまった)、ありとあらゆる先輩医師に助言を求めるため走り回ったりしたけれど答えは出ず。
最終的に俺が出した答えは『彼と友達になること』だった。
カウンセラーと患者としてやっていくだけではきっと彼の感情は取り戻せない。
それならば友達として、もっと深いところまで関わっていければ糸口がつかめそうな、そんな気がして。
とりあえずメール交換を申し出てみると案外あっさりとOKを貰ってビックリした。


「いいの?」
「おぅ」
「二回しか会ってないのに?」
「そうなんだけど。お前とは何か長い付き合いになりそうだなぁって思うからさ」


坂本くんはぽつりとそう言った。
ぶっきら棒なその態度に他の人は多分苛立ったりするんだろうなと思う。
けど、俺は逆だった。
そんな様子を見て、何故か彼が笑った顔をとてつもなく見てみたくなってしまったのだ。
きっといい笑顔なんだろうなと思っていたら。
なに長野変な顔してんだよ、と困ったように言われてしまって逆に俺が困ってしまった。



彼が笑う日は来るのだろうか。
そんな不安と。
絶対俺が一番先に笑わせてやる。
そんな挑戦心が俺を何かに向かって駆り立てていた。


>存在価値理論のヒロスさんとサカさんの出会い編。