お前がいる



空を仰ぎ目を閉じてすぅ、と息を吸い込む。
久々に嗅ぐ、外の匂い。
もう二度とあんなことするなよ、と見知った顔の警官が俺の背中を叩く。
しねぇよ、もう。
っていうかどうしようもなくて気づいたらって感じだったし。
・・・・なんて、言っても誰も信じてくれなかったけど。


刑務所にぶち込まれて4年。
俺自身、見掛けは変わったけど中身は全然変わってない。
あの時の夢に魘されることはあったけど、4年という歳月が少しずつ俺の傷を癒してくれていったような気がする。
でも、4年前の事件をきっかけに俺は全てを失った。
家族も、友達も、自分の居場所さえも。
人の目が怖いとあれほど思ったことは無い。
昨日まで一緒に笑っていた友達が俺のことを冷たい目で見るのだ。
俺の本心も、置かれていた状況も知らないで。



泣き出しそうになりそうな自分を叱咤する。
誰も信じないって決めたじゃねぇか。
こうやって傷つくのは必要以上に人と関わったからだ。
だから、もう誰にも頼らないで誰にも心を見せないで上辺だけの付き合いだけをしていけばいい。
そしたらもう、傷つかなくて済むから。




目を開けて、前を見ると。
門の前で誰かを待っている様子の紫色のスーツが見えた。
誰待ってんだろ。
妙にそわそわしてる姿に、何故か懐かしい気持ちになる。
目を細めて彼を見ていると、目が合って。
つまんなそうなアヒル口の顔が、一気に嬉しそうな顔になってぶんぶんと手を振ってきたもんだから、俺はビビッて動けなくなってしまった。


誰?誰??
俺の友達にこんなでかくて馬鹿っぽくて紫の服なんか素敵に着こなしちゃえる奴なんて・・・・・・・・・・・・・




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いた。




「まつ、おか?」
「おー覚えてくれちゃってた?4年も経ってっからもう俺のことなんか忘れてんじゃねぇかなぁと思ったぜ」
「・・・紫を着こなす変わりもん、忘れたくても忘れらんねぇよ」
「あっはっはっは!お前相変わらず遠慮ねぇなぁ!」
ばしっと額に手で突っ込みを入れられて、その衝撃で完璧思い出した。
松岡。
俺の小さい頃からの腐れ縁友達、所謂悪友だ。
最後に会った時に比べて端正な顔からは子どもっぽさが抜けて、それに加えて紫のスーツを着てるもんだから俺ホストですなんて言ったってぜんっぜんおかしくないような風貌。
「他の奴らもさぁ誘ったんだけどどいつもこいつも仕事だの用事だのってノリ悪いったらねぇのよ。せっかくお前が釈放されるっつーおめでたい日なのにもかかわらずよ?俺なんかお前が出る日付が決まった瞬間その日がっちり休み取って準備万端にしたっつーのにさ」
ホントあいつらヤな奴、と松岡は再びアヒル口になって俺に愚痴ってきた。


違うよ松岡。
そいつら、俺と関わりたくないだけなんだ。
人殺しと関わって良いことなんて一つもないこと、分かってんだよ。
お前だってわかってんだろ。
なのになんで俺んとこ出向いてきたんだよ。
わざわざ休みまで取って出てくるの待ってたりなんかして。
馬鹿だ。
ホントに、馬鹿。



「なぁイノ、行く当てなんてあんのか?」
躊躇いも無く核心にズケズケと入り込んでくるその態度がどうしてか心地よくて、俺は素直にない、と伝えた。
刑務所の中で稼いだ金はあるけど、雀の涙のようなもので。
ホテルに泊まりながら働く場所を探そうかなんて思ってたから。


「んじゃ俺んとこ来い。仕事見つかるまででいいから」


さらっと。
本当に自然に松岡はそう提案してきた。


は?
実はコイツ本当に今の状況分かってないとか?
そんな根っからの馬鹿だっけ、松岡って。


「・・・俺が行ったら迷惑になんだろ」
「何でよ?」
「人殺しだぞ俺は」


言ったら、松岡はキョトンとした後すぐにああ、と納得した表情を浮かべ面倒くさそうに唇を尖らせガシガシと頭を掻いた。
「お前なぁ・・・・刑務所で4年間きちんと刑務終えたんだろ?」
「あぁ」
「少なからずとも反省はしたんだろ?」
「・・・あぁ」
「ならいいじゃん。お前が咎められたり責められることなんて何にもねぇよ」


だから俺んとこ来い、と。
松岡はさっき言った台詞をもう一度繰り返した。
さっきと同じ、笑顔で。










「・・・・・・・いいのかよ」
発した声は思っていたよりずっと弱々しく震えていて。
「来いっつってんだからいいに決まってんだろばぁーーーーーっか」
返ってきた声はぶっきら棒ながら照れが見え隠れしていて。
ぷは、と耐え切れずに俺は笑った。


「今日はイノのシャバ帰還記念だから俺が奢ってやるよ」
「いいのか?いいのかそんなこと言ってお前俺今物凄くほんっとに物凄く最高級黒毛和牛のステーキが食べたいんだけど」
「おっ・・お前なぁ、少しは遠慮しろよ!」
「遠慮する仲じゃねぇだろーが」
「まぁね。ったくしょうがねぇなぁ薄い体のよっちゃんに奮発してあげようかしらねv」
「よっちゃん言うないつのあだ名だコラ」
「何だお前家に帰る前に一戦交えるかコノヤロウ」
「望むところだテメこの・・・・・」
手を出そうとして、留まる。
何急に止まってんだよと不思議そうに覗いてくる悪友も俺の目線を辿っていって鋭く気づいたらしい。
さっき送り出してくれた警官が訝しげに俺たちの方を見ていたもんで、俺と松岡は嘘くさい笑顔を張り付かせて彼の方にぶんぶん手を振って見せた。


「やっべー・・・また戻っちゃうことになるとこだった」
「俺がしっかり弁解してやるから安心しろ」
「バカヤロ。怪しいことはしないに越したことはねぇんだよ」
「それもそうか」
納得した相棒はさっさとこの場を退散することにしたらしく、俺の腕を取ってスタスタと歩き出した。
急に出来た帰る場所に戸惑いながらも、どこか嬉しく思っている自分がいて。
さっきまでの決意はなんだったんだろうな、と一人自嘲した。



お前がいる。
皆が俺を偏見の目で見たとしても。
お前がいるから、俺は腐らずにいられたんだろう。
感謝してるぜ、悪友。


>存在価値理論のイノとマボの出会い編。タイトルはイノさんのソロ曲から。