にこにこしながら、ただ。
彼は歌を唄っていた。



君への唄



〜♪


雑踏の中で微かに聞こえる音楽に、俺の足は止まった。
急に障害物に変わった俺の肩に忙しなく人がぶつかっていく。
・・・聞こえないのだろうか。
こんなに力強い歌なのに。


音を追って足を進める。
帰る方向とは全く逆方向だった。
どうせ帰ったって一人暮らしだから寂しいだけだし。
この歌を無視して帰ることなんて出来そうもなかった。
どこか悲しげなメロディー。
放っては置けない雰囲気を纏ったそれを。




たどり着いたのは人の少ない通りの一角で。
歌を唄っている彼は笑っていた。
背は・・・きっと180を軽々と越えているだろう。
大きな身体で堂々と唄っている。
隣には似たような体格の男が座っていた。
サングラスに、紫のスーツ。
どんな趣味だよ、と突っ込みたくなったけど、初対面なのに失礼だろ、とぐっと堪えてみる。


「こんばんは」
声をかければ、笑顔で迎えられた。


―――――――こんばんは。


どうしてだろう。
唄っているのに、彼の口からは声が漏れず。
唇だけが言葉を紡いだ。


「オニーサン、気ぃ悪くしないで。コイツ、喋れないのよ」
傍に座っていた男がフォローに回る。
「や、でもさっき唄って・・・」
「歌は唄えんの。何故か」
「・・・・・・そんなこと、あんのか・・・?」
尋ねれば彼もよくわからないらしく、肩を竦めて見せた。
どうやら長い付き合いって訳でもなさそうだ。
「何でお前、コイツと一緒にいんの?」
「お前じゃなくて松岡、松岡昌宏っつーの。俺が初めて会った時、怖いお兄さんに絡まれててさ。今のアンタと同じ理由で機嫌悪くさせて」
「そう、なんだ」
「でかい図体してんのに抵抗しないのよ。ただニコニコ笑ってるから、放って置けなくてね。そっからずーっと一緒」
俺も大概お人よしのお節介野郎だと思ってる、と松岡は自分で言ってけらけら笑った。
その横で彼をニコニコ見守っている男。
彼の名前は長瀬、と言うらしい。
松岡はかなりのお喋りで、長瀬が喋らない分も喋っている気がする。
だから、長瀬が喋らないことに違和感を感じなかった。


「ね。リクエストあれば言ってやってよ。コイツすげぇ上手いから」
俺が保障する、と松岡の太鼓判付き。
色んな歌のタイトルが脳裏を通り過ぎるけど、ただ一つ。
「・・・さっき唄ってた歌、頼む」
俺の言葉を聞いて長瀬はこくん、と頷いた。
そして、口を開く。


悲しげで、でもどこか優しい旋律。
力強い歌声は、空気を伝わってどこまでも響いていくようだった。
ニコニコしていた顔が、切なさを帯びる。



さよならを言わずに消えた
アナタにもう一度会えるなら この歌を届けよう
出来ないことは何もないって
言ってくれたあの人に 風に乗せて届けよう


――――――――あいたい。





歌が終わって。
長瀬の表情が元に戻っても。
俺の心にはこの歌が引っかかったままだった。


「・・・・・・誰に、あいたいんだろう」
「オニーサン、歌の歌詞真に受けてどーすんのよ」
「長瀬、誰にあいたいんだ?」


問いただしても長瀬はニコニコ笑っているだけだった。
ぱくぱく、と口が動くけれど。
読唇術の持っていない俺には全くのちんぷんかんぷんで。
松岡にもよくわからないらしい。
でも。


「会えるといいな」


心からそう言えば。
長瀬はぶん、と大きく首を縦に振って笑って見せた。



>こんな話が書きたかったそのいち。オニーサンはぐっさん、長瀬の会いたい人は太一くん。リーダーは長瀬と同居人で。