気の置けない



「井ノ原ぁ」
買い物を終えてふらりと家路を急いでいると、遠くから呼ぶ声がした。
少し掠れた高めの声。聞き違えるわけなんか無い、聞き飽きるほどに聞いてるんだから。
振り返って目をやると、長身の男が手を振りながら近寄ってきて俺を見てにかっと笑った。
最近、仕事が立て込んでいて忙しいらしく、頬が少しこけている。
「あれ、どうしてお前いんの?」
「仕事の帰りだよ。お前の背中見えたから降ろしてもらった」
「よくわかったなぁ」
「見慣れた背中だしねー」
「オーラ出てた?」
「まっさかぁ〜」
「コノヤロッ」
肘で小突くと大袈裟に痛がる振りをして笑い。
ひょいと手に持っている袋を覗いてきた。
「な、なんだよぉ」
「水菜に鶏肉にタラにグレープフルーツ・・・一体何作るつもりなんだよお前はよ」
「えー・・・まぁ適当に買い込んでみたんだけど」
いっつも家で食べる時は低カロリーのものを選んでいる。
外で食べることが多い俺は、せめて家でだけでも気をつけたいから。
そんな俺にはぁーっとため息をついて見せる松岡。
「こんなもんばっか食ってっから薄いんだよ。仕方ねぇなぁ、俺が作りに行ってやるか」
「は?!誰も頼んでねぇ・・・」
「いいじゃん。ってか俺んち実はなーんもないからさー便乗しようかと思ってたんだよねー」
にっこにこしながら俺の背中をばしばし叩いて、俺の手から袋をもぎ取りすたすたと歩いていく松岡を慌てて追いかける。
鼻歌まで歌っちゃって、楽しそうに。




俺だって仕事で疲れてるってのに、人の気も知らないで。
今日は一人になりたかったんだっつーの。
ずっと笑ってるのも疲れて。
友達の前で平気なフリすんのも疲れて、誰も呼ばなかったのに。
何で、来んだよ。




奴の背中を見てたら無性に泣きたくなって、足が止まる。
泣きてぇよ。
わんわんガキみてぇに泣きてぇよ。
気が置けない相手だからこそ、そう思う。





「イノ」





不意に遠くで声がして。
ため息と、近づいてくる大きな足音。
そんで。
俺の手がでかい手に掴まれ握られてぐいっと引っ張られた。
引きずられるようにして歩く、っていうか歩幅が広いから軽く走ってる感じ。
早くなったペースで俺の家に早々にたどり着き。
バンッとドアが閉まった瞬間、俺はやっとその手を振り払った。




「急になんだよ・・・っ!」
「馬鹿。泣きたいなら泣けよ」
せっかく見ないでやってんのに素直じゃねぇなって。
言ってる松岡は困ったような、怒ったような顔をしてて。




なんだよ。
何で俺が松岡なんかに慰められないといけないんだよ。
大丈夫だっつーの。
一人でだってぜんっぜん。
大人だし。
何か食って寝ちゃえば、きっと。




そう言おうと口を開いた瞬間。
両頬がぎゅうーーーーっと抓まれた。
「いだだだだだだーーー!!!」
「今嘘言おうとしたのはどの口だあぁこの口かこの口だなコノヤロー!!」
「ぁにふんらよーーーーーーーーー」
抗議すると、今度はぎゅむっと両頬を平手で押される。
そしてゴツンと俺のデコにアイツのデコをぶつけられて顔が近づく。
「俺の前でまで大人ぶってんじゃねぇよバーカ」






言い返そうと、した。
けど。
松岡の真っ直ぐな目を見て。
それが俺のことをしっかりと見てたから。
言葉が出る前に、涙がでた。






「・・・・ぅううぅぅ〜・・・まぁつおかぁ〜・・・」
「んー?」
「・・っぉれもぉ・・わらう、の・・っやだ・・・・・」
「はいはい。愚痴聞いてやっから中入れ、な?」



自分の家のように威張って言うそれにこくんと頷けば。
満足そうに松岡は笑った。



「それでいんだよお前は」
「・・・ぅえ・・?」
「我慢してるなんてらしくねぇってこと!さ、メシメシ!!」
ぽんぽん、と俺の肩を叩いて勝手に家の中に入っていった。
その背中を、腕で涙を拭いながら見る。




バレてちゃ我慢してもしょうがねぇし、な。




俺の最後のプライドがそう言って。
松岡の料理を食べながら酒でも飲んで死ぬほど愚痴ってやろうと、心に決めたのだった。



>イノマボお題その7。彼らは素直に感情を出し合える仲だと思ったり。