彼とは車の中で自己紹介をした。
長野くんに「自己紹介くらいしろよv」なんつって脅されたのから始まったんだけど。
意外と話しやすくて。
どうも井ノ原ですっつったら、あ、どうも坂本です、なんつって。
アンタも敬語かよ、どう見ても年上じゃんよって感じ。
坂本くん(どう呼んでもいいって言われたからこう呼んどく)は長野くんの友達で。
適当に進路を決めたらいつの間にか保育園の先生になってたらしくて。
実は子どもが苦手だとか。
初対面の子どもに逃げられたことがあるとか。
でも今の仕事はそんなに嫌いじゃないんだとか。
他愛もない話をしてくれた。
話をしてるうちにこの人がむっすりしてるのは元からだとか。
口の端がたまにちょっぴり上がってくると面白いと感じてくれてるんだなぁとか。
そんなことがわかってきて。
ああ、いい人なのかな、なんて。
ふと思ってしまった自分がいたりして。
「井ノ原」
「うん?」
「お前はなんで長野と一緒にいるんだ?」
眉を顰めてそう尋ねてきた坂本くんに。
俺は何故か言う言葉を選び、戸惑う。
いつもみたいに。
さっきの長野くんに聞かれた時みたいに答えればいいのに。
・・・わかってんのに。
彼には、知られたくないと。
そう、思ってしまった。
「えーと、友達に勧められて」
「へぇ。悩みなーんもなさそうなのになー」
「悩みくらい誰にでもあるもん!」
「もん、って・・・お前何歳だよ」
「花のさんじゅっさい」
「は?!5歳下かよ?!」
「何歳だと思ってたの、坂本くんは」
「同い年か、2歳下くらい?」
「ひっど!そんな年とってねぇから!!」
「ほっそい目ぇしてるしよぉ。笑うとなくなるんじゃねぇのか?」
「なくなんないって!ってか今の話と何の関係あるんだよ!」
「じゃ、笑って」
「・・・・・・・・たはっ☆」
「あー、なくなってるねーよっちゃん」
「バックミラーから俺の顔確認しないでよ長野くんっ!!」
俺が運転席の長野くんに向けて怒った時。
隣でふっと坂本くんが笑った。
それは普通のことだって思ってたんだけど。
バックミラーに映る長野くんの目が大きく見開いて。
車が急にがっくんと停止した。
後ろから聞こえるクラクション。
通り過ぎていく車を横目に。
俺はビックリして長野くんを見た。
「な、なんだよぉ長野くん!急に止まったりして・・・」
「・・・坂本くん、今笑った・・・?」
戸惑いを隠せない長野くん。
なんで?
坂本くんが笑うことがそんなに珍しいことなのかな。
隣を見ると。
口の端を上げて俺の髪を撫でてきた坂本くんがいた。
その瞳は。
まるで、子どもみたいに澄んでいて。
俺は吸い込まれるようにそれに見入ってしまった。
「俺、お前のその顔一番すきだ」
そんで。
彼のその一言に。
顔ががーっと赤くなるのを感じた。
「な、なに言っちゃってんのこの人っ」
「そのまんまじゃないの?」
「へ?」
「だから、井ノ原の笑顔がすきだって。そういうことでしょ?」
長野くんがそう言って坂本くんを見ると。
うん、と彼は素直に頷いた。
「・・・俺、顔褒められたの初めて!」
「そうなの?」
「うん!いっつもブサイクブサイク言われてるし!」
「ブサイクじゃないよ。可愛い顔してる。ねぇ?」
「おぅ」
「そ、そっかぁ・・・可愛いかぁ」
褒められ慣れてないから、かなり照れた。
でも、嬉しくて。
にまぁっと笑ったらそれはエロ顔だよね、って長野くんに突っ込まれて落ち込んだ。
エロ顔って。
「長野ー俺、ちょっと寝るな。着いたら起こしてくれ」
「わかった」
言うなり坂本くんは背もたれて目を閉じた。
え、アンタこれ言い逃げって言うんですけど。
褒めて上げといて放置?
抗議の目線を送ったけど、坂本くんは眉を一度顰めただけで夢の中に行ってしまった。
「・・・坂本くんはね、喜怒哀楽の喜が欠如した人なんだ」
坂本くんが眠ってしばらくした後。
ぽつり、と長野くんが呟くように話し出した。
坂本くんはカウンセラーになりたての俺の第一号患者でさ。
理由は職業上言えないんだけど。
年が近いこともあってすぐ仲良くなったんだ。
でも。
会った時からずっと。
笑顔だけが見えなかった。
怒ったりしょぼくれたり泣いたり怯えたり。
他の感情はあるのにね。
「え、でもさっき笑って・・・」
「俺もビックリした」
今まであんなことなかったんだって、長野くんは言った。
ってことは。
「俺、奇跡の瞬間に立ち会っちゃったわけ?」
「だね。っていうか、よっちゃんがいなきゃ奇跡の瞬間は来なかったんだよ」
俺の病院に来てくれてありがとう。
井ノ原に出会えて、よかった。
そう言った長野くんの声は、ちょっと震えてたけど。
俺の胸の中に染み入るには十分だった。
あんだけ泣けないって思ってた。
人の痛みなんて自分に比べたらなんでもないって。
でも。
長野くんの優しい言葉と。
坂本くんの笑顔を無くすほどの痛みに。
二人ともどれだけ苦しんだんだろうって思ったら。
じわり、と目頭が熱くなって。
ぱたりと。
涙が頬を伝って、落ちた。
「・・・ねぇ、長野くん」
「ん?」
「俺さ、ずっと自分が生きてる価値なんてないって思ってた」
「・・・そう」
「でもさ、長野くんが俺を必要としてくれたり、坂本くんが俺をきっかけに笑ってくれたりしたから」
初めて。
生きててよかったのかな、って思えたんだ。
「そっか」
「うん」
だから俺も。
二人に会えてよかったんだ。
「ありがと。長野くん、坂本くん」
がしがしと目を腕で擦りながら。
素直に零れ出た俺の言葉を。
長野くんはバックミラー越しの笑顔で受け止めてくれた。
隣の坂本くんは夢の中。
だけど言った後少し笑った気がしたから。
俺は満足だった。
「今度は3人で遊ぼうよ」
「そうだね」
「俺、今度は坂本くんを爆笑させてみせるから」
「お、強気だねぇよっちゃん」
「とりあえず今夜は坂本くんの手料理をつまみに飲むぞー!」
「俺は坂本くんの料理を食い尽くすぞー!」
「・・・な、長野くんお腹減ってんの?」
「もうぺっこぺこv」
「マジかよー・・・・・」
帰ったら真っ先に松岡に知らせよう。
2人の変わった友達が出来たことと。
生きてる意味って意外とその辺に転がってるんだなってことを。
ヤツのホッとしたような笑顔を想像して。
俺は坂本くんの隣で思いっきり笑った。
END
2006.10.29