坂本番長は背筋を伸ばして高級そうな椅子に腰掛けていた。
井ノ原は荷物を置く為に岡田と一緒に彼の部屋に戻って行き。
この部屋にいるのは植草と、坂本番長の二人だけだった。
金持ちの家に来るのが初めてだった番長は、妙に緊張した心持ちで辺りを見渡す。
ほんのりと青ざめている表情。






















































『ちょっと、俺とタイマンで話をしようか』


























































植草の言葉と笑顔が蘇る。
笑ってない笑みというのは、怒った顔よりも断然、恐ろしい。
人によってそれは違うのかもしれないが、坂本番長にとっては一番の恐怖だった。
しかし、全く心当たりが無いのも事実で。
少なくとも番長自身は植草に何か失礼なことをした記憶はない。
もし原因があるとすれば、それは井ノ原である。
彼が余計なことを植草に伝えたのであれば、あり得る事態ではあった。
アイツはどこまで俺を困らせれば気が済むんだ、とため息混じりに思った番長である。







「そう、固くならなくてもいいよ」
「は、はぁ・・・」








注がれる香りの良い紅茶。
傍に添えられているのは焼きたてのパン。
それは可愛らしくウサギの顔になっている。
確か、と坂本番長は井ノ原の言っていたことを思い出す。
健という専属料理人が居て、彼の得意料理が手作りパンだと言うことを。
せっかく出されたのだからとパンを手に取って齧り。
ふんわりと口の中に広がるバターの香りに酔いしれながら紅茶をすすったところで。































「坂本は、ウチの快彦とどういう関係かな?」







































まるで一人娘を過剰に心配している父親のような問いかけに、坂本番長は口の中のものを盛大に吹き出した。
ついでにゲホゲホと酷く噎せ、涙目で植草を見上げる。
言った本人はあくまでも真剣な表情で坂本番長を見返した。










「ど、どういう、って、ただの先輩と後輩の、仲で」
「ただの先輩後輩の仲で快彦がウチよりも君の実家を継ぎたいなんてことを言うはずがないだろう?」










にっこりと。
植草が浮かべた笑みに、坂本番長の背筋が一気に凍りつく。
え、え、え。
本気で先輩後輩の仲で。
八百屋を継ぎたいと言い出したのは快彦である。
坂本番長側に非は認められない。
が、そのことを話しても受け入れてもらえないくらいの殺気に、番長は困ってしまった。
こういう時に長野が居れば、と番長は思う。
人当たりのいい、植草の笑みに負けないほどの黒い笑みで応戦してくれること間違いないのに、と。
それを口に出すと本当に長野が現れかねなく、またどんな報復を受けるのかが大体想像出来ていたので、番長はぶんぶんと首を横に振ってその思考を振り払った。

















「本当に、ただの先輩後輩なんです。井ノ原に聞けばハッキリします」
「君に脅されてるだけかもしれないだろう?」
「お、脅してなんか」














「まーくん!!」


















坂本番長の言い訳を遮るようにして、井ノ原の声が響いた。
学生服を脱いだ、至ってラフな格好で走り寄ってくる。
そして、坂本番長と植草の間に立ち、番長を背中に両手を広げて植草を見つめた。








「かっちゃん、まーくん虐めないでよ!」
「・・・ど、どこをどう見たらそうなるんだ井ノ原」
「だって、まーくん困ってた」
「こ、困ってたけど、なぁ・・・」










井ノ原が来たことで困った感が増したように感じる番長である。
大体、彼が関わるとろくなことが無いのだ。
今回も何か起こすに決まってる、と冷や汗を流し始めた番長を、植草はじぃっと見つめ。
不意に。




































































































「・・・まーくん?」








と、確かめるように快彦に言葉を向けた。
それにこくん、と顔を縦に振る快彦。
すると、緊迫していた植草の表情がふわり、と穏やかになり、つかつかと近寄って番長の前に立つ。






「君が、まーくんだったのか」
「は、はぁ・・・」
「昔ここに快彦を連れてくる時に、何度も名前を聞いた」


















































































































































『あのね、まーくんってよしくんのおともだちなんだよ』
『ころんでないてたら、おんぶしてくれたんだよ』
『おとこのこはなくのをがまんするもんなんだって、まーくんがいってた!』
『むしがにがてで、ひっくんにとってもらってたんだよ』
『ときどきおうちにあそびにいったら、スイカとかオレンジとかたべさせてくれるんだ』
『よしくん、まーくんだいすきー!』































































































































































とてもこっ恥ずかしい言葉の羅列に坂本番長は顔を真っ赤に染める。
悪いことを吹き込んでいるより性質悪ぃ、とため息をつけば。
ガッと物凄い勢いで、植草に手を握られ呆然とした。






「あのまーくんなら安心だ」
「は?」
「しかし快彦には後を継いでもらわないと困るなぁ」
「いや、だから別に井ノ原はウチの八百屋を継がなくても、」
「ああ、そうだ」






ぽす、と手を鳴らし。
笑顔で坂本番長を見詰める植草。











「どうだろうこの際坂本にはウチの婿養子となってもらうってことで頷いてもらえないだろうか?」

























ちーん。
坂本番長の思考は完全停止した。



















む、婿養子。
それは男に使うべき言葉か・・・?
いやもしかしたら井ノ原は俺が男だと思い込んでいただけで実は女だったのかもしれないでも学生服は同じ男物だろえそしたら井ノ原って何カタツムリ??(軽く錯乱中)











ぴしっと石の様に固まってしまった坂本番長に真顔で迫っていた植草は。
それを見ながら段々と肩を震わせ。
とうとう堪えきれずにぶーーっと吹き出した。













「あっはっはっはっはっは!すまんすまん冗談だ冗談!!」
「かっちゃん、またかよー」
「坂本の反応が面白すぎるから、ついなー」
「・・・・・・つ、ついって・・・」











坂本はどうにか我に返り、そう小さく突っ込めば。
植草が楽しそうに笑いながら、坂本番長の肩をバシバシと叩く。











「思ってたより良いヤツでよかった!快彦をよろしく頼む!」
「は、はぁ・・・」
「あ、でも嫁にはやらんからな」
「はぁ?!!」
「かっちゃん!!」
「すまんすまん。あっはっはっはっは!!あー面白い面白すぎる坂本」










痛い腹筋が割れる!と一人大爆笑している植草と、半分キレ気味な番長。
井ノ原はその間で植草を笑いながら叱っていた。
それをキッチンから生ぬるい目で見つめる専属料理人、健。
ため息をつき、苦笑いでひとりごちる。










「・・・植草さん、新しいオモチャを発見したみたいだね」
「えー、坂本くんは俺のオモチャなのにー」
「うっわ、長野くんいつの間に?!」
「おなか空いたから。おじゃましてまーす」








はむり、といくつ目になるかもう分からない焼きたてパンを齧る長野を呆れた目で見つめながら。
この屋敷にはまともな人が一人もいないなぁ、と健は肩を落とすのだった。






END

2007.9.20