坂本番長は悩んでいた。
机に両肘をつき、頬杖を付いてため息などついてみる。
彼が朝のホームルーム前にきちんと間に合っているのは珍しいことであり。
クラスの視線はちらちらと彼を刺していた。
普段ならそれには気づかないはずは無い番長なのだが、今日はそれをさっぱりとスルーしている。
「朝からウザったいから止めてくれる?坂本くん」
バターロールを頬張りながら長野はそう言って、彼のため息を終了させた。
傷つきそうなことを言っているのだが、彼はにっこりと人の良い笑顔を張り付かせているものだから、坂本番長はいつも気にしないことにしている。
長野は多分こういう性格なんだろうなと受け入れているらしい。
一度逆らって口には出せないような報復を食らったということは、彼の名誉の為に伏せておく。
「・・・おう、長野」
「何、どうしたの?」
「・・・兄貴が受験でよー、人手が足りなくなっちまったんだ」
説明しよう。
坂本番長の家は3人兄弟と両親で形成されている。
彼は3人兄弟のうちの末っ子であり、上には二人の兄が居るのだ。
一番上の兄は八百屋を継ぐのが嫌だと早々に遠くの大学に移り。
二番目の兄も一番上の兄と同様の意思を持って、今年受験勉強に臨んでいる。
だからこそ、坂本番長の将来は八百屋と決定しているわけなのだが。
両親だけではなかなか八百屋経営が難しく。
しかもこの間母親がぎっくり腰になったために、店を休まなければならなくなってしまい。
そんな時こそ兄弟が!と二番目の兄と交代で店番をしている実はとっても親孝行者な番長であった。
が、今年は二番目の兄も受験である。
早く家を出たいという一心で、兄は勉強を始めたのだと坂本は長野に言った。
言って、へにゃりと顔を机にくっつける。
「俺一人で店番すんのはキツい・・・」
「アルバイトでも雇えば?」
バターロールの袋をくしゃくしゃと丸め、ヨーグルトの蓋をぺりぺりと剥がしながら長野はそうアドバイスした。
最もな彼の意見ではあった。
坂本もそれは一番初めに考えたのだったが。
実行するには最大の問題が浮上したのだ。
「俺、友達居ないんだよ」
ヒュゴー、と坂本番長の背中に冷風が吹いた(気がした)
孤高を気取る番長ではあったが、最近ちょっぴり寂しさを感じ始めていたりする。
楽しい高校ライフを送るためには友達が不可欠だと、N○Kの番組で聞いてから、少しナーバスになっている坂本である。
しょんぼりとしてしまった坂本番長を見て、長野はヨーグルトのスプーンを咥えながらため息をつく。
坂本くんの友達の中に俺は勘定されて無いのか?と小さく首を捻りつつ。
心当たりが無いかどうか頭を巡らせ、はた、と思いつき。
坂本番長の萎れた背中にドゴム、と音を立てて拳を繰り出した。
「ぉげふっ」
「心当たり、あったよ」
「げほげほげほっ・・・ほ、本当、か?!」
長野の拳の衝撃に悶えながらも、坂本番長は笑顔でそう聞き返した。
持つべきものは友。
そんなことわざを頭に浮かべ、坂本はそういえば、と気づく。
長野、友達じゃん、と。
気づくのが遅すぎるとお思いではあろうが、思い出しただけ凄いのである。
「うん」
「誰だ?俺の知ってるヤツか??」
「そうだね。とってもよく知ってると思うよ」
「え」
チョココロネの透明な紙を剥がしている長野の言葉に坂本番長は嫌な予感を感じて、止まる。
自分の良く知っている人物。
長野以外で。
って。
「・・・まさか、井ノ原とか言わねぇだろうな」
「お、よく分かったね」
「・・・大富豪がアルバイト、すんのかよ」
「しなくてもいいだろうけど。庶民の気持ちを学ぶには絶好の機会なんじゃない?」
「そりゃ、そうだけどさ」
「とりあえず話だけしてみたら?坂本くんのお願いならよっちゃんも断らないだろうしさ」
「うーん」
こっそり渋ってみるも、人手が足りないのは事実で。
長野の言うとおり話だけでもしてみるか、と心に決めた坂本番長。
悩みが解決し、ようやく今日初めて窓の外の空を見て、その青さを実感するのだった。
**********
お昼休み。
屋上(立ち入り禁止区域)で食事をしていた坂本と長野の元に、井ノ原が走ってきた。
走ってきて、それはもう盛大にすっ転んだ。
ずざーっと音を立てて彼は倒れこみ、手に持っていたパンとかけていたメガネは前に放り投げられる。
飛んできたパンを長野が上手く受け止め、メガネは坂本がキャッチした。
なかなかの意気投合コンビである。
「痛たたたたたた・・・アレ、メガネメガネ」
「ほらよ」
「あ、ありがとう」
坂本が手渡したメガネをかけ、井ノ原はにひっと笑う。
鼻の頭と両膝が擦りむけている以外は特に目立った外傷は見られず。
坂本番長は呆れたようにため息をついてから、懐を弄って絆創膏を取り出し、彼の鼻の頭にぺたりと貼った。
「両膝は帰ってから手当て、してもらえよ」
「うん!」
絆創膏付きの顔でへにゃりと笑い、井ノ原はひょこひょこと長野の隣に座る。
長野からパンを受け取り、その袋の封をとっても楽しそうに開けた。
「パンってこうやって袋に入ってるんだねー」
「・・・・・・は?」
坂本番長は呆気に取られた。
袋入りパンなど、珍しくもなんとも無く。
どちらかといえば学生になってからはこっちに遭遇することの方が多い。
しかし、井ノ原は物珍しそうにそれを見ている。
その横で長野は彼の弁当箱からおかずを拝借しつつ、にこにこ笑っていた。
「よっちゃん家はいっつも健ちゃん特製パンだもんね」
「うん!健の作るパンはどれも美味しいんだ!」
今度坂本くんと長野くんにもご馳走するね、と言いながら、井ノ原はパンに噛り付いた。
正確に言えば、噛り付く寸前。
井ノ原の歯にパンが触れた瞬間、彼の持っていたそれが上空に弾かれる。
「ああっ!」
「な、何だ?!」
井ノ原が声を上げ、坂本番長が慌てて周りを見渡すと。
スーツ姿の男が一人、屋上のドアの前に立っていた。
手には上空に弾かれた井ノ原のパンがぱすん、と丁度良く不時着する。
すげぇ、と坂本番長は小さく感嘆の悲鳴を口にした。
「岡田ー!お前、俺のパン返せー!」
「いけません、快彦さま。こんな化学調味料の塊みたいなものを食べては健康を損ないます」
「学校に居る時は学校のものを食べるって約束だろ?!」
「それは給食が出た時の話です。何度も言ったじゃありませんか」
岡田の言葉に井ノ原はぷぅっと頬を膨らませた。
どうやら井ノ原は分かっていて買い食いを決行したようである。
「庶民の気持ちを知るためにココに来たんだぞ俺はー!」
「分かってます。けれど快彦さまは成長期なのですから」
「・・・・・・うー」
「・・・俺、健くんに泣きつかれて来たんやから、頼むわー」
「・・・分かった」
「え、何で突然タメ語で関西弁?!」
最もな疑問を口に出した坂本番長だったが、それは綺麗さっぱりとスルーされた。
二人の間では日常茶飯事らしい。
長野は井ノ原の買って来たもう一つのパンを勝手に開けて食べ始めている。
ぼんやりしている間に、坂本の弁当箱の中身も半分くらい消えていた。
慌てて箸を動かすも、坂本番長の好物はあらかた無くなっている。
岡田はというと、井ノ原に弁当箱を手渡し、長野に持っていたパンを渡して帰っていった。
「・・・アイツ、誰?」
「俺の教育係の岡田だよ。ちなみに健ちゃんは俺の専属料理人」
「・・・・・・」
坂本番長はこれ以上詮索するのを止めた。
大富豪である井ノ原に自分の常識は通用しないのだ、と思うことにした。
こう見えても、順応しやすいタイプなのである。
ぱかり、と井ノ原が弁当箱を開けると、綺麗なおかずが所狭しと詰められている。
ウインナーはタコさんで、出汁巻き卵だって入っていて。
案外普通のお弁当なんだなぁと思っていた坂本番長に対して、勝手に箸を伸ばして摘み食いを始めた長野は目を見開いた。
「美味しい・・・!」
「普通のお弁当じゃん」
「見た目は普通だけど、材料が違う」
「出た、長野くんの料理評論」
「坂本くんの出汁巻き卵は1パック80円のセール品だけど、よっちゃんの出汁巻き卵は1つ298円の濃厚卵だ」
「さすが長野くんだねー」
「え俺初耳なんだけどこういうの」
「長野くんしょっちゅう言ってるよねー」
「ねー」
顔を見合わせてにこにこと笑っている長野と井ノ原を見て、坂本番長はこっそり寂しくなった。
寂しくなると体育座りを始めるのが番長であり。
それを熟知している長野はまぁまぁ、と背中を(彼なりに)優しく叩いて慰める。
朝のように彼の拳にげほげほとむせた坂本番長は、そのおかげで大事なことを思い出した。
「あ、井ノ原。お前、アルバイトやる気、無ぇか?」
「アルバイト?」
井ノ原はお弁当を食べながら鳩が豆鉄砲を食らったような表情をした。
うん、と坂本番長は頷いてみせる。
「ウチの店、今人手が足りなくてさ。手伝ってくれる人を探してんだ」
どうせアルバイトの意味も分からないだろうと、坂本番長は噛み砕いた言い方をしてみせる。
それを聞いて井ノ原はぱぁっと顔を輝かせた。
「まーくんの手伝い、したい!」
「・・・お前、番長って呼べっつったろ」
「あは。俺、坂本番長の手伝いがしたいっす!」
急に敬語になって握り拳を作る井ノ原を見て、坂本番長は再び頷く。
「お前ならそう言ってくれると思ってたぞ」
「番長!水臭いじゃないですか!」
「井ノ原・・・」
二人は手に手を取り合って見つめ合う。
傍から見れば物凄い気持ちの悪い光景であるが、感動に勝るものは無いらしい。
特に井ノ原の言葉にこっそり感動した坂本番長である。
舎弟が居るのも結構いいもんだ、と心の中で思った(口に出すと長野に笑顔で迫られそうなので)
「よっちゃん、ちゃんと岡田とお爺様に確認取ってからでしょ」
「あ、そうだった」
はた、と気づいて井ノ原は坂本から手を離し携帯を取り出した。
その隙に井ノ原のお弁当箱はどんどんと空きスペースを作っていく。
長野は今日も食欲旺盛である。
坂本番長は井ノ原を哀れに思いながらも、彼の電話を見守ることにした。
「もしもしーじいちゃん!俺、アルバイトするんだー」
「待てそれは確認じゃねえ報告だ井ノ原」
「でへへ、偉い?ありがとー!」
坂本番長の突っ込みは彼らに必要の無いものだったらしい。
一通り話し終えると、井ノ原は携帯の電源を切った。
「番長、じいちゃん良いって!」
「そ、そうか」
「後は岡田だけど、多分良いって言ってくれると思う」
「・・・そ、そうか?」
坂本番長は首を傾げた。
どう考えてもあの教育係は井ノ原のアルバイトを承諾してくれるようには見えないのだ。
市販のパンを食べる食べないで五月蝿く小言を口にしていたのだから、不安が募るばかりである。
しかし、井ノ原は満面の笑みを浮かべ、坂本を見た。
「大丈夫だって。岡田、健が泣きついてくると弱いだけだから」
「そう、なんだ」
「うん!あー早く手伝いたいなぁ、俺」
にっこにこしながらお弁当の中身を頬張る井ノ原。
それを見て同じようににこにこ笑う長野と、軽く脱力気味の坂本番長。
「・・・・・・長野」
「何?」
「・・・俺、すっげぇ不安」
「大丈夫だと思うけど」
「人事だと思って・・・」
「あっはっは。だって、人事でしょ?」
長野の笑みとあっさりとした毒舌を受けて。
先行きの不安さを抱えた坂本番長は朝同様がっくりと肩を落とすのだった。
END
意外さ大放出。
大富豪のよっちゃんに今度は専属料理人の健ちゃんと教育係の岡田くん登場。
二人とも年上設定だったり(笑)
剛ちゃんをどうするか、最終段階で悩んでます。
ハンドルを握る剛ちゃんか、一番お前これねぇだろう!と怒られそうな剛ちゃんか。うーん。
2007.8.17