キーンコーンカーンコーン
下校時間のチャイムが鳴り響いたところで、坂本番長ははたと目を覚ました。
ガタガタと机に椅子を乗せ始める周りを見て、授業が終わったことに気付く。
今日の坂本番長のスケジュールはホームルームに出て出席を取り、1時間目から4時間目まで屋上で昼寝。お手製のお弁当で昼食を取り(そのうちいくつかのおかずを長野に強奪される)、その後5、6時間目を机の上で寝て過ごした。
久々に下校時間まで学校に滞在していたことに坂本は驚き、同時に自分を誉めた。
机の上でこっそり笑みを浮かべる彼は不気味なことこの上ない。
そんなご機嫌な番長の足元に掃除用の回転箒がぶち当たった。
明らかに故意的なそれに坂本は鋭い目つきで相手を睨みつけたの、だが。
「どいて、坂本くん」
相手は長野だったので、坂本は喉元まで出かかっていた悪態を飲み込み、素直に立ち上がって椅子を机に乗せた。
いくら番長だからといって敵うものと敵わないものがある。
無駄な争いはしない、それが坂本番長のモットーなのだ。
決して逃げているのではない、と坂本は思っている。
「・・・あ、そうだ。坂本くん、よっちゃんに帰り道教えてあげてよ」
俺今日掃除だからさぁ、と長野が坂本に言う。
それに首を傾げる坂本。
「行き来たら帰れんだろ」
「あの子来る時自動車だったから」
さらりとした長野の発言に、坂本は目を丸くする。
自動車って・・・え、タクシーじゃ、なくて??
さすが幼馴染みというべきか、長野は坂本の疑問に表情の変化で気付き、苦笑した。
「話せば長くなるんだけど、よっちゃん大富豪の孫だから」
その言葉を受けて、坂本番長はとりあえず想像してみた。
井ノ原が大富豪の孫・・・。
想像は5秒でカタがついた。
「超似合わねぇ」
「似合う似合わないはどうでもいいから、よろしくね。俺んちだから」
「車呼びゃいいじゃねぇかよ」
「携帯忘れちゃったって」
「・・・朝のアレといい携帯といい、アイツどんだけどん臭ぇんだ・・・」
坂本番長は呆れてものも言えないと言わんばかりに肩を落とし、深い深いため息をついたのだった。
*********
場所は変わって校舎の門の前。
坂本番長は律儀に長野のお願いを聞き入れ、腕を組んで壁に寄りかかり井ノ原を待っていた。
ぞろぞろと生徒が歩く中で、キョロキョロと落ち着きない様子の少年を見つけ、手を挙げてやれば安堵の表情になり、駆け出してくる。
時折ずり落ちるメガネを空いている手で押さえながら。
「まーくーんっ!」
「あーもういちいちいちいち抱きついてくんじゃねぇっ!」
がばっと朝と同じように抱きついてくる井ノ原をひっぺがし、ため息。
当の本人は至って普通のようであるが。
行くぞ、と声をかけて足を進めれば、慌ててついてくる。
「まーくん待ってー!」
「あーお前。まーくん止めろよ。恥ずかしいだろ」
「・・・まーくんじゃなかったら何て呼べばいいの?」
「そうだなぁ・・・」
坂本番長はまたも考えた。
先輩と呼ばれるのもまぁ悪くはないが、少し自分には似合わない気がする。
坂本さんだとよそよそしいし、名前で呼ばれるのは死んでも嫌だ、と。
「ねぇねぇ」
「んだよ今考えてんだよ」
「まーくんは他の人に何て呼ばれてんの?」
こてん、と首を傾ける井ノ原に、坂本はその質問にも視点を広げてみた。
他の人。
えーと、長野には坂本くんって呼ばれてんな。
その他の人。
・・・・・・他の・・・?
考えてみたところ、坂本には長野以外に親しい友達が居ないことが判明した。
それってどうなんだ、と坂本は遠い目をする。
いやいや、違うだろ。
今の議題は呼び方だろ、と自分を奮い立たせ、思い返してみれば。
周りからは番長と呼ばれることが多いな、と坂本は気づいた。
「他の奴らは番長って呼ぶな」
「じゃあ、俺も番長って呼んでいい?」
「うーん」
番長。
・・・まぁ、まーくんよりはマシか。
そう思った坂本番長はこくんと首を縦に振って見せた。
途端、俄然目を輝かせて井ノ原は坂本を見る。
「坂本番長!俺、番長みたいになりたい!」
「・・・お前、長野に追い出されるぞ」
「だから、こっそり」
「こっそりも何も、授業サボったらバレんだろーが」
坂本の最もな言い分に井ノ原は口の先を尖らせた。
急に静かになった彼に坂本はホッと一息つく。
安心したところで色々な疑問が湧いてきた。
いつから大富豪だったのか(少なくとも坂本と遊んでいた頃は普通の少年だった)、何故引っ越してしまったのか、どうして戻ってきたのか、なんで長野の家に居るのか。
聞きたいことは山ほどあったのだが、とりあえず手近のものをと坂本は口を開く。
「お前さ、金持ちなのに何でこんな貧乏学校に来たんだよ」
そう。
坂本番長の一番の疑問。
彼らが通っている学校は給食が無かったり修学旅行も身近な場所だったりと、かなり貧乏に優しい節約学校だった。
お金持ちならばもっと良いところに行けるはずだ。
なのに、何でここに来たんだ?と坂本はずっと考えていたのだった。
坂本番長の疑問に、井ノ原はあは、と人懐っこい笑みを浮かべて見せる。
「じいちゃんが庶民の気持ちを理解することが必要だって言ったから」
「・・・大富豪の?」
「うん。庶民の気持ちを知ってこそ、人の上に立つことの出来る人材になるんだって」
なかなか立派なことを言うおじいちゃんである。
坂本番長は思わず出そうになった涙をぐっと堪えてみた。
その傍で井ノ原はずり落ちてきたメガネをくいっと直し、カバンを抱えなおす。
「だから俺、しばらく長野くんちに居候することになったんだ」
井ノ原の説明で、坂本番長はようやく現状を理解した。
「いつまで居るんだ?」
「え?卒業までだと思うけど」
「卒業したら後、継ぐのか?」
「そうらしいんだけど、俺坂本番長の八百屋継ぎたいからそれ断ろうかと」
あっさりそう言ってのけた井ノ原に、坂本は目を丸くした。
そりゃそうである。
大富豪のじいちゃんの後を継がずに坂本の実家の八百屋(まずまず繁盛)を継ぐなんて、馬鹿を通り越して呆れてしまうだろう。
大慌てで坂本は井ノ原に説得を試みた。
「馬っ鹿お前何自分の人生ふいにしようとしてんだよ!!」
「だってまーくんみたくなりたいんだもーん!」
「ま、まーくん言うなーーー!!!!」
ぷぅ、と頬を膨らませて抗議をする井ノ原に向かって、坂本番長の叱咤が飛び。
それを聞いていた周りの生徒は、番長の思わぬ弱点に目を丸くし。
教室の窓からは長野が限定プリンを口に運びながら笑顔でその様子を見ていたのだった。
END
2008.8.17