すたすたすた
学ラン姿で足を進めるのは坂本昌行。
彼はこの学校では番長として恐れられていた。
平べったいカバンを脇に抱え、廊下を歩いている。
見た目が少々老けているためか、様々な憶測が飛び交っているがそれらは全て定かではない。
とにかく、近寄りがたい雰囲気が漂う彼に近づくものは居ず。
周りの生徒たちはただ遠めに見ているだけだった。
が。
「坂本くん、おはよう」
そんな生徒の中でにこやかに近づき挨拶を交わす男が一人。
その男、長野 博は坂本
昌行の幼馴染みである。
彼に気づいた坂本はちらりと目線をやり、口を開く。
「おう、長野か」
「相変わらず愛想の無い態度だね」
「悪いか」
「別に悪いなんて言ってないじゃない」
無愛想な坂本に、長野は態度を一切変えずに言葉を交わし。
そのまま、すれ違うようにして廊下を歩いていった。
彼の歩く先には売店が待っている。
アイツまた朝から買い食いかよ、と坂本は長野の背中に呆れた目線を送っていた。
ぱすんっ
バラバラバラ
からん
何かがぶつかった感触と、それに追って物が色々落ちる音がして坂本は前を向く。
目をやった先には、自分よりかなり小さい生徒が居た。
細い目だなぁと呑気に思って見ていた坂本であったが、相手の少年にとっては睨まれたように感じたらしい。
「わぁっ!ご、ごめんなさい!」
慌てて地面に落ちた物を拾い集める少年。
あらかた取り終えたところで、キョロキョロと視線を彷徨わせる。
「どうした?」
「あ、あの、メガネ・・・」
「メガネ?」
坂本が首を傾げて下を見れば、自分の足元にそれが落ちていた。
少年からは丁度陰になって見えない場所である。
ひょい、と思ったより分厚いメガネを手に取り埃を払って彼に差し出す。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます!」
へにゃととっても嬉しそうに少年は笑い、坂本からメガネを受け取ってかけた。
かけてから、じぃっと坂本を見つめている。
「・・・何見てんだよ」
「いや、あの、僕の知り合いによく似てるなぁ、って」
「そうか」
さして興味なさ気に返事をし、すたすたと歩き出す坂本。
その後ろから、ガサガサと耳障りな音と共に誰かが走ってきた。
「あれ、よっちゃん!」
よっちゃん。
長野のその一言に坂本の足が止まる。
彼の記憶の中によっちゃんと呼ばれる人物が一人だけ、居た。
井ノ原
快彦。
小さい頃から顔が怖かった俺をものともせずにじゃれついてきて。
陽だまりのようにへにゃ、と笑う近所の年下の少年だ。
そういえばさっきの笑みはそれに似ている。
でもまさか。
アイツは小さい頃に引っ越したはずだ。
「あ、ひっくん!」
「今日だっけ?転入するの」
「うん!」
大きく頷いた拍子に、またもバラバラと落ちる井ノ原の持ち物。
慌てる彼を放ってはおけずに、坂本はくるりと二人の下へ方向転換して、物を拾うのを手伝った。
「ほらよ。どん臭ぇなぁお前は」
「あ、な、何度もすみません」
「よっちゃん、この人、覚えてないの?」
「へ?」
「坂本くんだよ。ほら、俺の幼馴染みの」
長野がそう言った瞬間。
井ノ原の細い目がぷわあっと見開いた。
とても、嬉しそうに。
「まーくん!!!」
大きな声で昔の呼び名を呼び、ぎゅむっと抱きつく。
せっかく拾い集めた手持ちの物はまたも廊下にばら撒かれ。
突然のことに周りの生徒たちは騒然とした。
それ以上に驚いたのが坂本である。
一人、状況を把握している長野は表情を変えずに、それを見ながらにこにことメロンパンを齧っていた。
「やっぱりまーくんだ!覚えてる?俺、快彦だよー!!」
「おまっ、ちょ、覚えてるから抱きつくな」
「よかったー!たくさん手紙出したのに全然返してくれないから、忘れられたのかと思ったー!」
「ちゃんと全部読んでたから安心してよっちゃん」
「何故お前がそれを知ってる長野」
こっそりと誰にも見られない秘密基地で手紙を開けていた坂本は驚き目を丸くした。
しかし、長野はどこ吹く風でメロンパンを完食し、二つ目のクリームパンの封を開ける。
「俺、帰ってきたよー!」
「分かったから!一旦離れろ」
「はーい」
素直に返事をして離れる井ノ原。
その表情はにっこにこと上機嫌で、坂本は溜め息をついた。
そしてハッと周りを見渡す。
先ほどからザクザクと好奇の視線が自分を刺しているのにようやく気づいたのだ。
「・・・何見てんだよ」
ギロリ、と手近な生徒を睨みつける。
途端、好奇の目線がバラバラとどこかに散っていった。
ふーと音を立てて息を吐き、井ノ原に目を戻せば。
そこにはきらっきらと輝く瞳の少年が居て、思わず引く。
「な、なんだ井ノ原」
「まーくん、超かっけー!」
「こら、よっちゃん。自ら悪の道に進むんじゃない」
クリームパンの欠片を口に放り込み、クラブサンドの包装を解きながら長野が言う。
そんな彼に坂本はじろりと目を向けた。
「俺は悪じゃねぇよ」
そう。
彼は別にカツアゲやいじめをしているのではない。
それどころか、他校の生徒とのいざこざや、校内のヤンキーを取り仕切って平和を守っている。
だから悪だと言われる筋合いは無い、と付け加える坂本に、長野は鼻で笑って見せた。
「授業サボって煙草吸って酒飲んで、どこが悪じゃないんだよ」
「それくらいは許せよ」
「今までは許してもよっちゃんが真似するんだったら許せないね」
「何をー?!」
長野と坂本が言い争う中、井ノ原は一人きらっきらとした目線を坂本に送り続けている。
一人空気の読めない少年に、周りは恐る恐る視線を戻した。
「すげー!まーくん超かっけーよー!俺もサボりたい!煙草吸いたい!!酒飲みたい!!!」
「転入早々何言い出すんだお前はー?!」
「あーもう、俺知らない。何かあったら坂本くんの所為だからね」
長野は溜め息をつきながらクラブサンドを胃の中に収め、三個入りドーナッツに手を延ばした。
責任転嫁された坂本は呆然とその姿を見る。
お前、いくつ目だよそれ。
そう突っ込もうとするも、井ノ原のキラキラした目線がその気力を奪っていく。
どうしてコイツはいつもそうなんだと、がっくりした。
小さい時も井ノ原は坂本の後をちょこちょことついてきて。
何をするにも坂本の真似をして、よく怪我をしたり怒られたりしたものだった。
ここは俺がしっかりと更正させねば。
坂本は意気込んで井ノ原の肩に自分の両手を置いた。
「井ノ原」
「何?」
「ちゃーんと勉強していい子にしとけ」
「何で?」
「後で困るのはお前だぞ」
「じゃあまーくんは?」
「俺ぁ実家の八百屋継ぐからいんだよ」
「俺も一緒に継ぐー!」
「お前は俺の嫁か?!!!」
怒鳴ると、井ノ原はキョトンとして坂本を見。
ぱちくりと何度か瞬きをすると、へにゃと笑った。
笑われても困る、と坂本は長野に助けを求めるように目線を送ったが。
長野の視線は最後のドーナッツからサンドイッチの詰め合わせに移ったところで、再びがっくりする。
一体この状況をどう乗り切ればいいのだろう。
ぐるぐると考えている坂本の横で、長野がサンドイッチを頬張りながら井ノ原に目をやった。
「よっちゃん」
「んー?」
「そういうこと言うなら家追い出すよ」
にっこりと笑っていない笑みを浮かべてそう言いのける長野。
言葉を理解して井ノ原は眉毛をきゅうっと悲しそうに曲げ、長野に飛びつく。
「やだよー俺住む場所無くなっちゃうじゃん!」
「じゃあ坂本くんみたいになるのは諦めな」
「えー・・・うん」
渋々と頷く井ノ原を見て、坂本はホッと安堵の溜め息をついた。
同時に、どこか寂しいような悔しいような気持ちが湧く。
それを振り払って坂本は立ち上がり、下にばら撒かれた教科書を拾い手渡す。
「ちゃんと勉強しろよ」
言ってぽんぽんと頭を叩けば。
井ノ原はまたもへにゃりと満面の笑みを浮かべて坂本を見る。
この笑顔に自分が弱いことをしっかりと自覚済みの坂本は、彼を見ないようにしてくるりと踵を返し歩いていった。
その背中を見てまたもキラキラとした目線を送る井ノ原。
「あー・・・かっけーなー」
「よっちゃん」
「分かってるよ。いいじゃん、憧れるくらいはさ」
一度言い出すと頑固にそれを突き通す井ノ原の性格を熟知していた長野は。
まぁ憧れるくらいならな、と一人納得して、サンドイッチの最後の一欠片を口に放り込んだ。
NEXT
番長坂本くんとそれに憧れる少年、よっちゃん。
番長とひっくんが17歳、よっちゃんが15歳の設定でございます。
ちなみに、ひっくんは
・メロンパン
・クリームパン
・クラブサンド
・ドーナッツ(三個入り)
・サンドイッチの詰め合わせ
をペロリと完食したのち、教室に戻ってピザサンドとクロワッサンを食べ、牛乳を飲みます。
坂本番長はそれを見ながらげんなりした表情をします。
ひっくんはそれが気に食わずにぎゅむっと坂本くんの足を踏み、「目障りだからこれ捨ててきて」と、よく分からない理由を付属してゴミを押し付けます。
ブチブチ言いながらそれを捨てに行く坂本番長。
坂本番長と、それに憧れるよっちゃんと、二人を見守る大食漢なひっくんのストーリー。
2007.8.17